四人での話し合い
昼過ぎにサマンサの侍女から、明日の三時にサマンサの部屋でお茶会をするという連絡を受けた。エミリーはライラに、女性同士のお茶会ではどういう事を話すのが普通なのかという事を淡々と説明していた。ライラは今まで外交官として父親と共に行動していた為、女性同士の付き合いというものは母のお茶会にたまに参加するくらいだった。本来ならエミリーが側に控え、ライラがおかしな事を言いそうになれば指摘をしたい所だが、前回サマンサがライラの部屋に来た時は追い出されてしまった。今回もまず追い出されるだろうと思い、エミリーは不安で仕方がなかった。
「つまり、つまらないという事よね?」
「つまらないとは何ですか。そういう女性同士のお付き合いというのが今後非常に大事なのですよ。恋愛話もせめて付き合う振りはして下さい」
「そのお茶会では私がジョージを好きという態度でいいのかしら」
「協力者の立場をジョージ様が望まれているのでしょう? どこで話が漏れるかわからないのですから、そこは徹底して下さい」
「それなら恋愛話を振られた時どう対応すればいいの?」
ライラは困惑の表情を浮かべた。
「人の話を聞くのは好きだけど、自分はそういう感情がよくわからない、そういう態度で宜しいのではないでしょうか? 多少変わった姫と思われるのは仕方がありません。実際乗馬で出かけた事は知られていますから」
「その事も知られているの? どうなっているのよ、この王宮の噂」
そもそもその話はエミリーがサマンサにして広まった話であるが、それをあえてエミリーは言わなかった。噂がどのように広がるのかをエミリーが確認したかったに過ぎない。
「皆様暇なのですよ。ナタリー様は公務もございますし、アリス姫の事もありますからお忙しいとは思いますが、サマンサ殿下は基本暇そうです」
「サマンサ様は公務がないの? 王女なのに」
「常にお茶会をしている感じです。そこで噂話を聞くのがお好きなのかもしれません」
「それならエミリーと気が合いそうね」
「そうですね、気に入って頂けるように振る舞うつもりです」
エミリーは微笑んだ。その時ノックの音がした。エミリーは立ち上がると扉に近付く。
「ご用件は何でしょうか」
「隊長がお呼びですので、隊長の自室までお二人ともお願い出来ませんでしょうか」
「かしこまりました。すぐに伺います」
エミリーはそう言うと、振り返ってライラに立ち上がるよう目で促した。ライラは不思議に思いながら立ち上がる。
「どうして開けないの?」
声でカイルだとわかったライラは不思議そうにエミリーに尋ねる。
「ジョージ様以外の男性を簡単に入れる訳にはいきません。ジョージ様と一緒でしたら別ですが」
「それも噂対策なの?」
「そうですね。ここは王宮の端とはいえ、誰も来ないわけではありませんから」
エミリーは扉を開けた。ライラは部屋を出る。二人がジョージの自室まで行くと部屋の前にカイルが立っており、扉を開けてくれた。
「ごめんね、呼び出して。ここを暫く離れられなくて」
ジョージはそう言いながらライラに横に座るよう促し、彼女はそれに素直に従った。カイルはジョージの前のソファーに腰掛ける。エミリーはテーブルの横に置いてある茶器がのせてあるカートに目をやった。
「これは私が淹れれば宜しいのでしょうか?」
「ライラがエミリーの淹れる紅茶が美味しいと言っていたのを思い出して、一回飲んでみたいなと思って。茶葉はサマンサ御用達のだけど知ってる?」
「申し訳ありませんが存じ上げません。自分用にも一杯頂いて宜しいでしょうか?」
「いいよ。何杯でもどうぞ」
「ではお言葉に甘えて頂きます。少々時間がかかりますからお話があれば先にどうぞ」
そう言いながらエミリーはティーポットへにお湯を注ぎ始めた。
「暫く離れられないというのは国境からの連絡を待っているの?」
「そうだ。今日明日来てもおかしくない状況だから、ここを離れられない」
今日明日という言葉にライラは表情を変えないよう必死に取り繕った。ここで不安な顔をしてはいけない。
「料理長の焼き菓子もいつお預けになるかわからないから、今日はたくさん食べるといいよ」
テーブルの上にはマドレーヌが置いてあった。それを見てライラが笑う。
「やはりマドレーヌなのね」
「俺は何も言ってないよ。料理長が選んだんだから」
そう言いながらジョージはマドレーヌを口に運ぶ。
「ところで昨日の話し合いは上手くいったの?」
ライラの質問にジョージは鼻で笑った。
「腹黒同士の話し合いは思った以上に面倒で、欲しい答えは全部得られなかった」
「誰か聞かれたらまずい人でも側に控えていたの?」
「いや親子三人だった。初めて三人で話したけど、出来たら二度と話したくない」
「何故?」
「二人とも俺を都合よく動かそうとするから」
ジョージはマドレーヌをまた一つ手に取り頬張る。
「よくそのような事を仰いますよ。隊長も人の事は言えないではありませんか」
「俺は人を振り回すかもしれないけど、都合よくは動かさない」
「大して違いはないと思いますけれどね」
カイルは無表情に言う。それを聞いてライラが真剣な表情をジョージに向ける。
「ジョージの望まない動きをさせられそうという事?」
「いや、何か嫌な未来が想像出来て。もし今回の帝国と公国の件が上手く纏まったら、俺はあの二人に面倒事を押し付けられそうで。戦線を残しておいた方が楽なような気がしてきてさ」
「それは流石にないわよ。戦場で尊い命が失われる方が辛いわ。今回の件はガレスの時と違って睨み合いでは終わらないでしょう? 食糧難なら切羽詰まっているはずだし」
ライラの言葉にジョージはため息を吐く。
「だよな。行くしかないよな。というか行けってもう言われたんだけど」
ジョージの言葉にライラは驚いた。カイルは無表情なのでこの話を知っているのだろう。
「黒鷲軍団基地から出てくる時、隣で指示を聞いていただろう?」
「隣で聞いていたけど、指示されていた地名がどこなのかわからなくて」
「そうか。一緒に旅行した時の町の名前は覚えてないか」
「ごめんなさい。ケィティとハリスン以外は正直覚えていないわ」
ライラは申し訳なさそうに俯いた。確かにあの時、青鷲隊の砦に向かう指示をジョージは各少佐にしていて、その通り道を細かく言っていたのはわかったのだが、それがどこなのかは彼女には全くわからなかった。
「色々な道を選んで、最終的に青鷲隊の砦に辿り着くように指示してある。それと一緒に到着するには俺も遅くとも明日ここを出ないと間に合わない」
「明日? ここで連絡を待っているのではないの?」
「だから今日明日には連絡が来る。来たら即出立。そう言う事」
ジョージはまた一つマドレーヌを口に運ぶ。エミリーは水分なしでマドレーヌを次々と口に運ぶジョージに内心驚いていた。
「何故その判断が出来たの? 強行軍になったから?」
「そうだ。意味もなく父上が急かすはずがない。そうしたら考えられる事は一つ。今回の外出が三週間だったのも、多分これが予測出来ていたんだろう」
「それなら最初からずっと王宮に居ればよかったのに、何故出してくれたの?」
「謁見の時、俺は一つ仕事を頼まれた。覚えてる?」
ライラは思い出す。そう言えば不思議な会話があった。
「例の件、頼みたいというあれ?」
「そう、あれ。じいさんへの親書配達。急ぎ運ぶ必要がある何かが書いてあったんだろう。それとウルリヒを連れ帰る必要もあったと思う。あれは一人では戻ってこられないだろうから。ただ父上はライラが通訳が出来る事を知らなかった。だから外出許可の意味はわからない」
「それはエミリーが言うにはウォーレンの差し金らしいわよ」
ライラの言葉にジョージとカイルが怪訝そうにする。エミリーは茶葉を蒸らしている時間を利用して温めていたティーカップのお湯を捨てていた。
「何故そこで次兄の名前が出てくるのでしょうか?」
「カイルはウォーレンがどこまで動いてるかわかってる?」
ジョージはカイルに問いかけた。カイルは小さなため息を吐く。
「次兄が帝国や公国に間者を放っているのは知っています。自分の思い描くレヴィ王国を作る為に色々と工作しているのでしょうが、詳細全てを把握は出来ていません」
「その思い描くレヴィの中に自分がいるかどうかは?」
カイルはジョージに冷たい視線を投げた。エミリーは紅茶を注ぎ始めた。
「私と隊長はその中にいますよ。抵抗を何度か試みたのですが、どうしても逃げ切れないのです。私は本当にハリスン家など潰したいのですけれどね」
「ハリスン家を潰したいから再婚をしないの?」
ライラの問いにカイルはため息を吐く。
「それはまた別の話です。そこまで気になりますか? 私が独身かどうか」
「だって闇が深いと言っていたから」
「ライラ様は幸せな家庭で御育ちでしょう? とても考えられない闇ですよ」
エミリーは紅茶を最後の一滴まで注ぎ終えると、ジョージから配り始めた。三人に配ったのち、自分も飲もうと思ったのだが、立って飲むには抵抗があり辺りを見回した。
「エミリーはカイルの隣に座ったらいい」
「そのような身分を弁えないような振る舞いは出来ません」
「俺がいいって言ってるんだから座って飲めばいいんだよ。ここは一応王族の部屋だけど、そういうしきたりに煩い人はまず来ないから大丈夫」
ジョージにそう言われ、エミリーは頭を下げた。よく考えれば王族に口答えする方が弁えていないと思えたのだ。
「かしこまりました。失礼致します」
エミリーはそう言ってカイルの隣に腰掛けると紅茶を口に運んだ。他の三人もそれぞれ紅茶を口に運ぶ。
「あれ? 確かに違う。今までで一番美味しい。何が違うんだろう?」
ジョージは飲みながら考えていた。エミリーが注ぐのを横目で見ていたが、ライラが軍団基地で淹れたのと手順に違いはなさそうだった。あの時はハーブティーだったので味は違うのだが。
「もう少し美味しく出来そうです。茶葉とお湯の量が予想と少し違いました」
「これでも十分だと思うけど、よかったらその茶葉の缶を持って帰っていいよ。それで満足出来たらサマンサに淹れてやって。きっと喜ぶから」
「かしこまりました。お言葉に甘えてそうさせて頂きます」
「それで、さっきのウォーレンの話は何でエミリーが知ってるの?」
ジョージはまっすぐエミリーを見据えている。エミリーはそれに怯まない。
「父とウォーレン様の間を往復していた者を捕まえて吐かせたからです」
エミリーの言葉にジョージとカイルは驚く。ウォーレンの間者が、ガレスにまで足を運んでいるとは思っていなかった様子だ。
「ウォーレンの間者は口が堅いだろう? よく吐かせたな」
「相手が男性なら何とでもなります」
さらっと言ってのけるエミリーにジョージは呆れた表情を向けた。
「それはライラの為なんだろうけど、今後はやめた方がいい。男性相手だと何が起こるかわからないんだから、自分の身をもう少し大切にした方がいいよ」
「自分の身くらい守れます。護身術は修めました」
エミリーの言葉に今度はライラが驚く。
「護身術? 私は聞いていないわよ」
「ライラ様が外交官の仕事をし始めて暇になったので、色々やっていただけです。短剣でしたら扱えるようになりました」
「短剣なんてガレスから流石に持ち込めないだろう?」
「勿論持ち込んではいません。妙な疑いを掛けられたら困りますから」
エミリーの答えにジョージは懐から短剣を取り出した。
「要る?」
「この王宮内でライラ様を守るのに必要なのでしたら預かります」
ジョージは微笑むと短剣を懐に納めた。鷲の紋章が入っている王家の短剣を渡す気は最初からなかった。ただエミリーの意思を確認しただけに過ぎない。
「ライラの命を狙う者はこの王宮にはいない。好意を持って近付く者への対応に短剣は不要だろう」
ジョージの言葉にカイルが反応する。
「ではナタリー様は帝国とは繋がっていないのですか?」
「兄上は繋がっていないと断言していた。繋がっているのは侍女の方らしい」
ジョージの言葉にエミリーは頷いた。
「侍女三人のうちふくよかな二人ですね? 小柄な人は違うと思います」
「いや、俺は義姉上の侍女までは把握をしてないからわからない。カイルはわかる?」
「わかります。そのふくよかな二人はエドワード殿下の休憩に付き合われているはずです」
「そう言えば兄上がそんな事を言っていた。確か二人だった」
「私は話が理解出来ないのだけど、わかるように説明をしてくれないかしら」
ライラは本当にわからないといった表情を向けている。カイルは不思議そうにライラを見つめた。カイルが口を開こうとする前にエミリーが口を開く。
「ライラ様はわからなくて結構です。聞いても理解は出来ません。聞き流して下さい」
「何故私だけ仲間外れなのよ」
「ですから聞いても理解出来ないと言っているではありませんか。どうせわからないのですから聞くだけ無駄なのです」
エミリーの言葉にジョージが笑う。
「それだとエミリーが間者の口をどう割らせたかもわからないのか」
「何よ、ジョージはわかると言うの?」
「見当はつくよ。だから今後はやめた方がいいって言ったわけで」
ライラは眉根を寄せた。本当に見当がつかないようだ。
「それは一旦置いておこう。今聞きたいのはウォーレンがウォーグレイヴ家に何をしていたかだ」
「ウォーレン様はライラ様に興味があったようです。ルイ皇太子殿下を振った美女とは一体何者なのかと。振ったという情報をどこで入手されたかまでは存じ上げませんけれども」
「政治的ではなく美的の方か。あの異常な美的感覚、趣味を越えてないか?」
「私に次兄の趣味の文句を言われても困ります。私も被害者ですからね」
カイルは嫌そうにそう言った。ウォーレンがカイルを気に入っているのは、カイルの顔立ちが端正な部分が大いに影響している。長兄グレンは悪くはないが美形とまでは言えないのだ。ジョージはそんなカイルの嫌そうな顔を見て、ウォーレンの目的を理解した。




