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謀婚  作者: 樫本 紗樹
七章 幸せを求めて

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全てが謀とは限らない【後編】

「どうしたの? 考え事?」

 ライラが不安そうな表情でエミリーの顔を覗き込む。エミリーは微笑んだ。

「先代は赤鷲隊隊長と言う肩書だけでなく、ジョージ様が王子らしくないのを知っていて、この結婚を決められたのかもしれないと思いまして」

「そうかしら? 私はただのお荷物だったのよ、きっと」

 ライラはため息交じりにそう言った。エミリーは柔らかく微笑む。

「先代はライラ様の事をとても可愛がっておられました。帝国に嫁に出そうと確かに考えてはおられましたが、無理強いはされなかったではありませんか」

「それはエミリーが助言をしてくれたからでしょう?」

「ライラ様が乗り気でなく迷われていた所を、私の言葉で取りやめにしたのでしょう。何とも思っていない孫なら無理強いしても帝国に嫁に出しているはずです。先代はそういう判断をする人です。ライラ様の性格をわかっていたからこそ、ルイ皇太子殿下と相性が合わないと諦めがついたのではないでしょうか」

「相性が合わない?」

 ライラは訝しげな表情をエミリーに向ける。エミリーはそれを無表情で受け止めた。

「えぇ、ルイ皇太子殿下は非常に優れた皇太子といういい噂しか聞いた事がありませんでした。しかしライラ様の評価は怖い。恐怖心により褒め称えるしか出来ない、という可能性が出てきました。恐怖政治を敷くなど先代の求めている理想とはかけ離れています。そのような国に嫁に出せないと思われるのも自然です」

「そう言えば私も後で名前を聞いて驚いたのよ。いい噂しか知らなかったから、あの怖い人がルイ皇太子殿下だなんて、話している時は気付かなかったもの。ナタリー様とは対照的よね。ナタリー様はとても弱そうなのに」

「確かに不思議です。もし愛妾の力が強くて皇妃殿下の立場が弱いのなら、ルイ皇太子殿下の立場も弱くないといけません。しかし立場が弱いのはナタリー様だけ。ナタリー様には何か過去があるのかもしれません」

「だけどそれを本人に直接聞いたらいけないわよね?」

「当たり前です。蒸し返してほしくない過去かも知れません。ライラ様は遠まわしに尋ねるという事が不得意なのですから、こういう繊細な問題は首を突っ込んではいけません」

「でもここを聞かないと解決策が見えないかもしれないでしょう? 正直、糸口が見当たらないのよ」

 ライラはナタリーの背景は関係ないと斬り捨てようと思っていたのだが、その背景が実は解決の糸口になるような気がしていた。

「それでしたらナタリー様と親交を深めて下さい。エドワード殿下も仲良くして欲しいと仰っておられましたし、仲良くなれば何か話して下さるかもしれません」

 エミリーの言葉にライラははっとする。

「あの日、何故お義兄様が声を掛けてきたのかわからなかったの。私とナタリー様を本気で仲良くさせたいという事?」

「しかしお二人が仲良くなる事で、エドワード殿下に何の利益があるのでしょうか。あの方は考えなしに行動する事はなさそうに見受けられますが」

「そうね。ジョージが王の器だと評価していたけど、私も同感だわ。あの何を考えているのかわからない雰囲気、嘘くさくない作り笑顔、上に立つ者らしい孤独を感じるわ。大国の王太子と言う肩書は重いのかもしれないわね」

「ですが怖くはないという事ですか?」

「本心を簡単に人に見せない人でしょうけど、怖くはないわ。根は優しいと思うわよ。素直になるという事が立場的に出来ないのかもしれない」

 ライラのエドワード評価を聞いてエミリーは微笑む。

「ライラ様は女性関係の事で軽蔑されているのかと思いました」

「それは納得出来ていないわよ。だけどきっとそれも意味があるのだと今は思えるわ。女性が好きなのではなくて、そういう振りをする必要があってやむを得ずみたいな。本来なら王太子が誰とでも関係を持つのは問題でしょう? お手付きの女性が妊娠したと騒いだらどうする気なのかしら」

「それが不思議とそういう女性がいないみたいなのですよ。ですからエドワード殿下は男性としては駄目ではないかと噂されていた時期もあったらしいのですが、ナタリー様がご出産された事でその疑惑は払拭されたようです。ナタリー様の周囲には他の男性の影もなく、エドワード殿下もアリス姫を溺愛されているので、まずお二人の子供であろうと」

「そのような事があるの? ナタリー様だけ出産だなんて都合がよすぎない?」

「不可能ではありません。完全な避妊は無理でも、高確率では可能ですから」

「完全ではないなら一人くらい言い出しそうでしょう? それこそ例の侍女あたりが」

「しかし遊びの状況だと難しいのですよ。女性が妊娠したと言っても、本当にエドワード殿下の子供かわからないではないですか。エドワード殿下は特定の誰かと長く付き合っているのではありません。不特定多数です。その相手が例えエドワード殿下だけにしか抱かれていなかったとしても、エドワード殿下が知らないと言えばそれまでです」

 エミリーの言葉にライラは不満そうな表情をする。

「それまでなの? 遊ばれた上に捨てられてしまうの?」

「その可能性は十分にあります。ですが実際はいないみたいですよ。それが揉み消されただけなのかまでは、わかりませんけれど」

 ライラは悲しそうな表情を浮かべる。エミリーは彼女を安心させるように微笑んだ。

「ライラ様、そのような顔をしないで下さい。エドワード殿下は決して無理強いはしないのです。女性が自分の意思で抱かれているのです。ですからそれは自己責任です。実際私は断りましたけど、何も責められませんでした」

「それはそうかもしれないけれど、気弱な女性もいるでしょう?」

「それも全て自己責任です。自分の身は自分で守る、それは最低限の事です。本来であれば子供を産んで育てる環境が整っていない場合、そういう行為は控えるべきなのです。ライラ様はジョージ様の子供を産みたいですか?」

 突然の質問にライラは驚き、頬を赤く染めた。視線はエミリーと逆の方へ逃げる。

「そ、それは、出来れば?」

「何故どもるのです。嫌なのですか?」

「嫌ではないわ。嫌ではないけれど、すぐは困る。旅行もしたいし、海の向こうの国にも行きたいもの。そういう事が終わってからがいい」

 ライラが妊娠したくないわけではないとわかり、エミリーは内心ほっとする。

「まだ恋人気分でいたいという事ですか。それでしたらジョージ様には素直に伝えた方がいいですよ。妊娠してからでは遅いですから」

「だけど、そのような事を言っていいのかしら?」

「暫く恋人気分でいたいと言われて困る事はないのではないですか。何も産みたくないと言うわけではないのですから」

「でもどうやって切り出したらいいのか」

「次に抱かれる前に言えばいいと思いますけれど」

「そんなに簡単に言わないでよ。そのような事は難しいわ」

 ライラは頭の中で想定してみたものの上手く言える自信が持てなかった。言い出す前にジョージに口付けされて流される状況しか想像が出来ない。

「難しく考え過ぎかと思います。甘い声でおねだりをすれば、言う事を聞いてくれそうではないですか」

 エミリーの言葉にライラは困惑した表情を向ける。甘い声でおねだりと言うのが想定出来なかったのだ。だがライラは無意識にそれをしている。勿論本人は気付いていないので、質が悪いとジョージが内心思っている事にも気づいていない。

「その件は今はいいわ。食事を戻すのが先よ。私はこの食事が辛いの。エミリーはよく我慢しているわね」

「私達の食事は料理人見習いが用意しています。練習という事で色々な料理が出てきますが、公国のものはおよそ週一です」

「それは卑怯ではないかしら」

「卑怯ではありませんよ。練習なのですから外れの日もあります」

「その腕章をつけていたのに食事はずっと王宮の物を食べていたの?」

「私が腕章を貰ったのはお二人が出かけた後ですから。戻ってきて出立まで日も浅かったですし、誰も私の食事など気にしませんよ」

「それならジョージにエミリーの分もお願いするわね。本当に美味しいのよ。カレーという料理を知っている? 少し辛いのだけど、とても美味しいの」

「何ですか、カレーとは」

 エミリーは聞いた事のない料理名に眉根を寄せる。

「海の向こうの料理らしいわ。料理長の料理はそこまで手が込んでないように見えて、凄く手間をかけているから美味しいのよね。旅行で色々と食べたけど、料理長の食事が一番美味しい」

「つまりライラ様は王家の食事問題を放置しても食事に困らないという事ですか」

 エミリーの問いにライラははっとする。

「確かにジョージが戻ってきたら、この味気ない料理は食べなくていいはず。だけどそれは駄目よ。ジョージに頼まれたのはナタリー様と王妃殿下の揉め事をなくす事なのだから」

 そう言ってライラはステーキを一口運んで噛みしめながら考える。この味気ない食事にもしかして意味があるのではないだろうか。偶然ナタリーの侍女の態度が大きくなった時期と食事の味が変わった時期が重なっただけで、実は結びついていないのではないだろうか。

「エミリー。厳密な時期を調べて貰う事は出来るかしら」

「王宮の食事が変わった時期をですか?」

「それとナタリー様の侍女の態度が変わった時期。二年前だからてっきり皇帝が変わった時だろうと思ったけど、ナタリー様の妊娠発覚の後かもしれない。原因はどちらかしら」

「それぞれ実は原因が違うと仰りたいのですか?」

「偶然が重なって、しなくていい争いに繋がったのかもしれないわ」

 ライラの疑問に納得したようにエミリーは頷く。

「わかりました。調べてみますが、二年も前ですから正確にわかるかまでは期待しないで下さい」

「勿論よ。エミリーの仕事の範疇でない事をお願いしてるのはわかっているから。本当は自分で聞き回りたい所だけど、隊長夫人はそういう事もしてはいけないわよね」

「聞き回るのは宜しくありません。サマンサ殿下のようにお茶会や晩餐会で話しながら聞き出す、が正解でしょう」

「なるほど。サマンサはこの国をわかっているのだから、彼女のやり方で自分に合うものを選んで対応していけばいいのね」

「そうですね。ところで食事が随分と冷めていると思いますが、宜しいのですか」

「温かくても冷めていても一緒よ。特にこの豆のスープ。エミリーも一口飲んでみてよ。本当に酷いから」

「私は平民ですから王家の食事を口にしていい身分ではありません」

「都合のいい時だけ平民と言い張るのはやめなさいよ。ほら」

 ライラはエミリーにスプーンを差し出す。エミリーは渋々ライラの隣の席に腰掛けると、スープを一口運ぶ。そして不快そうな表情をした。

「豆の味しかしないではないですか。何ですか、これは。ベーコンを入れないのなら出汁を入れるべきです。これがローレンツ公国の味なのですか? 私は絶対に暮らせません」

 ライラもエミリーも料理は出来ない。しかし教育の一環で料理に使われている素材や香辛料などの説明は幼い頃から受けており、口に入れればどう味付けされているのか判断出来る程に味覚は鍛えられている。

「私が一生レヴィに暮らすのだから公国で暮らさなくていいわよ。だけどこれを二年も食べているナタリー様は偉いわね。侍女はエミリーと同じ食事なのでしょう?」

「それもそうですね。一番被害を被っているのはナタリー様です。帝国と比べたらどうなのでしょうか。どちらがましですか?」

 エミリーの質問にライラは険しい表情をする。

「どちらも大差ないわよ。だけど帝国は無駄に濃くて、公国は薄い。間にレヴィを挟んだとはいえ、ナタリー様には塩味なんて一切感じないでしょうね」

「サマンサ様がナタリー様とお茶会をしていたのは、美味しい物を勧める為でしょうか」

「それはあるかも。ケーキはとっても美味しかったもの。また食べたいわ。次のお茶会はいつかしら」

「目的がお茶菓子なのですか?」

「いいでしょう? 本当は王都へ買いに行きたいのを我慢しているのだから」

 エミリーは冷めた視線をライラに向ける。エミリーのこの無言で責める行為がライラは苦手だった。家宰に怒られている時と同じ気分になるのだ。ライラは言葉を発する事なく、夕食を再開した。味気なくともライラには他に食べる物がないので、空腹が嫌なら食べるしかないのである。

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