生と死と
(でかい……でかすぎる。こんなの今の俺たちが倒せるのか???)
全長は推定3m。青色の皮膚が大きな筋肉を包み込んでいる。武器は大きな斧。大きなトカゲのようなモンスターはグルルルという唸り声をあげながら迫ってくる。
「くそ!!! にげても追いつかれる!! 戦うぞ!!」
シュウは先程作った短剣を持ち、トカゲに向かって走り出す。その様子を見たサキは、
「だめ!! 死んじゃうよ!!」
そう叫びながら、シュウを助けようと援護をする。そんな二人の攻撃も大トカゲには効いていない。この世界はゲームではない、負ければ平気で死ぬ。当然技術レベルに合った敵が都合よく出てくることもなく、最悪はじめの敵で死ぬ可能性も十分にある。
「くっそぉぉぉぉぉ!!!!」
万策尽きたシュウはトカゲの腕に抱きついた。日頃、冷静に物事を考えより有効的な行動をするシュウだが、自分より何倍も強い相手になす術なく強硬策へ移行した。サキも奮闘するが、トカゲの一撃で気絶する。
”ブンッ”
空気を切る大きな音とともに、腕にしがみついていたシュウが地面に投げつけられた。
「グハッ……」
地面に全身を強く打ち付けたシュウは、衝撃のあまり内臓が損傷し吐血した。
(痛い……体が熱い……)
痛みというのは一定のラインを超えると、痛いではなく熱いという感覚。その知識が浸透しないのは、その感覚を体感した人は大抵この世にはいないからだ。
(まずいぞ……本当に死ぬのか……)
全身の骨が複数本折れ身動きできないため、損傷部位に意識が集中し内臓がぐちゃぐちゃになっているのを鮮明に感じた。感じれば感じるほど痛みは増し、意識を薄れさせる。目の前がはっきり見えなくなり意識が朦朧とする中、会話をする声が聞こえた。
「・・・だ・・・て」
「と・・・ふ・・・ぞ」
内臓はめちゃくちゃ、骨は使い物にならない状況では耳も仕事をしてくれない。
(日本語か? くそ! よく聞こえねえ……)
かろうじて聞こえたのは絶望的な内容だった。 長い苦痛を超え、ようやく死が近づいてくるのを悟った。傷の損傷が中途半端に甘かったせいか長時間死ねずにいた。
はやく……
早く殺してくれ……
もう生存刑なんてどうでもいい
最初から間違ってたんだ……
何が生き残るだよ……
何が二人で帰るだよ……
何が……
結局なにもできない、俺なんかが生き残れるわけなかったんだ。
欲をいえば最後にちゃんとサバイバルしたかったな……
最後の後悔を口にし、シュウは短く壮絶だったサバイバル生活――生涯の幕を閉じた。
+++++++++++++++++++++++++
”パチ”
目を覚ますと、きらびやかな洋間に横たわっていた。
「ここは……?」
起き上がってあたりを見渡す。派手に装飾が施されている教会のような空間。壁には「ぽい」天使の絵が描かれている。
「こんな絵サイゾリアでしか見たことねえな……」
大手ファミレスチェーン店の名前を出す。
天井には映画に出てきそうなシャンデリア。想像以上に光量があり傷をおって気が病んでいる自分には少し眩しすぎた。
ん……
(痛みがない……だと?)
確かに俺はバケモンに投げられて全身骨折、内臓損傷の重傷を負ったはずだが、この部屋に来た途端その痛みがすっきりとなくなっていた。そこで期末テスト学年一位の頭脳が高速回転を起こした。そうして導き出した答えは
「あ、俺死んだのか!」
死ぬ――それは死んだものにしか体験できないもの。死んでも痛みは続くと思っていたが、現世の状態が死後は適用されないのだとしたら辻褄が合う。それか……
「あとは天使が傷を治してくれたとか?!」
天使かどうかは定かではないが、だれかしら傷を治療してくれたのだとしたら傷がないのはおかしいことではない。しかし、あんな大怪我を治す名医など……
「その両方よ」
背後から女性の声が聞こえた。
振り向くとそこには、赤いドレスで着飾った金髪エルフが立っていた。まさにTHE・エルフというような容姿をしていて、その緑色の眼球には全てを見透かしているようなものすごい自信を感じられた。
「両方? どういうことだ?」
「私があなたの傷を治した。でもあなたは確実に死んだ」
「死んだのにどうして傷を治したんだ?」
そう尋ねるとそのエルフは「フッ」と鼻で笑いこういった。
「それはもちろん、あなたと契約をするためよ」
「け、契約?」
契約という言葉を聞いて思いつくのは、スポーツ選手の契約、企業との契約ぐらいだ。
(まさかこのエルフ、俺の命を助ける代わりに何か要求したりしないよな?)
「そう、あなたの命を助ける代わりにあなたの体を頂戴」
(まさかのビンゴーーー!!)
「体を? ま、まさか……」
「な、なによ」
「俺を下僕にしてあんなことやこんなことやらせるつもりだな!!」
あんなことやこんなこと――それは文字通りあんなことやこんなことをすること。なにをするのかは当事者の性格に大きく左右される。一般的にはいかがわしい行為を行うこと。
「ばっ、ばかじゃないの!! そんな事するわけないじゃない!!」
エルフは顔を真っ赤に染まらせそういった。本気でそういう話に免疫がないのだろうか。
「話を進めるわ」
エルフは恥ずかしさを必死でこらえている様子だった。
「ここは死と生の間の部屋。特に名前はないけど未練がある人はここにくることになっているの?」
「未練? 俺は特にないぞ?」
「死ぬ間際に何かを思ったりしなかったかしら?」
死ぬ間際といえば、体も動かせずに苦しんでいたことしか覚えていない。
「いや特には」
「まあ、死ぬ間際のことを忘れていることはよくあるわ」
かなり大事なことだった気がするが、特に気にしないことにした。
「あなたの体をもらうというのはあなたの体に寄生するってこと。寄生すると私の能力が使えるようになる。それを使えばもう少し生き延びれると思うわ」
エルフの能力と言われてもいまいちピンとは来ない。エルフは弓矢を使っているイメージしかない。まさか弓矢が使いこなせるとかじゃないよな、と願いつつ続けて話を聞いた。
「どう? 生き返りたいとは思った?」
俺は最初から答えは決まっていた。サキを置いてきたんだ。そうやすやすと死んでたまるものか。当然怪しさは十分にあった。しかし、死んでしまった以上、人に頼るしかアクションは起こすことが出来ない。そんな状況で、怪しいから無理など言っていられない。
「もちろん生き返りたい!!」
「わかった。目をつぶって深呼吸をして」
言われたとおり目を閉じ、大きく息を吸い、大きく吐いた。
「いいですよ、目を開けてください」
声を合図に目を開ける。目を開けるとそこには見覚えのある世界が広がっていた。
「死ぬ前と同じ世界だ!!」
『当たり前でしょう。復活したんだから』
どこからか返事をする声が聞こえた。
学年一位のシュウがめちゃくちゃな結論を出すところがお気に入りですw