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謀婚  作者: 樫本 紗樹
五章 戦争を望む者と抗う者

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強行軍二日目 ~ライラの疑問~

「たいちょー、いいですかー?」

 ふざけた声が天幕の外から聞こえた。ジョージは不満そうな顔をしてライラを離す。

「嫌だ、天幕くらい自力で設営してみろ」

「中に入ってもいいですか?」

 ジョージは立ち上がると天幕を捲った。そこにはウルリヒが立っていた。ウルリヒはさっと天幕の中に入る。

「何で中に入るんだよ、天幕を設営するなら外だろ?」

「いや、外だと言い難いって言うか」

「何が?」

 ジョージがウルリヒを睨む。身長差があるので、ウルリヒは見下されている感じがした。

「天幕、設営の仕方がわからないので手伝って、下さい」

 渋々そう言うウルリヒの頭をジョージは笑いながら撫でた。

「なっ、何で撫でるんだよ」

「人にものを頼む態度はもう少し考えた方がいいが、まぁいい。ライラ、ちょっと手伝ってくる」

 ライラが頷くと、ウルリヒを連れてジョージは天幕を出て行った。彼女はジョージが一気に話し出した内容を思い出し、頭の中で整理しようと思った。

 山脈という自然の国境があるにせよ、この大陸の二大国家はレヴィ王国とシェッド帝国。表面上は友好国だが、常に牽制している状態。それを何とかしたいとレヴィが思い、帝国から攻めてくるよう仕向ける為にガレスと休戦をした。実際帝国はいつ仕掛けてきてもおかしくない状況で、公国の農民は亡命している。帝国は小麦がない、食に飢えている。一方レヴィは平民でさえ焼き菓子が買える程に食は豊か。ガレスはそこまでではないが、食に困る事はない。金があっても食べ物がなければ生きてはいけない。小麦が無理ならば芋か豆か。いや、帝国では肉料理が多かった。元々帝国は狩猟民族だ。だからこそ小麦も奪えばいいという発想なのだろう。農耕民族であるレヴィやガレスと考えが違うのは仕方がないのかもしれない。しかしそれでは関係を清算出来ない。いや、関係を断ち切る気はないのではないだろうか。食料を輸出すると言うレヴィの強みをわからせて、二度とレヴィ国内に帝国の者が入ってこないよう排除したい、帝国と公国も揉めないようにレヴィが調停者として権力を振るって黙らせる、落とし所はここなのではないだろうか。それよりウォーレンの立ち位置は一体どこなのだろうか。そもそも優秀なのならば何故病弱な第二王子に仕えさせたのだろう。ジョージでもよかったのではないだろうか。

 天幕の外からカンカンと音が響いてきて、ライラの思考はそこで遮られた。彼女は立ち上がって天幕の外に出た。視界にジョージとウルリヒがダニエルとカイルを巻き込んで、丁度天幕を設営し終えている所が入ってきた。彼女は微笑みながらそこに近付く。

「夕食前に無事終わったのですね」

「男四人でやってるのに、俺一人でやるのとあまり変わらない速度だったがな」

「もう二度とやるもんか」

 一体何をしたのか、ウルリヒは妙に疲れている様子だ。

「これは戦場に出向かない限り必要のない事だから、二度とやる事がないよう祈っておけ」

 ジョージはウルリヒに笑うとライラの手を取り、料理長のいる天幕へと向かう。

「設営とはそれほどまでに大変なのですか?」

「そうでもない。ただウルリヒは乗馬の方で体力を消耗し過ぎていただけだろう」

「まぁ情けない。私はまだあと二日はこの速度で走れますよ」

「ライラの場合は馬もいいからな。フトゥールムだっけ? なかなかの駿馬だよね」

「父から就職祝いに頂いた馬です。目的は先程申し上げた通りです」

 ライラの言葉にジョージが笑う。自分と同じ速度で走って貰う為に、駿馬を選んだ彼女の父の判断が彼には面白かった。自分とは違う親子関係が彼を笑顔にさせた。

「それはわかりやすくていいね」

「えぇ、憎めないのですよ、父は」

 二人は料理長から皿を受け取った。ライラは初めて見る料理に首を傾げる。

「奥様は初めてでしたね。これは海の向こうの人から教えて貰ったカレーという料理です。香辛料がきいていますが、辛いのは平気でしょうか?」

「いい香りだから大丈夫だと思うわ、ありがとう」

 二人は焚火の方に近付いた。ネイサンが昨日と同じく木箱を置いてくれていたので、ライラはお礼を言ってそこに座る。ジョージは彼女の横に胡坐をかく。彼女は早速カレーを口に運んだ。確かにピリッとするけれどそこまで辛くはない。むしろ美味しいと彼女は思った。

「大丈夫そう?」

「えぇ、美味しいです。料理長はレヴィ料理以外も作るのですか?」

「新しい物に挑戦したいんだよ。俺が嫌だって言ったら出てこないだろうけど、美味しかったらどこの国のでも俺は気にならないから」

「いいものを取り入れていくというのは素晴らしい姿勢だと思います」

 ライラは美味しそうにカレーを口に運んでいく。爽やかな風を感じながら外で食べているのも、美味しい原因の一つなのかもしれないと彼女は思った。

「おかわりに行かないのですか?」

「今日は最初から大盛りだから。カレーが好きだって料理長は知ってるし」

「そう言えば、王宮での焼き菓子もマドレーヌが多めでしたよね。料理長もジョージ様の好みを御存知なのですね」

「まぁ知られて困る事でもないしな」

 ジョージはライラの倍はあったであろうカレーを食べ終えた。彼女も食べ終え、二人は皿を洗い物当番の隊員に渡して天幕へと戻っていった。彼はタオルを持って一度天幕の外に行く。彼女は着替えを落とさないようにとベッドの中央に置いて毛布を広げて彼を待った。その時彼女はふと昨日見た彼の引き締まった後姿を思い出した。見たいと言ったら見せてくれるだろうが、その後どうしていいのかわからない。ここは大人しく身体を拭いて寝よう、そう思った時天幕が揺れて彼が戻ってきた。

「どうかした?」

「ううん、何でもない。タオルをありがとう」

 ライラはタオルを受け取ると毛布にすぐ潜った。エミリーに釘を刺されていたことを思い出したのだ。抱いてと言ってはいけないのに、身体を見せてと言っていいわけがない。明日エミリーに相談してからにしよう、そう彼女は思うと軍服等を脱いで身体を拭き着替えた。昨日は上手く伸ばせなかった寝衣が今日はすんなりと着れ、昨日の自分が動揺していた事に気付き思わず笑みが零れた。彼女は毛布からそっとジョージの様子を窺うと、彼も身体を拭き終えて寝衣に着替えていた。相変わらず彼女に背を向けているが、天幕の入り口を向いているつもりなのかもしれない。彼女は脱いだ下着等を鞄の中の袋に入れ、タオルを畳んでベッドから降りると彼に近付いた。

「毎晩ありがとう」

「俺が連れ回してるんだから気にしなくていいって」

 ジョージは微笑んでそう言うと、ライラからタオルと受け取り天幕の外に出た。彼女はベッドへと戻り毛布に潜り込んで横になった。明日は王宮に戻る。長かったようで短かった旅行が終わるのだ。でもこれで何かが終わるわけではない。彼との結婚生活はまだ始まったばかりだ。彼女は微笑んで毛布に顔を埋めた。

「あれ? もう寝るの?」

 戻ってきたジョージはそう言いながら彼女の横のベッドの上に乗ると胡坐をかいた。

「さっきウルリヒが割り込んできたから」

「一応弁えていたじゃん。呼び方がふざけていたがな。まぁ疲れててもう寝てるだろう」

「そう? もう誰も来ない?」

「多分来ない。大体昨日も来なかっただろう? 明日は王宮まで一直線だから、皆早く帰る事しか考えていないよ」

「じゃあ、入る?」

 ライラは毛布を上げた。ジョージは微笑んで彼女の毛布の中に入ると彼女を抱き締めた。一人用の簡易ベッドは狭いので抱き締めないと彼女が落ちそうだった。

「さっきの話、ひとつ気になった事があるのだけど聞いていい?」

「何?」

「何故ウォーレンは病弱な第二王子に仕えたの? 仕えた時にはきっとジョージは生まれていたわよね。第二王子にブラッドを仕えさせる事も出来たのではないの?」

 ジョージはライラの問いに暫く視線を泳がせた。

「そう言われるとそうだな。チャールズ兄上は俺の三歳上だ。ウォーレンが仕え始めた時にはウルリヒも生まれている。ウォーレンをチャールズ兄上に付けた理由が存在する?」

「私達の結婚とは関係ないかもしれないけど、何だか気になって」

「今まで不思議に思わなかったけど、確かに優秀な側近を病弱な王子につけるのは不自然だ。ウルリヒまで待ったっていい。チャールズ兄上の願いと関係があるのかもしれない」

「願い?」

「チャールズ兄上の願いは帝国を黙らせる事なんだ。そしてその遺志はウォーレンが引き継いで、今も情報を集めて俺を動かしている」

「レスターを崩す為の一手だったという事?」

「いや、それは違う気がする。チャールズ兄上は病弱で力もない。ウォーレンが自由に動けるようにチャールズ兄上を隠れ蓑にしていたのかもしれない」

「力のない王子についているから力がないように見せかけて、ウォーレンは着実に力をつけて情報網を広げていった? 確かにこちらの方が説得力はあるわね」

「陛下がここまで考えてるかな? 考えなくはないんだろうけど、違う気もするな」

 ジョージはライラを強く抱き締めながら唸っていた。そんな彼に彼女は微笑む。

「答えが出ない事を考えるのはやめて、このまま寝る?」

「このままは無理だよ。寝返りうったら落ちるから危ない」

「落ちて怪我したら大変だものね。明日は一緒に寝られる?」

 ライラの言葉にジョージが笑う。

「あぁ、明日は一緒に寝よう。寝心地はあそこが一番良いはずだ」

「王宮のベッドは立派よね。とてもふかふかで流石王族という感じで、いつもすぐに寝ていたわ」

「ライラは王宮だけでなく旅行先でもすぐ寝てたよ。枕が変わると寝られないとか聞くけど、そういう事とは無縁そうだよね」

 そのライラの無防備さがジョージを困らせていた事など、彼女は気付いてもいない。

「もしかしたら私も寝袋で寝られるかも」

「寝なくていいから。もう少し姫という自覚を持って。明日から本当に大丈夫?」

 不安そうにしているジョージにライラは微笑む。

「大丈夫よ。エミリーもいるから」

「そう。なら今夜は早めに寝ようか」

 ジョージは起き上がり、自分のベッドへと移動して毛布を手に取った。

「待って」

 ライラに背を向けて横になりそうになったジョージの袖を彼女は引っ張った。彼は彼女に優しく微笑む。

「何?」

「わかっているでしょう? わかっていてわざとやっているのでしょう?」

「何が?」

 ジョージの笑顔がいつもの意地悪そうな表情に変わる。ライラは悔しそうな顔をした。

「何故いつも余裕そうなの?」

「ライラの可愛い顔が見られるからかな」

 ジョージの言葉にライラは頬を赤く染める。そんな彼女に彼は優しく触れるだけの口付けをした。

「続きは明日王宮でね。おやすみ」

 そう言ってジョージは毛布を被るとライラに背を向けて横になった。

「おやすみなさい」

 ライラもそう言うと彼に背を向けて横になった。王宮ではいつもこうして背を向けあって寝ていた。明日は抱き締めてくれるだろうか。彼女は明日を楽しみにしながら、すぐに眠りについた。

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