ジョージの帰還
一方、王宮に着いたジョージはライラが王宮に戻っていくのを確認した後、ブラッドリーを連れて厩舎奥にある休憩室にいた。
「何故ライラが嫁入りの時、都市ハリスンで襲われた事を言わなかった?」
「露見するとは思わなかったのですよ。それに話したらわかってくれましたから」
「話した内容は?」
ジョージがブラッドリーを睨む。ブラッドリーは怯えたような表情を浮かべた。
「結婚式前に誘拐するより、結婚後の方がいいと。赤鷲隊隊長はきっとこの姫を気に入るから、その後から誘拐すればより効果的だからと」
「そんな内容で納得するとは思えないが」
「納得したのです。人の物を奪うという事が好きなのですよ、帝国人は」
「だがそのせいでライラが今回誘拐されそうになった。ブラッドは何がしたいんだ。答えによっては、レスター卿にその首を差し出す」
「そんな馬鹿な。誘拐に失敗したレイモンドは毒殺か何かで処分されたはずです」
慌てているブラッドリーをジョージは訝しげな表情で見た。
「レイモンドとやらは病死の報告が届いている。調べていないが毒殺かもしれない。だがライラを今回誘拐しようとしたのはその弟、トリスタンの方だ」
「弟? レイモンドに弟がいるなんて初めて聞きました」
ブラッドリーは三年レヴィにいなかった。トリスタンはその間に黒鷲軍に入隊したので、彼は本当に知らなかったのである。ジョージもトリスタンの若さと目の前のブラッドリーの態度から本当に知らなかったのかもしれないと思い、ため息を吐いた。
「言い分はわかった。で、首を差し出す覚悟は決まったか」
「報告をしなかった事は謝りますけど、命だけは勘弁して下さい」
「そもそもライラに抱きつかれていた所から気に入らないんだ」
ジョージは不快感を隠さずブラッドリーを睨む。
「そこからですか? それはライラ様の癖で、私は関係ないではありませんか」
「断る事くらい、いくらでも出来ただろうが」
「何故女性に抱きつかれるのを断る必要があるのですか。そんな機会は滅多にないのに」
ジョージは蔑んだ目でブラッドリーを見る。この男はどうしようもない男で、しかしそんな所が憎めなかったのを思い出した。ライラが気軽に接していたのも、何か考えているようで結局何も出来ない、このどうしようもなさが心地よかったのかもしれない。
「今日は時間がないからいい。次はその首を斬るからな。覚悟しておけ」
「あ、待って下さい。ケィティから届いた荷物を預かっています」
ブラッドリーは休憩室の棚へと向かうと、箱を手にしてジョージに差し出した。ジョージは受け取り礼を言って、自室へと向かう。王宮内の自室の前で荷物から鍵を取り出して開けようとしたが手応えがない。ジョージはゆっくりと扉を開ける。室内のソファーにはエドワードが腰掛けていた。
「お疲れ」
「兄上。使用人を適当に口説いて鍵を開けさせるとかどうかと思うけど」
「彼女はここに連れ込んでいないから構わないだろう」
エドワードは勝手に室内に入った事を詫びる様子はない。ジョージは扉を閉め、荷物と箱を机の上に置くとエドワードの前のソファーに腰掛けた。
「そんな非常識な王太子とは思ってないけど、その手口はどうなの」
「女性は皆私に口説かれるのを待っているのだから構わないのだよ」
エドワードは悪びれずにそう言った。彼は昔から端正な顔立ちと誰にでも好かれそうな笑顔で女性に声を掛ける。女性達も王太子に声を掛けられて悪い気はしない。むしろ彼に抱かれる事が一種のステータスとなっている。そして不思議な事に女性同士での揉め事が一切起こらない。それは結婚前も後も変わらない。
ジョージは冷めた目でエドワードを見る。この異母兄弟は仲がいいのだが、女性の価値観だけはどうしても共有出来ないでいた。むしろそれが共有出来ないからこそ仲がいいのかもしれない。
「それで、わざわざここに来るとは父上との約束に参加をしないつもり?」
「流石に参加する。三人だけで話すなんて初めての事だから、ただ先にジョージの考えを聞いておきたかっただけ。一体どういう風の吹き回しだ」
「どうって、俺はずっとレヴィの為に働いていたつもりだけど」
「はぐらかすな。隊長として何か考えがあるから陛下と王太子を呼び付けたのだろう?」
「呼び付けたとは心外だな。日時の指定は父上だよ」
ジョージの言葉にエドワードはため息を吐く。
「やはりそうか。黒鷲軍団基地からの帰還日程がおかしいと思った。父上は長らく馬に乗っていないから、わからないのだろうな」
「しかもこっちは子供がいる。ウルリヒは多分まだ着いていない」
「ウルリヒ? あぁ王妃の上の息子か。私は顔も知らないが、どんな男なのか」
王家では食事を家族一緒に取る決まりはない。広い王宮で離れて暮らせば顔を合わせないというのも不可能ではない。ウルリヒは社交界に出る前に赤鷲隊預かりの身となっており、王宮内でウルリヒの顔を知っている人間がそもそも少ないのである。
「甘やかして育て過ぎたのか、とてもレヴィの血が流れているとは思えない。誰が吹き込んだのか王位継承権争いが出来ると思っている雰囲気があるけど、そんな器ではない」
「そうか。もし会ったら笑顔で凄んでおくよ」
エドワードの言葉にジョージが笑う。
「ウルリヒは泣くかもしれないな。兄上のあの顔は俺も怖い」
「まぁこの話はまたの機会にしよう。今は時間がない。私はジョージの考えが知りたい」
「俺は父上と兄上の話を聞いて、一番レヴィの為になる道を選ぶつもりだよ」
エドワードがにこやかにジョージを見る。目の奥は笑っていない。
「私達の間でかわすのはやめないか? いくらそれが癖だとしても」
「でも俺が戦争をしたくないと言っても聞いてくれないだろう?」
ジョージの問いにエドワードは小さな笑みを零した。
「ジョージが戦争回避の道を探っているのは知っているが、それが無理なのはわかっていると思っていたよ」
「短期決戦が一番なのはわかってる。だがもう俺は隊員を一人だって失いたくはない。休戦協定前の争いで懲り懲りなんだ」
「ジョージは隊員と距離が近過ぎるからそう思うだけだ。皆国の為に戦うと宣誓して入隊したのだから、気にする事はない」
軍人には役人よりも高い給料が支払われている。それは国の為に命を掛けているからである。故にエドワードはその命に拘るなと言っている。しかしジョージはどうしてもそこまで割り切って考えられない。
「俺のこの三週間の予定、義姉上に話した?」
「何だ、急に。そんな事を話すわけがない」
「ライラが帝国の者に誘拐されそうになった。情報がどこから漏れてるのか知りたくて」
ジョージは探っているのを悟られないように不満そうな表情を浮かべた。エドワードは無表情だ。
「私は側近にもジョージの予定は言わない。漏れるならレスターの次男ではないのか。厩番にしたのだろう? 詳細は聞いていないが何故赤鷲隊に戻したのか」
エドワードの問いにジョージは笑う。
「どこまでが偶然で、どこから策略かがわからないから泳がせてる。ガレスの姫君の嫁入りについてくるなんて、そんな出来た話があると思う?」
「ガレスの姫君はアルフレッド・ウォーグレイヴ閣下の孫娘だろう? ないとは言い切れないと思う」
「何故?」
「少し考えればわかる。ガレスの姫君の曾祖母は元々レヴィ王女だ。その息子であるガレスの元宰相が私達と似たような考えをしてもおかしくはないし、レヴィの事情に詳しくても不思議ではない。ブラッドリーを捕まえて手駒にしようと企んでも驚かない」
エドワードの説明にジョージは納得したように頷いた。
「そうか。ガレスと考えずにレヴィ王家血筋の者と考えればよかったのか。だがライラにはそんな雰囲気がないな」
「彼女と一度話をしてみたいから、今度誘ってみてもいいか?」
エドワードの問いにジョージが笑う。
「どういう反応されても俺は文句を受け付けないよ」
「私が断られると。随分と自信があるのだな」
「変わった姫なんだよ。それに俺はエド兄上を信頼してる」
意味深に微笑むジョージにエドワードも微笑み返す。
「そろそろ三時だ。馬鹿舌に会いに行こう」
エドワードの言葉にジョージが笑う。
「馬鹿舌?」
「サマンサが父上の事を最近馬鹿舌としか呼ばないのだよ。余程王宮料理が不満みたいでな。ジョージが羨ましいよ。赤鷲隊料理長の腕は国内一だから」
エドワードは立ち上がりながらそう言った。
「俺は後から出た方がいい?」
「いや一緒でいい。どうせ父上の部屋の場所を覚えていないだろう?」
「確かに。よく考えたら行った事がない」
ジョージは笑いながら立ち上がった。ジョージは今まで国王と会う時は謁見の間を使っていたので、国王の私室へ行った事がなかったのだ。二人はジョージの私室を出ると、無言のまま国王の部屋へと向かった。