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謀婚  作者: 樫本 紗樹
二章 舞踏会
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出立前々日 ~舞踏会なんて聞いていない~

一章に出てきた登場人物のおさらいを


ライラ……美人なガレス王国の公爵令嬢(元宰相孫娘)

ジョージ……レヴィ王国の第三王子。赤鷲隊隊長。

カイル……ジョージの側近。赤鷲隊副隊長。公爵家ハリスンの三男。

エミリー……ガレスから一緒に来たライラの侍女。

ジェシカ……カイルがつけたライラの侍女。

サマンサ……ジョージの妹。王女。

 出立の日が明後日と迫っている中、ライラは相変わらず読書をしていた。ジョージに読めと言われたと説明を受ければ、エミリーはそれを否定する事は出来ない。彼女はライラの態度が変わった理由が知りたくて三冊ある本の中から一冊を借りてみたものの、ただのレヴィの歴史書だった。しかし彼女は噂話などが好きなので、それを案外気に入って最後まで読んでしまったわけだが、目の前のライラは嫌々読んでいるように見えた。

 ライラが本を閉じた。エミリーはティーカップに紅茶を注ぐ。

「やっと終わりましたか?」

「終わったわ、長かった。暫く活字は遠慮したいわね」

 ライラは紅茶を口に運ぶ。彼女の顔に達成感が感じられる。いくら読書が好きとはいえ一週間で五冊である。簡単に読める量ではない。

「それでジョージ様の言いたい事はわかったのですか?」

「何となくは」

「何がわかったと言うのですか?」

「うふふ。内緒」

 楽しそうにしているライラだが、エミリーには彼女の恋愛感情は未だ見い出せない。しかしもしかしたらと期待出来る雰囲気がある。それにジョージのライラへの対応は優しく、そちらには恋愛感情が垣間見える。ガレスにいた時、ライラは男性に紳士的な対応をされるのを嫌っていた。レヴィに嫁いでからも嫌がっている様子だったのに、散歩に出た翌日から嫌がらなくなった。散歩に行くのをあの日あんなに嫌そうにしたのに、翌日から態度が柔和したきっかけが何かあるはずなのだが、エミリーはそれを探し当てられないでいた。

「ライラ様が楽しいのであれば私は何も言いませんけれど」

 エミリーもこの王宮がガレスと違う事はもうわかっていた。王宮の端に部屋があるので他の侍女達とすれ違う確率は低いものの、洗い場などで鉢合わせする事はある。その時の態度はとても冷たいもので、ジェシカが側にいなかったらライラに文句を言っていたかもしれない。

「だけど明日舞踏会に出ないといけないのは憂鬱だわ。晩餐会ではなく舞踏会とはどういう事なのかしら?」

「この王宮では定期的に舞踏会が催されていますから、偶然ではないでしょうか?」

 ライラの問いにジェシカが答える。

「私は長らく舞踏会を避けていたのよ。今更踊れるかしら?」

「ジョージ様に委ねておけば宜しいのではないですか?」

「そもそもジョージ様は踊れるのかしら? 十五歳から軍隊生活なのでしょう?」

 ライラは首を傾げた。ジョージの雰囲気を考えると踊れそうな気がしなかった。

「そう言われると舞踏会にジョージ様が参加されたという話は聞いた事がないかもしれません」

「踊らなくても済むものかしら?」

「それは私に聞かれましても、私は舞踏会そのものを見た事がありませんので」

「誰か教えてくれないかしら?」

 そう呟いてライラは一人の女性を思い出した。

「ねぇ、サマンサ様に聞いたら教えてくれるかしら?」

「サマンサ殿下なら何度も参加されているとは思いますが、会いに行かれるのでしたらお化粧して頂かないと」

「何故?」

「王宮の中央に行かれるのに素顔というのは宜しくないと思います」

「それならこちらに来てもらう……のは流石にずうずうしいわね」

 カイルの件以来、サマンサとの交流はない。お茶を用意して伺うと言ったのはやはり社交辞令だったのだろうとライラは思った。

「明日なら嫌でも化粧をするわけだし明日にしましょう。この場合、どうしたらいいの?」

「それでしたら私はサマンサ殿下の御部屋がわかりますから、都合の宜しい時間を伺って参ります」

「宜しくお願いね」

 ジェシカは一礼すると部屋を出て行った。エミリーはライラに冷たい視線を送る。

「何故そこまで化粧が嫌なのですか」

「化粧は仮面をつけている感じがするの」

「仮面なら結構ではないですか。この王宮で生きていくのなら、仮面があった方が宜しいかと思います」

 エミリーの言葉にライラははっとした顔をした。

「確かに。この王宮に居るなら素顔の方が不自然だわ。エミリーもそんな雰囲気を感じていたのね」

「嫌でも感じますよ。ここはガレスとは違いすぎます。ジェシカも多分間者でしょうし」

「エミリーの話し方からしてそうかなとは思っていたけど、そう思うのね?」

「えぇ。おかげでライラ様と満足に話せなくてつまらないのに、その上三週間も王宮を空けられるなんて、私はどうしたらいいかずっと悩んでいますからね?」

 エミリーはライラを責めるような視線を投げた。ライラはそれを笑顔で受け流す。

「ごめんね。でも外に行く意味があるのよ。ジョージ様とこれから生きていく為に」

 ライラの言葉には力がこもっていた。エミリーは頷く。

「詳細はわかりませんが、ライラ様の覚悟はわかっています。歴史書を読んでいる時、外交官の時と同じ雰囲気でした。多分そういう事ですよね」

 ライラはエミリーに微笑むと抱きついた。

「エミリーは本当にわかってくれるから大好きよ」

「私としてはもう外交官ではなく、普通の女性として過ごして頂きたいのですけれど」

「それはきっとヘンリーが許さないと思うわよ?」

「あんな男は無視しておけばいいのです。ライラ様の人生をまるで駒のように扱うなんて信じられません」

「駒だなんて私は思っていないわ。私は自分の信念を貫くと知っているでしょう?」

「知っていますけれど、父の行動は家宰の域を超えています」

「いいのよ。エミリーがここにいる事はヘンリーには十分堪えているはずよ」

「いいえ、きっと堪えていませんよ。この国にも間者が紛れていて私達の会話が筒抜けだったりするのです」

 淡々と言うエミリーにライラは笑った。

「もしそうなら何か危険が迫った時助けてくれるという事でしょう? 悪い話ではないわ」

「そういうライラ様の前向きな考え方、嫌いではありません」

「前向きに考えないと生きていけなくなったのはヘンリーのせいだけどね」

 二人は顔を合わせて笑った。その時部屋をノックする音が響いた。ジェシカが戻ってきたのである。

「ライラ様、サマンサ殿下が今からいらっしゃるそうです」

「今から? また急ね」

「サマンサ殿下もこちらに伺うつもりだったらしく、お茶の支度をして伺いますと」

「あら悪いわね。確か今日はマドレーヌがあったはずだけど、これはサマンサ様の所にもあるのかしら?」

「いえ、サマンサ殿下は王宮内の料理を召し上がっておられますから、ジョージ様からの差し入れはないかと存じます」

 そう言えばサマンサとジョージの関係性については何も聞いていなかったとライラは思った。仲が悪そうではなかったが、ジョージは手に余ると言っていた気がする。

「この王宮では私はお茶菓子も用意出来ないのね。色々と足りない気がするわ」

「しかしライラ様は王宮を出られませんし、お茶菓子が用意出来ないのは仕方がないのではないでしょうか? ねぇ、ジェシカさん」

「そうですね。国王陛下や王妃殿下に献上されたものを分けて頂くくらいしか難しいのではないでしょうか?」

「それは難易度が高いわね。料理長には本当に感謝しかないわ」

 そんなやり取りをしているとノックする音が響いた。ジェシカが慌てて扉を開けに行く。そこにはサマンサと侍女がいた。ライラはサマンサにソファーに腰掛けるように勧めると、彼女は一礼して腰掛けた。

「お姉様、なかなかこちらに伺えず申し訳ありません」

「いえ」

 サマンサの連れてきた侍女が手際よく紅茶を淹れる。

「暫く二人で話したいから下がって」

 そう言われサマンサの連れてきた侍女は一礼して下がっていった。それに続くようにエミリーとジェシカもライラの部屋を出て行った。扉が閉まるのを確認してサマンサはライラに頭を下げた。

「この前はごめんなさい。あのような態度をお見せしてしまって」

「いえ、気にしていませんから頭を上げて下さい」

「あれは違うの。カイルが苛立つ態度を取るから」

 サマンサは困ったような顔をしている。流石に恋愛に興味がないライラでもサマンサの気持ちはわかっていた。そもそも以前この部屋に来た時は着飾っていたのに、今日は最低限と言った感じである。あれはカイルに会う為に着飾っていたのだろうとライラは思った。

「わかります。彼はわざと苛立つような話し方をする時がありますよね」

 二日前、カイルはライラを訪ねていた。舞踏会に参加する事になったので先延ばしになっていた派閥争いの説明に来たのである。その時の説明の仕方が彼女は気に入らなかった。一回聞いただけでわかるはずがないだろう、そう言いたげな説明だったのだ。

「そうなの。私に対してはいつもそうなの。もっと言い方があるでしょうに」

「でもあの、彼は結婚しているのではありませんか? 指輪をしていますし」

 ライラは言い難そうに言った。カイルの薬指に指輪がある事は最初から気付いていた。だからこそサマンサの態度がどういう意図なのかわからず、先日は圧倒されていたのだ。

「カイルは確かに結婚していたわ。でももうその相手はこの世にいないの」

「え?」

 ライラは意外だった。カイルが亡くなった女性を想って指輪を外さないような男には見えなかった。

「公爵家らしい政略結婚よ。その人を忘れられず指輪をしているなんて思えない。ただもう結婚したくないだけなのよ」

 サマンサは紅茶を口に運んだ。ライラは思い出したかのようにマドレーヌを出した。

「これは赤鷲隊の料理長の焼き菓子ですけれど、いかがですか?」

「お兄様から差し入れがあるの?」

「えぇ、毎日のように頂いています」

 サマンサはマドレーヌを口に運び、美味しそうに食べた。

「お兄様、すごく甘党なの。でもいつも独り占め。私にもなかなかくれないわ。それをお姉様に毎日差し入れするなんて、お兄様を今度からかわなくっちゃ」

 サマンサは楽しそうにしている。

「あ、だから舞踏会に出るという話になったのね」

 ライラはサマンサがどこで納得したのかわからなかったが、話が転がってきたので乗る事にした。

「その舞踏会、どういうものなのか教えて欲しいのです。私はあまり踊る機会がなくて」

「お姉様はお綺麗なのに踊った事がないなんて、ガレスでは舞踏会がないの?」

「舞踏会はありますけど、私は基本的に参加していませんでしたから」

「何故? 踊るのが下手なの?」

「踊るのは楽しくないではありませんか。部屋で読書している方が好きです」

 ライラの言葉にサマンサは微笑んだ。

「お姉様はいいわね。言いつけなど無視して会いに来ればよかったわ」

「え?」

「舞踏会とは基本強制参加でしょう? それを不参加なんて簡単な話ではないわ。この王宮でも参加しないのはお兄様だけよ」

 やはりジョージは舞踏会に参加していなかったのかとライラは不安げな表情をした。

「でも大丈夫、お兄様は踊れるわ。この王宮の中で一番上手かもしれない」

「そうなのですか?」

「見えないでしょう? お兄様は何でもそつなくこなすのよ。でも面倒だから軍隊に逃げた。それだけよ」

 そう言えばジョージも軍隊に逃げたという表現をしていた。彼の真意をこの妹はわかっている。つまりこの兄妹は仲がいいのだろうとライラは推察していた。

「大丈夫。お兄様は逃げるのも上手いから。面倒な事になりそうならすぐに退散するわよ」

「面倒な事になったりするのでしょうか?」

「どうかしら? お姉様を見てナタリー様や王妃殿下がどういう反応するのか次第ね。お姉様は綺麗だという噂は流れているし」

「どこでそのような噂が?」

「どこというか王宮中で。お父様に挨拶に行かれた時、王宮内を歩いたでしょう? その時お姉様を見た侍女が言いふらしていたわよ」

 そう言われればあの時こちらを見ていた侍女がいた事をライラは思い出した。しかしそれ以降彼女は読書の為部屋に引きこもっている。だからそのような噂は耳に届いていなかった。

「いやだ、私は嵌められたのですね」

「はめられた?」

「噂になるようわざと。あぁ何故気付かなかったのかしら」

 ライラは悔しそうな表情をした。自分の顔に興味のなさそうな男の注文がおかしいと思うべきだった。国王に会う為に化粧が必要だったのではない。侍女に噂を流させる為に綺麗にする必要があったのだ。

「それならこのお菓子はその罪滅ぼしかしら。矛先がお姉様に向かっても許せという」

「お菓子で罪が消えるほどの事なのですか?」

「どうかしら? 私は関わりたくない争いだからよく知らないの」

 サマンサは微笑んだ。

「でもお兄様は無責任な人ではないわ。多分守ってくれるわよ」

「多分?」

「そもそも舞踏会の翌日出立なのでしょう? 最悪それで逃げられるわよ」

「出立する事を知っていらしたの?」

「お兄様は何かあった時に連絡が取れるようにしてくれているわ。だからおおよその予定は聞いているの。でもまさかお姉様を連れ出すなんて思っていなかった。ねぇ、どうお兄様を口説いたの?」

「何も言っていません、ただ連れて行って欲しいとお願いしただけです」

「それだけであのお兄様が動くと思えないの。教えてよ」

「本当に何も言っていないのですよ」

 ライラは何故サマンサが人払いしたのかがやっとわかった。この話をする為だったのだ。しかし、ライラは本当に何も言っていないのだから答えようがない。だがサマンサはその答えで納得したようだった。

「そう。そういう事。なるほどね」

 一体どこで納得したのかライラにはわからなかった。しかしこの兄妹は似ていると思った。顔は似ていないが、雰囲気というか人との接し方が似ている。カイルさえ絡まなければサマンサは賢く振る舞えるのだろう。あの日は苦手だと思ったが、実際話してみると何故苦手だと思ったのか思い出せない程だった。

「お姉様、三週間経って戻られた時には是非外のお話を聞かせてね。私は王都から出た事がないから色々聞いてみたいの」

「えぇ、それは勿論。約束しますわ」

「本当? 絶対よ」

 サマンサは嬉しそうに微笑む。ライラもつられて微笑んだ。



「本、ありがとうございました」

「一週間でこの量を読めるなんてすごいね」

「期限がなければもう少し楽しく読めたと思います」

「内容的にはゆっくり読むのに適してないと思うけど」

 ジョージにそう言われ、ライラは返す言葉がなかった。確かに陰謀渦巻く歴史書などゆっくり読んだ所で楽しくなるはずがない。勢いで読んでしまった方が楽に決まっている。

「とりあえず基礎が頭に入ったらそれでいいんだよ。今レヴィ王国の人間関係の背景さえ掴めればそれで」

「それで私に何をさせるおつもりですか? 国王陛下に挨拶に行った時、わざと私を見せびらかしたのですよね?」

「あれ? 気付いてた?」

「噂になっていると聞いて気付きました。別にいいですけれど」

 そう言いながらもライラの声色は不機嫌そうだった。

「ごめん。あの時はまだライラとどう接するか決めてなかったんだよ」

「それを決めないでどういう意図で行動していたのですか?」

「レヴィの歴史書を読んだだろう? 俺だってレヴィ王家の人間だ。腹黒さなら王宮内の他の人間と変わりやしないよ」

 不敵な笑みをジョージは浮かべた。

「君が信用ならないと思えば切り捨てるくらい平気な事、肝に銘じておいてね」

「わかりました。ですが私が黙って切り捨てられる女だと思っていると痛い目を見ますよ」

 ライラの言葉にジョージが笑う。彼女も一緒に笑う。

「ライラは腹黒さこそないけど、何か違う怖さがあるから面白いよね」

「面白いとはいい意味だと思って宜しいのでしょうか?」

「勿論。悪い意味だったら口にしないよ。そんなの怖いし」

 ジョージはソファーに座り直すと真剣な表情をライラに向けた。

「舞踏会では綺麗に着飾って俺の隣にいてくれるだけでいい」

「それだけで宜しいのですか?」

「レヴィとガレスは休戦した。戦争再開などありえないと印象付けたい」

「戦争再開を望む方も参加されるという事でしょうか?」

「カイルから説明受けただろう?」

「ざっと聞きましたけど、上手く整理出来なくて」

「簡単に言うと王妃側が戦争反対、義姉上側が戦争賛成」

「帝国側が賛成なのは何となくわかります」

「外交官時代に嫌な事でもあった?」

「こちらを下に見ている態度が嫌でした。ガレスなら絶対に帝国の皇女など貰いません」

「レヴィにも都合がある。最近の話は歴史書にないから補完するけど、陛下の所に最初に嫁いだのは公爵家の娘。そもそも陛下は側室を置く気はなかったらしいが、海運国家であるケィティ共和国は造船の為の資金をレヴィに借りる時に俺の母上を嫁に出しだんだ」

 ライラが戸惑ったような表情を浮かべる。

「辛い話ではない。母上は俺とサマンサを産んでいるし、側室としての地位は守られていた。ちなみにレヴィに併合されたのは借金して作った新商船を嵐で失い、借金の返済が予定通り出来なくなったからで、こちらも誰を恨むでもない話だ」

「ケィティは不運な最後なのですね。歴史書には書いてなかったので知りませんでした」

「そこまで不運じゃない。併合と言っても借金返済が納税に変わっただけ。商船に掲げる旗はケィティとレヴィの二種類になっているが、ケィティを外せとは陛下は命令しなかった」

「いつか借金を返済したら、独立させる為でしょうか?」

「そうかもしれない。ただ海の向こうではレヴィがあまり知られていない。ケィティのままの方が貿易は都合がいいらしい」

 ライラは大陸の内部しか移動したことがないので、海の向こうというのが想像出来なかった。彼女は自分の知っている世界はとても狭いのだろうと思った。

「話を戻して、ケィティの娘を娶るなら、うちもと公国が言い出した。公国は帝国とずっと争っていて、レヴィと繋がる事により帝国を引かせようとしたんだ」

「でもそれはまだ決着がついていないのでは?」

「そうだ。レヴィは公女を貰い、王妃にまで格上げさせたが帝国に何かを仕掛ける事はしなかった。戦線を二つも維持する程レヴィは愚かではない。しかし帝国と距離は徐々に取り始めた」

「それは知っています。十年程前からガレスに帝国がより近付いてきましたから」

「帝国は国境を広げようとした結果、周囲が敵だらけになってしまった。だから帝国は皇女をレヴィに出すと言ってきた」

 シェッド帝国とレヴィ王国がこの大陸の二大国家であり、二国間の国境線は長いがその八割は山脈で自然と棲み分けが出来ていた。表面上友好国として貿易もしているが、内情は牽制しあっている。長い歴史の中で婚姻関係を結んだのは今回が初めてである。

「レヴィとしても断ってそれが帝国との戦争に繋がるのは困る。だから受け入れるしかなかった。あの皇女が嫁いできたのは五年前。まだレヴィはガレスと睨み合っていた時期だ」

 五年前と聞いてライラの脳裏に祖父が過った。

「勿論公国出身の王妃にとって帝国の皇女など面白いはずがない。そして帝国出身の義姉上にとっても下に見ている公国の女が王妃なのが面白いはずがない。争いが起きるのは時間の問題だった」

「よくそのような状況で五年も過ごしてきましたね」

「俺は六年前から赤鷲隊にいるから詳細は知らないよ。でも争っている雰囲気が隠しきれなくなってきたのは二年前くらいから。義姉上が徐々に強く出てきたみたいだ」

「公国や帝国の人達はレヴィに入り込んでいるのでしょうか?」

「表面上レヴィにとってその二国は友好国だ。拒否は出来ないし、正直把握しきれていない」

 ライラは視線を外した。彼女は思っていた以上の危うさを感じていた。休戦協定の為に嫁いだわけだが、その国は別の争いの火種を抱えている。レヴィにとって今ガレスと戦っている場合ではない。元々陰謀渦巻く王宮。代理戦争が勃発しても驚く事でもない。しかしそれに巻き込まれるのはごめんだと彼女は思った。

「ガレスとレヴィが戦争しないと印象付ける事で牽制出来るものでしょうか?」

「公国側も帝国側も、俺を味方につけたいっていうのはわかる?」

 ライラは先日のカイルの言葉を思い出した。赤鷲隊は全部隊を掌握している。最終決定権は国王にあるにしろ、赤鷲隊隊長であるジョージを取り込めばレヴィの軍隊を手中に出来るも同然だ。

「ジョージ様は背景からいってどちらにも与しないでしょう。だからこそ味方に出来れば一気に情勢を動かす事が出来るという事ですね」

「おかげで俺はうんざりしている。結婚話がいくつあったかも覚えてない。しかし俺に陛下はガレスの姫君を嫁がせた。ガレスとレヴィの関係をどうするつもりかはわからないが、俺は公国側でも帝国側でもないという位置においておきたいんだろう」

「そう言えば国王陛下との謁見の時、第三の派閥と仰せではありませんでしたか? あれは?」

「覚えてたんだ。それはまだ影を潜めている過激派。帝国も公国も追い出してレヴィだけになろうという派閥だ。ガレスはレヴィの一部と思ってる人達だからライラは標的になりかねないんだよ。表面上は誰が美人か? だしね」

「ジョージ様としてはどうなるのが理想でしょうか?」

「俺の思い通りに動いてくれるの?」

「それが納得出来るものでしたら協力は惜しみません」

 ライラの返事にジョージは微笑む。

「今は休戦協定を締結したという事実を広めるだけでいい。動くにはまだ情報が足りない」

「わかりました。舞踏会では当たり障りのない対応を心がけます。ところで舞踏会とはどのような雰囲気なのでしょうか?」

「俺は十五歳から軍隊にいるんだよ? 舞踏会なんて初めてなのにわかるわけがない。そもそも晩餐会に出席のはずが知らぬ間に舞踏会になってたんだ」

「誰かが舞踏会にしたという事でしょうか?」

「多分俺が踊れないって思ってる誰かが恥をかかせようとしてるんじゃない? だから二人で踊って悔しそうな顔してるのがいたらそれが犯人だろう。別に誰でもいいけど」

「しかし私は踊れるか自信がないのです」

「え? 公爵令嬢なら社交の場なんていくらでも出てただろう?」

「それは適当に理由をつけて逃げていました」

 ジョージは立ち上がるとライラに手を差し出した。

「ここ狭いけど、ちょっと踊ってみて。流石に踊れないのは困る」

 ライラはジョージの手を取って立ち上がった。ソファーから離れ、彼は旋律を口ずさむ。それに合わせて彼女をリードしていく。彼は確かに踊るのが上手かった。彼女をリードする動きは自然で、彼女は何を不安に思っていたのか忘れるくらいだった。

 踊っている途中、ライラは足をベッドにぶつけそのままベッドに倒れこんだ。ジョージも反応が遅れ、彼女に引っ張られるようにベッドに倒れこんだ。

「折角いい感じだったのに。明日は躓かないでね」

「明日は足元にベッドなどないので大丈夫ですよ」

 二人の顔が近い。いつも一緒のベッドに寝ているとはいえ、お互いが触れ合うような距離で寝ていたわけではない。ジョージは身体を起こした。

「舞踏会の間、俺の隣から極力離れないで」

「えぇ、勿論。離れろと言われる方が困ります」

「それもそうか」

 ジョージの表情は優しかった。彼は味方かと聞いたあの日から態度が優しくなっていたが、今夜の態度は少し違うような気がした。やはり渦中の二人に会いに行くのは嫌なのだろうか? ライラはベッドに倒れこんだまま暫く動けないでいた。

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― 新着の感想 ―
[一言] うーん?ライラは世間一般に求められる女らしさを拒絶してて歳の割にちょっと痛い女性ですね。頭でっかち。殿下が彼女を世間知らずと評したことに納得。女性で働く上で不自由や理不尽なこともあったんだろ…
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