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謀婚  作者: 樫本 紗樹
一章 休戦協定締結
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結婚四日目

「このような重要な事、何故報告書に書かなかった?」

「書いたつもりでしたが、申し訳ありません。長らく文章を書いていなくて」

 ジョージの部屋にてブラッドリーはカイルに怒られていた。

「まぁいいじゃないか。三年もペンを持ってなかったんだから、これだけ書くのも大変だっただろうし」

 ブラッドリーは三年間、ライラの実家で厩番として仕事をしていた。その間不審と思われないように彼は真面目に厩番をやっていたのだ。厩番が文字を書く用事などあるはずがない。

「しかし隊長が気付かなければこの事実、わからなかったのですよ?」

「その場合は俺の力不足だ。ブラッドリーを責めるな。彼はもう間者じゃない、厩番だ」

 そこまでジョージに言われたらカイルにブラッドリーを責める事は出来ない。

「しかしあの姫、王女より価値があるな。こんな手札を俺のような所に切るガレスの本心はどこにあるんだろう?」

「ガレスは戦争をしたくない、多分それだけだと思います」

 ブラッドリーは委縮しながらも答えた。ジョージは訝しげな表情を浮かべる。

「戦争をしたくない?」

「レヴィが仕掛けるから守衛するまでの事、攻める事は今までもなかったはずです」

 ブラッドリーに言われジョージはこの七十年を考えていた。長らく戦争していたとはいえ、ずっと戦火が絶えなかったわけではない。中には大河を挟んで睨み合ったまま膠着状態が何年と続いた時もある。しかしその均衡を破るのは確かにいつもレヴィであった。

「ただガレスはレヴィに戻る気はなくて、国を分けた当時のレヴィ国王陛下の取り決めを守りたいという感じがします」

「つまりこっちが攻めなければ戦争など二度と起こらないと」

「私はそう推察しています」

「それで見張りがあの姫って事か。それなら俺の所に嫁ぐのも合点がいく」

「いえ、休戦協定の話の際、先方の姫が決まった後、誰に嫁がせるか決めたのは国王陛下です」

「あ、そうか。そういえば途中まで俺が結婚するとは思ってなかった」

 レヴィ王国には現在王子が四人いる。他国から正妻を迎えているのは長男のエドワードのみ。年齢的にはジョージが一番適してはいたが、他の王子に嫁がせてもよかったのである。

「陛下が絡んでくると話が見え難くなるんだよなぁ」

「普段から国王陛下を避けているからそうなるのではないですか?」

「そう意地悪を言うな」

 ジョージは困ったような表情を浮かべた。カイルは涼しげな表情である。

「しかしライラ様は見張りをするようには感じないのですが」

「どういう意味だ?」

「ライラ様は厩舎に来て愛馬フトゥールムの世話をする方です。家宰が何度注意しても止めず、結局はこの国にまでその馬を連れてきています。そのように自分の意志を曲げない方が、誰かの指図を受けるとは思えません」

 ブラッドリーは厩番としてライラとそれなりに交流があったようで、彼女の性格を把握しているようだった。ジョージは眉根を寄せながら、ブラッドリーを見る。

「馬の世話なんかしていたのか?」

「えぇ。餌を与えるくらいならいいのですが、こちらが断っても厩舎の掃除まで手伝ってくれるので、私は家宰に怒られっぱなしでした」

「厩舎の掃除が平気なら彼女も侍女など必要なさそうだな」

「ライラ様はエミリーさんを連れてくる気はなかったみたいです。でも押し切られたと愚痴を零していました」

 またブラッドリーが報告書になかった事を言い出し、カイルが何か言いかけたのをジョージは手で制した。

「その話、詳しくわかるか?」

「エミリーさんの方が三ヶ月ほど先に生まれただけで、お二人は幼馴染のように育ったと聞きました。ライラ様はエミリーさんが両親に溺愛されているから連れて行きたくなかったらしいのですが、結局エミリーさんの言い分が通って一緒にレヴィ入りという感じです」

「幼馴染という事はその侍女は使用人の娘か」

「はい。家宰の一人娘です」

 ブラッドリーの言葉にジョージとカイルは顔を見合わせた。

「話がややこしくなってきたな」



 ライラはこの本を集中して読みたいから話しかけないでと、エミリーとジェシカに釘を刺して黙々とケィティの歴史書を読んでいた。彼女もまた文字を読むのが早い。勢いよく読んでいく本がどれほど面白い物だろうかと、エミリーはそっと机の上に置いてあるもう一冊の本の表題を盗み見て落胆した。夫婦間で貸し借りする本とは思えなかった。

 エミリーはジェシカに手招きをして静かに部屋を出るよう促した。ジェシカは意味がわからないままとりあえず指示に従った。

「ライラ様は一度本の中に入ると暫く出てきません。ですからこの時間を使って私に王宮内を案内してもらえませんか?」

「ライラ様を御一人にして宜しいのでしょうか?」

「あの読み方ならあと一時間は私達が下がった事さえ気付きません。ですからお願いです。そろそろこの王宮を覚えたいのです」

「わかりました。しかし私の動ける範囲に限りがありますから、それ以上は御容赦下さい」

「限り?」

「誰付きかによって移動出来る範囲が決まっています。王宮内に縄張りがあると言えばわかりやすいでしょうか」

 エミリーは首を傾げてから縦に振った。この国の立ち振る舞い方はガレスとは大きく違うという事だけはわかった。

「ライラ様に仕えるのに問題ないのならそれで構いません。宜しくお願いします」

「わかりました」

 ジェシカの案内の元、エミリーはレヴィ王宮内の一部を見て回った。動ける範囲が狭いせいかその案内は一時間もかからず、二人が部屋に戻ってもライラは黙々と本を読んでいた。

「ライラ様は読書がお好きなのですか?」

 小声でジェシカはエミリーに尋ねた。

「歴史書はよく読まれますね。恋愛小説などは一切読まれませんけれど」

「ライラ様が読書中の時、いつもエミリーさんはどうされているのですか?」

「いつもなら昼寝、もしくは他の侍女とお茶をしていました」

 ジェシカは驚きの表情でエミリーを見つめた。主人が読書中だからと言って、侍女が休憩している事はこの国では考えられなかった。

「ライラ様は身の回りの事だけでなく、掃除や洗濯も出来るのですよ」

「え?」

 ジェシカは驚きの表情をエミリーに向ける。公爵令嬢が掃除や洗濯をするなど聞いた事もなかったのだ。

「出来ないのはお料理とお化粧と髪を綺麗に編み込む事だけではないかしら」

「エミリーさんは化粧等の為にわざわざいらっしゃったのですか?」

「姫が自分で洗濯など始めたら大騒ぎでしょう? それをさせない為に来ました」

 話しながらもエミリーはライラの手元から目を離さない。

「そろそろ休憩が入る頃なのでお茶の用意をしましょうか」

「休憩の頃合いなんてわかるのですか?」

「長い付き合いなので、おおよそは」

 エミリーは微笑みながら先程王宮内を回った時ついでに運んできた茶器を手に取り、紅茶を淹れる準備に取り掛かった。あとは注ぐだけという頃合いでライラは本を閉じた。

「エミリー、お茶を貰えないかしら?」

「今から淹れる所ですので少々お待ち下さい」

 エミリーの予想通りの展開にジェシカは驚いていた。彼女はとてもこの二人の間に入れる気がしなかった。



「本を有難うございました。レヴィの方は読み終わり次第持ってきますね」

 ライラはケィティ共和国の歴史書をジョージに渡した。

「一日で読んだのか? もっとゆっくりでもよかったのに」

「大切な本と伺ったので早くお返ししようと思いまして」

 ライラは朝から夕食後まで一日中この本を読んでいた。彼女は読書が好きで一日中黙々と読む事を厭わない。

「エミリーが、あ、連れてきた侍女なのですが、あまり私が読書をする事を好ましく思っていないのです」

「姫が読書をするのはおかしくないと思うが」

「歴史書という所が気に入らないのですよ。どうしても私を女性らしくしたいみたいで。それで実家でも歴史書を勝手に片してしまう事が何度もあったので、そうなる前にこちらから先に読みました」

「勝手に片すって、注意したら済む事では?」

「エミリーに注意しても無駄です。根本的な概念が違うのでもう諦めています」

「じゃあ何故ここへ連れてくるのに彼女を選んだんだ?」

 ジョージはブラッドリーの報告で気にかかっていた事もありライラに尋ねた。

「私は誰も選ぶつもりはありませんでした。何も悪い事をしていないのに二度とガレスに戻れない、そのような事は辛いではないですか」

 ライラは視線を落とした。

「しかし心の奥で私も辛いと思っている事をエミリーは気付いていて、それを言えない私が遠慮しなくていいように配慮してついてきてくれたのです。ですから彼女には本当に感謝しているのです」

「レヴィに来るのは嫌だった?」

 ジョージの問いかけにライラは首を横に振る。

「いえ、レヴィに来るのが嫌だとは思いませんでした。けれども、皆温かくて、私のやりたい事を何だかんだ結局やらせてくれる、そのような家族に二度と会えないのが寂しくて辛かったのです」

 ライラは実家を思い出しているのか表情が柔らかかった。ジョージはそんな彼女を綺麗だなとぼんやり思っていた。

「エミリーは居心地のいい空間を作ってくれるいい侍女なのです。ただ女性らしさの価値観だけが合わないのです」

「その侍女の言う女性らしさってどういうものなの?」

「え?」

 ライラは何故そのような事を聞くのかというような表情をジョージに向けた。

「いや、俺の望まない女性らしさだと困るなと思って」

 ジョージの言葉にライラの表情は明るくなる。

「そうか、そうですよね。ジョージ様の好みでないような事を言わないでと言えば、きっとエミリーも黙りますよね」

「何? 俺好みにしようとしてるの?」

「そうなのです。私は媚など売れないとわかっているのに」

 愚痴を零すライラを見て、ジョージはおかしいのを我慢出来ずに声を出して笑った。

「え? 今笑う所ですか?」

「そんな事を俺に言っちゃうからその侍女は心配してるんだよ」

 ライラはジョージの言わんとしている事がわからず眉根を寄せた。

「俺が言うのもなんだけどさ、もう少し考えた方がいいよ」

「何をでしょう?」

「休戦協定の為とはいえ、嫁としてこの国に来たという事を」

 ジョージは笑いを収め、ライラを見つめた。

「相手が俺でよかったね。他の王子だったら話は違ったと思うよ」

「えっ?」

「レヴィの歴史書を読んだら少しはわかるかもね」

「どういう意味でしょう?」

「それは読んでから考えてみて。俺はそこまで優しくないから」

 そう言うジョージの顔には意地悪そうな笑みが浮かんでいる。ライラはとにかくレヴィの歴史書を読まなければと思った。

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