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三話

目黒明日香は池袋にある会社に来ていた。今日は週に一回の出社の日だ。以前なら毎日が当たり前だったが、今ではテレワークで週一での出社でもめんどくさい、と思ってしまう。本当はそう思う方がおかしいのだが、もしコロナ前の日常に戻って毎日出社となったらきっと慣れるのにまた一苦労するだろう。

目黒はデスクに座ると、隣から肩を叩かれる。


「明日香おはよ。なんか久しぶりに見た気がする・・・」


「紗友里・・・昨日も朝の会議で顔みたじゃん・・・まぁパソコンだけど」


隣は同僚の春日紗友里だ。昨日電話で話していた人だ。入社時からの友人であり、持ち前の明るさとコミュニケーション力で周りからも高い評価を得ていた。そんな春日は隣の目黒によく話しかけてきてくれた。目黒も次第に心を開き、今では休日に買い物に出かける仲にまでなっている。


「あ、これ昨日言ったCDね」


「お、サンキュ。どう?めっちゃかっこよかったでしょ」


「うん、でも私はもう少し静かな曲が好きかな」


「あー、ロック聴いてみたいって言ったから貸したのに文句かー?」


そう言われたが実際は半ば強引にCDを渡されたのだ。多少の文句はつけてもいいだろう、と思う。


「ごめんごめん、また気が向いたら貸してよ」


「今度は自分で買ってねー」


春日は冗談を笑いながら言う。そんな明るさに何度も助けられたのだな、としみじみ感じパソコンを出す。パソコンの充電ケーブルをデスクの下にあるコンセントに繋ぐ。


「あ、それってもしかして昨日買ったやつ?」


春日が資料を出しながら聞いてくる。


「そうだよ。急に壊れたからびっくりしちゃったよ・・・テレワークって確かにいいけどパソコンが壊れたら一発でアウトだからね」


「予想外の出費だったね」


「でもこれ、一万五千円だったんだよ?」


「え?!」


春日は驚いた声を上げてパソコンを見る。やはり他人から見ても新品同様なのにこの値段は驚愕なのだろう。春日は少し不安そうな顔をして聞いてくる。


「大丈夫なの?ちゃんとセキュリティとかやってる?絶対何か訳ありだってこれ・・・」


「私もそうかも、って思ったんだけど使ってみたら普通に使えて大丈夫だったよ」


オンライン会議もスムーズにできたし、資料作りやメールなどもスムーズにできた。買った時もパソコン屋のメガネ店員がちゃんと初期化やセキュリティのチェックもしてくれたので安心して使っていた。春日は目黒の話を聞いて不安そうな顔は変えなかった。


「まぁ、大丈夫ならいいけどさ。何かあったら言いなよ?明日香はちょっといい加減な節があるから」


「分かってるって。でもパソコン買ったくらいで犯罪に巻き込まれるわけじゃあるまいし」


春日の忠告を一応受け止めておきながら、今日の仕事に取り掛かろうとパソコンを起動する。昨日も見た最初の画面でパスワードを入力してホーム画面に移る。資料が入っているファイルを開こうとしたが、動作が重い。昨日も確か動作が重かった時があった。


「んー、やっぱり一万五千円は安すぎたのかなぁ・・・」


少し高くてもしっかりしたものを買えば良かったか、少しだけ後悔しながら何とかパソコンを動かして仕事に取り掛かる。

それと同時に目黒の脇から数枚の資料を滑り込ませられる。目黒はびっくりしてその方向を見ると、三十代半ばくらいの男性がいた。


「あ、おはようございます。朔間課長」


「うい、おはようさん」


朔間と呼ばれた男は目黒と春日がいる課の課長だ。入社当初から何かと面倒を見てくれている。


「テレワークばっかりだから、今日はてっきり遅れてくるかと思ったよ」


「課長結構酷いこと言いますね?!テレワーク明けだから遅れるなん真似しませんよ」


少しドヤ顔で朔間の予想を裏切ると、朔間はすまんすまん、と笑いながら謝る。なんだかひょうきんな人だがこう見えて仕事はできるのだ。社内はもちろん取引先からの信頼も厚い。朔間の仕事っぷりには何度も助けられてきた目黒はその実力をよく知っている。


「そういえばパソコン変えたんだってな。ってことはパソコンのメールアドレスも変わってるのか?」


「あ、そこは引き継いでもらったので前と同じで大丈夫です。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「ならよかった。・・・テレワークはいいけど、パソコンが壊れたら仕事が出来なくなるっていうのが課題だよなぁ」


今度は壊れないように気をつけろよ、と朔間からの忠告を春日からの忠告と一緒に受け止める。




━━━━━━━━━━━━━━━



坂城純は警視庁総務部文書課にある一人の職員のパソコンを調べていた。その職員の名は染矢亮太郎。昨日八王子で刺殺体として発見された男性だ。

それを知ったのは昨日だったが、ハッカーの特定に時間を割かれてしまい、結局調べるのが翌日の今日になってしまった。ちなみにハッカーの特定には至らなかった。中々いい所まで言ったのだが、途中からダークウェブを経由していたので、ありとあらゆる通信が暗号化されていたのでそこで手間取ってしまい、結局途切れてしまった。その後、ハッカーの特定は諦め、同時に染矢のパソコンを徹底的に調べるように指示が出たので、今それをやっていた。


「何か分かったか?」


課長の宮野屋が坂城の元へやってくる。坂城は少し疲れて様子で答える。


「えぇ、まず昨日のバックドアの解析で判明したIPアドレスに該当するパソコンで間違いないでしょう」


「やはりそうだったのか・・・しかしバックドアの設置を警視庁のパソコンでやるとはな。調べられたらすぐにバレることなのにな」


「それが、よく調べてみたらバックドアが仕掛けられていたのは警視庁のサーバーではなく、この染矢のパソコンみたいでした。このWordのアプリケーションに『トロイの木馬』が仕掛けられていました」


坂城はWordのアプリケーションを指さして宮野屋を見る。宮野屋はトロイの木馬か、と苦い顔をする。トロイの木馬とは、無害なプログラムやソフトウェアに偽装されており、その中にマルウェアとしての機能を隠し持っている。それが何らかの操作によって活動するように仕組まれているファイルだ。かのギリシア神話に登場するトロイの木馬のストーリーと内容が似ている事から名付けられている。


「今回はバックドア型のトロイの木馬ですね。染矢本人も気付いてないうちにファイルをダウンロードされ、勝手にバックドアを仕掛けさせられた」


「そうなると、染矢とそのハッカーの関連も怪しくなってくるな。染矢はそのトロイのなんちゃらの存在を知っておりハッカーに接触、殺害された」


聞き慣れない声からの返事に少し驚いて部屋の入り口を見ると、三十代の見慣れない男性が入ってきた。その男性は坂城の元へ行くとパソコンを見る。


「これ、染矢のパソコンか?」


「あの、あなたは?」


「捜査一課の三芳だ。殺害された染矢のパソコンを見ようと思ったら、既にサイバー犯罪対策課に持ち込まれたって聞いてな。お前は?」


「サイバー犯罪対策課の坂城純です」


三芳は坂城を見て若いなぁ、と呟いてパソコンに向き直る。


「んで、そのハッカーと染矢の関連は?」


「まだ決まってませんよ」


坂城は隣から同僚女性の皆原が話してくる。


「さっきも言いましたけど、トロイの木馬というファイルは仕掛ける相手には分からないように仕掛けるものなんです。だから染矢自身も仕掛けられた事を知らなかったと思いますよ」


「悪いが、俺達は色々な可能性を疑わなきゃいけないんだ。『だと思う』じゃ済まされないんだ」


三芳と皆原の間に少しピリッ、とした雰囲気が漂い始めたのを感じて、坂城は慌てて二人の間に入る。


「と、とりあえず両方の可能性はあるということで・・・・・・それと、もう一つ。染矢はバックドアを仕掛けた、もしくは仕掛けさせられたと思われる一ヶ月ほど前に何者かから四百万を受け取っています」


パソコンを操作してメッセージを表示させる。『振込み確認』の文字と共に四百万の文字。まだ口座を直接調べた訳では無いので確実ではないが、もしこの金がバックドア設置の報酬だとしたら、染矢は恐らく意図的にバックドア設置に関与していたと思われる。


「送金元は?」


「ダメです。完全に消去されています。バックドアを仕掛けられた時点で遠隔操作で全て消去されているでしょう」


「これが染矢の意図したことにしろそうでないにしろ、金を受け取っていたなら前者という事になる。そうなればこのハッカーが大きく関与している可能性もあるな」


三芳はパソコンを見てメモをとり、坂城の肩を叩く。


「まぁもしかしたら殺人と不正アクセスが関連してるかもしれないんだ。何かあれば情報を共有しよう。身内でいがみ合ってたら解決できるものもできなくなるしな」


「それはもちろん・・・・・・それじゃ、何か分かり次第」


三芳は坂城の返答を満足そう聞いて、皆原と宮野屋にも軽くよろしくお願いします、と頭を下げてから部屋を後にする。捜査一課の人達はこのサイバー犯罪対策課を何かと嫌う傾向があると思っていたが、中にはそうでない人もいる。もちろん三芳は事件解決の為の手段として頼っているのだろうが、変に絡んできたりするよりは素直に頼ってくれればこちらも全力で協力する。


「坂城、お前あの刑事さんと動いたらどうだ?」


「三芳さんと?」


宮野屋の突然の提案に驚く。皆原もそれは・・・とあまりいい顔をしなかった。


「関連がないわけでも無さそうだし、多分染矢の家にも行くはずだ。なら染矢の家にあるパソコン等を調べるチャンスだ。それに三芳さんはサイバー犯罪に対する知識も乏しそうだし、何よりなんか見てて合ってるぞ?」


宮野屋が苦笑いして、まぁいい経験だと思ってさ、と軽く肩を叩いて言う。確かに染矢の殺害が不正アクセスに関連しているのなら一緒に行って調べるのが効率が良いだろう。相性が合う合わないは置いといて、三芳にも坂城にも有益な情報が手に入り、事件が解決に進めばいい。


「わかりました。それじゃ、少し行ってきます」


そう言ってパソコンを閉じる。必要な荷物をまとめると、急いでサイバー犯罪対策課を後にした。



━━━━━━━━━━━━━━━


「お疲れ様でしたー」


午後六時。目黒は社員たちに挨拶を告げると職場を後にする。久々の出社だったが、同僚や上司に会えて良かった。テレワークもいいが、基本一人なので話す人がいない。気軽なのはいいのだが、コミュニケーションが格段に少なくなるというのは少し寂しかったりもしていた。こうして出社して同僚と少しでも話しながら仕事ができるのはいい。そう思うと早く元通りの生活に戻って欲しい、と思う。

電車に乗り、北千住にある自宅マンションに帰る。久々の出社に少し疲れ、ソファに倒れ込む。少し意識が落ちてきたところでスマホの着信音で意識が引き戻される。眠そうに目をこすりながらスマホの画面に映し出されている名前を見る。朔間からだった。


「もしもし、課長どうかしたんですか?」


「ごめん、帰ったばかりで。実は明後日使う資料なんだけど、急遽明日使うことになったんだ。データ持ってるの目黒だけだし悪いんだけど、作って明日の昼前までに送ってくれないか?」


「あー、はい。分かりました。作成次第送りますね・・・・・・はい、失礼します」


スマホの通話を切る。まじかー、と思いながらこのままスーツのまま寝てしまいそうだったので、いい眠気覚ましと思って資料の作成に取り掛かる。コンビニで買ってきたおかずと朝に炊いておいたご飯を温め、テーブルの上のパソコンの傍らに並べようとする。しかし、パソコンを変えるきっかけとなった出来事を思い出してパソコンを一旦閉じ、夕飯に集中する。

夕飯を食べ、入浴して時計を見る。午後十時を回っていた。だが、明日からまたテレワークなので多少夜更かししても大丈夫なはずだ。頼まれた資料作りに取り掛かる為パソコンを起動する。資料のファイルを開こうとした時、軽快な音と共に左下に小さなウィンドウが表示される。誰かからメールでも届いたか、と思ってウィンドウをクリックする。


「偽装メールの注意のお知らせ・・・」


メールを開くと警視庁からのメールだった。内容は警視庁を騙ったメールが増えているという内容だった。そして一番下には見本として本物の警視庁のホームページへのURLが貼り付けられていた。


「確認した方がいいよね・・・」


目黒は特に怪しむことなく、警視庁のホームページのURLにカーソルを合わせ、クリックした。












『Location information identification(位置情報特定)』






『Backdoor downloading・・・・・・(バックドアダウンロード中)』







『Download complete(ダウンロード完了)』








機械音しか響かない暗い部屋で軽快な音が鳴り続ける。パソコンの前で猫背になりながらパソコンを操作するその人は、画面を見てニヤニヤと笑う。画面には「偽装メールの警告のお知らせ」のメール。IPアドレスからメールを送った。その人は更にパソコンを操作する。




『Connecting to Central Processing Unit・・・・・・Connection completed(中央処理装置に接続中・・・・・・接続完了)』







『Connecting to the operating system・・・・・・Connection completed(オペレーティング・システムに接続中・・・・・・接続完了)』






『Connecting to application software・・・・・・Connection completed(アプリケーション・ソフトウェアに接続中・・・・・・接続完了)』





次々と表示されるウィンドウを見て笑う。接続完了のお知らせと共に画面に次々と接続先のパソコンの画面が表示される。接続先のパソコンは何かの資料を作っている最中だった。その人はそれを少し見てからデスクトップのファイル等を次々と見ていく。大体は会社の資料のようだ。それらも一瞥してファイルを見ていく。そして一つの隠しファイル見つける。ファイル名は『transaction(取引)』。その人は血相を変えてファイルを開こうとする。しかしファイルは開くことなく、『このファイルは参照できません』と表示された。何度やっても同じ、その人のクリックする速度は早くなり、机を思い切り叩く。荒い息を吐きながら隣のパソコンの画面に移る一人の男の顔写真を睨む。その人は怒りに顔を歪ませ、しかし同時に不気味な笑みを浮かべてパソコンを操作する。


『ユーザーアカウント名:目黒明日香』


その名前を見て、顎をさする。傍らに無造作に置いてある刃渡り十数センチのナイフを弄びながら、唇を舐める。

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