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謀婚  作者: 樫本 紗樹
六章 其々の謀の行方

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66/81

堪能

 ライラは肩掛けを胸の前で合わせながら寝室のソファーに腰掛けていた。エミリーが同じ形と言ったからそれを用意してもらったわけだが、昨夜の寝衣より少し胸の開き方が広い。前屈みになると胸が見えそうで、彼女は自然と背筋を伸ばしていた。

 扉をノックする音がし、ライラが返事をすると扉を開けてジョージが入ってきた。今日も片手に袋を抱えている。彼はライラの横に座ると、袋の中から便箋とペンとインクを取り出した。

「ライラ、公国語の手紙を書いてくれないか」

 ライラはジョージの予想外の要求に首を傾げた。

「何を書くの?」

「レヴィが帝国を叩いた後、三国会談の席に着くようにと」

「三国会談をするならば通訳はどうするの? カイルには到底無理よ」

 ライラはカイルに時間が許す限り公国語を教えていたのだが、結局レヴィ訛りを直す事は出来なかった。簡単な指示なら出来るだろうが、問題なく会話が出来るほどの語彙力もない。

「青鷲隊隊長から通訳が出来る商人を見つけたと報告を貰ってる。それと出来たらライラにもその場に立ち合って欲しい」

「商人の通訳を見つけたのに?」

「あぁ。ライラは俺の横で、ガレスでやっていた仕事をして欲しい」

 ライラは目を見開いた。彼女がしてきた仕事、つまり通訳が正しく通訳するか、相手が母国語で何を相談しているかを聞く事。三国会談をするのにその仕事をするならば有利に進められる事は間違いない。

「私も王宮の外に出られるの?」

「さっき父上に許可は貰ってきた。レヴィに一番有利な条件を引き出すのに必要だと言ったらすぐだったよ」

「それなら明日私も一緒に出かけるの?」

 ライラの問いにジョージは笑った。

「流石にそれはない。戦争はしないといけないから。それが終わって会談の席を設けた時に、その場に来て欲しい。案内人は別途手配するから、その人の指示に従って」

「帝国に勝つ自信はあるのね?」

「あるよ。ウォーレンからカイルの所に情報が流れてきた。カイルの放った間者からの情報もある。油断は禁物だけど、俺は負け戦なんかしない」

 ジョージは自信あり気に笑う。ライラはその表情を見て安心した。

「わかったわ。それで何をどう書けばいいの?」

「あの失礼な手紙と違って、とても丁寧に書いて欲しいんだけど」

 そう言ってジョージは手紙の内容をライラに伝えた。公国の為に戦争はしたが何度も呼ばれるのは困るので、帝国と条約を締結して欲しい。勿論公国にとって不満の残らないように最大限配慮をする。レヴィは今後も帝国より公国との付き合いを重んじる、と。

「公国との付き合いを重んじるの?」

「それはもう俺の仕事じゃないから知らない。俺だって父上と兄上の言いなりにはならない。利用されっぱなしでいてたまるか」

 ジョージの言葉にライラは笑う。先程まで彼は赤鷲隊隊長の顔をしていたのに、今は反抗期の少年のようだ。彼女はペンを手に取ると彼の要望通り、丁寧な言葉で手紙をしたためた。彼女は書き終わると彼にペンを差し出す。彼はそれを受け取るとゆっくり綺麗に署名をした。

「カイルの書体でないのに、その署名なの?」

「俺の癖字を公国人に教える気はない。国内でも両手で足りるくらいしか知らないし」

「そんなに少ないの?」

「基本的に直接会って言うから、手紙を書く人も限られるし」

 ジョージは手紙を折り畳むと封筒に入れた。袋から印章を取り出し封筒を持って立ち上がると、ベッド脇の袖机の上に置かれている燭台から蝋燭を手に取り、蝋を垂らして封印をした。蝋燭を戻して封筒をテーブルの上に置きながら、再びライラの横に腰掛ける。そして彼女の腰に腕を回すと彼女を軽々と抱き上げて自分の膝の上に座らせた。その勢いで彼女の肩掛けが床へと滑り落ちる。

「ちょっ……」

「仕事は終わり」

「でも」

「さっき予告したよね」

 ライラは困ったように俯く。ジョージの部屋を出る際、耳元で囁かれた言葉を思い出すと恥ずかしくなった。

「満足するまで本気で寝かさないからね」

 ジョージは意地悪そうに微笑む。今夜はライラを堪能し尽くすから。そう言われて彼女は困り、先程自室のソファーで膝を抱えて座っていたのだ。明日の朝は出発が早いだろうし、今後も戦況によっては十分な睡眠が取れないかもしれない。今夜は彼を早く寝かせた方がいいのだが、どうしたら彼が満足するかなど彼女にわかるはずもない。そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、彼は彼女の首筋に顔を埋めている。

「ライラの香り好きだなぁ。ガレスから石鹸を持ち込んでるの?」

「持ってきたわ。レヴィで同じものが買えるか、わからなかったから」

「そっか。レヴィに売ってないとこの香りが変わっちゃうのか。嫌だな」

「今までそのような素振りはしてなかったでしょう?」

「いや、ずっといい香りだと思っていたけど、それを言うと嫌がられるかなと思って。今までライラが嫌で背を向けて寝てたわけじゃないよ。うっかり触りそうだったから背を向けてたの」

「そうだったの?」

「女性との距離感の詰め方がわからないから、手を繋げば意識してくれるかなとか、お菓子で餌付けしようかなとか色々と考えてたんだよ」

 ジョージの言葉にライラは不機嫌そうな表情を浮かべる。

「餌付けなんて、私は動物ではないわよ」

「でもライラは宝飾品を身に着けていなかったし、ワンピースは質のいい物を着ていたし、贈り物は効果がなさそうだったから」

「だけどこれはすごく嬉しかった。一生大切にするわね」

 ライラは左手薬指の指輪を見て微笑む。ジョージもつられて微笑む。

「ライラが望むならいくつでも買うよ。俺は結構自由になるお金があるから」

「他には要らないわ。これだけで十分よ」

「姫の割には欲がないね」

「ガレスで欲しい物は何でも買える環境だったから、物欲はあまりないのかもしれないわね。ジョージのその指輪も私がガレスで買ったものなの。出来たら大切にして欲しいわ」

 ジョージは自分の左手薬指の指輪を見る。

「これはライラが買ったの?」

「そう。私がお願いした特注品なの。指輪を外した事はある?」

「いや、つけっぱなしだけど何かあった?」

 ライラは手を伸ばして、ソファーに置いていたエミリーに貰った布を取った。

「これで磨くと綺麗になるらしいの。少し貸して」

 そう言うとライラはジョージの指から指輪を外して指輪を拭いた。少し曇っていた白金の指輪が輝きを取り戻す。彼女は微笑むと彼に指輪の中を見せた。そこにはブラックダイヤモンドが埋め込まれている。

「表に宝石は嫌がられるかもしれないかと思って中に埋めて貰ったの。ジョージが思い通りに仕事が出来るよう、お守りになると嬉しいのだけど」

 そう言いながらライラはジョージの左手薬指に指輪をはめ直した。彼は嬉しそうに微笑む。

「ガレスにいた時にそんな事を考えてくれてたの?」

「だって調印式のジョージは格好良かったもの。この人の妻になるのかと思ったら、自分で指輪を贈りたくて」

「それなら俺も大切にするよ、この指輪」

 ジョージの言葉にライラは嬉しそうに微笑む。彼はそんな彼女を強く抱きしめた。彼が何かを考える前から、彼女が彼を意識していたのは今までの話の流れでわかっていたが、政略結婚の指輪に意味が込められていたのが嬉しかった。

「俺がいない間、誰にも触らせないで。エド兄上も上手くかわして」

「お義兄様にはジョージを好きと言ってもいい?」

「いいよ。エミリーの推測が正しいのならば、エド兄上はライラに女性を意識して近付かないから。政治的な部分はライラの勘に任せる」

「わかった。きちんと姫対応をするわね」

「あぁ」

 ジョージはそう言うとライラの首筋に口付けをする。彼女はそれに反応し身体を震わせた。彼はその反応を楽しむかのように何度も口付ける。

「ちょっ、やめ……んっ」

 ライラは逃げようとするも、ジョージに力強く抱きしめられていて身動きが取れない。彼は不服そうに顔を上げると彼女を見つめた。

「嫌なの?」

「首筋より唇がいい」

 恥ずかしそうに言うライラにジョージは微笑むと彼女と唇を重ねる。

「次はどうして欲しい?」

 ジョージは意地悪そうに微笑んでいる。

「寝ましょう。ジョージは明日から大変だもの。早く寝た方がいいでしょう?」

「却下」

「何でよ」

 ライラは不満そうにジョージを睨む。彼は笑顔のままだ。

「まだ足りないから。それに徹夜しても多分平気だと思う」

「平気なわけがないでしょう? 何故このような時にそんなに呑気なの」

「こんな時だからだよ。万が一戦いが長引けばその間は会えない。その時に後悔をしても遅いだろう?」

 ジョージは再びライラの肩に顔を埋める。

「今の帝国は余裕がない。なりふり構わず攻撃してくる相手は完全に読み切れない。大丈夫だとは思うけど、不安がないと言ったら嘘になる」

 自信あり気に笑っていたはずのジョージの声色が少し弱々しい。ライラはそんな彼を抱きしめた。

「不安があるのは仕方がないわ。むしろその方が冷静に判断出来るわよ」

「今日の寝衣は胸の谷間が見えるね」

「――っ!」

 ライラは声にならない声を上げてジョージから離れようとした。まさか肩に顔を埋めながら自分の胸元を覗かれているなどとは思いもしなかったのだ。しかし彼は笑いながら彼女が落ちないように抱き締めている。

「気にしなくてもいいのに。もう昨夜見たわけだから」

「それとこれは別でしょう?」

「大して変わらないよ。どうせ後から脱がせるし」

 ライラは恥ずかしそうにジョージから顔を背けた。そんな彼女の頭を彼は優しく撫でる。

「ありがとう。少し安心した。折角の夜だし、しんみりしてたら勿体ないよね」

 そう言うとジョージはそのままライラを横抱きで抱き上げて立ち上がり、ベッドへと彼女を運ぶ。

「徹夜はよくないと思うの」

「あぁ、でも数時間はいいだろう?」

「数時間とは何時間なの?」

「さぁ、俺の気が済むまでかな」

 ジョージは微笑むと、頬を紅潮させて困惑しているライラに優しく口付けをした。

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