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四話

坂城は三芳と共に殺害された染矢亮太郎の自宅マンションに来ていた。染矢の自宅は世田谷区にあるマンションだった。そこまで古いわけでもないが、新しいわけでもない。警視庁の職員としては普通の自宅だった。玄関から入ると、奥に向かって真っ直ぐ通路が伸びている。通路の右側には洗面所、浴室があり、左側にはトイレがあった。その通路を抜けるとまず右側にキッチンが見え、テレビやソファが置いてあるリビングに入る。一人暮らしする分には狭くはないリビングだ。左側には引き戸があり、そこを開けると一人用のベッドがあり、寝室だった。リビングにはテーブル、テレビ、ソファといった最低限の家具しかなく、よく言えばシンプル、悪く言えば生活感がないというのが正直な感想だった。坂城と三芳は部屋に入るとそれぞれ部屋の中を見ていく。


「なんだか男の部屋にしちゃあ無機質な部屋だな」


「そうですか?男性の一人暮らしってこんなもんじゃないですかね。特に彼女でも居なければ、そんなに物を置く必要もないでしょう」


「お前って結構ドライなんだな」


三芳はそう言って部屋の中を見ていく。引き出しやテーブルの上の手紙を見ていく。カードの請求書や荷物の受け取り票など、特に有力な情報は得られなかったようだ。手持ち無沙汰になっている三芳を横に、坂城は寝室を見ていく。


「あ、パソコンがありますね」


坂城はベッドの横にある小さなテーブルの上にある置型のパソコンを見つける。警視庁に持ってきていたパソコンといい、パソコンでも好きだったのだろうか。総務部の仕事内容的には確かに情報量も多いし、自分用のパソコンは必要かもしれないが、置型のパソコンもあるということは、元々パソコンが好きだったのかもしれない。そうでなければ、警視庁から持ってきていたパソコンを家に持ち帰ればいい。それで仕事もできる。そんなどうでもいい事を考えながら、パソコンを起動してみる。静かな起動音と共に画面に光が宿る。


「あれ、このパソコン、ロックがかかってないですよ」


「それって不用心だよな?さすがの俺でもロックくらいはかけてるぞ」


三芳が坂城の操作するパソコンを覗き込みながら言う。押収された染矢のパソコンは警視庁にあった一台と個人のパソコンの二台だったが、どちらにもしっかりとロックはかけられていた。それに家の置型のパソコンは容量が大きいのでその分大事なデータ、膨大なデータを保存していると思うのでロックはかけてるはずだ。なのにロックはかかっていない。

坂城はファイル等を見ていく。


「まだ詳しく調べてないので分かりませんが、特にこれといった情報はありませんね。まぁノートパソコンにバックドアが仕掛けられていたくらいですから、こっちにも仕掛けられていてデータが削除されている可能性もあります」


「そもそもなんだが、どうしてハッカーは染矢のパソコンにバックドアを仕掛けたんだ?警視庁の人間のパソコンになんて仕掛けたらすぐバレるだろうに」


「実際バレませんでしたけどね」


うっ、と痛いところを突かれたような声を上げて目を逸らす。


「たまたまだった、と言われればそれまでですが、殺害されたとなると正直ハッキングされた単なる被害者、とはなりませんよね」


そう言いながら調べていくがやはりほとんど情報は残っていない。やはり一度しっかり調べる必要がある。坂城は持ってきたノートパソコンを染矢のパソコンに繋ぐと、削除されたデータがないか、復元できるデータがないなを調べていく。三芳はパソコンの画面を見て「俺数字苦手なんだよな」と苦い顔をしながら部屋を見渡す。坂城はそんな三芳を横目に解析を続ける。


「三芳さん!」


「何か見つかったのか?」


坂城の呼び声に三芳は慌てて駆け寄ってくる。坂城はパソコンの画面を指さす。そこにはいくつかのウィンドウ画面を表示されていた。数通のメールでのやり取りだった。件名は全て空白だった。




『2020/6/20/20:12/やぁ、染矢亮太郎』


『2020/6/20/20:13/誰ですか』


『2020/6/20/20:13/君の守護神だ』


『2020/6/20/20:14/人違いじゃないですか?僕はあなたを知らない』


『2020/6/20/20:14/僕は君を知っている。君が流したアレ、僕の手元にあるんだけどな』


『2020/6/20/20:15/お前、何者だ』


『2020/6/20/20:15/言ったはずだ。僕は守護神、君を守る存在だ。だが、守るには条件がある。僕の言う通りにしろ。全てを失いたくないならな』



『2021/5/30/22:50/お前の思い通りにはさせない。そしてお前の言いなりにもならない。覚悟しろ』



そこでメールは終わっていた。最後のメール以前はちょうど一年前のやり取りだ。染矢は急に何者かのメールを受け取り、相手は染矢が何をしたのかを知っている様子だった。そして最後のメール、日付を見ると染矢の遺体が発見される二日ほど前だ。差出人の欄を見ると不規則な文字列、ほぼ意味をなさないメールアドレスだった。つまり偽装、そうしなければならない場所から送られたメールという事になる。


「このメールと出処は分かるのか?」


「メールだけではなんとも。でも恐らくこのメールは『ダークウェブ』から送られてきたようです」


「ダークウェブ?ネットの一番下にある普通では入れないところってやつか?でもメールアドレスから分からないのか?」


「このメールアドレスも全て暗号化されています。そもそもダークウェブ自体が匿名性の高い特別な構造のネットワーク上に構築されたものですから、そこを歩く際には全て暗号化されているんです」


坂城の話を聞いて何となくわかったような表情をして三芳は唸る。

ダークウェブの元を辿るとアメリカ海軍によって開発された「オニオン・ルーティング」という何重にもフィルターをかけて匿名性、秘匿性を高めた技術だ。元は軍が使っていた技術だったが、それが庶民の手にもThe Onion Router、「Tor」として渡るようになった。しかしそれは人々の生活を安全に便利にする目的ではなく、犯罪目的として使われるようになった。ダークウェブ自体は特別な検索エンジンでないと入れないが、ダークウェブや犯罪とは関係ない所謂「光の世界」に住む我々の様な人々に静かに歩み寄っている事もある。何らかのメールやURLから意図せずに情報だけがダークウェブに流れ、それが犯罪に利用される。軍の技術は人々の生活を便利にしたが、中にはダークウェブの様に深い闇に沈んだ技術もある。


「だからメールアドレスも暗号化されているのか・・・・・・これでひとつ分かったな」


「あまり信じたくは無いですね」


三芳の発言に坂城はあまりいい顔をしなかった。


「染矢は恐らく意図してハッカーと繋がりを持っていた。そしてダークウェブとも。文面から見るに染矢はそのハッカーに脅されていた。では脅しの材料は何か」


「恐らく警視庁に保管されている個人情報・・・総務部の文書課にいた染矢なら盗んでダークウェブに流すことはできたでしょうね」


ハッカーと接触する前からダークウェブに警視庁の情報を流していた。四百万の振り込みは分かっているが、恐らくそれ以前にもそれなりの大金が振り込まれているはずだ。坂城はメールを保存すると他のファイルも見ていく。見ていくと一つだけ無名のファイルがあった。そこには一つだけ画像が保存されていた。


「なんだこれ?」


「書きかけの・・・・・・調書?」


ファイルに保存されていたのはほぼ何も書かれていない調書だった。このファイルが調書を保存するファイルなら分かるが、ファイルは無名、それに書きかけの調書だけを残す意図が分からない。


「染矢は一体何を・・・・・・」


坂城がそう呟くと三芳は頭を掻いて顔を顰める。


「とにかく染矢は犯罪に関わっていた。そのパソコンのデータを全部持って帰って警視庁で調べよう」


「・・・そうですね」


三芳の言葉に頷きながら坂城のパソコンにデータを移していく。この置型のパソコンにもバックドアが仕掛けられ、ハッキングされた形跡がある。つまりメールと相手が他の情報を全て消した。しかし染矢はこのメールと書きかけの調書の画像を消去されないようにセキュリティをかけていた。メールは恐らく自分の犯罪を自白する際に見せるつもりだったのだろう。もちろん他の可能性もあるが、調書の方は分からない。これがどうしてセキュリティまでかけられて保存されているのか。すぐにバレるようなバックドアの存在、メールの保存、ここから見ても染矢は幾つか証拠を残しているように見える。まるで調べてくれと言わんばかりに。しかしそれなら何故殺される前に全てを話さなかったのか。派手に動けばハッカーに勘づかれて全てを削除されると判断したのか。どちらにせよ、殺される直前の染矢が残した証拠だ。必ず意味があるはずだ。

データの移行が完了すると、坂城はパソコンを閉じ、外に出た三芳の後をついていく。







━━━━━━━━━━━━━━━




目黒は家でパソコンのキーボードを叩いていた。昨夜朔間課長に頼まれた資料作りは結局途中で寝落ちしてしまい、未完成のまま朝を迎えてしまった。途中一度起きたのだが、その際には既に資料作りの事は忘れ、パソコンを開きながら寝てしまうなんて、と思いそのままベッドに直行した。朝起きてオンラインでの会議をした際に朔間に資料昼までに宜しく、と言われ冷や汗を書きながら「もちろんです!」と答えてしまった。その結果、今猛烈なスピードで資料を作っていた。


「よし、後はここを修正して朔間課長に送れば終わり・・・・・・」


作成した資料を保存し、新規のメールを作り、朔間のメールアドレスに資料のデータと共に送信する。送信した旨を伝えるウィンドウの表示の少し後、朔間から「受け取りました。お疲れ様でした」というメールが入り、ようやく一息つく。


「テレワークも、なんだかんだ言ってきついところもあるよね・・・」


今回の話では目黒が忘れずに資料を作れば良かっただけなのだが、目黒はそうとは思わずに腕を伸ばす。そういえばギリギリまで寝ていたせいで朝食も食べずに会議に参加し、資料作りもしていた為、お腹が空いていた。時計を見ると午前十一時。少し早いが昼食にする事にした。パソコンを半分まで閉じてコンビニに向かう。



コンビニから戻り、昼食を食べ終えた目黒は午後の仕事に取り掛かるべく、パソコンを開いた。保存した仕事のファイルを開こうとした時、一番下に見覚えのないファイルがあるのを発見する。


「こんなファイル作ったっけ?・・・もしかして前の持ち主のとか?」


ちゃんと初期化しといてくれよ、とメガネ店員に心の中で毒づきながら、ファイルを開こうとする。しかし良心が本当に開いてしまっていいのか、と問いかけてくる。今は目黒のパソコンだが、ファイルはもしかしたら前の持ち主のものかもしれない。その中にはもしかしたら見られたくないものが入っているかもしれない。それを見た時、果たして目黒は責任をとれるのか。

少しの葛藤の後、ファイルを開くことを決意した。


「もし変なのだったらすぐ閉じればいいし、最悪またパソコン屋に行ってデータを消してもらおう」


意を決してファイルをダブルクリックする。するとウィンドウが現れ、中には一つのデータらしきものが入っていた。名前は「2007552.txt」。それをダブルクリックして開く。開かれたのはメモ帳。そのメモ帳には文字化けした文字の羅列が大量に表示されていた。


「な、なにこれ・・・気持ち悪い・・・」


目黒はそのメモ帳を直ぐに閉じる。しばらく気持ち悪い文字の羅列が頭から離れなかった。


「仕事終わったらもう一度パソコン屋に行こう」


目黒はとにかく嫌な光景を忘れるために、仕事に没頭する。










「これなんですけど・・・・・・」


「これは・・・・・・」


目黒は仕事終わりの夕方、このパソコンを買ったパソコン屋に来ていた。今日の担当はあのメガネ店員ではなく、四十代くらいの店員だった。見た目からは四十代とは思えないくらい若かった。名札を見ると「店長・漢那」の文字があり、この人があの日、いなかった店長かと思った。店長はパソコンの画面に表示されているメモ帳を見て目黒に聞く。


「・・・これ、いつ購入されましたか?」


「えっ?・・・・・・確か一昨日くらいですけど・・・」


「そうですか。・・・これ、どうします?」


「どうしますって?」


「いや、これ多分画像をテキストとして保存した可能性が高そうです。解析すれば元となった画像が復元できると思いますけど・・・」


復元しますか?と言いたいのだろう。もちろん、復元する理由はないし、しなくていいと言えば店長もそのまま削除してくれるだろう。しかしどうしても気になる。怪しさよりも好奇心が勝るのは人間故か。だからこそ人間はここまで進化し、発展してきたのかもしれない。そんな壮大な考えを抱きながら目黒は店長にデータを復元するように依頼する。


「分かりました。少々お待ちください」


店長がパソコンを持って奥に入っていく。これでやばそうだったらすぐに削除してもらえばいい。前の持ち主には悪いが売りに出した時点でそれは覚悟すべきだ。

しばらくすると、店長が奥からパソコンを持って出てくる。店長は怪訝そうな顔をしていた。


「一応復元はできましたが・・・・・・何かの取引ですか?」


そう言う店長に復元した画像を見せてもらう。


「なにこれ・・・お金?」


画像はWordで作られたリストのようなものだった。一番左の枠には日付、その次の枠には「情報」や「依頼」と書かれ、その次の枠には名前、そして一番右の枠には金額らしき数字が書かれていた。数字はどれも数百万単位だった。


「お客さん・・・これは・・・」


「え?いや、私じゃありませんよ?!元からこのパソコンに入ってて・・・」


「いやいや、別にお客さんを疑ってるわけじゃありません。ただ、これはちょっと危ういような・・・」


「ですよね・・・・・・すみません、やっぱり削除して貰ってもいいですか?」


店長はわかりました、と言うと再び店の奥に入っていく。もしあの画像のリストが犯罪などに使われていたら警察に届けるべきなのだろうが、確証はない。何より面倒事は嫌だった。人としてどうか、と言われそうだが、もし自分と同じような場面に遭遇したら普通の行動だと思う。

店長が奥から戻ってくる。


「削除しましたので、これで大丈夫だと思いますよ」


「あの、パソコンの動作が少し重かったのもこれのせいですか?」


「えぇ、一枚しか見せてませんが、他に数百枚の画像がありました。全部同じようなリストの画像でしたが、容量をかなり圧迫していのでそのせいでしょう。これで動作は軽くなったと思いますよ」


店長にパソコンを返され、色々操作してみる。確かに動作は軽くなった。目黒は店長にお礼を言うと店長は「また何かありましたら、ご連絡ください」と言ってくれた。

目黒はそのままパソコン屋を後にした。辺りはすっかり暗くなっており、時計を見ると既に午後六時を回っていた。帰って夕飯にでもしよう、と考えた時スマホが鳴る。画面に表示されたのは「春日」の名前だった。


「もしもし?」


『あ、明日香。お疲れ様・・・・・・って今外?今日在宅じゃなかったっけ?』


「うん、まぁずっと家に引こもるのもあれだし、気分転換にね」


『そっか、ならちょうど良かった。今から夕飯にでも誘おうって思ってたんだ』


春日からの誘いに少し考えてから行く旨を伝える。


『オッケー。じゃあ十八時半に北千住駅前ね』


春日との通話を切る。友人と夕飯を食べに行くのは久しぶりだ。このご時世外食はおろか、買い物だって友人と行かなくなってしまった。去年一年間は我慢したので今日くらいはいいかな、なんて思った故の決断である。もちろん、感染対策はしっかりしていくが。







「でさー、その人が大きな声で『マスクしろ!』って言ってたの。マスクしないで」


「意味ない!」


北千住駅前で落ち合った目黒と春日はあまり遠くは行きたくなかったので、駅近の居酒屋に入店した。店内はガラガラで、好きな席に座れた。カウンターやテーブルには飛沫防止のアクリル板が設置されており、営業時間も午後八時まで、となっていた。飲食店はどこも大変なんだな、と思った。


居酒屋に入店してから三十分ほど経過した。少しお酒が回り、話も弾んできた。


「でも、昔ならマスクしないだけでなんにも言われることはなかったのに、今じゃマスクしてなかったら犯罪者扱いしてくる人もいるもんね」


「世の中がそういう風になったから仕方ないよ。皆命は大事だしね・・・・・・まぁやりすぎな人はいるけどね」


二人で苦笑いしながら話を弾ませる。やはり人とのコミュニケーションは大事だ。こうして話すだけでも気持ちが和らいでいく。パソコン画面上でも話せるが、言ってしまえば液晶に話しかけているだけ。そう考えてしまったらとても虚しくなってしまう。


「そういえばパソコン大丈夫?」


「ん?・・・大丈夫だよ、ちゃんと便利に使えてる」


「ならいいけどさ。あんまりセキュリティが低いと変なメールが来て詐欺とかに引っかかる、なんて事もあるからさ」


「フィッシングメールってやつ?でも私は基本知り合いとか会社からのメールしか受け取らないから」


「油断は禁物・・・・・・ってもまぁ確かに、基本知ってる人からのメールしか受け取らないか」


二人はその後も近況を報告し合ったり、会社のことを話したり、とにかく時間を忘れるくらい楽しい時間を過ごした。



その様子をスマホで映す人物が一人。その人物は目黒達の向かいの席、目黒からしたら背中側の席に座っていた。スマホをいじる振りをしながらカメラで撮影を続ける。もちろん目黒達は気が付かない。


「そろそろ帰ろうか。あんまり居たらダメだしね」


「オケ。今日は私の奢りってことで」


「え?!いいよ!せめて割り勘にしよ?」


「こういうのは甘えてた方がいいの。それに誘ってくれて嬉しかったし、お礼のつもりで」


「ありがとう・・・今度は私に奢らせてね」


二人のやり取りをずっと撮影する。二人が退店するまで撮影をしてから、その人物も追うように会計を済ませて退店する。




「それじゃ、また明日会社でね」


「うん・・・あれ?明日は出社日だっけ?」


「明日はオンラインじゃできない大事な会議だからって朔間課長が言ってたじゃん!」


「そうだった・・・ありがとう、助かったよ。じゃ、また明日」


目黒は春日に手を振ると、春日も手を振りながら北千住駅の人混みの中に消えていく。それを見送り、目黒も自宅への帰路につく。

目黒は自宅マンションへの道である住宅街の道に入る。帰宅時間帯だが人は少ない。在宅勤務が多いせいだろう。少し不気味な静けさを醸し出す道を歩く。

ふと、後ろから自分以外の足音が聞こえた気がする。もちろん全く人が通らない訳では無いので人がいたって別に不自然ではない。だが、何故か嫌な悪寒が背中を襲った。


「っ・・・」


怪しまれない程度に後ろを振り返る。しかし、人の姿は全くない。


「・・・気のせいだよね。ちょっと考えすぎか」


そう言い聞かせて道を歩く。その瞬間。



ピコン





と。何か聞き覚えのある音がした。すぐに後ろを振り返る。しかし人影は無い。

目黒は気のせいだ、と言い聞かせながら道を走る。息を切らせながら自宅マンションにつき、部屋に入ってすぐに鍵を閉める。考えすぎかもしれないが、一人暮らしともなるとこれくらい敏感にはなってしまうものだ。


「はぁ・・・・・・飲みすぎたのかな」


水を飲み、明日の会議で使う資料を確認する為にパソコンを開く。動作は軽く、すぐにファイルを開けた。資料を確認していた途中、メール着信を知らせるウィンドウが表示される。名前はなし。少し不気味に思いながらメールを開く。






『それをすぐに返せ。さもなければ殺す』






一気に血の気が引いた。すぐにメールを閉じ、削除する。


「なにこれ・・・イタズラのメール?・・・それにしてはちょっと冗談が過ぎるよ・・・」


削除したメールの内容を忘れようと資料の確認をしていく。すると、玄関のポストからストン、という音が鳴る。こんな時間に郵便なんて珍しい、と思いながらポストの中を見る。中には四号の茶封筒、宛名は不明。間違いかと思ったが、封筒の表に書かれている宛名は正しく自分の名前だった。

封筒を開けると一つのスマホ。

電源ボタンを押すと既に電源が入っていたようで、すぐにホーム画面が表示される。パスワードはなく、アプリ画面に移った。しかしアプリは写真のアプリしかなく、それ以外のアプリは全て削除されていた。


「なにこれ・・・」


そこに映っていたのは、春日と夕飯を食べている目黒の様子だった。それはしばらく続き、退店してから一旦動画が切られ、またすぐに動画が再開する。今度は道を歩く目黒を後ろから撮影したものだった。何度か振り返る目黒が映り、スマホの目黒とそれを見ている目黒の目が合う。家の中に入る目黒を下から見上げる形で撮影され、動画は終わる。

不穏な静けさが部屋を覆った。目黒はスマホを机の上に置き、ただ震えた。

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