NPCスルト
まずは辺りを散策する事から始めることにした。
現在の時刻は午前6時。ウィンドウの端にデジタル時計が設置されている。研究施設についたのが午前9時だったことを考えると、この世界独自の時間設定が施されているのだろう。
「一応説明では昼夜のサイクルは同じって言ってたけど、日が暮れる前に住居がないと死活問題になる。散策は長くて正午までにしよう」
「わ、わかった」
日が暮れてしまえば視界が大幅に制限され、襲撃など身の安全を保証できない。もっとも、住居を作ったからといって襲撃が無くなるわけではない。ただ、ないよりは身を隠せるし生活も安定する。
初期スポーン地点から半径一キロほどの散策を3時間かけて行った。付近には、小さな川、大きな崖、木と木、そして崖のてっぺんからは遠くに町らしきものが見えた。全貌はファンタジー世界そのものだった。レンガ造りの家、丘の上には王城もあった。人間が作り出した世界だから当たり前ではあるが――
川には鮎によく似た川魚が泳いでおり、食事には困らなさそうだ。サバイバルとはいうものの未だに敵らしき存在も観測していない。開発されて間もないためか難易度は低いのだろうか。
「よし、ここを住居にしよう」
行動の中心となる基地は川の付近にある少し開けた平野。平野と言っても家一戸分ほどのスペースだが、敵を確認するには最適な場所である。
ここに住むには最低限小屋らしきものが必要になってくる。幸い自分はオールマイティな知識を得るのが趣味だったので、建築知識もかじっている。それを活かせば二人分の家ぐらいは一ヶ月で建つだろう。ただ…
「その間敵が待ってくれる保証なんてないんだよな」
現在敵を観測出来ていない以上、容易に安心することが出来ない。さらには今は自分だけではなく、サキの命もかかっている。そんな状況で賭けに出ることなんて出来ない。どうしたものか…
そんな中、ずっと開かなかったサキの口が開いた。
「そんなことよりさ…めっちゃ雨降ってきそうだよ」
「え?」
急いで上を向くと、黒く大きく発達した積乱雲がものすごいスピードで頭上に移動してくるのが確認できた。これはまずい。
雨が降れば森中の土が水分を吸い足元が悪くなる。最悪の場合土砂崩れの可能性も十分考えられる。
「だめだ。急いであの洞窟に逃げ込もう!!」
二人は急いで洞窟の中へと走った。不幸中の幸いか、洞窟の中は危険物等はなく安心できた。
(もうここを拠点としようか……)
「ねね、シュウ」
なにかひらめいたのか、興奮気味にサキが話しかけてきた。
「ん? どうかしたのか?」
「拠点が完成するまでここを仮拠点にしようよ」
「ここを仮拠点に???」
拠点にすることを考えた時住みにくさを理由に断念した。しかし、仮拠点であればこの居心地の悪い洞窟の中であってもなんとかやっていける。いつもアホで、ぼーっとしているサキだが生命力は高いらしい。
「確かにいいかもしれない。拠点はここにしてまずは火を起こそう」
サバイバルにおいて火は絶対的な存在である。必要性を比較するのであれば、小説における三点リーダークラスだろう。とてもわかりやすい例えである。
幸いこの世界は人工のモノ。実際の火起こしに比べると工程が圧倒的に少なく、火を想像し、火打ち石というアイテムを三回打ち付けるだけ。元のシステムはゲームなため、操作は簡単なものが多い。今後のメンテナンスでより精密な操作が可能となるだろう。
「火は良いなあ……」
”カサッ”
「だ、誰だ!!!」
少し暗くなり始めた森の中から草を踏む音が聞こえた。音からすると多数ではない。
「こんにちは、私はスルトです」
明かりがない、深い暗闇から姿を表したのは純白なワンピースをまとった8歳あたりの少女だった。まともな日本語を喋ってはいるようだが、どことなく人工的な声に似ていた。
(これはもしや、いわゆるNPCというやつか?)
「どこから来たの?」
日頃から年下への面倒見が良いサキが、なれた口調でそう聞いた。
「私に家はありません。ので、その質問には回答しかねます」
人工知能とはいえ、最近の技術を甘んじてはいけない。簡単な会話ぐらいならプログラムを組まなくても人工知能の会話能力で実行可能。さらには学習能力も用いられており、日々の生活をともにすることで内輪ネタまで言えるようになるそう。自分は内輪に入れた経験がないためかなり魅力的に感じた。
「どうする? シュウ」
「そうだな、なにか情報を持ってるかもしれないしここはともに行動しよう」
予想はあたり。多くの情報をスルトから聞き出すことが出来た。内容は大きく分けて3つ。
一つ目はこの世界の住人について。生存刑囚が自分たちのみなため、現状はNPCが世界を支配しているらしい。そいつらの中にも種類はあり王として国を支配する者、貧民として貧しく暮らす者、盗難など犯罪で生計を立てている者様々。しかし、全てにおいて共通しているものがたった一つある。
それが思考力がないこと。確かに学習能力はあるが、臨機応変に物事を解決する能力を持ち合わせていない。そのため、王は王としてあり続け、貧民は貧しくあり続け、盗難もなくなることはない。全員が全員同じことをし続けるということだ。わかりやすくいえば感情がないということ。
(NPCがいるのはわかったが敵はどこにいるんだ? スルトの対応を見る限り、NPCは敵ではなさそうだが……)
二つ目は、この世界の地形を含めた成り立ち。スルトが言うにはこの世界は約100年前に出来たという。実際は10日前に完成したことを考えると、初期の記憶は開発者側が決定したということになる。そうでなければ、現実世界とより圧倒的に時間のスピードが早いとしか考えられない。この世界に降り立ってから6時間ほど経過しているが、現実世界ではほんの数分、下手すれば数秒しか経過していないかもしれない。
この世界は大きな大陸が一つと、その周りに小さな島が何個も存在する。今自分たちが居るのはその数ある島の一つという。
(大陸に行けば何かわかるかも知れないな……)
三つ目は、情報ではなくお願いだった。これもプログラムに存在しているのか、スルトは仲間にしてほしいと言ってきた。それも、大陸に案内することを条件に。ゲームやサバイバルにおいて容易に何かを信じる事はタブーとされている。しかし、ここまで情報を聞いておいて、この暗く、危険な森に放り出すのは自分の倫理観が許してくれない。
(サキも嫌そうじゃないし、仲間にするぐらい良いか)
「よし、仲間にしよう」
感情がないNPCだが、その時は心なしかスルトが笑ったように見えた。
こうしてこの世界で初めての仲間が出来た。