004 勇者と執事と伝説の剣②
時刻は昼前くらいだろうか。太陽は登り切っておらず、燦々と降り注ぐ日の光が木々を照らし、にぎやかな木漏れ日が風に揺れて煌めいている。高所のせいかやや肌寒くはあるが、快晴の空と僅かにそよぐ風が心地良い。
そんな中、気絶していた老人はぼんやりとベッドから身を起こした。次いで、何かに気付いたように目を見開き辺りを見回す。その目は若干ギラギラと血走っていた。
「マロンちゃん!儂のマロンちゃん!」
因みにマロンちゃんとは『熟れた桃の果実』に出てくる厭らしい調教をされてしまうセクシーでダイナマイツな女教師の名前だ。恐らく夢でも見たのであろうか。
「あー!夢じゃったか!夢じゃったかああ!……ああ、マロンちゃん、エロかったのぅ。よし、駄目じゃ、もう一回寝るぞ儂は!うはは、待っててね儂のマロンちゃん!次はもっとズキューンでバキューンしてズギャーンにしちゃるわい!うはは」
そう言って再び布団に倒れ込む老人。
「いえ、寝ないでください」
そこに、ベッドの中から掛かる女性の声。
勢いよくベッドに倒れ込んだ老人はバネ仕掛けの如く再び起き上がると、今しがた自分が寝転がった隣を覗き込む。
そこにいたのは夢の中に現れたセクシーダイナマイツな銀髪の女性、マロンちゃんそのものだった。白いカッターシャツにはち切れんばかりのナイスバディが押し込まれており、女性特有の柔らかさが強調されている。
老人は、うほぉぉ!と驚き飛び上がった。
それはそうだ、本来いないはずの人間が、それも先ほど夢に見ていた絶世の美女が自分の隣で横になっていたのだから。これに驚かないはずはない。
「き、貴様、どこのマロンちゃんじゃ!いや、儂のマロンちゃんか!?ならばまず、そのシャツのボタンを一つずつ外してもら「そぉい!」」
興奮気味に支離滅裂なことを捲し立てる老人の頭の中は、緊急事態というかもう桃色警報発令的な感じなのだろう。
そんな老人の頭にエロ本での一撃が落ちる。今度は先程と異なり、スパーンと小気味の良い音を立て、気絶する程の衝撃にはならなかった。
「ふぐぅ、美女にエロ本で殴られるとは、新手のプレイ。悪くないのじゃあ」
「おや、まだ寝ぼけているようですね」
再びエロ本を振りかぶる美女に、老人は待った待ったと降参を示す。
「全く、ちょっとは老人を労わらんか。……それよりもお主、今朝方の男か?よもや夢魔族ではなかろうな」
「おや、夢魔をご存知ですか。ええ、ご賢察の通りです。申し遅れましたが私、ジルバと申します」
「ふむ、口調だけは丁寧じゃな。その癖すぐに暴力に訴えるとは、最近の若者は訳が分からん。それより夢魔族とは驚きじゃ。それで、夢魔が儂に何の用じゃ」
老人はそう言って顎髭を撫でる。
「ええ、まぁ実際問題小屋があったので休ませていただこうと思っただけなのですが、貴方もしや守り人ですか?」
「如何にも。むしろ始めに言った気もするが」
「でしたら少しお話がありますので、朝食でも食べながらお話をさせていただけませんか?ああ、朝食は私の方で準備しますので、ご老人はまず着替えを為さってください」
そう言うと、謎の美女もといジルバは部屋を出て行った。
「……全く、夢魔とはな。夢魔狩り以来、人に姿を見せるようなモノは居なくなったと思ったのじゃが」
老人もそう呟くと、いそいそと着替えを始めるのだった。
老人が着替え終えて階段を降りると、焼いたベーコンの香りが鼻腔をくすぐった。
テーブルを見れば、こんがり焼かれたパンと油滴る大きなベーコン、それにサラダと大きな目玉焼きが用意されており、今朝がたシャイニングアローによってつくられた破壊痕も既に消えていた。
老人はうむぅと唸らずにはいられなかった。
「新妻マロンちゃんは家事上手。良い設定じゃのう」
既にジルバは席についていた。老人はうんうんと頷くとその正面に向かい合うように座り、パンを手に取るとわっしわっしと豪快に頬張る。
「して、夢魔のお主が何をしに来た。夢魔が人前に姿を現すなど、最近では珍しいことじゃろうて」
「まぁ実際にはただの夢魔、という訳でもないんですが。それはともかく、私がここに来た理由は一つです」
ジルバはナイフとフォークを使って優雅にベーコンを切り分けると口へ運ぶ。所作は優雅なのだが、今の姿はセクシーダイナマイツ。その声と容姿のせいで何処か扇情的に感じる。
「ここにある、先代勇者の剣。それを――」
「ならん!ならんぞ!かの武具は、勇者様のみが使用を許されるのじゃ!儂はその為におる!もしもお主がやはり彼の剣を狙う不届き者であるならば、いくらマロンちゃんでも!いや、マロンちゃんだからこそ教育的指導が必要じゃあ!」
老人は威嚇するようにベーコンにフォークを突き刺す。鼻息は荒い。
しかし、ジルバはそれを無視して続ける。
「……それを取りに来る勇者殿の障害となり、良きライバル関係を築きたいのです」
そして、突如椅子を蹴って立ち上がり、そのまま片足を椅子に乗せて胸を張る。シャツのボタンがはじけ、そのこぼれんばかりの双丘が窮屈そうに震えるのも気にせず何故か斜め上を指さす。その姿はさながら船の進路を指し示す女海賊のように凛々しいのかもしれない。
「恐らく明日の昼にはここに来るであろう勇者殿を待ち構え、私は勇者殿の試となり、そしてライバルとなるのです!」
その姿に、主にジルバのはち切れんばかりの胸元に興奮して叫びを上げながら目を血走らせていた老人だが、一拍遅れてその言葉の意味を理解すると、今度は別の意味で驚愕の叫びを上げるのだった。