見えそうで見えない謀
「ジョージ様とウォーレンの関係性が、最後までわかりませんでした」
馬車に揺られながらライラはジョージに問いかけた。
「見たままだよ。お互い自分の為に相手を利用する、そういう関係」
「それはいい関係という事でしょうか?」
「ウォーレンも平和を望んでいる。一致しているのはそれだけだろう」
ジョージの言葉にライラは首を傾げた。それが一致していればいいような気もするが、平和になった後どうするかが違えばよくない気もする。
「それより俺はライラが拒否した事が気になるんだけど」
「拒否とは何の事でしょうか」
「俺の事、どこが好きかって話」
ライラの瞳の奥が揺れる。ジョージは意地悪そうに彼女に微笑んだ。
「それは本当に苦手なのです。今まで恋愛話をする機会はありませんでしたから」
「俺には教えてくれてもいいだろう?」
ライラは頬が紅潮するのを感じて俯いた。
「言葉にするのが難しいのです。私の態度でそもそもおわかりですよね?」
「言葉で聞いてみたいな」
ジョージはライラの手を優しく握る。彼女は俯いたまま顔を上げられなかった。ずっと気遣われて好きにならない方がおかしい。公爵令嬢らしくないと散々言われていたのを彼はむしろ肯定的に受け止めてくれ、一緒に歩もうとしてくれているのも嬉しい。隊長としての彼の姿も格好良いし、態度も尊敬出来る。しかしどう言えば彼の望む答えになるのか、彼女にはわからなかった。
「だから難しいと言っているでしょう? ただジョージが好きなの」
ライラは理由を考えるのを諦め、わざと姫対応をやめた。それでジョージに伝わると思ったのだ。それを理解したのか、彼は彼女を優しく抱きしめる。何かを言うでもなく、無言で暫く抱きしめていた。彼女は戸惑いながらも軍服に化粧がつかないように顎を彼の肩の上に置いていた。
「ジョージはどうなのよ? 私のどこが好きなの?」
「変わってる所かな」
「何よ、それ。からかわないで」
「褒め言葉のつもりだけど」
ジョージはライラを抱きしめていた腕を離すと、彼女を愛おしそうに見つめた。彼女は恥ずかしそうに彼の視線をかわそうと顔を背ける。
「わかったから、あまり見つめないで」
「普段と違うライラをもっと堪能したいから、顔を背けないで」
「嫌。姫に戻れなくなる」
「もうどっちでもいいよ。だから俺の方を見て」
ジョージの言葉にライラは視線だけ彼の方を向ける。彼はいつもの意地悪そうな笑顔を浮かべていた。彼女は困った表情をして視線を落とす。彼は微笑みながら、彼女の顔を自分の方へ向ける。
「駄目。口紅が移ってしまうし、直せないから」
「俺の方を向いて欲しいだけだよ。何を期待してるの?」
ライラは頬を紅潮させてジョージの手を軽く叩いた。
「やはりからかっているのでしょう?」
「ライラが可愛いからいけないんだよ」
「意味がわからないわ」
ジョージは微笑みながらライラの頬を両手で固定する。彼女は視線を外す事で抵抗してみるものの、頬の赤みは増すばかりで恥ずかしくて仕方がない。そんな彼女に満足したのか、彼は両手を離した。表情は意地悪そうな笑顔に戻っている。
「軍団基地に着くまでには平生を取り戻して。出来たら姫で」
「姫がいいの? 違和感があると嫌そうにしていたのに」
「俺と二人きりの時は素で、それ以外は姫。それが一番だけど、一生その対応は出来る?」
「エミリーとカイルを除外してくれたら大丈夫だと思う」
「本当に? 馬車を下りた瞬間から切り替えられる?」
ジョージはライラの手に指を絡める。
「今から? 徐々に慣らしていくとかではなく?」
「徐々に慣らす為に、今は手しか触れてないんだけど」
ジョージは意地悪そうに微笑んでいる。ライラは悔しそうに彼を睨むのが精一杯だった。
何事もなく馬車は軍団基地に着くと、二人を降ろして去っていった。門衛は出かけた時と雰囲気の違うライラに釘付けになっていた。そんな門衛に彼女はジョージと腕を組みながら柔らかく微笑む。彼女は心の中で意地になっていた。姫として完璧に振る舞おうと。
ジョージはそんなライラの振舞いに、少々複雑な気持ちを抱きながら執務室へと歩いていた。彼は彼女を独り占めしたくて姫の仮面を被らせようとしたのだが、彼女の姫対応が存外男性受けしそうで困っていたのだ。
執務室に着くと、ジョージは鍵を開けて扉を開けた。ライラは会釈をして部屋の中に入り、椅子に腰掛けた。彼女の表情が一気に緩む。
「あのような感じでよかった?」
「思った以上に姫で驚いたよ。ライラに微笑まれた隊員は皆心を奪われてるんじゃないか」
「そんなはずないでしょう? ただ微笑んだだけなのに」
ジョージは小さくため息を吐きながら、ウォーレンの執事から貰った紙袋を机の上に置き椅子に腰掛けた。やはり自覚がない。綺麗な顔立ちで柔らかく微笑む事が、どういう意味をもたらすのかがわかっていない。しかも彼女の微笑みは作り物のはずなのに自然に見えるから質が悪い。
「男は単純に出来てるんだよ」
「それなら夫の為に任務を頑張って下さいと微笑めば皆頑張ってくれるの?」
ライラの言葉にジョージが微笑む。夫の為にという言葉が殊の外嬉しかった。
「頑張ってくれるかもね。期待してるよ、隊長夫人」
軽い口調のジョージにライラは口を尖らせる。
「絶対馬鹿にしているでしょう?」
「してないよ」
ジョージは笑いながらそう言うと紙袋の中を見た。そこには別の紙袋と瓶が三本入っている。彼は紙袋の中身は見当がついたので、瓶を一本ずつ取り出しすと机の上に並べた。
「何だ、これ」
ジョージはひとつの瓶の蓋を開けた。すると薔薇の香りが彼の鼻を襲い、彼はすぐに蓋を閉めた。
「化粧水と乳液ではないかしら? 手入れをしろという事ね」
ライラは化粧水と乳液と思われる瓶より小さい、もうひとつの瓶を手に取った。
「これはきっと化粧落としでしょうね。油みたいだけど、これで落ちるのかしら?」
「ウォーレンが無意味なものを渡すとは思えないから落ちるんじゃないか」
「これはどこで入手したのかしら? いい物なら是非王宮へお土産として持って帰りたいわね」
「多分自家製だと思う。化粧も薔薇を育てるのもウォーレンの趣味だ。庭だけでは飽き足らず、権力を使って領土内に薔薇園も作ってるし」
「薔薇園? 素敵な響きね」
「行かないよ? 俺はそんなに薔薇の香りが好きじゃないから」
ジョージにそう言われてライラは悲しげな表情をした。彼女は今薔薇の香りに包まれている。
「それだと私と今こうしているのも苦痛? 窓を開けて換気をした方がいいかしら」
「大丈夫。そこまで嫌な訳じゃない。ただ俺は石鹸みたいないつもの香りの方が好きというだけ」
「何で私の香水の香り……」
「これだけ一緒にいて気付かない方がおかしいだろう? ライラにはわざとつけてますという香りより、いつもの自然な感じの方が合ってると思うよ」
ライラは嬉しそうに微笑む。
「ありがとう。混ざって不快になったら困るから、薔薇の香りが抜けたら戻すわ。折角頂いたけど、この化粧水と乳液は使わない事にするわね」
「別に俺に合わせなくていいよ。ライラが気に入ったなら俺が慣れればいいわけだし」
「気に入ったわけではないのよ。ただガレスから持ち込んだものがなくなった後、どうするかを考えてなかったと思って。エミリーが考えていてくれるかもしれないけれど」
「もし困ったらサマンサを頼ったらいいよ。ライラがサマンサと仲良くなる気があればだけど」
ジョージの口ぶりで、ライラはサマンサとお茶をした時の言葉を思い出していた。言いつけがどうのと言っていた気がする。
「もしかして私に近付かないようにとサマンサに釘を刺していたの?」
「あぁ。ライラの読書を邪魔して欲しくなかったし、最初会った時に圧倒されてたみたいだから」
「あれは結婚指輪をしているカイルに明らかな好意を見せているから、どういう状況か全くわからなくて判断に困っていたの」
ライラの言葉にジョージは納得したように頷いた。
「そういう事。あれは純粋な恋心とは少し違うんだよ。だからカイルも冷たく対応をしている。それがサマンサの為とわかってても複雑な気持ちなんだけどね」
「サマンサの為?」
「サマンサは何でも手に入ると思ってる。でもカイルは靡かない。それが面白くないだけなんだ。ただ、それでも淡い恋心も抱いてるから叶えてあげたい気持ちもあるんだけど、カイルは完全拒否だし、レヴィ王家としてもそれは許されない」
「カイルのあの指輪に意味があるのね? あんなに嫌そうな顔をした理由が」
「カイルは俺が七歳の頃から仕えてる。つまりサマンサを二歳から知ってる。女性として意識出来ないと言われたら仕方がないだろう?」
質問をかわされた事にライラは一瞬むっとしたが、余程触れてはいけない話題なのだろうとそのまま聞き流す事にした。
「意識が出来ないのなら仕方がないわね。お互い幸せになれないのなら一緒になる意味もないでしょうし」
「そうだな。カイルにはいい人を探したいとは思ってるんだけど、なかなかいなくてね」
「再婚をさせたいの?」
「この前言っていただろう? ハリスン家が存続の危機だと。俺は残したいんだ」
ウォーレンに頼まれるでもなく、ジョージもカイルの再婚は考えていた。ただカイルが受け入れてくれそうな女性が、今の所見つかっていないだけである。
「そう言えばウォーレンは未婚と言っていたわよね。もしかして」
「あぁ。彼は女性に興味がない。ライラの事も女性としてではなく綺麗な人という感じで見てただろう? 性格から言ってもカイルが継ぐのが一番いいとは思うんだけど、これもカイルが乗り気じゃない」
「知った事ではないと言い切っていたわね。ハリスン家が嫌なのかしら?」
「嫌なんだろうな。俺も王家を捨てる人間だから強くは言えないんだけどね」
「王家を捨てる? 王位継承権を捨てただけでしょう?」
「いや、王族という肩書も消える。正しく言うと俺は一生王族だけど、子孫には継げない。赤鷲隊隊長の子供は赤鷲隊隊長になれない、そういう仕組なんだ」
「前赤鷲隊隊長の家族は今どうしてるの?」
「王都に暮らしている。騎士階級だ。前隊長の息子、つまり俺の従兄弟は近衛兵をしている」
「それなら別に王宮で暮らさなくてもいいの? 王都に部屋を借りて暮らしてもいいの?」
ライラの疑問にジョージが笑う。
「普通の女性なら出来るかもしれないけど、ライラはガレスの姫君だから駄目だよ。俺が生きてる限りライラは王宮で暮らさないといけない」
「あくまでも私は人質なのね。だけどこの制度だと確かに私がジョージに嫁ぐのは不自然だわ。王弟なら公爵になるはずなのに、騎士階級になるのだもの。人質としてそれはどうなの?」
「やっとこの政略結婚の不可解さに気付いたの?」
「第三王子に王位継承はまずないと思っていたけど、私は王族でないからそういうものかなと思っていたの。それにレヴィの事を知りたくてもヘンリーが色々と教えてくれなくて……」
そこでライラは言葉を紡ぐのをやめて考えた。教えてくれないとはおかしくないだろうか。この内容を祖父や家宰が知らないはずがない。散々外交関係について叩き込んでおきながらこの事実を教えないのは、知っていて黙っていたと考えるのが自然だ。
「あぁもう、これは絶対に祖父が何か企んでいるわ。ジョージが王位継承権を捨てているのも、騎士階級になるのも絶対に知っている。休戦協定だけではなく違う意味もあるはず。何故もっと追究をしなかったのかしら?」
「追求出来る空気がなかったんじゃない? 俺は問答無用で突きつけられたけど」
「私も平和の為で押し切られたけれど……」
その時部屋をノックする音がした。
「カイルか? 入っていいぞ」
「失礼致します」
カイルは片手にトレイを持って入ってきた。ジョージは袖机の上にあった査定書類の入った箱を下におろすと、空いた場所にカイルはトレイを置いた。トレイには茶器が載っている。
「何だ、この土産を知ってたのか」
「土産とは何の話でしょうか。私は隊長が焼き菓子を買ってからお戻りになるだろうと思い、持ってきたまでです」
カイルはトレイに載せてきたティーポッドからティーカップへと紅茶を注いでいく。
「カイルは紅茶も淹れるの?」
「これは料理長が淹れたものです。蒸らし時間を逆算して渡されました。私は注ぐしかしません。隊長はあまり水分をとられませんから」
ジョージは紙袋に残っていた別の紙袋を取り出すとそれを開けた。彼の予想通りそこには焼き菓子が入っている。
「ウォーレンは俺の好みを知ってるのか、どうなってるんだあの情報網」
「甘党軍人はマドレーヌが一番の好物と有名です。むしろ知らなかったのですか?」
カイルが呆れた表情を浮かべる。ジョージはそれが面白くなく、顔をやや歪めた。
「知らない。どこで有名なんだよ、ハリスン家のでっちあげじゃないのか?」
「都市ハリスンで有名です。軍服を着て定期的に買いに出かけていたら、覚えられるに決まっているではありませんか。階級章を外していたので軍人と呼ばれているだけで、軍曹か少佐かと噂されているのですよ。前から言おうと思っていましたけれど、隊長は目立ちますからね?」
「どこが? 結構平民っぽいだろう?」
「そのように鍛えている平民はいません。それとすぐ誰にでも話しかけるから印象に残るのですよ。気さく過ぎるのも目立つという事を覚えておいて下さい」
カイルにそう言われジョージはつまらなさそうな顔をした。そんなジョージを見てライラは微笑む。軍団基地へ来るまで、確かにジョージは色々な人に声をかけていた。日常会話ではあったけれど、田舎道で声をかけられれば記憶に残りやすいという配慮は感じられなかった。
「紅茶をもらっていい?」
「どうぞ」
ライラは紅茶を口に運んだ。ジョージが紙袋を彼女に差し出す。彼女はそこからクッキーを取り出した。
「それで兄から有力な情報は手に入りましたか」
「黒鷲隊で病死報告があったと思うんだが、覚えてるか?」
「病死? あぁ結婚式の前にありましたね。確か……」
カイルは思い当たる事があったのか、言葉を発せずにジョージを見た。ジョージは頷く。
「王宮に戻らなければいけなくて軽く流してしまいましたが、彼がトリスタンの兄弟という事ですか?」
「兄らしい。そして休戦協定前の弓矢の犯人だそうだ」
カイルはため息を吐いた。
「何故そのような重要な事を」
「ウォーレンが俺達を下に見てるのは今に始まった事じゃない。それとカイルの情報収集力を試しているんだろう」
カイルは悔しそうな表情を浮かべる。ライラはその表情が珍しくて内心驚いていた。
「帝国と対峙するのに必要な情報はカイルに伝えろと言ってきた。そのうち情報が流れてくるだろう。俺を存分に働かせたいみたいだからな」
「もう帝国との争いは避けられないという事ですか?」
「ウォーレンはそう読んでいる。早目に王宮に戻って支度をしないといけなくなりそうだ」
「先日の早馬が戻り次第、という事で宜しかったでしょうか?」
「あぁ、それでいい。返事は受け取らねばならないから、それまではここで査定書類を片付けるよ」
ライラは不安げな表情をジョージに向ける。
「戦争は避けられないの?」
「返事次第だ。俺に決定権はないから」
ジョージが待っている返事が国王からのものなのだとライラは理解した。国王の命令がなければ彼は動けない。
「そう、何も出来ないのは歯痒いわね」
「出来る限りの手は尽くしたつもりだ。それでも流れを変えるのは難しいという事だろう」
ジョージはマドレーヌを口に運ぶ。
「一度向かい合う時期なのかもしれない。それが戦争か会談か。帝国側には会談をする気はないみたいだが」
「こちらを甘く見ているのでしょう。隊長は今までガレスと交戦を避ける道を選んできました。腰抜けと判断されていてもおかしくありません」
「腰抜けでいいんだよ。俺は本当に戦争をしたくない」
「えぇ。極力情報を集めます」
「宜しく頼む」
ジョージは紙袋からマドレーヌを取り出し、口に運ぼうとして手を止め、ライラに差し出した。彼女は笑う。
「マドレーヌが好きなのでしょう? 全部ジョージが食べればいいわ」
「ライラも好きだろう?」
「それはジョージへのお土産だから悪いわ。私はクッキーを貰ったし」
ライラの言葉を聞いて、ジョージはマドレーヌを自分の口に運んだ。彼が満足そうに食べているのを見て、彼女は自然と笑みを浮かべていた。そんな彼女をカイルはじっと見つめる。
「予想はしていましたが、やはり次兄に好きにされたのですね」
「化粧の事? 別に問題ないわよ、これくらい」
「前から思っていましたけど、ライラ様は結構無頓着な事が多いですよね」
「どういう意味よ?」
ライラは不満そうな表情をカイルに向けた。
「初めて会った化粧をしている男性に化粧をされるというのは、抵抗を感じると思うのですが」
「そう言われるとそうね。でもウォーレンは中性的で男性という感じがしなかったし、美を追求している都合、自分自身の美も追及すると言うのは自然ではないの?」
「そう思う方が多いといいのですけれど。次兄は祖父の後を継ぐ素質がある人なのですが、癖が強すぎて王宮では受け入れられていないのですよ」
「でも二年前まで王宮にいたのでしょう?」
「チャールズ殿下の側にいた時は化粧をしていませんでしたからね。チャールズ殿下が亡くなってから箍を外したように好きな事をし始め、散々祖父と揉めて領主代理という肩書を理由に王宮から追い出されている状況なのです」
「そうなの。でも領主として仕事をこなせているなら、それでいいと思うわ。見た目に拘る意味がわからない」
ライラは少し苛立ちながら紅茶を口に運んだ。彼女自身、黙っていれば美人という評価が嫌いだった。大切なのは中身であって、中身と外見が均等かなど彼女はどうでもいいと思っている。
「俺もそう思うけど、貴族は頭が固いのばっかりなんだよ」
「どこの国の貴族も同じという事ね。くだらない」
「そう思うならライラが常識を壊してもいいよ。もう既に王宮から馬で出かけた変わり者の姫と噂されてるだろうからね」
「え? そのような噂が流れているの?」
ライラは眉根を寄せた。自分が出掛けているかどうかなど興味を持たれるとは思っていなかったのだ。
「流れている可能性はありますね。先日のエミリーの相関図に、ライラ様を尋ねてきた人が書かれていました。そこでライラ様が留守なのはわかっているはずです。そうなると根も葉もない噂話に飛躍している可能性さえあります。何せ暇ですから、あの方々」
ライラは困ったような表情をした。それを見てジョージが笑う。
「王宮ではきちんと姫対応をしたらいいんだよ。噂と実物、どちらが本物かわからなくして、いっそ謎多き姫君にでもなっておけば?」
「王宮に戻って姫対応をしたら不自然にならないかしら?」
「皆は素のライラを知らないんだから、どれが自然で不自然かなんてわからない。だから堂々と姫らしく振舞っておけばいい。噂に振り回されたくないだろう?」
「そうね。誰にも文句を言わせない赤鷲隊隊長夫人を演じてみせるわ」
ライラは気合を入れた。ジョージはそんな彼女を見て微笑む。そんな二人をカイルは冷たい眼差しで見ていた。
「それは王宮へ戻ってからの課題で結構ですから、今は私に公国語を教えて下さい。隊長は書類を片付けて下さい」
「わかってるよ、王宮に戻るまでには全部確認する」
ジョージは嫌々そう言った。彼は軍務を好きでやっているのだが、唯一苦手なのがこの仕事である。隊員との距離が近い分、査定するのが難しい。しかし予算に限りがあるので全員を昇給させるわけにはいかない。しかもこの休戦で得た賠償金はない。彼はため息を吐くと床に置いた箱から書類を取り出した。