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謀婚  作者: 樫本 紗樹
七章 幸せを求めて

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会談

 部屋には通訳が二人いた。一人は公国語からレヴィ語への通訳。もう一人は帝国語からレヴィ語への通訳。そしてその帝国語の通訳は軍服を着たウォーレンだった。着替えとは何だろうと思っていたが、まさかの事でライラは驚いた。

「レヴィ語はわかる。通訳は要らない」

 ルイは不機嫌そうにウォーレンにそう言った。

「本日は内容が難しくなる可能性があります。日常的に使わない語も私は把握しておりますから控えさせて頂きます」

 ルイはつまらなさそうな視線をウォーレンに向けた。ウォーレンはそれを無表情で受け流す。

「ウォーレンの好みじゃなかったな、あれは」

 ジョージがライラの耳元で囁く。

「そうなの?」

「あぁ、目つきが違う。今日は無駄足だったと怒られそうだ」

 ジョージは笑った。ライラもつられて笑う。彼女はやっと平生を取り戻した。

 赤鷲隊の腕章を付けた軍服の青年二人が、壁に大きな紙を貼り出した。そこには三か国語で本日の議題が書かれている。

「ライラ、あれは全部あってる? 語弊はない?」

「えぇ、大丈夫。青鷲隊隊長の探してきた通訳は優秀みたいね。ところでさっきから近いのだけど」

 ライラはジョージが常に耳元で囁くのが気になっていた。公の場にしては距離が近すぎて、彼女は恥ずかしかったのだ。

「口を読まれたら困るから近い方がいいと思って。それにあの話の通じない男に見せつけておこうかなと」

「ジョージ、結構怒っていたわよね」

「あれを怒らない奴はいないだろう? ライラの事を何もわかってなかったし」

「そうなの。怖いでしょう、あの人」

「あぁ、色々な意味で怖いな」

 議長を務めるのはカイルだった。カイルは淡々と紙に書かれてある議題について、帝国と公国に確認を取っていく。帝国は公国の独立を認める事、公国は帝国に小麦を輸出する事、その金額は公平に決める事が中心だった。下準備をしていたので滞りなく進むように思われたが、小麦の輸出金額で急に揉め出した。ライラはその揉め事を素知らぬ振りをしながら聞いていた。

「公国が現状価格は公平ではないと文句を言っているわね」

「決めた価格はレヴィと帝国の間と同じ金額なのだが」

「公国はお金が欲しいみたい。戦場は公国領?」

「あぁ、公国領だ。だが畑ではなく平地だ。短期決戦だったし、そこまで復興にお金はかからないと思うが」

 帝国軍がレヴィ国境を侵したが、そのまま侵入を許したわけではない。レヴィ軍は帝国軍を国境の外まで追い出し、そこが戦場となった。その場所は帝国とレヴィに挟まれている公国の平地だった。

「積年の恨みを晴らしたいなんて言っているわ」

「自分の力で勝ったわけでもないのに、よくそんな事を言うな」

 ジョージは呆れ顔をライラに向けた。今回の戦争によるレヴィの戦費は帝国に請求している。公国はお金を一切払っておらず、兵士も一人も出していない。戦地が公国領であっただけで、他は全てレヴィに丸投げ状態である。本来であれば公国の依頼で出兵したので公国にも請求したい所なのだが、帝国がレヴィ国境を侵したが故に、公国と帝国の争いからレヴィと帝国の争いに代わってしまった為、レヴィは公国に戦費請求をする口実がなくなってしまっていた。また国の大きさが違うので、確実に戦費を回収出来る帝国を請求先に選んだのである。

「帝国も揉めているわね。ウォーレンを憚ってか北方言語が混ざっている。言い値で小麦を仕入れるか、もう一度戦争をするかで揉めているわ」

「もう一度戦争とかふざけるな。そんな事をしても俺はもう戦わないぞ」

 ジョージの言葉にライラが笑う。

「その対策は考えているの?」

「それはまぁ、機密だ」

 ジョージはにやりと笑う。機密と言われ、ライラはそれ以上聞き出すのは諦めた。国家間の大切な問題をここで話すのも得策ではない。彼女がつまらなさそうな表情を彼に向けた時、公国側の通訳が助けを求めるように彼に話し出し、彼は彼女を無視してそちらを向いた。話の内容は彼女が通訳したものと同じである。

「小麦だけでなく芋も売ったらどうかと聞いてくれ。値段は我が国と同じで」

 通訳はジョージに頷くと公国語で公国人と話し始めた。ライラはその打ち合わせを視線を定めぬまま聞いていた。

「芋だけでなく酒も売れないかと言い出したわよ」

「食糧難の国が酒を買うと思う発想が信じられない。大丈夫か、この代表達」

「大丈夫と思っていないから、レヴィが間に入ってこの場を設けたのでしょう?」

「まぁ、そうだけど。正直思った以上に面倒で失敗したかなとも思ってる。一回決めたら大人しくなると思ったんだけど、どっちの国も好き勝手言うし」

 ジョージの愚痴にライラが笑う。

「だけどそれをまとめられると思ったから動いたのでしょう?」

「まとめないとライラとゆっくり出来ないからね」

 さらっと言うジョージにライラは困った顔をした。耳元で囁かれたので余計に恥ずかしかったのだ。

「こういう場所でそういう事を言わないで」

「カイルに丸投げして二人で別室に行く? ライラが仕事をしなくてもレヴィに不利にはならなさそうだし」

「行かない。ほら通訳の人の話を聞いて。私達本当は聞こえていないのだから」

 ライラに素っ気なくされ、ジョージはつまらなさそうな顔をして通訳の方を見た。話の内容を既に彼女に聞いているのに同じ話を二回聞くのが面倒だと彼は思ったが、彼も彼女もレヴィ語以外はわからない事になっている以上、不自然に振る舞うわけにはいかない。彼は冷めた表情で酒は多分望まれないから、米や燻製など食料で交渉するよう通訳に指示した。

「あっちは? ウォーレンがすごく不機嫌そうだけど」

「ウォーレンはこちらに通訳せずに話を進めているけれど大丈夫?」

「ウォーレンは俺を下に見てるって言わなかったっけ?」

「だけど今は公式な場所だし」

「構わない。軍服を着せて身分を隠してあるし。無能な俺の代わりに働く有能な部下という設定だから」

 ライラは何故ジョージが無能を装う必要があるのかわからず首を傾げた。その疑問を察するように彼は微笑むと、繋いでいる手を持ち上げ彼女の手の甲に軽く口付ける。彼女は驚き手を引こうとしたが、彼の力が強くてそれは叶わなかった。彼は彼女の耳元に口を近付ける。

「ライラがいる不自然を隠す為だから付き合って」

「一体どういう設定なの?」

 ライラは恥ずかしいのを隠そうとジョージを睨む。

「俺が任務そっちのけで新妻を愛でたくて仕方がない設定」

「その設定で筋が通るの?」

「黒鷲軍団基地で俺がライラを連れ回していたのは皆知ってるからね」

「ずっと一緒にいたのは伏線だったの?」

「それは俺がライラと一緒に居たかっただけ。で、ウォーレンは話の通じない男と話はかみ合ってるの?」

 ライラは不満そうにジョージを見ながら帝国語のやり取りに耳を傾けた。

「かみ合わそうと努力をしているわね。だけどルイ皇太子殿下は食糧難の事を深刻に捉えていないみたい。周囲の人と温度差があるわ」

「周囲がまともなら上に立つ者は無能の方が動きやすい場合もあるから」

「ジョージの場合はどうなの?」

「さぁね。俺は人によって印象が違うみたいだからなぁ」

 公国の通訳が帝国側に顔を向けた。小麦以外の輸出話をレヴィ語でウォーレンに話している。ルイが余計な物は要らないと言い、それを無視してウォーレンが帝国語で周囲の帝国人に意見を聞いた。

「ウォーレン、ルイ皇太子殿下を無視して話を進め出したわよ」

「あぁ、無能の烙印を押されたか。ウォーレンは無能と判断した人間とは会話したがらないんだよ。時間の無駄といって」

「つまりジョージは無能と思われていないという事ね?」

 ライラの言葉にジョージは笑う。

「俺には赤鷲隊隊長の肩書があるからね。皇太子殿下の肩書はウォーレンにとって価値がないのだろう。で、周囲の帝国人はまともなのか?」

「そうね、少しはまともだわ。芋や米がレヴィと同じ品質なら同じ値段で買ってやってもいいと言っているわね」

「随分上から目線だな」

「ウォーレンはそれを誤魔化して訳しているけどね。公国も売ってやらんでもないという表現だから、レヴィ語を通じでやんわりしたやり取りになっているわ」

「お互いその言い方なら話がまとまらないはずだ」

 ジョージはため息を吐いた。ライラは笑う。

「これは暫く監視が必要かもしれないわね。今日決めたとしても数ヶ月でまた揉めそう」

「あぁ、そうだな。品質に文句を言うとか、お金が足りないとか色々ありそうだ。食糧難なわけだから無駄な自尊心は捨てて食べ物を買えばいいのに」

「きっとあそこにいる人達は困っていないのよ。国民が困窮しているのに気付いていない。そしてそれは公国も同じよ。農民が逃げ出すなんて領主が無能と言っているようなものだもの」

「確かにそうかもな。こっちを見ないでくれるなら関わり合いたくない。国としての方針が違い過ぎる」

 公国は領主が国を名乗ったようなものなので、国としてレヴィと差があるのは不思議ではない。しかし帝国は長く続く大国なのである。農業に不向きな北方に国がある以上、食糧難に陥りやすいのは明確なのに、何も対策をされていないのがジョージには不思議で仕方がなかった。

「ジョージは農地も視察するの?」

「しないよ。領主の仕事に口出しするのは俺の仕事じゃない。でも水路が欲しいとか、品種改良の研究費が欲しいとか、そういう相談はあるかな」

「品種改良の研究費?」

「あぁ。害虫に強い品種とか、そういうのを国立大学で研究してるんだよ。その研究費を捻り出してくれという嘆願書は俺の所に来た事がある」

 ライラは首を傾げる。国立大学の教授が赤鷲隊隊長に嘆願する理由が全くわからなかった。

「ジョージはその国立大学に通っていたの?」

「俺は十五歳から赤鷲隊一筋だから。その前も王宮で家庭教師しかついていなかったし。そもそも俺は勉強が出来ないから剣を振ってると言われてるからね?」

 ライラは訝しげな表情をジョージに向けた。こんなに頭の回転が速いのに勉強が出来ないはずがない。語学が苦手なだけで、そのように扱われるとは彼女には思えなかった。能ある鷹は爪を隠すのかもしれない。

「それなら何故国立大学の教授から嘆願書が届くの?」

「藁をも縋るというやつだろう。費用対効果が大きければ考えるからその資料を出せと言ったけど、そう言えば返事がないな」

「そこは商人らしいわね、考え方が」

「国の税金は国民の為に有効に使うものであって、私腹を肥やす為のものじゃないからな」

 ライラは頷きながら感心していた。サマンサが言っていたのはジョージの考え方の事かもしれないと思った。しかし彼は祖父テオの影響だけでなく、国内を歩き回り色々と見聞をして現在の思考になったに違いない。王子に外出の自由はないのである。王位継承権を捨てたからこそ見える世界があり、きっと今後もレヴィの繁栄を願って彼は生きていくのだ。その横にいるのに相応しくありたいと彼女は強く思った。

 会談は相変わらず通訳を通して交渉が続いていた。通訳が必要のないライラの耳にはどちらも偉そうな物言いで交渉をしている雰囲気が伝わってこなかったが、通訳二人の能力が高いのでジョージの耳にはきちんと交渉しているように聞こえていた。途中ウォーレンが勝手に帝国語で言っている事を彼女はジョージに通訳していたが、彼はただそれを聞き流していた。彼女は不思議に思いながらもウォーレンの言葉はレヴィ優先の考えであり、もしかしたらこの二人はレヴィ王国の将来に対しての考えが同じなのかもしれないと思った。

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