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謀婚  作者: 樫本 紗樹
五章 戦争を望む者と抗う者
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ハリスン領主代理ウォーレン

 ジョージは珍しく髪型を気にしていた。短髪な彼が櫛を使っているのをライラは初めて見た。

「ライラ、悪いけど今持ってる中で一番いい物を身に付けて行ってくれる?」

「姫として振る舞うから?」

「ウォーレンは少し煩くて。出来たら文句の言われようのないくらい姫で振る舞ってくれると助かる」

「わかったわ。少し待っていて、宝飾品を替えてくる」

 ライラは寝室に入ると身に着けていた耳飾りを外して、真珠の耳飾りと首飾りを身に着けた。そして髪を丁寧に梳き左に流すと束ねて、真珠をあしらった髪飾りを付けた。瞳を閉じ、深呼吸をゆっくりしてから勢いよく瞳を開けた。

「ジョージ様、こちらで宜しいでしょうか?」

 ライラは寝室の扉を開けて柔らかく微笑んだ。彼女の笑顔がいつもと違う事くらい、ジョージにはすぐわかった。

「もう姫対応なの?」

「えぇ。早めに切り替えておいた方が自然に振る舞えますから」

「二人きりなのに丁寧な口調だと、何だか違和感があるな」

 王宮でライラは敬語を使っていたはずなのだが、ジョージはそれが遠い昔のような気がして、気持ちが通じていない時に戻ったようで寂しく思えた。

「私の中の姫は男性に媚びたりしません。出来れば姫が揺らぐような事を仰らないで頂けると助かります」

 ライラはジョージの寂しさなど感じ取る事なく微笑んでいる。

「悪いが俺も王子対応だ。妙な台詞を言っても聞き流せ」

「難しい事を仰いますね。顔に出てしまった時は適当に誤魔化して頂けますか?」

「善処する」

「何とも不安な言い方をなさいますね」

「信用ないな。まぁいい。では行こうか、我が愛しの姫君」

 ジョージが微笑みながら腕を差し出す。ライラは彼の言葉に表情を変えまいと、必死に取り繕いながら手を添えた。二人は執務室を出て鍵をかけると階段を下り、建物を出て軍団基地の門の方へ歩いていく。途中、隊員達は二人を見かけると敬礼をし、彼はいつものように答礼していたが、彼女は柔らかく微笑むだけだった。その笑顔がいつもと違い、隊員達は皆どぎまぎしていた。

「ライラ、やりすぎだ。隊員が不審に思う」

「申し訳ありません。しかし本来はこちらが正しいのではないでしょうか?」

「それならこの軍団基地にいる間はずっとそれで対応出来るか?」

 ライラは一瞬困ったような表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。

「あと何日でしょうか? 数日なら大丈夫です」

「王宮を出て二週間経った。最長であと一週間」

「最長? 早く帰る可能性があるという事でしょうか?」

「あぁ。三日後から五日後、出立日はまだ決めてない。状況で決める」

「状況とは、例の?」

「あぁ。今日出かけるのもその一環だからな」

 二人が軍団基地の門に着いた時、馬車が到着した所だった。御者が馬車を止め、御者の横に乗っていた従僕が御者台から音もなく下りると踏み台を置き、屋形の扉を開けた。ジョージが先に乗り、ライラは差し出された彼の手に引っ張られる形で乗り込んだ。従僕は静かに扉を閉めると、踏み台を持って御者台へと乗り込む。そして馬車はゆっくりと動き出した。

「ウォーレンは綺麗な物に拘りをお持ちの方なのでしょうか?」

「何で?」

「馬車も素敵ですし、従僕の振舞いというか雰囲気が洗練されていると思いましたので」

 いくら王子と姫対応といえど、ライラにはジョージが気にし過ぎているように見えた。そして現れた二人乗りの馬車はとても装飾に拘っていて綺麗である。御者も従僕も端正な顔立ちをしており、軍団基地には到底似つかわしくない雰囲気がある。

「まぁ会ったらわかるよ。少し変わってるけど、それは顔に出さないで」

「変わっているとは、どのようにでしょう?」

「会ったらわかるから。それより馬車って本当に揺れるのが気になるね」

 馬車は砂利道をゆっくりと走っている。石で舗装されている主要街道以外は基本砂利道なのである。

「馬車に乗りたくてわざわざ要請されたのですか?」

「それもあるけど、ウォーレンの馬車で移動なら、帝国の者が近くに潜んでても手を出し難いと思って。宰相の家に王家の人間が行くわけだからね」

 第三王子が宰相から領主を任された公爵家の人間に会いに行くのである。この途中で帝国人が襲い、休戦協定の一環で嫁いで来たガレスの姫君を誘拐しようものなら、即国家間の問題に発展して、帝国はレヴィだけでなく周囲の小国にも非難されるのは避けられない。豪農の家にいた女性を誘拐するのとは状況が違うのである。

「カイルとの短い会話の中でそこまで計算されていたのですか?」

「一つの事だけをやってたら時間が勿体ないだろう? 使える物は何でも使う主義なんだよ」

 そう言いながらジョージはライラの頬に手を添える。

「だから今朝の夢の続きでもしようか? 到着まで時間はまだあるから」

「揺らぐような事はやめて下さいとお願いしたではありませんか」

 ライラは抵抗しようと強い眼差しをジョージに向ける。

「口付けくらい、もう慣れただろう?」

「そのような事は簡単に慣れません。それよりもやはり途中から夢ではなかったのですね?」

「どこから? と聞かれても俺が夢を見てたわけじゃないからね」

 ライラは不服そうにジョージを見つめた。彼は意地悪そうに笑っている。

「冗談は程々にして下さい。顔に絶対出ます。もう出ているとは思いますけれど」

 ライラは表情を作れなくなっていた。二人乗りの狭い馬車の屋形の中で、横に座っているだけでも落ち着かないのに、何故そんな事を言うのだろうか。口付けしたくないわけがないのをわかっていて言っているのが憎くて仕方がない。

「夢の中の相手、俺じゃなかったりする?」

「ジョージ以外な訳がないでしょう?」

 ライラはジョージの脚を叩くと彼から視線を逸らした。崩れてしまった姫対応をもう一度戻さなければいけない。元々彼の前で上手く振る舞えないのに、長らく彼の前で素のままで過ごしすぎて、姫としての凛とした態度でさえも振る舞えなくなっていた。

「崩れちゃったね」

「ジョージの前では上手く振る舞えないとわかっているから早めに切り替えたのに、酷い」

「大丈夫だよ。スタンリーの前では振る舞えていたし。お淑やかさはなかったけど」

 そう言いながらジョージはライラの顔を自分の方に向かせた。彼女は悔しそうな顔をして彼を睨んでいる。

「どういう表情なの、それ」

「姫としての私はジョージの事をどう思っている設定がいいの? 冷たい感じ? 愛おしい感じ? 興味のない感じ?」

「ウォーレンには愛おしい感じで対応してくれると嬉しいな」

「相手によって変えるの? それは覚えておけるかしら」

「いや、基本はウルリヒの時みたいに協力者という立場でいいよ。ウォーレンは隠す方が面倒だから、ライラの気持ちそのままで気品ある振舞いさえしてくれたらいい」

 ライラは一旦目を閉じた。出来ないではいけない。やらなければいけないのだ。彼女はゆっくりと目を開けた。彼女の瞳に力が宿る。

「わかりました」

「いいね、その瞳」

「ありがとうございます」

 柔らかく微笑むライラの表情に揺らぎはない。ジョージは満足そうに微笑むと、彼女に優しく口付けをした。



 一時間半程して、馬車は都市ハリスンで一番大きな屋敷の前に止まった。二人が馬車を下りると屋敷の扉の前に立っていた執事が一礼をした。

「御足労おかけして申し訳ございません。お部屋までご案内させて頂きます」

 公爵家ハリスンの屋敷というだけあり、屋敷の広さはもちろん、屋敷の中も素晴らしかった。ライラは歩きながら飾られている花瓶や絵画を見ていた。花瓶には全て薔薇が活けられている。

 とある扉の間で執事が足を止めノックをした。

「失礼致します。お客様をお連れ致しました」

「あぁ」

 執事が扉を開け、ジョージとライラは部屋の中に入る。その部屋の中にいた人は中性的で端正な顔立ちに化粧をし、金髪を肩まで伸ばし、黒く足首まであるローブを着ており、男性と聞いていなければ女性と勘違いしそうな風貌であった。ライラは変わっているという意味を瞬時に理解し、表情を崩さないよう努める。執事は一礼すると部屋を出て行った。

「御無沙汰しております、ジョージ様。どうぞお座りになって下さい」

 ウォーレンに促されるままにジョージとライラはソファーに腰掛けた。それを確認してウォーレンも腰掛ける。

「あぁ、なかなか顔を出さなくてすまない。彼女が妻のライラだ」

「ライラです」

 ライラは会釈をした。ウォーレンはじっと彼女の顔を見つめる。彼女は人に顔を見られる事に慣れていたが、今まで感じた事のない視線に内心戸惑っていた。普段なら綺麗ですねで終わるはずななのに、彼はまるで顔のつくりを確認しているようだ。

「ジョージ様は私の事を理解して下さっていると思っておりましたので、とても残念です」

「いや、わかっているつもりだ。入浴後、彼女を好きにしてもらって構わない」

 ジョージの言葉の意味がわからず、ライラは彼の方を見た。

「気にしなくていい。ライラに不都合はないはずだから」

「相変わらずですね。説明不足がいつか身を滅ぼしますよ」

「この癖は王家の血が流れている証拠だから治らない」

 ジョージの言葉にウォーレンが微笑む。

「その癖のせいでハリスン家も苦労しています。しかし今はその話はよしとしましょう。ライラ様、お湯が冷めないうちにどうぞ」

 ウォーレンはテーブルの上にあった呼び鈴を鳴らした。すぐに部屋をノックする音がして、家政婦が入ってくる。

「ライラ様を浴室に案内して差し上げて。ライラ様、ごゆっくりとどうぞ」

 ライラはジョージを見た。彼は無言で頷く。彼女は彼の先程の言葉が気になりながらも、従う以外の選択肢が見つけられなかった。

「それではお言葉に甘えさせて頂きます。失礼致します」

 ライラは立ち上がりウォーレンとジョージに優雅に礼をすると家政婦と一緒に部屋を出て行った。

「噂には聞いておりましたけれど、本当にお綺麗ですね。是非この屋敷に置いておきたいものです」

 ウォーレンは扉の方を見ながら微笑む。

「ライラは物ではない」

「随分とお気に入りのようですね。ジョージ様が端正な顔立ちを好まれるとは思いませんでした」

「政略結婚だ。顔で選んだわけではないし、選択肢はそもそもなかった」

「それはそうですね。某要人の方は顔で選ばれたみたいですけれど」

「それはどこから入手した情報だ? 某要人があっているのかも少々疑問ではあるのだが」

「情報の筋は明らかに出来ませんけれど、某要人はルイ皇太子殿下です」

 淡々と言うウォーレンにジョージが厳しい目つきをする。

「この町に奴の部下が潜伏しているのではと睨んでいるのだが、情報を掴んでいるのか?」

「ジョージ様のその目つきが私は好きですよ。常にその表情でいらっしゃれば宜しいのに」

「ウォーレンの好みに付き合う気はない。ライラで勘弁してくれ」

「自分の妻を使うとは酷い方ですね」

「ウォーレンの腕は信用している。どうなるか実は楽しみにしてきた。だからライラには何も説明していない。彼女はあの通り、好きではないみたいだから」

 淡々というジョージにウォーレンは微笑む。

「本当にずるい方ですね。自分の満足の為に私の満足も利用されるとは。まぁいいでしょう。こちらもジョージ様には赤鷲隊隊長として仕事をして頂かなくてはなりませんから」

「では、先程の件はそうなのか?」

「えぇ。帝国の者が花街の奥に拠点を構えています。情報を得る為に泳がせていたのですが、誘拐騒動は情報が掴めませんでした。ライラ様が御無事だった事がせめてもの救いです」

「いつから?」

「私がここに来た二年前には既にいました。しかし彼らはレスターの息がかかっていません。ルイ皇太子殿下直々の者達と判断しています」

 ハリスン領にレスター家の者が潜んでいるとは考えにくい。しかしウォーレンの口調は予測ではなく断定だとジョージには感じた。

「何故そう判断出来る?」

「そこに間者を潜ませているからに決まっているではありませんか」

 ウォーレンの言葉にジョージは笑う。

「情報の筋、明かさないのではなかったのか?」

「誰とは言えません。しかし伝えておきたい事があります」

 ウォーレンは真剣な表情を浮かべる。ジョージはそれを無表情で受け止めた。

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