首元の地図
住居の確保、情報収集(世界の状況)が粗方完了した俺達は、次なる目標である安定した食料収集場所の確保へと作業を移行した。
通常のサバイバルの食料調達といえば、川に住む小魚、森に住む動物、山菜等々。そんな中、サキが先程から何かを作っている事に気がついた。
「サキ、なにつくってるんだ?」
そう尋ねると、サキは動かす手を止め、
「ああ、あの町にいくために武器を作っているんだ。襲われるかもでしょ」
完成した武器(短剣)を見て、俺は混乱した。その理由は、サキの手元がほとんど動いていなかったことにあった。通常、武器といえば剣や斧など何かと何かを組み合わせて作る物。そのため、かなり複雑な作り方をする必要がある。しかし、実際に完成しているという事を考えるとこの世界では武器の素材さえ揃えば、作成には複雑な作業を必要としないということになる。
「それはどうやって作ったんだ?」
「素材を一箇所に集めて形を細部まで想像すればできるってさ」
不自然に。サキはまるで誰かが言ったかのような言い回しをした。
「なんでそんな言い方をするんだ?」
「なんでって、ヘルプに書いてあるよ」
「へ、ヘルプだって?!!?」
ヘルプ――ゲーム内においてチート級の活躍をするツールのこと。運営側が用意した内容に限り、説明書のように丁寧な説明が施されている。ゲームでは基本的に、アイテムの説明、システムの説明など知っているのと知らないのでは天地の差にもなりうる情報が載っている。これはかなりの有利アイテムだ。
洞窟といい、仮拠点の提案や、今回のことといい、サキは重要なところでかなりの活躍を見せてくれている。それはそうとして、こんな優遇を受けてもいいのだろうか。仮にも俺達は囚人なんだぞ……
ヘルプには、先程の武器づくりに加えアイテムの使用方法があった。
(なんだ、意外と少ないのか)
高望みではあるが、敵との対戦中の心得などを期待していた。
「現実はそう甘くはないか……」
ヘルプの確認も一通り終わり、本来の目標である食料調達場所について話合うことにした。
「サキが言っていたように、まずは町に降りてみようと思う。そのためには少なくともある程度町についての情報が必要だ」
スルトに町を指差しながらこう尋ねた。
「あの町について教えてくれ。なんでもいいとにかく沢山」
しばらくスルトはフリーズ状態に陥った。
考えているのか?だが、NPCはプログラムによる行動に限られる。
しばらくすると、突然思い出したかのように話し始めた。
内容は主に二つ。
一つは、あの町は絶対王主政の上に成り立っていること。王といってもNPCなため特に変わったことはしていないが、警護はプログラムによって王絶対の元働いていると考えられる。そのため、王を直接動かすことまでは不可能と考える。
二つ目は、大陸にある国の傘下だと言われていること。大陸には島の住人はいけないため、都市伝説風な情報に過ぎないが、島の中ではかなり発展している方だという。もし傘下というのが本当であれば、この島を敵に回すということは全世界を敵に回すと言っても過言ではない。NPCが自分たちを受け入れてくれるとは考えにくい。そのため、安全が確認できるまでは最低限の食料調達と偵察のみにすることにした。
偵察と言っても種類は主に二つ。潜入型と観察型。潜入型は、正体がバレるというリスクにかわりより濃厚な情報を得ることができる。観察型は、遠距離で行うことができるためリスクはほぼない。しかし、表面上での情報しか得られないというデメリットがある。
「今回はこの二つの特徴から考えて観察型だろうな……」
NPCはプログラムにより動いている。つまり、プログラム外のことが起きるもしくは敵と判断されるようなことは危険だ。警戒、最悪の場合殺されるかも知れない。そのようなことはなんとしても避けなければならない。
「観察型ということで異論はないか?」
サキがうなずく。スルトは先程から黙ってうつむいたままだ。
「観察をするにしてもどこからしようか……」
偵察に適した場所を選ぶ時の条件は二つのみ。一つ目は草や木などの身を隠すことのできる障害物が存在すること。そして、とにかく偵察する対象が広く見渡せること。観察型偵察の目的は、相手に見つからず観察のみでより多くの情報を得られることに尽きる。そのため、このような条件はなにがあっても外すことはできない。そうでなければ偵察をする意味はどこにもないからだ。
「とはいっても、地形はわからないからな」
軽く散策をしたと言っても所詮は人間がパッと見ただけ。そこに期待をするのは無理な話だ。なんの手がかりもなしに初見エリアにいくわけもいかない。
(なにか地図らしき物はないのか……)
先程確認したアイテム欄を再度くまなく確認する。しかし、何度見直してもアイテムは初期とは変わらない。当たり前のことだがこの状況が今はとてもつらい。必死で頭を回し策を練っていると、ファインプレーを続けているサキが口を開いた。
「なんかスルトの首元にボタンあるんだけど、押していい??」
だめに決まっているだろ!!!!!
「あのな、こういうのは大抵自爆装置とか、緊急通報とかそういう類いの物が大半何だ。一回でも押してみろ秒で窮地だぞ?!」
”ポチッ”
「なあにしてんだおまえはああああ!!!!」
サキは華麗なスルーをかまし、心地よいほど迷いなくボタンを押した。
「いやだって一回でも押してみろっていうから……」
「だからって本当に押すやつが居るか!! あーこりゃだめだ、俺たちゃ終わりだ……」
そんな絶望感をいだきながら恐る恐る振り向くと、目の前にあったのは爆弾装置でも緊急通報中の通信機器でもなく、赤い点がついた地図らしきものが映ったスクリーンだった。
「サキ、もう一回ボタン押してみて」
”ポチッ”
ボタンを押すと目の前にあったはずのスクリーンが消えた。
(マジかよ。こんなアニメみたいな機能があるなんて……)
仮想現実内ではイメージさえできれば何もかもが作成可能となる。そのため、本来では再現することのできない機能を作成することができる。
「まあ、兎にも角にも地図が見つかったのは助かるな」
赤い点というのは、案内図によくある現在地を示す点だった。デジタルになると、アプリの地図の如く現在地が移動する。ただ、範囲が決まっているというのは盲点だ。
(さっきからサキの活躍がすごいな……俺も負けてられないな……)
地図には緑、茶、青を使ってそれぞれ草木、土、水を表記していた。その地図に沿って町に一番近い町まで三人は移動することにした。
「移動速度から考えて一時間ぐらいか……長いけど頑張るぞ」
「ええ、そんな歩くの??」
日頃、暑い、寒い、体が痛いなど様々な理由をつけて運動から逃げてきたサキ。当然ここでもその影響が出て、スタートから十分ほどで休憩を挟むことにした。とはいえ上り坂に加え、歩きにくい山道では日頃から適度の運動を怠らない完璧主義のシュウでも堪える所があった。
(やばいな、あと六分の五もあるんだぞ!? このまま敵も出ずスムーズに行けばいいんだけどな……)
ドシン……ドシン
そんな中凄まじい地響きが聞こえた。
音は三人の元へと近づいてくる。
「な、なんかやばくない???」
楽観主義のサキも流石に焦りを感じていた。
ドシン
その瞬間、目の前に大きな壁――巨体をまとったモンスターが現れた。