義理姉妹のお茶会【前編】
朝食後、ライラはエミリーと共に部屋の掃除を始めた。しかしエミリーは暇潰しとして毎日隅々まで掃除をしていた為、二人でやると大して時間はかからなかった。
「お茶会の時間までまだあるし、庭でも散歩しようかしら」
「庭に行かれるとエドワード殿下に絡まれる確率が非常に高いですが、お茶会前にお会いになりますか?」
「お義兄様は御公務でお忙しいでしょう?」
「適当に休憩を取られているのですよ。私は庭で声を掛けられました」
ライラは腕を組み、宙に視線を泳がせる。サマンサやナタリーと話す前に、エドワードと会うのは避けた方がいいと判断し、視線をエミリーに向ける。
「それなら庭の散歩はお茶会の後にしましょう。それまで読書でもするわ」
「読書と言われましても、嫁入り時に本など持ってこられなかったではありませんか」
ライラは笑顔でエミリーに鍵を見せる。
「ジョージの部屋の鍵よ。本棚にある本は何を読んでもいいと許可を貰ったの。エミリーも一緒に来る?」
「私が勝手に入っても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思うわ。それがそのままだし」
ライラはエミリーの腕章を指差した。返せと言われる機会はいくらでもあったはずなのだが、そう言われる事がなかった為、エミリーは腕章を着けたままだった。
「ジョージ様のお部屋、昨日はあまり観察が出来なくて消化不良気味ですから行きたいです」
「そうこないと。さ、行きましょう」
ライラとエミリーは部屋を出てジョージの部屋へと向かい、鍵を開けて部屋に入った。部屋は綺麗に片付いており、机の上には書類さえ置かれていない。エミリーは部屋の中を隅々まで見て歩いた。昨日塞がれていた扉がどうなっているか気になっていたのだ。その場所を覗くとジョージの部屋にも扉の前に箪笥が置いてあり、完全に扉としての機能は失われていた。
「暮らしている感じがありませんね」
「王宮が結構嫌みたい。でも今後はいてくれると思うわ」
ライラは本棚にずらっと並んでいる本の背表紙をじっくり見ていた。この前は歴史書だけを見ていたが、よく見れば法律の本や剣技の本など色々な物が置いてある。彼女はその中から法律の本を手に取った。
「また珍しい物を選びますね」
「ガレスとの違いが知りたくて。それにこれなら結構な日数を潰せるでしょう?」
笑顔のライラにエミリーはため息を吐く。
「恋愛感情が芽生えれば女性らしくなると思ったのですが、相変わらずですね」
「文句はジョージに言って頂戴。私は誰も近付けないような隊長夫人になるのだから」
エミリーはライラの解釈が少しずれていると思ったが、結果ジョージの望み通りになれば問題ないので気にしない事にした。法律に詳しくなれば誰かに利用される前に気付けるであろうし、選択肢としては悪くない。
「でしたら私も一緒に学びます」
「エミリーならそう言ってくれると思ったわ。レヴィの事をもっと理解して、幸せに暮らしていきましょうね」
ライラは嬉しそうに微笑んだ。エミリーもそれに笑顔で応えた。
お茶会の約束の時間より少し前に、ライラとエミリーはサマンサの部屋を訪れた。ライラはサマンサの部屋がわからないのでエミリーが案内したのである。サマンサはソファーに腰掛けたまま、笑顔でライラを出迎えた。
「お姉様、どうぞこちらに。貴女は下がっていいわよ」
「ライラ様はこの王宮にまだ不慣れでございますので、帰りの案内の為にも何処かに控えさせて頂きたいのですけれども」
エミリーは臆する事無くサマンサに願い出た。サマンサは侍女の一人に視線を投げる。
「貴女達、紅茶を淹れ終わったら彼女を控えの間に案内して頂戴。苛めるのは駄目よ?」
サマンサの侍女は頭を下げて彼女の命令を受けた。サマンサの侍女は三人とも侯爵令嬢と聞いた通り、皆綺麗である。エミリーはそのうち一人しか話すのを見た事がない。サマンサの部屋に案内したのも、手紙を持ってきたのも同じ侍女だった。そして今頭を下げたのは別の侍女である。この部屋に侍女はその二人しかいなかった。
「お姉様、旅行は楽しかった?」
既にソファーに腰掛けていたライラにサマンサは向き直る。ライラは持ってきていた包みをサマンサに差し出した。
「こちらはケィティのお土産です。気に入って頂けると嬉しいのですけれど」
「ありがとう。早速開けてもいい?」
「えぇ、どうぞ」
サマンサは嬉しそうに包みを開ける。そこには細工の綺麗な銀の髪飾りが入っていた。サマンサは満面の笑みを浮かべる。
「まぁ素敵。ケィティにはこのような素敵な髪飾りがあるの?」
「えぇ。沢山ありましたよ」
「いいわね。一度行ってみたいのだけど、お兄様が一人で行けるならと言うの。そのような事は無理だと思っていたのだけど、お姉様が行けたのだから私にも行けるかしら?」
「大丈夫だと思います。不安でしたら私が侍女役をやりますし」
ライラの言葉に後ろで控えていたエミリーの瞳が驚きに揺れる。サマンサは笑顔のままだ。
「お姉様は本当に面白い方ね。でもお姉様に侍女役をやらせたら、お兄様に怒られてしまうから遠慮しておくわ。お兄様は怒ると、とても怖いのよ。滅多に怒らないけれど」
サマンサは侍女に視線で合図を送り傍に寄せると、髪飾りをしまうように指示をして髪飾りと包み紙を渡した。ライラはこの包み紙しか持っていなかった。ナタリーへのお土産がないのなら隠した方がいいというサマンサの気遣いである。そんな態度をエミリーは感心して見ていた。
「ところで、それはお兄様から貰ったの?」
サマンサはライラの左手薬指を見ながらそう言った。ライラは柔らかく微笑む。
「えぇ」
「その結婚指輪はどうやって選ばれたかは知っているの?」
「ジョージ様が結婚に関しては全てカイルに任せたと仰っていました」
ライラの答えにサマンサは呆れ顔をする。
「お兄様は無駄に正直な所がどうかと思うわ。そのような事を言われて、いい気がしなかったでしょう?」
「政略結婚というものはそういうものですから」
ライラはあくまで姫用の笑顔で対応する。
「そう。でも事実を教えてあげる。その結婚指輪を選んだのは私なの。お兄様がカイルに丸投げをして、それに困ったカイルが私の所に来たのよ。後々しこりが残らないよう是非にと」
サマンサは笑顔だ。ライラも笑顔を浮かべたまま話を聞いていた。
「カイルにお願い事をされるなんて初めてだったから嬉しくて。楽しい時間だったわ。どうせ諦めなければいけない想い。いい思い出になったから、お兄様には少し感謝をしているのよ。お兄様は知らない事だけど」
サマンサの言葉にライラは少し悲しそうな表情を向ける。
「気にしないで。お兄様が幸せな結婚をしたら私は他国に嫁ぐ、それがお父様との約束。もう私の嫁ぎ先は選定されているはずよ」
「そのような約束、ジョージ様は御存知なのですか?」
「知らないはずよ。知っているのはお父様とエドお兄様だけ。お兄様が結婚しなければ私もこの国にずっといられるかもという賭けだったの。でも後悔はしていないわ。お姉様の事をお兄様はとても気に入ってらっしゃるもの。あのようなお兄様が見られたのなら安心して他国へ嫁げるから。お兄様の事を宜しくね」
「精一杯ジョージ様をお支え致します」
姫対応のライラにサマンサは笑顔を零す。
「お姉様は演技が上手ね。隠さなくてもいいわよ。私は話を聞いているの」
ライラは平生を装った表情のままサマンサを見つめる。サマンサは笑顔のままだ。
「お兄様とずっと一緒にいたならわかるでしょう? この国は色々な人達が相手の様子を探り、情報を陰で入手しながら如何に自分が一番有利になるかで躍起になっているの。誰が間者で、どこに情報が漏れているのかを見極めるのは、とても大変なのよ。私は堂々とお茶会や晩餐会で情報を入手しているけれど、それを提供するかどうかは気分で決めているの」
サマンサが不敵な笑みを浮かべた時、部屋をノックする音がした。侍女が扉を開けると、ナタリーが部屋に入ってきた。
「申し訳ありません、遅くなりまして」
「いいえ、こちらにどうぞ」
サマンサはナタリーにライラの横を勧める。ナタリーはそれに従った。ナタリーに続いてサマンサのもう一人の侍女が部屋に入ってきて手際よく紅茶を淹れる。そしてケーキを乗せた皿とティーカップを三人の前のテーブルに置いた。
「貴女達は全員下がって頂戴。これから三人で楽しむのだから」
サマンサにそう言われ、サマンサの侍女とエミリーは部屋から退室した。それを確認してサマンサは微笑む。
「今日のケーキはアッシャー伯の差し入れです。王都にある評判のお店の物なのですよ」
サマンサは先程までの砕けた口調から改めた。それに気付きライラは表情を引き締める。
「先日のケーキもアッシャー伯からと仰っていませんでしたか?」
「よく覚えておいでですね。アッシャー伯は頼むと何でも持ってきて下さるのですよ。折角三人での初お茶会ですから、美味しい物が宜しいかと思いまして」
サマンサはにっこりと微笑んだ。顔のつくりは似ていないが、今の笑い方はジョージと似ているとライラは思った。人を敵に回さない、ある意味質の悪い笑顔だ。
「私はお兄様もエドお兄様も大好きなのです。ですからお二人には仲良くなってほしくて。レヴィの為に一生懸命なお兄様達を宜しくお願いしますね」
「サマンサ様は本当に御兄弟皆様の事をお好きですよね」
「えぇ。ウルリヒお兄様もフリッツも好きです。そう言えばウルリヒお兄様は少しはしっかりしたかしら? お姉様はお会いになりましたか?」
「えぇ、軍団基地で会いました。しっかりしているようには感じませんでしたけれど」
「お兄様に二年も育てて貰ったのに成長しきれなかったのですね。これはもうエドお兄様にお願いするしかないでしょう」
「殿下はウルリヒ殿下の顔さえ知らないと仰っていましたけれど」
「えぇ、知らないはずです。異母兄弟でも仲良くすればいいと私は思うのですけれど、王位継承権を持っていると色々あるみたいで。女性の私は継承権を持っていませんから好きにさせて頂いています」
ライラは目の前のケーキに手を伸ばした。ガレスでは見た事のないものに興味心が勝てず、二人が手を付けるのを待ちきれずに口へ運び、満足そうに微笑んだ。
「あら、お姉様。美味しそうに食べますわね」
「とても美味しいです。ガレスにはありませんでした。流石レヴィですね」
「レヴィは凄いですよね。シェッドにもケーキはありませんでした。おかげで嫁いでから私はふっくらしてしまいました」
「ナタリー様は嫁がれた時が細すぎたのですよ。今くらいで丁度いいのです。ナタリー様の侍女二人に比べたらまだまだ細い方ですから」
サマンサの指摘にナタリーは笑顔で応える。ライラは話には聞いていたが、ふくよかな侍女を見てはいないので、どれくらい太っているのかわからずケーキに再度手を伸ばした。
「ところでお姉様、王宮の食事は食べられました?」
「いえ、今朝まで赤鷲隊料理長の食事を頂いていまして。今夜からなのですよ」
朝食の時、一緒に塩の瓶が置いてあった。料理長が気を利かせて、ライラの為に赤鷲隊で使用している塩を貸してくれたのだ。
「ですが舞踏会の時に一口だけ頂きました。正直、表現しにくい味で……」
「そこは正直に不味いでいいのですよ。実際不味いのですから」
あまりにもはっきり言うサマンサにライラは思わず微笑む。ライラには不味いと言い切るほど不味かったわけではない。美味しくはなかっただけで食べられない程ではなかった。
「しかし料理人が一生懸命仕事をして下さった結果ですから、そのように言うのは憚られます」
「一生懸命仕事をする気があるのなら、自分の美味しいと思うものを作るべきなのです。素材の味を活かすという考えらしいのですけれども、旨味を足さなければ料理とは言えないのですよ」
「でしたらそのようにサマンサ様が料理人達に仰れば宜しいではないですか。サマンサ様のご要望とあらば、聞いて頂けるのではありませんか?」
「勿論言いました。しかし陛下命令だからと聞いて頂けず、父にも何度も言いましたけれど聞いて頂けず。父が馬鹿舌なのが本当にやるせません」
サマンサは小さくため息を吐くとケーキに手を伸ばした。そして口に運び美味しそうに微笑む。ナタリーもケーキを口に運ぶ。
「ですからお姉様、王妃殿下に仰って頂けませんか? レヴィの食事に戻してほしいと」
「私がですか? 私はまだ嫁いできたばかりで何の権力もありませんよ」
「赤鷲隊隊長夫人という権力があるではありませんか」
サマンサはにっこりと微笑んだ。ライラは今朝ジョージの部屋から持ってきた法律の本の内容を思い出す。ライラが最初に見たのは赤鷲隊関連だった。赤鷲隊は国王に忠義を誓いながらも独立した組織であり、国王の意思に反しない限り自由に動ける。赤鷲隊隊長は国王の次に権力を持ち、国家利益に繋がると判断した場合は行動範囲に制限を受けない。赤鷲隊隊長は王族から選ばれるが、就任した際に王位継承権を捨て、家族は王族に列せられない。しかしその妻は夫と国王以外の命令に対し拒否権がある。この法律を知り、ライラは祖父の思惑を知ったのだ。国王以外の誰の命令も聞かずに自由に動ける立場が約束されている。それで戦争を終結に向かわせろと言いたかったのだ。何故このような重大な事を黙っていたのかまではわからなかったが。
「私は確かに王妃殿下の命令を聞く必要はありませんが、決して王妃殿下に物を申せる立場でもございません。それに先程陛下のご命令と仰ったではありませんか。陛下の命令は流石に覆せません」
「少し王妃殿下とお話して頂ければ宜しいのですよ。レヴィの為を思うなら食事は美味しい方がいいと」
ライラは横のナタリーの表情を盗み見た。サマンサの言う事をどう思っているのか表情から読もうとしたのだが、無表情で難しい。
「そもそも私は何故このような事態になっているのか正直わからないのです。ジョージ様に伺ってみましたが、王宮にはあまりいないから詳しくないと言われてしまいまして。宜しければ経緯を教えて頂けませんでしょうか」
ライラはレヴィに嫁いで一ヶ月以上経過しているが、最初の十日間は読書の為に引きこもっており、その後約三週間外出していたのである。普通に考えれば王宮の事などわかるはずがない。サマンサは困った表情を浮かべた。
「本当の所は私も存じ上げないのです。ナタリー様、そろそろ教えて下さいませんか?」
「私に言われても困ります。侍女達が勝手にしている事で、彼女達は私の言う事など聞きませんから」
ナタリーは困ったような表情を浮かべている。ライラはその表情から真意を見抜く事が出来なかった。ここにエミリーがいないのがとても悔やまれるが、いないのだから仕方がない。
「でしたら私も何も出来ません。私が口を出して、ジョージ様にご迷惑がかかってはいけませんから」
ライラとナタリーの言い分にサマンサは不機嫌そうな表情をした。
「私はお二人には仲良くして頂きたいのです。そのような表面的な話はやめませんか? 何も手を組み王妃殿下を追い出せと言いたいわけではありません。これからのレヴィの為に暮らしやすい雰囲気に変えて欲しいだけなのです。このままでは父が亡くなった時に大変ではありませんか」
ライラはサマンサをまっすぐ見つめた。サマンサは真面目な表情をしている。
「王位継承権の問題、という事でしょうか?」
ライラの言葉にナタリーが一瞬眉を動かした。
「私はいずれ嫁ぐ身。父の次が誰であろうと関係ありません。しかしお二人は関係ないでは済まないでしょう?」
「ですがエドワード殿下が次期国王で間違いないのではありませんか?」
「エドお兄様の事をよく思っていない貴族もいるのですよ。原因はエドお兄様にあるので、それは仕方がないのですけれど」
サマンサはそう言いながら紅茶を口に運ぶ。エドワードの原因と言うのは女性関係だろうとライラは思った。ライラは横目でナタリーの様子を窺うも、相変わらず無表情でわからない。舞踏会の時は笑顔だったのに、この無表情さが怖かった。
「けれどジョージ様はウルリヒ殿下を王の器ではないと評価している御様子でしたし、そこまで難しく考えなくとも宜しい気がしますけれども」
「お姉様はまだこの王宮を把握されていないので仕方がないとは思いますけれども、呑気に構えていると相手に先手を取られてしまいますよ」
ライラにはサマンサの言う事がわかりかねた。仮にウルリヒを王にしようと担ぎ上げる勢力がいたとしても、エドワードとジョージが健在なら大丈夫であろうし、もしジョージに万が一の事があれば王族に列せられていないライラに出来る事など何もない。
「私はジョージ様に隠し事をしたまま勝手に動く事は遠慮したいと思っています」
王妃とナタリーの争いにジョージが終止符を打ちたいと思っている事を、サマンサが知っているかがライラにはわからなかった。それにナタリーの真意が見えない状況で、言質を取られるような発言は避けたかった。
サマンサは大きくため息を吐くと、ソファーに凭れ掛かる。そして明らかに不機嫌そうな顔を二人に向けた。




