7.紋章と再会の果て
7.紋章と再会の果て
翌日、リュックは街中にいた。一人で城を抜け出した頃とは違い、誰もが自分のことを認識している。ロレンヌの民たちが自分の願いを叶えてもらおうと、リュックの行く場所行く場所に集まって来る。その混雑をミシェルとジャックを中心に新体制のロレンヌ王国軍が整理する。
今日のリュックの目的は、街中の乞食たちを一掃することだった。国内を四区画化し、四部隊に兵たちを分けると、乞食たちを中央広間へ集めた。集まった広間ではその乞食独特の虚無感と異臭が広間全体を覆っていた。一掃といっても、惨殺ではなく皆を更生させ、最低限の生活と共に、社会復帰をさせるのを目的とした。
「皆それぞれ、深い事情があって今の生活をしているのだろう。ここで私が皆に職を与えたところで喜ぶものは少ないだろう。それでもまず、皆に最低限の衣食住を与えたいと考えている」
リュックはそう話すと部下たちに乞食たちの水浴びや散髪、着替えなどを施させた後、食事を与えた。
「リュック様」そうリュックに声をかけたのはエジット・フレイだった。
「どうした、エジット?」
「実は乞食の中にこんな物を所持していた男がおりまして」そう言ってエジットは鞘付きの立派な短剣を取り出した。
「これは・・・」リュックは短剣を手にすると息を呑んだ。「持ち主は?」その短剣のガード中央にはフェニックスの紋章、つまり王家の紋章が施されていた。
「持ち主はこちらです」そう言ってエジットはリュックを案内した。
案内されたその先にいた男はリュックと同じ髪色をした男、パトリックだった。
「パトリック・・・」
リュックは目の前の男をパトリックだと認識し、掠れそうな声でその名を呼んだが、その男からは何の返事もなかった。男は虚ろな目でリュックを見ると、剣を返せといった様子で手を差し伸べた。
「パトリックではないのか?私だ、リュックだ」
すると男は突然、隣にいたエジットの剣を腰から抜き、リュックの右方向から斜めに斬りかかった。リュックは即座に剣を抜き、その斬撃を受け止めた。互いの剣がガチガチと金属音を鳴らす。リュックはパトリックを正面に押し出し、パトリックの体を退けた。一度後方によろめいたパトリックだったが、すぐさま態勢を立て直し、上段に剣を振りかぶった。リュックは両手で剣をしっかり持つとパトリックの剣を受け止めそのまま弾き飛ばした。石畳に落ちた剣の音と二人の荒げた呼吸音が、緊迫感を広げていた。
しかしすぐにその緊迫は解かれることとなった。
「止めろ!」リュックは叫んだ。
男が落ちた剣を取ろうと動き出した瞬間、男の背後から、エジットが男の胸を突き刺していた。ボタボタと血が滴れ落ち、男の口からは湧水のように赤い血が溢れ出て来る。男はそのまま地べたにストンと膝から崩れ落ちた。
「おい!」リュックは男に走り寄った。「しっかりしろ!」
「兄上の・・・女、を・・・殺・・・した・・・の、は・・・わた・・・し」その男はやはりパトリックだった。そしてクロディーヌを殺した犯人だった。後にリュックは、獄中のワルテルを訪問した際に知ることになるが、女によって腑抜けた兄への幻滅、兄をそうさせた女への恨み、ワルテルにそこを付け入られ、パトリックの思考は変わってしまっていた。
やがて訪れたロマニア軍の奇襲に臆したパトリックは、命からがら逃げだしていた。その後は臆病な自分にも幻滅し、絶望感を抱きながら乞食を続けていた。
リュックはパトリックの亡骸を抱えながら、その場で泣き崩れた。リュックを護ろうと、パトリックの命を奪ったエジットの行動をリュックは理解し、咎めることは一切しなかった。
リュックは息子のルイ、国防大臣となったミシェルと国防副大臣のジャック、そしてジャックの妻であるリリーと、娘のエマを引き連れて、ギュエルタスたちの家を訪れた。
畑仕事をしていたソフィアは、リュックの姿を視界に捉えると、ピョンピョン跳ねながらリュックの名を呼び、手を振った。「リュックー!リュックー!」そしてソフィアは走ってリュックへ近付いた。
「ソフィア、元気そうだ」リュックは馬から降りてそう言った。
「うん、リュックもね!お兄ちゃんもいるよ、ルイもエマも元気そうね!家に早く行こっ!」そう言ってソフィアはリュックの手を引いた。
家に着くとすぐに扉が開いた。
「リュック!久々だな!さあ、入って!」窓からリュックたちの姿を確認したギュエルタスは、すぐに扉を開け、リュックを歓迎した。そして仲間たちに会釈をした。
「ギュエルタスもソフィアも、元気そうで何よりだよ。本来ならばすぐにでも来たかったのだけれど、王というのは想像以上にやることが多い」
「まあまあ、それはいいから!」そう言いながらソフィアは家の中へリュックの手を引いた。「皆も中へ」ギュエルタスが仲間たちへ声をかけた。
「ジャックも改まった姿をしていると見違えるな」ギュエルタスがそう言って、笑いながらジャックをからかった。
「へっ、近所のおじさんだったからな!」
「はは、どっちも立派だよ」
「へへ、照れるぜ」
「ギュエルタス、ソフィア、実は今日は感謝の印と言っては何だが、この国に貢献してくれたことは間違いない。褒美を持参してきた」
リュックがそう言うと、横にいたミシェルが袋いっぱいのロレン金貨をテーブルの上に乗せた。
「凄いな・・・」ギュエルタスは固唾を呑んでそう言った。
「少ない気さえするが受け取ってもらえないか。それに、もしよければ、王宮で一緒に暮らさないか?」
「え?私たちが王宮で?」意外な申し出に、ソフィアは驚きを隠せずにいた。
「リュック、気持ちはありがたいが、王宮では暮らせないよ。ここにいる年寄りには世話になったし、俺たちがいなくなったら見る人がいないからな。それに、ちょっと待ってろ」そう言ってギュエルタスは席を外すと、何かを持って再び席に戻った。その手は古びた袋をつかんでいた。「これがまだ残っている」その中身はリュックが記憶を失った時に持っていた金貨だった。
「それは」
「これはリュックが持っていた金貨だ。この金と立派な剣、俺は見返りを求めてあんたを助けたんだ。でも、肝心の記憶が無かった。悩んだけれど、金は俺たちの生活、集落のじいさんやばあさんたちの生活の費用に充てさせてもらった。照れくさくて言えなかったが、家を留守にした時は、困った人の面倒を見に出かけていたんだ。実はこれを手にして以降、俺は盗みを止めたし、贅沢もしていない。でもこの金に助けられていたのは事実だ。これはあんたの金だ。その褒美から使ってしまった金を差し引いたら金貨十二枚だ。それだけもらうよ」
「バカ正直とはまさに卿のことだな。良く分かった」
「ありがとう」
リュックは増々このギュエルタスという男が好きになった。今、こうして自分が生きているのは、きっかけがどうであれ、ギュエルタスのお陰であることは間違いない。この男へは金ではない他の方法で一生をかけて礼を尽くそうと心に誓った。
子供の声で賑やかな外を窓から覗くとルイとエマ、そしてワルテルの子供のレオとサラが、共に庭を駆け回り楽しそうに遊んでいた。ワルテルの妻と子供たちは、かつてジャックがリュックから譲り受けて住んでいた家に住んでいた。リュックたちの計らいで、この集落にひっそりと住まわせていた。子供たちの無邪気な笑顔を見た大人たちは、優しい笑顔に包まれていた。
いつまでもこの光景が見られるように、その場にいた各々が微笑みの中に固い決意をしていたのは言うまでもない。




