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謀婚  作者: 樫本 紗樹
五章 戦争を望む者と抗う者
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曲者同士

「何だ?」

「ライラ様が結婚の為にレヴィ入りした時、この町に一泊されたではありませんか」

「いや、悪いが知らない」

 ジョージはとぼけたわけではなく本当に知らなかった。ブラッドリーの報告で経路は聞いていたが、どこに泊まったなどの細かい報告はなく、彼も別に求めなかった。

「あぁ、そう言えば結婚式までは興味がなかったとカイルから聞きました。そうですか、相変わらずですね」

「それは今いいだろう? その一泊がどうした?」

「その日も誘拐が未遂に終わっているのですよ」

「どういう事だ?」

 ジョージが怪訝そうな表情をウォーレンに向ける。

「あの時、カイルの指示でライラ様の身辺警護は赤鷲隊の隊員が勤めていました。そこに何故かブラッドリーがいて、ライラ様とブラッドリーは揉めていました。逃げる逃げないで」

「その話は聞いている。ライラはブラッドリーの身元を知らないで、逃がそうとしていたと」

「えぇ。身辺警護に就いていたのは若い騎士達で偶然ブラッドリーの顔を知っている者がいませんでした。しかし、そこにやってきた誘拐犯はブラッドリーの顔を知っていたのです」

「ブラッドリーは三年前からあの基地にはいないのに何故知っている?」

「黒鷲に何年と潜んでレスターとも繋がっていた帝国出身の隊員が、弱みを握られてルイ皇太子殿下の傘下に入っていたのです。ですから彼はブラッドリーの背景も顔も知っていました。彼はブラッドリーを見て動揺しました。そんな彼に対しブラッドリーはひっそりと一人で仕事をしたのです」

「初耳だ。ライラもそんな事は一言も言っていなかった」

「それはそうでしょう。ライラ様が寝静まった夜に起こった事です。ブラッドリーも事を大きくさせては休戦協定に影響が出ると思ったのでしょう。簡単にあしらっただけです」

「その一部始終を間者は無言で見守っていたのか?」

「間者はその場にはいませんでした。ですからどうあしらわれたのかも知りません。しかしこの失敗が今回の誘拐計画の発覚を遅れさせる原因になってしまいました」

「どういう事だ?」

「それまで帝国語でやり取りしていたものが、違う暗号に代わってしまって、指示書の中身を読む事が出来なくなってしまったのですよ」

 ジョージは暗号と聞いて帝国北方言語とわかったがあえて言わなかった。

「あぁ、ブラッドも帝国語を習得している。それで予防線を張られたのか」

「えぇ。ブラッドリーが赤鷲隊に復隊している事、多分レスターに伝わっていますよ」

「ブラッドは王宮に残してきた。自分の身も守れないなら役に立たないから仕方がない」

 ジョージはブラッドリーを友人のように思っているが、あくまでも赤鷲隊隊員の一人であり、必要以上に特別扱いをする気はなかった。

「随分と冷たい対応ですね」

「ウォーレンに言われたくないな。それより赤鷲隊隊長での仕事はそれではないだろう?」

「勿論です。帝国との戦いの被害が最小限になるよう最善策を取って頂きたくお願い申し上げます」

 ウォーレンの口ぶりはまるでもうすぐ開戦だと言っているようだった。ジョージはそれが面白くなかった。

「王宮から去ったウォーレンにそのような事を言われるとは思っていなかったな」

「これは一時避難です。兄の事が片付けば戻る予定です」

「グレンがどうかしたのか?」

「兄は長くはありません。詳細は言えませんが兄の自業自得なので、私はひっそりとここで時を待っているだけです」

 淡々と話すウォーレンにジョージは苦笑を漏らす。

「カイルもウォーレンほど割り切ってくれると助かるのだがな」

「カイルはジョージ様に仕えた事で運命が狂ったのですよ。ハリスン家には相応しくありません。だからこそ私はカイルに爵位を継がせたい、そう思っています」

「それは……あぁそうか。ウォーレンが戻った後、カイルに嫁を取れと命令しろと?」

 カイルに爵位を継がせたいのならば、彼を支える妻そして爵位を継ぐ子供が必要になる。

「カイルはジョージ様の言う事は聞きますから。ただし、ジョージ様の義弟だけはご遠慮願います。彼女以外でしたらいっそ平民の娘でも構いません。工作はいくらでもしましょう」

 ウォーレンの言葉にジョージが笑う。

「サマンサはハリスン家に受けが悪いな。向いてはいないと思うが」

「彼女ではカイルを支えきれません。案外面倒なのですよ、あの愚弟は」

「あの傷が未だに癒えていないから面倒ではあるだろうな」

「あれはカイルだけが悪い話ではないのですが、そう思ってはくれないのです」

「難しい問題だな。だが覚えておこう」

 ジョージの言葉にウォーレンは軽く頭を下げた。

「ありがとうございます。帝国の件も是非ご検討をお願い致します」

「それはずっと考えている。最善策が何かは決めかねているが」

「話を戻しましょう。帝国の拠点が、近々畳まれるそうです」

「ライラを諦めたのか?」

「ジョージ様の命の危険を感じます。用心して頂けませんか。ここで赤鷲隊隊長を失う訳にはいきませんから」

「俺を殺してライラを奪う気か? 流石にそれは手荒すぎると思うが」

「帝国はもう戦争になるのはやむを得ないという所まで来ています。一石二鳥と思っていても不思議ではありません」

 ウォーレンはジョージが知らない帝国に関する情報を持っている雰囲気がある。ジョージは冷めた目でウォーレンを見た。

「ライラに固執する理由がわからないな。綺麗な女性なら他にもいるだろう?」

「ジョージ様にはわからないかもしれませんね。私にはわかります。ライラ様の顔立ちは歪みがなく完璧なのですよ。漂う気品もあります。なかなかいませんよ」

「悪いがわからない。綺麗だとは思っているが」

 ジョージに対しウォーレンは明らかに不満そうな表情を向けた。

「ガレスも何と勿体ない事を。このように美的感覚に欠ける男の所へ嫁に出すなんて」

「悪かったな。育った環境からその辺が歪んでいるのは大目に見てくれ」

 王宮には端正な顔立ちの人間が多い。特に王族はジョージを除き全てが美男美女である。彼は自分の容姿が他とは違う事はわかっていたが、彼の母親が自分の容姿が優れていない事を何とも思っておらず、それに影響されて彼も容姿に関してはあまり意識していなかった。自分を気にしなくなると、他人もあまり気にならなくなっていたのだ。

「それは御察し致します。それにライラ様自身がご自分の顔の価値を低く見ていらっしゃるご様子。あの歳まで未婚であった事といい、変わった方なのでしょうね」

「こんな俺にここまでついてくる姫だ。まともだと思う方が難しいだろう」

「ジョージ様もご自身の価値を低く見過ぎです。ハリスンは期待しない者に肩入れする家ではない事くらい御存知でしょう?」

「俺は軍人だ。戦争がなくなれば価値もなくなるだろう」

「戦争が起こらないように睨みをきかせ続けて頂かなくてはなりません。その命の限り価値はなくなりません」

 ウォーレンの言葉にジョージは苦笑する。

「やはり俺は死ぬまで働かねばならないのか」

「赤鷲隊隊長は終身職とわかっていて選ばれたのでしょう? 戦争はないように見えて水面下では常に争いがあるものです。後継者が現れるまで働いて頂かないと」

「後継者に関して、兄上の情報は持っているのか?」

「今の所は難しいとしか言えませんね。エドワード殿下の行動は相変わらずですが、子供は誰も産んでいませんし、側室に誰かを迎えると言う話もありません。このままアリス姫だけというのは困るのですが、その辺りをどう考えられているのか全くわかりません。子供は授かりものですから、外野が何か言ってどうにかなるものでもありませんし」

「兄上の危惧している事はわかるが、このままだとまずい」

「いっそ法律を変えてしまいますか? 赤鷲隊隊長は王族以外でもなれると」

「それは出来たらしたくない。王族だからこそ出来る仕事だと思っている」

 国王の次に権力を持つ赤鷲隊隊長の務めをジョージは十分に理解していた。国王の命令がなくとも国内移動に限れば赤鷲隊隊長独自の裁量で軍隊を動かせる。気に入らない人間を殺す事さえやろうと思えば出来るのだ。そんな事になれば国内に混乱が生じて平和など簡単に消えてしまう。

「でしたらやはり帝国を黙らせるしかありません。帝国さえ引けば、エドワード殿下も動きやすくなるでしょうから」

「結局俺次第なのか」

「その為にこの三年、国内を動き回っておられたのでしょう? 愚弟が少しでも役に立っていたならば幸いです」

 ウォーレンは微笑んだ。

「ウォーレンはこの二年をどう過ごしていた? あの約束を果たす為に費やしたのか?」

「チャールズ殿下の遺志がなければここまで話しませんよ。あの方の願いは私が引き継ぎ、ジョージ様に叶えて頂かなくてはなりませんから」

「王宮に戻る時、その姿で戻るのか?」

「化粧は祖父の反感を買うでしょうね。庇って頂けますか?」

「俺が庇った所で効果があるとは思えない。実力で捻じ伏せるしかあるまい」

「ジョージ様のように偏見のない方が王宮に増えると助かるのですけれど、実際は実力だけではどうにもならない事もあるのですよ」

「貴族は頭が固いからな。しかし力のある者に靡く。俺はそれを目の当たりにした」

 側室の息子、しかも見た目は母親似で庶民のようなジョージを貴族達は陰で馬鹿にしていた。しかし彼は赤鷲隊隊長となり、その権力に靡いた者は数知れない。

「それはジョージ様の人柄もあるのですよ。実際休戦協定も結ばれましたし」

「あれは陛下の決断だ。俺の手柄ではない」

「しかしジョージ様が赤鷲隊隊長らしくなったが故の決断と思われます。帝国と対峙出来る、そう判断出来る程ジョージ様が頼りになると」

「買い被り過ぎだ」

「御謙遜を。カイルが何を調べているかくらい知っています。ただの軍人では必要のない資料が色々ありました。どこまでがジョージ様の指示かはわかりませんけれど」

「それはカイルが優秀という事だ」

「そういう事にしておきましょう。私としては帝国が引き、レスターが黙ればそれで十分ですから」

 ウォーレンはテーブルの上に置いてあったグラスを口に運んだ。ジョージが水分をとらない事を知っているので、事前に自分の分だけ用意していたのだ。

「ところで、先程の拠点が畳まれるのはいつだ?」

「五日後との事。ジョージ様が三週間で王宮に戻ると知っている様子です」

「その話、漏れる場所が限られてくるな。カイル以外の隊員には言っていない」

「でしたら王宮経由で間違いないでしょうね」

 ジョージの具体的な予定を知っている者はカイルを除くと国王とエドワード、そして早馬を手配しているブラッドリーだけである。サマンサには大まかな事しか伝えていない。国王とエドワードの側近まで情報が漏れているかはジョージにはわからない。しかしこのうちの誰かからウォーレンは情報を入手している。そしてもしナタリーが情報を得るならばエドワード経由しかない。サマンサ経由では都市ハリスンに寄る事がわからないのだ。ジョージはかまをかけようとあえて不愉快そうな顔をした。

「義姉上もわからないな。兄上に好意を抱いているように見えて、帝国とは切れない。一体何がしたいのか」

「好意を抱いている人が自分の方を向くよう仕向けたい。ただそれが自己中心的というだけです。ナタリー様の場合、背負っているものが大きい分、手放す覚悟も相当ですけれど」

「兄上が守ってくれると確信すれば手を切ってくれるだろうか?」

「それはありえますが、エドワード殿下がそのように振る舞うとは思えませんね」

 ジョージはため息を吐いた。情報の漏れ所が見えない。それを確認するのは諦めるしかなかった。

「あの夫婦は王位を継いだ時、どうするつもりなんだろう」

「それはジョージ様の仕事次第です。帝国と戦うか、表面上仲良くするか、不干渉状態を作るか。場合によってはナタリー様を帝国へ送り返す必要もあるかと」

「送り返す可能性があるから兄上はあの態度なのか」

「エドワード殿下が色事を好むのは昔からですから、また別の話でしょう。ジョージ様にはわからない感情でしょうが」

「わからないな。面倒な事はしたくない」

 ジョージは冷めた声でそう言った。エドワードが色々な女性に声をかけているのは結婚する前からである。結婚する前と後で変わった様子もない。

「何が楽しいと思うかは人それぞれですからね。私も女性に性的な魅力は感じませんから」

「ウォーレンこそよく未婚で通せたな。カイルでさえ強引に結婚させられたのに」

「色々と手を尽くしましたから。私の好みでない者が家にいるなんて許せません」

「悪かったな、押しかけて」

「ジョージ様は特別です。先程も申しましたように睨む瞳が堪らないのですよ。あとその軍服の下、素晴らしい筋肉をお持ちですよね? 一度見せて頂けませんか?」

「何でそうなる」

 ジョージは不愉快そうな顔をウォーレンに向けた。

「兵舎では大浴場で入浴されると聞きました。別に隠しているものでもないでしょう?」

「それなら大浴場まで来たらいい。特別に入れてやろう」

「難しい事を仰らないで下さい。腹筋と胸筋を見せて頂ければ今日は満足しますから」

「今日はとはどういう意味だ? 今後も何かする気か」

「見せて頂けないのなら今からライラ様の所へ行って覗いてきますよ。線が細そうなので曲線美はどうかと思いますが――」

「人の妻の裸を勝手に想像するな」

 ジョージは苛立ちを隠そうとせずウォーレンの言葉に被せるように言った。

「いいではありませんか。性的魅力は感じませんから」

「そういう問題ではない。何でこんな話に」

「実は昔から気になってはいたのですが、久し振りに会ったら随分鍛え上げられていて、なかなか筋肉美をお持ちの方と会う機会がないので、とても興味があるのですよ」

 ウォーレンの瞳の奥にいやらしさを感じ、ジョージは蔑むような視線を返す。

「俺は美を追求していない。ただ鍛えているだけだ、期待されても困る」

「軍人らしい無骨さ、それが美となりうるか。非常に興味がありますね」

「そんなものは美とならないだろう? 諦めろ」

「諦めません。ブラッドリーが追い返した者の名前を知りたいでしょう? トリスタンではありませんよ」

 ジョージはウォーレンの視線から逃れられない事を悟り、諦めるようにため息を吐いた。

「わかったよ。好きにしろ」

「ありがとうございます。何だかんだ言ってお優しい所が好きですよ」

 ウォーレンはにこやかに微笑むとソファーから立ち上がった。

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