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第18話

 「きゃっ」


 周囲の出店を見ていたレオルベンの耳にラファミルが悲鳴が届いた。主人であるラファミルに何かしらの身の危険が襲ったと思い、すぐにラファミルの方に視線を移して安全を確認するレオルベン。幸いなことにラファミルが怪我をした様子はない。ただその代わりにラファミルの前に涙を流す少女がいた。


 「うぁ~ん」


 どうやらこの人込みの中でラファミルとぶつかってしまったらしく、その衝撃で躓いてしまったようだ。まだ五歳ほどの小さな少女は地面に座り込みながら泣き叫ぶ。


 突然の鳴き声に周囲はラファミルたちの方を見るが、彼らに話しかける者はいない。それはラファミルが近寄りがたいというよりは、彼女の後ろでいまだに言い合っているティルハニアとオティヌスカルを見て距離をとっていると言った方が正確だろう。


 そんな二人を放置し、レオルベンは第一にラファミルの身を案じた。


 「ラファミル様、お怪我は?」

 「私は大丈夫。でもこの子が……」


 自分の前で座り込んで泣き叫ぶ少女にラファミルはどう接すればいいのかわからない。小さい子のあやし方を知らないラファミルにしてみれば、いきなり目の前に泣き叫ぶ少女が現れて動揺していることだろう。


 そこでレオルベンがしゃがみ込み、少女に目線を合わせると優しい声音で尋ねる。


 「大丈夫ですか、お嬢さん?」

 「うぇ~ん」


 レオルベンが話しかけるも、少女は泣き続けたまま何も言わない。というよりはレオルベンの声が耳に届いていないと言った方が正しいだろう。


 「はて、困りましたね」


 ラファミルと同じく、小さな子の扱いに慣れていないレオルベンも泣き叫ぶ少女にはお手上げの様子。勇者や魔王はできても、小さな子の相手は難しい。かといってラファミルの背後でいまだに言い合っている勇者(仮)と魔王(仮)は頼りにならないので、レオルベンがどうにかするしかない。


 レオルベンは必至に最善策を考えるが、中々いい案が思いつかない。そうこうしているうちに通行人たちが何事かと足を止めて注目する。このままでは勇者科首席と魔王科首席が幼女を泣かせたと言われるかもしれない。


 なんとしてもそのような事態を避けなければならないと考えたレオルベンは変顔でもして少女の注目を集めようかと考え始める。だがその前にラファミルが動いた。


 ラファミルは泣き叫ぶ少女の前に腰を下ろすと、右手でやさしく少女の頭を撫でる。そして左手を開くと、二言三言つぶやき、少女にやさしく話しかけた。


 「見て、今からお花が咲くわ」


 ラファミルに話しかけられた少女は泣きながらもラファミルの左手に目を移す。すると次の瞬間、ラファミルの左手に氷の塊が出現し、そのまま中心から開くようにして氷の花が咲く。そのあまりに幻想的な光景に周囲にいた人たちは感嘆の声を上げ、先ほどまで泣き叫んでいた少女は目を奪われる。


 そして花の底から氷が伸びると、一本の茎を形成し、あっという間に一輪の氷の花が出来上がった。ラファミルはその花を少女に向かって差し出すと、さらに優しい声音で謝罪の言葉を述べる。


 「さっきはぶつかってごめんなさい。これはお詫びよ」

 「わぁ~」


 氷の花を差し出された少女はいつの間にか泣き止み、ラファミルから氷の花を受け取る。その目はキラキラと輝いており、氷の花を大切そうに握った。


 「私の名前はラファミル。あなたの名前は?」

 「エマ!」

 「そう、エマちゃん。いい名前ね」


 そう言ってラファミルはエマの頭を優しくなでる。その姿は学園ではまずみられないラファミルの姿であり、言い争いをしていたティルハニアとオティヌスカルの二人もいつの間にかラファミルのことを見ていた。


 「ほう、ラファミル嬢は氷雪系の魔術を使うのか。中々のものだ」

 「あのような繊細な技、さすがは魔王の主であるお方」


 初めて見るラファミルの魔術に感嘆する二人。ラファミルの魔術の腕は各学科の首席である二人の目から見ても中々のものである。新入生でこれほどの魔術を使える実力者はそう多くはないだろうというのが二人の率直な感想だった。


 「ところでこちらのエマさんのご両親はどちらにいらっしゃるのでしょうか」

 「そうね、この子が一人で歩くには人が多すぎるわ」


 近くにエマの両親の姿がないことを不審に思うレオルベンとラファミル。いくら人が多いからと言っても、あんなに騒いで両親が姿を見せないのは少々おかしい。


 「エマちゃん、お母さんとお父さんは?」


 そこでラファミルが尋ねると、エマは周囲をキョロキョロと見渡す。そして両親の姿がないことに改めて気づくと、再び泣き始めてしまう。


 「うぁ~ん、パパ、ママぁ」

 「どうやら迷子らしいですね」

 「みたいね。仕方ないから私たちで両親を探すわよ」

 「かしこまりました」


 ラファミルはエマの方に向き直ると、頭を優しく撫でながら諭すように話しかける。


 「エマちゃん、泣かないで。お姉さんたちがエマちゃんのパパとママを探してあげるから」

 「ほんとぉ?」


 涙目でラファミルのことをみつめるエマ。ラファミルはそんなエマにニッコリと笑顔を見せて頷く。


 「任せて」


 ラファミルの言葉を聞いたエマの表情がぱぁっと明るくなる。二人の姿を見たレオルベンや後ろの二人もつい微笑んでしまう。


 そこからラファミルたちによるエマの両親大捜索が始まった。


 ラファミルの右手をぎゅっと握るエマ。もう片方の手には先ほどラファミルが作り出した氷の花が大事そうに握られている。そして二人の後を見守るようについていくレオルベン、ティルハニアとオティヌスカルの三人。


 特にレオルベンの後ろについている二人は先ほどから大声でエマの両親に呼びかけていた。


 「エマちゃんの両親はいませんかー!」

 「エマさんの親御さんがいたら返事をしてくださーい。エマさんはここですよー!」


 人類で最も英雄に近い二人が大声で迷子の両親を探している光景は何とも微笑ましいもので、すれ違う人皆が彼らを笑顔で応援する。中には出店で買ったばかりのわたあめをエマにプレゼントする通行人までいるほどだ。


 「エマちゃん、おいしい?」

 「うん! お姉ちゃんにもあげる!」

 「私に? 私は大丈夫だから全部食べなさい」

 「いやっ! これお姉ちゃんのぶん!」


 そう言って右手に持つわたあめから一切れ取ってラファミルに差し出すエマ。それはエマなりの感謝の印なのだろう。


 戸惑いつつも、エマの好意を無下にするわけにはいかないラファミルは、差し出されたわたあめを受け取ると素直に頬張る。途端に口の中に広がる甘さが入学以来疲れたラファミルの身体を癒す。


 「おいしい?」

 「うん、おいしいわ。ありがとう、エマちゃん」

 「うん!」


 ラファミルが感謝の意を述べると、笑顔でうなずくエマ。そして自分の手に持っているわたあめを再び頬張りはじめ、左手をラファミルの右手のところまで持ってくる。ちなみにラファミルのあげた氷の花はエマのポケットに大切そうにしまわれている。


 そして両親探しを始めてちょうど一時間ほどが経った頃だった。


 「エマ!」

 「ママ!」


 エマの前に現れたのはエマの母親。エマを目の間にすると、今にも泣きそうな表情で娘のことをぎゅっと抱きしめる。


 「もう、心配したんだから!」

 「ママ、ごめんなさい」

 「無事でよかった」


 腕の中に確かに娘の存在を感じた母親は心の底から安心しきった表情になる。この人ごみの中で娘とはぐれてしまったのだから、その不安は計り知れない。


 「エマ、この方たちは?」

 「お姉ちゃんが一緒にママを探してくれたの!」


 エマが笑顔で答えると、母親は立ち上がってラファミルたちに深々と頭を下げる。


 「この度は娘のためにありがとうございました」

 「いえ、私たちは当然のことをしたまでです」


 何度もラファミルに向かって頭を下げる母親。その後ろには人類で最も英雄に近い二人がいたにも関わらず、二人に気づかないほど母親はラファミルにお礼を言い続けた。そして別れの瞬間が訪れると、エマが笑顔でラファミルにお礼を言う。


 「お姉ちゃん、ありがとう! またね!」

 「本当にありがとうございました」


 最後にもう一度頭を下げると、二人は手をつなぎながら仲良く帰って行った。エマは母親にラファミルから貰った氷の花を嬉しそうに自慢している。


 二人のことを見送るラファミルにレオルベンが言葉をかける。


 「よかったですね、ラファミル様」

 「ええ、本当によかったわ。やっぱり家族っていいわね」


 小さくなっていくエマたちのことを見つめながら微笑みラファミル。だがその表情はどこかはかなげで、寂しそうだった。


 その表情を見たレオルベンは後ろにいたティルハニアとオティヌスカルにあるお願いをする。


 「すいません、少しお手洗いに行くのでラファミル様をお願いできますか?」

 「ああ、構わないぞ。待っているから早く済ませるんだぞ、レオ」

 「いえ、少し長引きそうなので先に見ていてください」

 「そうか。ならゆっくりと用を済ませてくるといい。ラファミル嬢のことは任せろ」

 「魔王様の不在の間、このオティヌスカルが命に代えてもラファミル様のことをお守りいたします」

 「では、お願いします」


 そう言ってレオルベンはラファミルたちとは別行動に移った。

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