見送り
翌朝、ジョージはいつも通り目を覚ました。もう習慣になっていて、寝付く時間が変わっても朝起きる時間は変わらない。横で眠っているライラを見て微笑みを零すと、ベッドから出てソファーに置いていた袋から軍服を取り出す。着替えた後、彼女に書いてもらった手紙を軍服のポケットに、短剣を懐にしまった。そして昨夜脱ぎ捨てた寝衣を拾い上げ、袋と一緒に抱えた。ついでに彼女の寝衣も拾い上げ枕の横に置く。
ジョージはライラに触れるだけの優しい口付けをした。彼女はそれに反応する。
「ん……。ジョージ?」
「ごめん、起こした?」
まだ日が昇り始めたばかりなので寝室は薄暗い。ライラは目をこすると身体を起こした。ジョージは先程置いた寝衣を彼女の肩にかける。
「もう行くの?」
「あぁ。もう少し明るくなったら出立する」
「見送りをした方がいい? 皆に頑張って下さいと」
ライラはまだ眠そうな表情のまま、寝衣の前を合わせてジョージに問いかける。彼はそれを見て微笑む。
「いや。寝てていいよ。まだ眠いだろう?」
「大丈夫。顔を洗えば目が覚めるわ。私も隊長夫人として振る舞いたい」
ジョージはライラに口付ける。何度も口付けられ、彼女は完全に目を覚ました。
「ちょっ、何?」
「ライラが可愛くて。このまま押し倒したいけど、流石にそこまでの時間がないのが残念だな」
「朝から何を言っているの?」
頬を紅潮させているライラをジョージは優しく抱きしめた。
「出来るだけ早めに終わらせるから」
「えぇ。健闘を祈るわ」
ライラもジョージを抱きしめる。暫く抱きしめ合った後、彼は彼女から離れた。
「約一時間後に出立する。見送りは任せるよ」
「わかった。着替えてから兵舎の前まで行くわ」
「そう、じゃあ後でね」
ジョージはライラに優しく微笑むと寝室を出た。更衣室の籠に洗濯物の寝衣を入れると自室へと入り、持っていた袋を準備していた荷物に入れて肩にかけた。自室を出て扉の鍵をかけると、廊下を歩き突き当りの扉を開けた。まだ薄暗いが手燭はなくとも歩ける。彼が兵舎に近付くと、何やら厩舎の方が騒がしかった。
「どうかしたか?」
ジョージが厩舎を覗くと、そこではカイルとブラッドリーが何やら話し込んでいた。
「隊長。ブラッドリーが私の命令を聞きません」
「ですから私は三年間、何もしていなかったので役に立たないと言っているではありませんか」
ブラッドリーは困った表情をジョージに向けた。内容を察したジョージはカイルの方を見る。
「どういう風の吹き回しだ。何故ブラッドを連れて行きたい?」
「帝国との戦いでブラッドリーが武功を立てた方がいいと思ったのです」
ジョージはカイルの言いたい事を理解し、懐から短剣を取り出すと勢い良くブラッドリーの首めがけて振り上げた。それをブラッドリーは反射的にジョージの手首を押さえる事で止めた。
「感覚は鈍っていないみたいだな」
ジョージはにやりと笑う。ブラッドリーは緊張の面持ちから安堵のため息を漏らした。
「殺されるかと思ったではないですか。やめて下さい」
「その首を斬られたくなかったらカイルの言う通りにしろ。今回の戦いで仕事をしたら、もう疑わないから」
「本当ですか?」
ブラッドリーの瞳が輝く。ジョージは短剣を懐にしまった。
「帝国と戦えるなら、帝国と繋がってると疑う者もいないだろう。まぁ、戦場で帝国人に首を斬られてもそれは知らないが」
意地悪くそう言うジョージにブラッドリーは真面目な表情を向ける。
「帝国軍など大した事はありません。何十人でも倒してみせましょう」
「期待してる。準備を急げよ」
ジョージは笑ってそう言うと厩舎を後にした。カイルもジョージの後に続く。
「急に何故そんな気になった?」
「ブラッドリーは隊長の為に戻ってきたのではとエミリーが言うので確かめようと」
「エミリーが? 彼女もライラと違う視点で色々と捉えていそうだな」
「あの主従は面白いですね。男性なら二人とも赤鷲隊に入れたい所です」
「嫌だよ。ライラは女性でなければ意味がない」
ジョージの言葉にカイルは笑う。
「それもそうですね。失礼致しました」
「どうしたの、エミリー。まだ朝早いわよ」
ライラは寝衣を着て自室に入ると、そこにエミリーがいて驚いた。エミリーは洗面器に水を注いだ所だった。
「ライラ様がお見送りされるのではと思いまして」
ライラはエミリーの言葉が嬉しくて抱きつく。
「ありがとう、エミリーには何でも御見通しね」
「さぁ顔を洗って着替えましょう。そしてジョージ様が気に入ったという化粧をしましょう。今日はお茶会ですから化粧は必要ですしね」
「わかったわ」
ライラはエミリーから離れると顔を洗った。その間にエミリーは服を選ぶ。お茶会があるのを意識してレースが綺麗なワンピースを手に取った。
ライラが寝衣を脱ぐのをエミリーはじっと見ていた。やはり今日も跡はなさそうだ。ライラはその視線に気付き嫌そうな顔をする。
「エミリー、昨日から何なの?」
「いえ、ジョージ様は独占欲が強そうだと思いましたので」
ライラが他の男性に声を掛けられるのが嫌だと言うなら、その独占欲で赤い跡があってもよさそうなのに、彼女の肌は今日もただ白い。
「気にせず着替えて下さい。間に合わなくなっては意味がありませんから」
ライラはエミリーの言いたい事がわからないままワンピースに着替えた。そしてエミリーはライラの髪を丁寧に梳いて綺麗に結った後、ライラの記憶を頼りに化粧を施していった。
「そう、こういう感じ。ありがとう、エミリー」
「いえ。でも確かに自然な感じの方が、ライラ様の魅力を引き立てていますね。私の方がライラ様をわかっていなかったのかと思うと少々悔しいですが」
「それは気にしない方がいいわ。ウォーレンは本当に美を追求している変わり者なのよ」
ライラは微笑むと立ち上がった。時間的にも丁度良さそうだ。エミリーはライラに帽子を差し出す。ライラはそれを受け取ると被った。
「エミリーも来るでしょう?」
「私はライラ様の朝食の準備がありますから」
「それは後でもいいわ。一緒に行きましょう」
ライラがエミリーの手を引っ張るので、エミリーは諦めて頷くとライラと共に部屋を出た。廊下突き当りの扉を開けて庭に出る。外はだいぶ明るくなっていた。二人は赤鷲隊兵舎へと歩いて行く。兵舎の前では隊員達が出立準備を進めていた。その中の一人がライラに気付き近付いてきた。
「奥様、おはようございます」
「おはよう、ネイサン。準備は順調?」
「はい。もうすぐ出立です。今面白いものが見られますよ。奥様もいかがです?」
「面白いとは何かしら」
「見たらわかります。どうぞ、こちらです」
ネイサンはそう言うとライラを厩舎の後ろの方へと案内した。ライラは見当がつかないままネイサンの後ろをついていく。その後ろにエミリーも続く。歩いていると剣戟の音が徐々に大きく聞こえてきた。厩舎の後ろでジョージとブラッドリーが勝負をしていたのだ。真剣な表情のジョージにライラは見惚れた。そして暫くしてジョージがブラッドリーの手から剣を落として決着がついた。
「三年の鈍りがある割には上出来じゃないか?」
「もう少し加減をして下さいよ。出かける前に疲労させてどうするのですか」
「あまりに腕が鈍っていたら背中を任せられないじゃないか」
「隊長……っ!」
ブラッドリーは嬉しそうにジョージの手を両手で握った。
「任せて下さい。隊長には敵を一人として近付けさせません」
「ははっ、期待してる」
ジョージは笑うと視線を感じて振り返り、そこにライラがいる事に気付いた。
「ライラ、いつからそこに」
「つい先程からです。ブラッドがそこまで剣を扱えるとは知りませんでした」
ライラの言葉にブラッドリーは照れ笑いをすると、その後ろに控えていたエミリーに気付き声を掛けた。
「エミリー。どう? 格好良かったでしょ?」
「レヴィ王国の為、是非励んで下さいませ」
エミリーの冷たい言葉にブラッドリーは肩を落とす。ライラはそっとジョージに近付くと、彼にしか聞こえないくらいの声で囁いた。
「ジョージはとても格好良かったわよ」
ジョージは嬉しそうに微笑んだ。
「隊長、準備が終わりました」
「あぁ、すぐ行く。ブラッドも行くぞ」
「ブラッドも連れて行く事にしたのですか?」
「あぁ、騎兵として連れて行く。見ただろう? 剣捌き」
ライラは剣技を修めているわけではないので詳しくはわからない。しかしジョージと対等に見えたのだから、ブラッドリーは強いのだろうという事は予測出来た。
ジョージとライラは厩舎の裏から兵舎の前へと歩いて行く。兵舎前には準備を終えた隊員達が整列していた。ここにいる隊員は強行軍で帰ってきた時の半数である。他の隊員達は既に昨日出立していたのだ。
「今から青鷲隊砦に向かって出立する。経路は先程伝えたように最短で行く。久しぶりの実戦になるが、それまでに体力を温存するよう各自配分して走るように」
ジョージの言葉を隊員達は直立で聞いている。彼は隣にいるライラの背中を軽く叩いた。彼女が彼を見上げると、彼は優しく頷く。
「どうかレヴィ王国の為、夫ジョージの為に全力で戦い、流れる血が少しでも少なくなるよう皆様の御武運をお祈りしています」
ライラは一礼をした。隊員達は静かにそれを受け止めた。
「帝国軍は公国の民を蹴散らして農作物を奪うだけでは飽き足らず、我が国の国境までも侵そうとしている。国民の安全を守る義務は我々にある。今回はその為の戦争だ。心してかかるように」
ジョージの言葉に隊員達は挙手の敬礼で応える。
「よし、今から出立とする。準備が出来た者から速やかに出立せよ」
隊員達は再び挙手の敬礼をすると、各自自分の持ち場に散らばった。
「ライラ。これを預けておくよ。必要なら使って」
ジョージはライラに自室の鍵を差し出す。彼女は笑顔で頷くと鍵を受け取った。
「じゃあ行って来る」
「えぇ。お気をつけて」
ジョージは馬に跨った。ライラは微笑んで彼を見送った。




