002.
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「ふぅー、今日もダルかったぁ。古文の授業なんて、あれ、完全にみんな殆ど寝てたよね。お昼ご飯の後の古文はキッついわ。」
伸びをしながらあくび混じりで有栖が言う。背中が反って突き出た胸元につい目がいく。Eカップはあるんじゃないだろうか。彼女の胸の真ん前にある桃のフラペチーノになりたい。
「あ、俺…っじゃなくて、わたしは今日ほとんど寝てたからあまり分からなかった。」
「えっ、花も授業中に寝るの?やっぱり医学部A判定は余裕だねぇ。」
……花ちゃんは医学部志望なのか。
「そんなことないよ。本当に授業の内容に付いていけなくて。」
「それ、皮肉にしか聞こえないんですケド。」
有栖がフラペチーノをずずずっと頑張って吸っている。小さい口が可愛くて、あんな事やこんな事を想像してしまう。エロチックなお口である。
「あの、有栖ってさ、今日下着何色?」
赤だ!赤であってくれ!!出来ればフロントホックで、下はお尻が透けてるレースのやつ。
「水色だよー。色なんか聞いてどうするの?運勢とか?」
「あー、そうなの!今朝テレビの占いで乙女座のラッキーカラーは赤ってあったから。でもそっかぁ、水色かぁ。残念だねぇ……。」
おい、待て待て。この目の前の美少女に向かって残念はないだろう、俺よ。光の当たり具合でブラウンにもベージュにも見えるこの髪色と水色の相性は、最・ザ・高!以外のなにものではないじゃないか。
「私、ふたご座だよ。はーなーーっ!親友の誕生日も忘れちゃったの?私は六月生まれだよ。この前花に誕プレでブレスレットもらったばかりなのに。」
「ごめんごめん!言い間違えた。そっか、私はブレスレットプレゼントしたんだよね。」
今も着けてるよと、右手首にかかる、ターコイズ色の石がワンポイントであしらわれてある金色のブレスレットを見せてきた。
「それよりさ」
有栖がストローを指でくるくる回す。ターコイズの石が揺れる、窓から入る夕陽で、金色の輪ブレスレットもキラリと光る。俯く彼女の長い睫毛は今は透き通ったブロンド。
「進路どうするの。花はやっぱり医学部に行くんだよね……。」
「そんなの分からないよ。」
俺、花ちゃんじゃないし。大沼圭吾だし。
「花のいない大学生活なんて嫌。ベンキョーは大っ嫌い。でも、ずっと、このままがいいよ。」
俺は花ちゃんが何者なのか全く知らないので、ウィンドウ越しに行き交う帰路に向かう人達を見ながら、ただ黙って話を聞く。口の中のブレンドコーヒーの豊かな香りと程よい苦みだけが、いつもと同じだった。俺の知ってるスタバのブレンドコーヒー。
「ウチの学校って、校則めちゃくちゃ厳しいじゃん?私はハーフでこの見た目で変に浮いちゃって、京子センセーに髪を染めてるんじゃないかって言いがかりまでつけられて。それでさ、花は『そんなの髪の毛の根元を見れば分かります』って、言ってくれたじゃん。進学先ミスったかなって思ったけど、あの時私、花に会えて良かったって思った。」
今どきハーフなんて珍しくないだろうに、未だにいるんだな、そういうやつ。それと花は曲がった事が嫌いな性格らしい。
「いるよね、みんな同じじゃないと気に食わないってやつ。」
同じ制服、同じ上履き、決まった丈の長さのスカート、決められた髪型。学校という所はルールの塊だ。
「あと有栖は可愛いから目ぇ付けられやすいんだよ、もしかしたらだけど。」
その京子とかいう先公、俺、嫌いかも。
「花も可愛いよ。今日の髪型決まってるし。だけど、そのブラックコーヒーは可愛くない!今を時めくJKならフラペチーノ一択よ。」
ストローを持つ手でピシッと俺を指さす。大きく口を開けて笑う有栖のカラっとした笑い声が耳に心地良い。
コーヒーをちびちび飲みながら有栖と話していると、気付いたことがあった。
手を見れば、その人がどんな生活をしているか分かることが多いとよく言われる。空手家なら拳にタコができ、ギタリストなら指の腹が硬くなる。
実際、俺はずっとハサミを持っていたから、右手の薬指の第二関節あたりにいつもタコが出来ていた。そして今俺の(というか花ちゃんの)薬指は綺麗だ。その代わり、右手の中指にペンだこがあって、左手の小指側の側面がやや硬かった。おそらくよっぽど勉強をしているのだろう。
俺も学生時代、もっと勉強しとくんだったな。スタイリストになってある程度自分の時間が取れるようになってから、よく本を読むようになった。読書はすればするほど自分の世界が広がるから楽しい。たまに読めない漢字があったり、意味の分からない言い回しがあると、やっぱり勉強ってのはやるに越したことは無いと思った。確かに、数学や化学なんかは大人の社会生活では使わないかもしれない。けれど、だからこそ、学生時代にしか教えてもらえないことはもっと熱心に取り組むべきだったのではないか。……花ちゃんは偉いな。