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謀婚  作者: 樫本 紗樹
五章 戦争を望む者と抗う者

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強行軍一日目 ~感謝~

 夕方、初日の宿泊地である河原にライラ達は辿り着いた。着いた者から順に天幕を設営していた。天幕は四人用であり、ジョージが運んでいたのも四人用の物二つである。もう一つの天幕の使用者であるウルリヒは、まだ到着していなかった。

「奥様は本当にお早いのですね、驚きました」

 フトゥールムを連れてライラが川に近付くと、馬に水を与えていたネイサンが声を掛けてきた。彼女は姫対応の笑顔を浮かべる。

「私は荷物も軽いし、大した事はないわよ」

「これなら無事予定通りに帰れるでしょう。それでは、失礼致します」

 ネイサンは敬礼をして馬を連れて去っていった。ライラはフトゥールムが満足するまで水を与えると厩番の所へ預けに行った。そしてジョージの元へと戻ると、彼は一人で天幕を設営し終えていた。

「早いですね、もう設営されたのですか」

「ライラは中で休んでていいよ。俺はもう一つ作らないといけないから」

「ウルリヒ殿下の分もジョージ様が設営をされるのですか?」

「あの天幕は誰も設営方法を知らないし、覚える気もないだろうからな」

「そう言えば四人用ですよね。ウルリヒ殿下とダニエル以外に、一緒に寝る方がいらっしゃるのですか?」

「カイルだ。本来なら俺と一緒だが、今回はそういうわけにはいかないから」

 ジョージの言葉にライラは頷く。

「そうですね。私もジョージ様と二人きりがいいです」

 ライラの言葉を聞いてジョージは無言で天幕の中に彼女を押し込むと、自分も中に入り天幕を閉じた。

「そういう事は外で言わないで」

「あ、ごめんなさい」

 姫対応の時は協力者という立場だったとライラは思い出した。しかし何故協力者なのだろうか。自分の気持ちが彼にとって体面上邪魔なのだろうか。寂しそうに俯く彼女の髪をジョージは優しく撫でた。

「他の隊員達に示しがつかなくなるから少し我慢して。王族だから例外と言うのは簡単だけど、そういうのは好きじゃないから」

「えぇ、わかったわ」

 ライラは微笑んだ。ジョージはきっと隊員達と同じ環境にいたいのだろう。それを邪魔してはいけない、と彼女は思った。

「じゃあ俺は設営してくるから。ここで仮眠してもいいよ」

「そこまで疲れていないわ。でも大人しくここにいる」

 ライラは微笑み、ジョージも微笑み返すと天幕から出て行った。彼女は天幕の中をぐるりと見回す。燭台が載っている台と簡易ベッドが二つ置いてあるだけだった。ベッドが離れているのが不満で、彼女はベッドを並べるように移動させた。そしてベッドの上に置いてあった毛布を広げてシーツ代わりにするとそこに寝転がった。しかしベッドの境目は寝心地が悪い。強行軍なのだから熟睡しないといけない。王宮までの二泊だけ我慢するしかない。彼女はため息を吐くと起き上がり、ベッドに腰掛けた。外からは設営の音や指示を出す声が聞こえる。天幕からの話し声も外に漏れそうだ。集団生活というのはこういうものなのかと、彼女は軍帽を外してぼんやり考えていた。

 暫くしてジョージが天幕の中に入ってきた。もう一つの天幕も設営し終えたようだ。

「お疲れ様」

「あぁ、ってベッドを並べたの?」

「境目が寝心地悪くて一緒に寝られないのは理解したわ。だけど戻すのも面倒で」

 ライラの言葉にジョージが笑いながら彼女の横に腰掛ける。

「簡易ベッドはこういうものだよ。床で寝ないだけましだと思って」

「他の人達は床なの?」

「寝袋だよ。流石にそれはライラには辛いだろうと思って。結果五台分担ぐ羽目になったんだけど。ウルリヒも一応王子だから床に寝かせられないし、カイルも多分寝袋無理だし、ダニエルだけのけ者にするのも可哀想だし。俺はどっちでもいいんだけど」

「ジョージは寝袋でも平気なの?」

「俺はどこででも寝られるから。でも横で俺が寝袋だとライラは気にするだろう?」

 確かにジョージが床で寝ている横で、自分だけベッドで寝るのは気が引けるとライラは思った。

「ごめんなさい、荷物を増やさせてしまって。だけどありがとう」

「いや、俺こそライラに無理をさせてるから気にしないで。まさかこんな帰りになるとは思ってなかったから。街道の状態も調べられないし」

「それは役人に指示を出したらいいのではないの?」

「役人はお金を使いたがらないから、正しい報告を上げない事が多くて信用出来ないんだよ」

 ジョージの言葉にライラが笑う。

「ジョージの立ち位置は本当にどこなのかわからないわ」

「カイルに言わせると便利な王子らしいよ」

「便利? 確かに王宮を一番簡単に出入り出来るのでしょうけど、随分失礼ね」

「いいんだよ。下手に畏まられる方が苦手だ。俺は正妃の息子でもないしね」

「正妃の息子と側室の息子だと違うものなの? ガレス王家は側室がいなかったから、その差がよくわからないのだけど」

 ガレス王国は側室を持つ事を禁止しているわけではない。だがガレス王国の歴代国王には側室がいない。また、ライラの父が母一筋なので、彼女は側室の場合扱いにどう差が出るのか見当がつかなかった。

「母上は貴族でもないからな。貴族同士だとまた違うのかもしれない。背後の家の力関係も出てくるだろうし。俺は表に立つのは好きじゃない。兄上の後ろにいるくらいが丁度いい」

 そう言いながらジョージはベッドに上半身を倒した。

「お義兄様とジョージはどういう接点があったの? ウルリヒとは二年前まで接点がなかったのでしょう?」

「元王妃は病弱なチャールズ兄上にかかりっきりだったから、母上が兄上の母親代理をしてて、昔から一緒に食事をする仲だよ。兄上が王太子として特別な教育をされているのを母上は支えていた。元王妃は兄上に興味がなかったみたいで、母上が口出しするのも気にしなかった」

「口出しなんてしてもよかったの?」

「勉強し過ぎはいけないから休憩を取れとか、そういう口出しだからよかったんじゃない? 母上は結構口が上手くて教師を丸め込んでたみたい」

「きっと素敵なお母様だったのでしょうね」

「あぁ。あの人も結構苦労をしてたはずだけど、そういうのを一切見せない人だったよ」

 借金の代わりに差し出されたのに、王太子の教育に口を出せる。実はジョージの母クラウディアもテオに劣らず凄い人なのではないかとライラは思った。

「そろそろウルリヒが着いたかな。簡易ベッドを組み立てずに置いてきたから、真っ先に怒鳴り込んでくると思うんだけど」

「これなら組み立ても難しくなさそうだから、自分で組み立てる気がするわ」

 ライラが移動させられるほど軽い簡易ベッドである。彼女はやろうと思えば組み立てられる気がした。

「天幕を設営するよりは簡単だけど、王子がやる事ではないから」

「だけどジョージは組み立てているじゃない」

 ライラは笑った。ジョージは身体を起こす。

「俺は人がやってるの待つより自分でやりたい人間だからね」

「そうね。だから色々と視察をしてしまうのよね」

 ライラがジョージの言葉に笑うと突然天幕が開く。そこには不機嫌そうなウルリヒが立っていた。ライラは慌てて無表情を作り、ジョージはウルリヒを睨む。

「ノックが出来ないとはいえ声を掛けろ」

「何でだよ、そんなのは別にいいだろ」

「よくない。ライラが着替えてる可能性もある。ここは俺だけの天幕じゃない」

 ジョージの言葉にライラもわざとらしく不満そうな顔をウルリヒに向けた。ウルリヒは気まずそうな顔をする。

「あ、そこまでは考えなかった。気を付ける」

 ウルリヒは軽く頭を下げた。それは謝罪の代わりなのか判断し難い程軽かった。

「でもそれより、何で俺を最後にしたんだよ」

 ウルリヒの文句がジョージの予想とは違い、ジョージは怪訝そうな顔でウルリヒを見る。

「お前が一番遅いだろうと思ったからだが、何か問題でもあったか?」

「あったよ! 賊に襲われたんだよ!」

「賊?」

 ジョージが眉根を寄せた時、天幕の外から声が聞こえた。

「隊長、カルロスです。少し宜しいでしょうか?」

 ジョージはウルリヒに手で立ち位置を変えるように指示をしてから返事をした。カルロスは天幕を開け一礼すると、一歩入った所で直立した。

「今ウルリヒに聞いた。賊がいたと」

 カルロスはウルリヒに気付き一礼するとジョージの方へ向き直った。

「はい、ウルリヒ殿下の速度に合わせて私とダニエル様と三人で最後方を走っていた時に、突然道を塞がれました。しかし、その賊の態度が不自然だったのです」

「不自然とは?」

「ウルリヒ殿下の顔を見るなり去っていってしまったのです。こちらに到着する事が大事かと思い、追いかけるのは断念致しました」

 ジョージはウルリヒを見た。ウルリヒはジョージとは違い背が低く線も細い。外套も羽織っている。遠目ならライラと間違われる可能性もなくはない。

「あぁ、それは追いかけなくていい。何も取られていないんだろう?」

「はい。争う事なく去っていきました」

「それならカルロスの判断は間違っていない。報告御苦労。それとウルリヒの警備もご苦労。明日は担当を変えるから、今日はゆっくり休むといい」

「はい、それでは失礼致します」

 カルロスは一礼すると天幕を出て行った。ウルリヒは不満そうにジョージを見る。

「何だよ、判断は間違ってないって。こっちは襲われたんだぞ」

「ただ道を塞がれただけだろう? 危害がないのなら襲われたとは言わない。そもそもお前が遅いから道を塞がれたんだ。隊員達と集団で走っていたなら、道を塞ぐなど出来なかったという事もわからないのか」

 ジョージに正論を言われ、ウルリヒは返す言葉がなく真一文字に口を結んだ。

「それとも怖かっただろう、もう大丈夫だぞと頭を撫でて欲しいのか」

「なっ、ふざけるな! もういいよ」

 ウルリヒは怒ったまま天幕を出ていった。天幕が閉じた事を確認して、ライラが堪えていた笑いを零す。

「流石にそれはふざけ過ぎだわ」

「多分、ライラとウルリヒを勘違いしたんだろう。ウルリヒに余計な事は言いたくない」

 ジョージの言葉にライラは笑いを収めて真剣な表情を彼に向けた。

「帝国の? 大丈夫なの?」

「多分大丈夫だろう。ライラは速度を乱さず走っていたし、集団軍人の前を塞げるほど向こうは人数がいないはずだ」

「そう、悪い事をしたわね」

「ライラは気にしなくていいよ。ウルリヒが遅いのが悪いんだから。賊に塞がれたとはいえ、五十分遅れか。明日は夕食までに間に合うかな」

 ジョージは懐中時計で時間を確認すると、すぐにしまった。

「明日は担当を変えると言っていたけど、ジョージがウルリヒの横を走るの?」

「俺はそこまで面倒を見ないよ。別の兵長に任せるだけ」

 そう言いながらジョージは立ち上がる。

「可哀想だから簡易ベッドだけ組み立ててくるよ」

「向こうが頼みに来るまで待っていればいいわよ。ウルリヒを甘やかし過ぎだと思う」

「いや、でも一応王子だから」

「そのような事をジョージが気にかけなくてもいいわよ。今日見ていて思ったけど、ウルリヒは年齢の割に幼いわ。あのままでは公爵家当主にもなれないわよ」

「公爵家当主もベッドは組み立てないけどな」

「それはそうだけど、やって貰って当然と言う態度はよくないわ。頼み事は出来る? 感謝の言葉を言える? 謝罪は出来る? そういう基本が、なってない気がするのだけど」

 ライラの言葉を聞いてジョージは腰を下ろした。

「そう言われるとその辺りの言葉は聞いた事がないかもしれない」

「人の上に立つならそういう基本は大切よ。ジョージを見ていて気付かなかったのかしら?」

「いや、俺もあまり言う方じゃない。ライラにも上手く言えてない気がする」

「それは私がジョージに感謝されるような事をしてないからでしょう? いつもしてもらうばかりで何も返せないし、考えてから物を言うのも上手く出来ないし。ジョージの側にいるのに相応しくなりたいのだけど、全然出来てなくてごめんなさい」

 ライラの言葉にジョージは優しく微笑む。

「文句を言わないで王宮からここまでついてきてくれた事は感謝してる。何も返せてないって言うけど、十分返してもらってるよ」

「嘘を言わなくていいわよ。何にも出来てない事くらい、わかっているから」

「いや、本当に。側にいてくれるだけで十分だよ」

「そ、それでは駄目よ。私まで甘やかしてどうするの!」

 ライラは困惑した表情をジョージに向けた。彼は優しく微笑んだままだ。

「ライラを甘やかすのは俺の特権だからいいの。むしろ甘やかされてて」

 ジョージの手がライラの頬を包む。彼女は頬を紅潮させ、彼の視線から逃げるように顔を背ける。そんな雰囲気を邪魔するように、外からカンカンと鍋を叩く音が響いてきた。彼は軽く触れるだけの口付けをすると立ち上がり、ライラに手を差し出す。

「あれは夕食の合図だ。食べに行こう」

「ちょっと待って。顔は赤くない? 変に思われない?」

「俺達は夫婦なんだから変には思われなと思う。何をしてたんだと勘繰られる可能性はあるけど」

「そういう視線には慣れていないから無理。もう、何故急に口付けをするの」

「嫌だった? もう二度としない方がいい?」

 ジョージは意地悪そうに微笑んでいる。ライラは悔しそうな表情を向けた。

「二度としないのは嫌だけど、でも今しなくても」

「じゃあ食事を貰って来るからここで待ってて」

「大丈夫、行く。ジョージは天幕を二つも設営して疲れているのに、余計な事はさせられないわ」

 ライラは立ち上がるとジョージの手を取った。

「別に気にせず甘やかされてればいいのに」

「だからそういう事は言わなくていいから」

 ジョージは笑うと燭台の灯を消し、天幕を開けた。ライラは表情を切り替える。二人は料理長のいる大きめの天幕に近付くと、そこにはチーズのいい香りが漂っていた。

「今夜は簡単なもので申し訳ありません。明後日の夕食は期待していて下さいね」

「ありがとう。とても楽しみだわ」

 ライラは笑顔でチーズリゾットを受け取った。彼女は外で食事などした事がない。周りを見ると、隊員達は地面に胡坐をかいて食べている。彼女は地面に座る事自体に抵抗はないのだが、座っていいのかわからず困った表情でジョージを見た。

「姫はここで座って食べませんよね?」

「普通は座るのも嫌だろうね。俺の膝の上に座る?」

 ライラがジョージを睨むと、背後から声がした。

「奥様! よかったらこちらへどうぞ」

 声のした方を向くと、焚火の前にネイサンがいた。彼はそこに食材が入っていたと思われる木箱を二つ置いていた。

「俺が座ったら壊れそうだな」

 ジョージの言葉に周囲にいた隊員達が笑う。彼がネイサンの方へ向かったのでライラも後を追った。

「わざわざありがとう」

 ライラは微笑んでそう言うと木箱に腰掛ける。ネイサンは敬礼をすると、空の皿を持って去っていった。ジョージはネイサンも笑顔にやられたなと思いながら、彼女の横に胡坐をかく。

「壊れそうだから座らないのですか?」

「そうだよ。壊れたら本気の笑いものになるだろう? それは嫌だ」

 ジョージはそう言いながらリゾットを食べる。ライラもリゾットを口に運ぶ。簡単なものと料理長は言っていたけれど十分美味しい。角切りベーコンが特に美味しかった。

「このベーコンは美味しいですね」

「これは料理長御手製だよ。窯はないのに燻製器があるっていうのが納得いかない」

「しかしパンは焼けるのですから、基地内に窯はあるのではないのですか?」

 ライラの言葉にジョージははっとした。

「あれ? 俺は騙されてた?」

「いえ、私も料理は詳しくないので、パン窯で焼き菓子も作れるかはわからないのですが」

「いや一緒だろ? どっちも小麦粉から作るわけだし」

「そのような大雑把な事を。仕上がりが違うのですから工程は違うはずです」

 ライラは笑った。ジョージは立ち上がる。

「気になる、聞いてくる」

「え? 夕食は?」

「もう食べた」

 ジョージは空の皿をライラに見せると料理長の方へ歩いて行った。ライラはまだ熱いリゾットをどうやってすぐに食べたのか不思議に思いながら、リゾットを口に運んだ。暫くしてジョージが料理長の元から帰ってきた。

「騙されてた」

 ジョージはライラの横に座りながらそう言った。

「パンや料理を焼く量が多いから、焼き菓子を作る余裕がなかったらしい」

「それなら騙されていたとは言わないのではないのですか? ジョージ様は特別扱いが嫌なのでしょう?」

 笑顔でライラにそう言われ、ジョージは小さくため息を吐いた。

「そうだな。あれは職権乱用と言われても仕方がないから、俺が怒る筋合いはない」

「怒ったのですか?」

「いや、怒ってない。ライラに言われるまで考えつかなかったわけだし。悔しいだけだ」

 そう言うとジョージはリゾットを口に運んだ。質問に行っただけかと思ったら、おかわりをもらってきていた。ライラが食べ終わる頃、彼は既に二杯目を食べ終えていた。

「食べ終えた? 天幕に戻ろうか」

 ライラは頷くと立ち上がった。二人は皿を洗い物当番に渡すと、自分達への天幕へと戻っていく。その途中カイルが前方から向かってきた。

「簡易ベッドは組み立てられたか?」

「私は終えたので今から食事です。ウルリヒ殿下は苦戦していました」

「自分でやってるのか」

「隊長、何か仰ったでしょう? 意地になっていますよ」

「少しふざけただけだ。どうせ一生に一度の経験だろうし、たまにはいいだろう?」

 ジョージは笑った。それにカイルは頷いて応える。

「そうですね。明日は天幕も設営させましょうか」

「それだと夕食後でも天幕がない状況になるかもしれないぞ?」

「いいですよ。私も一度くらい設営してもいいですからね。それでは失礼致します」

 カイルは一礼すると料理長のいる天幕の方へ歩いて行った。ジョージはウルリヒ達の天幕を見たものの、そのままライラの手を引いて自分達の天幕へと戻った。

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