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謀婚  作者: 樫本 紗樹
五章 戦争を望む者と抗う者

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国王陛下からの返信

 翌日、早馬が到着すると、カイルは袋を手に持ち執務室を訪れていた。

「隊長、本日の分です」

 いつもカイルは中身を精査してから持ってくるのだが、珍しく袋のままジョージに渡した。

「開けなかったのか?」

「いえ、開けはしたのですが、親書の返事がありましたので袋のままお持ちしました」

 ジョージはカイルの言葉を聞いて袋の中を見る。そして目的の封筒を手に取ると、ペーパーナイフで封を切り手紙に目を通す。

「王宮に帰る。支度をしろ」

 突然の言葉にカイルは不満そうな顔をした。

「今日ですか?」

「昼には出たい。そろそろ出る事を料理長には言ってある。連れて行くのは一中隊でいい。それとウルリヒも連れて帰るから声をかけてくれ」

「しかしいくら何でも早すぎませんか? せめて明日でも」

「明日では間に合わない。文句は陛下に言え。明後日午後三時と指定してきた。日数の計算も出来ないでよく国王が務まる」

 ジョージは呆れた顔をしながら親書を封筒にしまった。

「明後日ですか? ここから王宮は早馬で二日ですよ?」

「嫌ならカイルが料理長も中隊もウルリヒも連れて三日かけて来い。俺は逆らえない」

「そういうわけにはいかないとわかっていて仰っていますよね。出立が近い事はわかっていましたから、すぐに手配をさせて頂きます。それでは失礼致します」

 カイルは一礼すると執務室を出て行った。二人のやり取りを無言で見ていたライラにジョージは顔を向ける。

「悪い、ライラ。強行軍になる。鞍はおかみさんの所から先日持ってきてある。少し頑張ってくれないか?」

「えぇ。大丈夫よ。それよりそこまで急ぎの内容なの?」

「どうかな? 乗馬の所要日数をわかってないだけかもしれない。明後日は三週間後ではないし。こっちの質問にもその時に話すとしか書いてない」

 ジョージが明らかに苛立っている。ライラはそんな彼の手を優しく握った。

「落ち着いて。私は本当平気よ。ただ軍服に紛れて商人の恰好は目立たないかしら?」

「確かに目立つな。ライラも軍服を着る?」

「軍服を着るのは構わないけれど、ジョージのでは合わないわ」

 ライラは公爵令嬢ではあるが外交官時男装していたせいで、軍服にもさほど抵抗を感じなかった。彼女が抵抗を感じるのは肌を露出する服だけである。

「新品の在庫があったはず。この下が倉庫だ。ちょっとついてきて」

 ジョージはライラの手を取ると執務室を出て階段を下り、二階の部屋に入った。そこには軍服をはじめ色々な日用品が置いてある。

「別に新品でなくてもいいのに」

「他の男が着た軍服を着るのは俺が許さない」

 ジョージは不機嫌そうにそう言うと、一番小さい寸法の軍服と長めの白布と外套を手渡した。

「外套? まだ秋だから必要ないと思うけど」

「いいから着て。その布はさらし代わりにして」

 胸は大きくないから目立たないと言おうと思ったが、ジョージの視線が怖かったのでライラは大人しく言う事を聞く事にした。

「わかったわ、早速着替えるわね」

 階段を上り、執務室に戻るとライラは寝室で着替え始めた。外交官時代はさらしを巻いて男装していたので、違う布でも彼女は手際よく巻いていく。そして軍服を着ると案外丁度良く、ライラは髪を後ろで一つに束ねた。カイルをはじめ金髪の隊員がいるので、かつらは要らないと彼女は判断した。

「ねぇジョージ、結構似合ってない?」

 ライラは扉を開けながら笑顔で問いかけた。他にも大多数の人間が着ているものの、ジョージとお揃いの軍服が似合って嬉しかった。

「軍服が似合うのは嬉しいものなの?」

「だって軍服が似合うなんて素敵でしょう? だから嬉しい」

 楽しそうに笑うライラにジョージもつられて笑う。

「でもやっぱり顔を見ると女性だな。調印式の時は気付かなかったのに何でだろう?」

「眼鏡をかけてないからかも。いつもは睫毛を隠せるように伊達眼鏡をかけていたの」

「あぁ。流石に眼鏡はないな。軍帽で隠すか」

 ジョージは寝室に入ると、棚の上に置いていた自分の軍帽を手に取りライラに被せた。しかし寸法が合わず、彼女の眉毛くらいまで深く被ってしまった。彼女は軍帽を一旦外し、髪の毛をくるっと丸めてから軍帽を被った。すると髪を束ねた紐の所に軍帽が引っ掛かり前が見えるようになった。

「どう? いい感じ? 軍人に見える?」

「そんな華奢な軍人はいないよ」

「あー。全身にタオルを巻いておく?」

「いや、そこまでしなくていい。この前の誘拐犯から誤魔化せればそれでいいから」

 ジョージの言葉にライラは笑顔をひっこめる。

「誘拐犯がどこかにいるの? 見せられた似顔絵の人達?」

「あぁ。ウォーレンの話だと都市ハリスンに潜んでいる。ハリスンは避けていくけど、ライラは中隊の中を走って」

「ジョージは先頭を走るの?」

「ライラの横でもいいよ。呑気に話しながらは走れないけど」

「それでも横がいい。私は赤鷲隊の隊員達の顔をなかなか覚えられないから、その人達に囲まれるのは少し怖いの。怖くない事はわかっているのだけど」

 少し困っているような雰囲気のライラにジョージは微笑む。

「彼らがライラに何かする事はないと思うけど、強行軍にライラがついてこられるか不安だから横を走るよ。そう言えばエミリーの返事も来てたから出立前に読むといい。俺も他の書類に目を通したいし」

 ジョージはエミリーからの手紙とペーパーナイフをライラに渡した。彼女はありがとうと言って受け取ると早速封を切り手紙を読み始める。

――親愛なるライラ様 軍団基地での生活はいかがでしょうか? 女性が過ごせる場所ではないでしょうから、とても心配しています。四人で話す件は承知致しました。それと個別で話すのは少々難しいかもしれません。サマンサ殿下よりナタリー様と三人でお茶をしたいとの要望を承っておりますので、まずこちらで様子を見てから考えてはいかがでしょうか? 手土産などあれば、それを口実にお二人で会う事は出来るかもしれませんが、私もこの王宮のしきたりがまだ完全に把握出来ていない為、確証はありません。最後に、先日の手紙の追伸部分、詳細を聞かないと答えられませんが、二度とジョージ様にそのような事は言わないで下さい。気遣う人というのは繊細な心を持っているものです。考えずに言葉を発して、ライラ様が意図していなくとも傷付けているかもしれません。この先長く仲良く過ごされたいのであれば、相手の事を思いやるという事を覚えて下さい。愛される事は決して当たり前の事ではありません。それでは、王宮で御帰りをお待ちしております。 エミリーより――

 ライラは手紙を閉じて考えた。果たして今までジョージを思いやる気持ちがあっただろうか。自分の気持ちを押し付けて、彼の気持ちはわかっているつもりで、自己中心的に振る舞っていたのではないだろうか。ここに彼の想いとの差があるのではないだろうか。

 ライラはジョージの方を見た。彼は手紙を書いている。先程の走る場所にしても、彼女の不安そうな声を悟って横にいると言ってくれたに違いない。このままではいけない。自分も彼を思いやり、彼の為に、仲良く二人で過ごす為に行動する事を心がけなければいけない。彼女は心の中で決意をした。戦場に行く彼の手を離せないなんて言っていてはいけない。彼が不安にならないように凛々しく見送ろうと。

 ライラは寝室に戻ると荷物にエミリーの手紙を片付けた。この軍団基地に戻ってくる事はないだろう。彼女は寝室をぐるりと見回す。短い期間だったけれども濃密な時間が過ごせた。王宮に戻ればジョージと一日中一緒に過ごす事なんて出来ないだろう。深く考えずに連れ出してとお願いしたのは間違っていなかったはずだ。彼女は満足そうに微笑むと荷物を持って寝室を出た。彼は封印をし終わった所だった。

「忘れ物はない? もしあっても簡単に戻ってこられないからね」

「大丈夫。洗濯物も回収してあるし。あ、縄は片付けてないけどいい?」

「あぁ。一応片付けておくか。ライラはここで待機してて」

 ライラが頷くとジョージは立ち上がり、鍵を片手に執務室を出て行った。彼女は執務室もぐるりと見回した。机と椅子が三脚。壁には剣が飾られている。彼女は剣をよく見ようと近付いた。誘拐されそうになった時にジョージが持っていたものだ。長身な彼に合わせたものだろう、彼女が手に持てば抜刀するのが難しそうな長剣である。鞘には鷲の紋章が施されている。彼が剣を振るう姿はきっと格好良いのだろうと思う反面、誰も斬って欲しくないとも思う。

 ライラが暫く剣を見つめていると、ジョージが戻ってきた。

「どうしたの?」

「この剣が本来の役目を終えて儀礼的なものになればいいなと思っただけ」

「既にそれは飾りだけどね」

 ライラが驚いたような顔でジョージを見る。

「旅行中は持ってなかっただろう? つまりずっとそこに置いてあるの。一応手入れはしているけど、誰も斬ってない」

「だけど赤鷲隊に入って六年でしょう? 戦闘は何度もあったわよね?」

「それは隊長になってからのものだから。この三年で言えば戦闘なんて数回だし。今回は帯剣して帰るけど」

 そう言いながらジョージは剣を手に取ると腰に差した。

「戦争が起こるかもしれないから?」

「それもあるけど、これは赤鷲隊隊長が国王陛下に忠誠を誓った時に賜る剣だから、謁見の時は帯剣してないといけない。この前は会う気がなかったから置いていったけど、今回は持っていかないと」

「会う気がなかった? 休戦協定を締結して戻ったのに報告しないつもりだったの?」

 ライラは怪訝そうな顔でジョージを見る。

「そもそも戻る気もなかった。カイルが王宮に書類が山のように届いてて、輸送が大変だから一回帰って下さいと言うから戻ったら結婚式だったってわけ」

「結婚式の日時も知らなかったの?」

「その時は興味がなかったから」

「年齢からいって嫁に行き遅れた女には興味なかったという事?」

 悪びれもなく結婚に興味がなかったと言い切ったジョージに、ライラはわざとらしく不機嫌そうに尋ねた。

「年齢も正直知らなかったよ。ライラの肩書を知ったのは結婚式の後だから」

「元宰相の孫娘という事も知らなかったの?」

「結婚式から数日後にブラッドから聞くまで知らなかった」

「それを知った時はどう思ったの?」

「どうって、もうその時にはライラ個人に興味を持ってたから、その背景を利用しようとかは考えなかったな」

 ライラは内心驚いていた。自分に近付く男など祖父目当てだと彼女は思っていたのだ。しかも口ぶりから嘘を言っているとは思えない。

「結婚式の日時を知らなかったのに、数日後に興味を持つのは早くないかしら」

「だって休戦協定を守る気でいる姫が結婚相手とは思っていなかったし。それに父上の前でのライラが可愛かったから。袖を引っ張る感じとか、髪を撫でられて照れる感じとか」

「あれは国王陛下にあのような事を言われて、どうしたらいいのかわからなかったのよ」

 ライラは恥ずかしそうにしている。ジョージはそんな彼女の腰に手を回して引き寄せると、軍帽を外して口付けをした。彼女は一瞬の出来事に頬を紅潮させる。

「今後は父上の前であんな顔をしないでね」

「姫対応でしょう? わかっているわよ」

 ジョージは満足そうに微笑むと、もう一度ライラに口付けをした。その時部屋をノックする音が響き、彼女は驚いて彼を突き放す。彼は冷たそうな視線を彼女に投げた。

「スタンリーです。宜しいでしょうか?」

「あぁ」

 ライラはジョージの声色の不機嫌さが、スタンリーのせいなのか、自分のせいなのか、わかりかねながらも必死に何事もなかったように表情を取り繕う。そんな事など知らないスタンリーは、失礼しますと言って執務室へと入ってきた。

「本日出立と伺いましたので、何か指示があればと思い伺いました」

「あぁ、悪い。例の件が動くかもしれない。いつでも動けるようにしておいて欲しい。それと復興作業、多分赤鷲隊員は全員引き揚げる事になるだろうから、計画を変更しないといけないと思う。ここに一応書いておいたが、現場を見ながら最終判断は任せる」

 ジョージはそう言いながら、机の上に置いてあった手紙をスタンリーに手渡す。

「承知致しました。長雨の季節は過ぎていますから、作業の遅れは大きな問題にはならないと思います」

「あぁ、宜しく頼む」

 スタンリーはふとジョージの横にいる人影に視線をやり、それがライラだと気付くのに少し時間がかかった。まさか軍服を着ているなどとは思いもよらなかったのだ。

「まさか奥様も一緒にお戻りになられるのですか?」

「置いていくわけにはいかないから、動きやすいように軍服を着せてある」

「しかし強行軍と伺いましたが」

「そこは心配していない。彼女は乗馬が特技のようだから」

 納得いっていない雰囲気のスタンリーにライラは微笑む。

「大丈夫ですよ。心配して頂きありがとうございます」

 そう言われるとスタンリーはもう何も言えなかった。この三年、赤鷲隊隊長ジョージを見てきた。ジョージが間違った判断をするとは思えなかった。

「あとトリスタンの持ち物、全部焼却で構わない。未解決だが今は追求する余裕がない」

「承知致しました。ジョージ隊長出立後、黒鷲軍に怪しい者がいないか引き続き調べておきます。もし何かわかれば御連絡致します」

「あぁ、宜しく頼む。わざわざ出向いてもらい悪かったな」

「いえ。それでは失礼致します」

 スタンリーは一礼すると執務室を出て行った。扉が閉まるのを確認して、ジョージはライラに冷たい視線を送る。彼女は先程の不機嫌は自分のせいだったと悟った。

「し、仕方がないでしょう? 驚いたのよ」

「それでも突き放す事はないんじゃない?」

「だって誰かに見られたら恥ずかしいもの」

「ノックの後に俺が返事しないで入ってくる者はいないよ」

「ウルリヒは入って来たでしょう?」

 ライラの言葉にジョージはあぁと小さく呟くとため息を吐いた。

「あれはずっと言っているんだが直らないんだ。俺の事も隊長と呼べと言ってるのに呼ばないし、王宮に帰ったらどうしたらいいのか」

「そう言えばウルリヒも一緒に帰ると、さっき言っていたわね」

「あぁ。父上の指示だ。王子の軍事経験は基本二年だから潮時ではあるんだが」

「軍事経験? そういうしきたりがあるの?」

「一応ね。兄上も二年黒鷲軍に所属していた。チャールズ兄上は病弱だから免除されていたけど。俺はそんなの無視して最初から赤鷲隊に所属したし、このしきたりは結構曖昧かな」

「でもウルリヒは預かりと言っていなかった?」

「そうだよ。基本国王になる者が現場を知る必要から軍事経験を積むんだ。ウルリヒは俺が継承権を捨てて今二番目だから、万が一という感じ。そもそも向いてないし」

「向いていない? この前もそのような話を聞いたわね」

「王宮で大切に育てられたから剣も満足に扱えなかった。一応最低限は教え込んだけど実戦では使えない。そもそもこの強行軍についてこられるのか、ライラ以上に心配してる」

 ジョージの言葉にライラが笑う。

「流石に私より遅いという事はないのではないの?」

「ライラは軍人並ではないけど、標準よりは十分早いよ。俺の予定に付き合えたんだから、そこは自信を持っていい。ただこの人数だと宿が取れないから野営になるのがな」

「野営? 天幕を張るの?」

 ライラは目を輝かせている。そんな彼女にジョージはため息を吐いた。

「何で嬉しそうなの。簡易ベッドだから熟睡も出来ないし、外だから虫もいるんだよ」

 虫と聞いてライラの表情が曇る。

「二日間の移動だけだから天幕も小さいものだし、持てる荷物に限りがあるから、本来なら姫が耐えられる環境ではない。でもライラを置いていくわけにもいかないし、二泊三日我慢してくれたらライラの望みを何でも聞くから我慢してほしい」

「何でも?」

 ライラが上目遣いでジョージを見上げると、彼は笑顔を返した。

「何でも。ただ、公国との国境線にいつ出立するかがわからないから、帝国との話が決着ついてからになってしまうかもしれないけど」

「わかった。ジョージが約束に間に合うように頑張る」

 ライラは微笑んだ。彼女にはどうしてもジョージに頼みたい事があったのだ。

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