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謀婚  作者: 樫本 紗樹
五章 戦争を望む者と抗う者

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それぞれの朝

 翌朝、ジョージはいつも通り目を覚ました。隣では笑みを浮かべたままライラが寝ている。彼はベッドから起き素早く着替えると、彼女の方を向いた。

「ライラ、洗濯をするんだろう? 起きないと」

 ライラは寝息を立てている。起きる気配が感じられない。

「口付け……」

 ジョージは怪訝そうな顔をしてライラの顔を覗き込む。起きている気配はないので寝言だろう。彼は微笑むとベッドに腰掛け、彼女に触れるだけの口付けをした。しかし彼女は目を覚まさない。彼が彼女から離れようとすると、彼女は腕を彼の首の後ろに回して口付けをした。そして目を開けて驚き、彼女の動きが止まる。

「おはよう」

 ジョージは目を覚ましたライラに気付き、何食わぬ顔をして彼女の腕を放して立ち上がる。

「おはよう……ちょっと待って。どこから現実なの?」

「さぁ? ずっと夢じゃない?」

 ジョージが意地悪そうに微笑むのでライラは戸惑った。ずっと夢な訳がない。唇に感触が残っている。

「叩き起こしてくれてよかったのに」

「何だか幸せそうな顔をしてたから。いい夢だったんだろう?」

 ジョージの質問にライラは恥ずかしそうに掛布に顔を埋める。

「二度寝するのは構わないけど、洗濯する時間がなくなっても知らないから」

 ジョージはそう言うと寝室から出て行った。ライラは掛布から顔を上げるとベッドから立ち上がる。彼女は洗濯の事などすっかり忘れていて、それを起こしてくれたのにお礼を言いそびれてしまった。彼女は着替えてベッドを整えると、洗濯物を入れた袋を片手に抱えて寝室を出た。執務室の机の上に部屋の鍵が置いてある。彼女はそれを手に取ると部屋を出て鍵を閉めた。廊下を歩き階段を下りて扉を開けると、書類ばさみを片手に抱えたカイルが立っていた。

「おはようございます」

「おはよう」

「隊長から話は聞いています。洗い場までご案内致します」

 ライラはカイルに案内されて赤鷲隊の洗い場まで歩いた。そこには誰もいない。カイルが横にある井戸から水を汲みあげた。

「私は目を通したい書類がありますので、終わったら声をかけて下さい」

「ありがとう」

 カイルはそう言うとライラから少し距離を置いて背を向けた。彼女は置いてあった桶に水と洗濯物を入れ、持ってきた石鹸を使って洗い始めた。とても公爵令嬢とは思えない手際の良さで洗濯物を洗い、すすいでいく。彼女は洗濯を終え、洗ったものをまとめてタオルにくるんだ。

「カイル、ありがとう。朝食前に干してくるわね」

「干すとはどこにですか?」

「執務室の上の部屋。ジョージがそこなら立ち入り禁止だからと教えてくれたの」

「あぁ物見櫓ですね。それで昨日縄を探していたのですか」

 二人が執務室の建物まで戻ってくると、丁度赤鷲隊の朝練が終わった所だった。ジョージが二人の姿を見かけて近付いてくる。

「カイル、悪かったな」

「いえ。では私は先に食堂へ行っています」

「あぁ」

 ジョージが建物の扉を開けると、二人は階段を上り廊下を歩いていく。彼は物見櫓へと続く鉄格子の鍵を開けた。

「俺はここで待ってるから」

「えぇ、ありがとう」

 ライラは螺旋階段を上った。そこには昨日なかった縄が張られていた。しかも丁寧に洗濯ばさみが入った籠まで置いてある。一体いつ張ったのだろうと考えながら、ライラは洗濯物を干していった。全てを干し終えると彼女は速やかに螺旋階段を下りた。

「縄と洗濯ばさみまでありがとう」

「いや、足りた?」

 ジョージは鉄格子に鍵を開けるとライラの手を取り繋いだ。

「十分よ。あと、今朝起こしてくれてありがとう。寝坊したら洗濯が出来なかったから」

「いい夢を見てたのに起こしてごめんね」

 ジョージが意地悪そうな笑顔を向ける。ライラは軽く彼の腕を叩いた。

「んもう、それは忘れていいから」

 二人は笑いながら食堂へと向かって行った。



 エミリーはライラの部屋を掃除していた。本来なら掃除は侍女の仕事ではないのだが、彼女はレヴィ王家の使用人がライラの部屋に入るのが嫌で、自分でやるからと使用人に断りを入れていた。主がいなくとも埃は溜まるので念入りにやって時間を潰していた。そんな時ノックをする音が部屋に響き、彼女は雑巾を水桶の縁に掛けると扉へと近付いた。

「どちら様でしょうか」

「サマンサ殿下の命で伺いました」

 エミリーは不審に思いながら、それを表情に出す事はなく扉を開ける。そこにはサマンサの侍女の一人が手紙を持って立っていた。

「サマンサ殿下から貴女宛てよ。返事はライラ様がお戻りになってからで結構との事。では」

 サマンサの侍女は手紙をエミリーに押し付けると、すぐに踵を返して帰っていった。手紙は御丁寧に封印してある。百合の封蝋だがこれがレヴィ王家のものだろうか。そんな事を考えながらエミリーは扉を閉めると、机の引き出しからペーパーナイフを取り出して封を切った。

――お姉様がお戻りになったら、商人を呼ぶ前にやりたい事が出来たの。ナタリー様と三人でお茶をしたいから、戻ったらお姉様にもそう伝えて頂戴。 サマンサ――

 何故三人でお茶をしたいのかエミリーはわからなかった。しかし返事はライラが戻ってからという事は彼女には拒否が出来ないのだろう。ナタリーを庭で見かけた事はあったが、乳母と姫と一緒で話しかける事は出来ないでいた。これは困った注文がきたものだと、彼女はため息を吐いた。するとまたノックをする音が響く。彼女はペーパーナイフと手紙をソファーの下に隠した。

「どちら様でしょうか」

「俺だけど」

 声の主に心当たりのあるエミリーは大きなため息を吐いた。

「俺ではわかりかねます。私は貴方と遊んでいる暇はありません」

「ライラ様の手紙を持ってきたのに要らないの?」

 エミリーは嫌そうに扉を開ける。そこにはブラッドリーが立っていた。彼は厩番だからか普段は軍服をだらしなく着ていたが、今日は釦を全て留めて髪も整えていた。

「珍しい恰好をしているわね」

「惚れた?」

「私があれだけ冷たくしているのに懲りないわね」

 エミリーは冷たい視線をブラッドリーに投げる。それを彼は笑顔で受け止めた。

「何で俺に興味を持ってくれないのかなぁ?」

「私はライラ様にしか興味がないと何度も言っているでしょう?」

 ブラッドリーはウォーグレイヴの屋敷にいた頃、ライラがいない時を選んでエミリーに声をかけていた。しかしエミリーはどうしてもこの男が好きになれず、いつも適当にあしらっていた。

「でもそれは主としてでしょ? 別に性的な意味ではないよね?」

「違うわよ。でもブラッドに男としての魅力は今まで一度も感じた事はないわ」

「相変わらずはっきり言うね。王宮に残っていられるように厩番を志願した甲斐がないなぁ」

「それなら今から騎兵でも間者でもなればいいでしょう?」

「でも俺しか出来ない仕事もあるからね」

 ブラッドはそう言いながらライラの手紙をエミリーに差し出す。彼女はそれを受け取った。

「正装して王宮を歩く用がブラッドにしか出来ないという事?」

「まぁそんな所。俺がただの厩番じゃない事くらいわかっているでしょ?」

「私は赤鷲隊がどのような役割かわからないのに、どうやってわかれと言うの?」

「エミリーはずっとそうだよね。レヴィに来たら変わると思ったけど、変わらないね」

「何が?」

「ライラ様を騙せても俺は騙せないよ。言いたくないなら言わなくてもいいけど」

 笑顔のブラッドリーにエミリーは冷たい視線を投げた。彼にはレスター家の血が流れている。その辺の貴族とは少し違うのかもしれないと思ったが、考えているようで何も考えてないようにしか彼女には見えない。

「私はライラ様が幸せになるようにしか動かない、それだけよ」

「その気持ちは俺もわかるからそう言われると困るな」

「それなら仕事に戻れば? ジョージ様絡みでその恰好なのでしょう?」

「ジョージ様と言われると別の人みたいでしっくりこない。隊長って呼んだ方がいいよ」

「悪いけど、私には隊長の方がしっくりこないのよ」

 エミリーの見たジョージは王子対応のジョージであり、軍服を着ているから隊長と呼ばれているのだろうくらいの認識だった。

「そうか、エミリーと隊長の接点があまりないのか。戻ったら一度二人で話してみるといいよ。多分隊長とエミリーは合うと思う」

「王子とその妻の侍女が二人きりで話すのはおかしいでしょう? 妙な噂になったらどうするのよ」

「隊長の場合、その辺は心配ないと思うけど。もし隊長に声をかけられたら断らずに話してみたらいいよ。ライラ様の相手を出来るのは、あの人しかいないと思うはず」

「何故ジョージ様が私と話したいと声をかけるのよ」

 エミリーは呆れた表情でブラッドリーを見る。先日の手紙の返事を読んだジョージが、自分に声をかけるとは思えなかったのだ。

「それは隊長の性格からのあくまでも予測。もう少し話していたいけど、急ぎの用があるからこれで。今日の早馬は早めに出発するから、返事を出すなら急いでね」

「わかったわ」

 エミリーは扉を閉めるとソファーへと近付いた。先程隠したペーパーナイフと手紙を手に取り、サマンサからの手紙だけテーブルの上に置くと、ペーパーナイフでライラからの手紙の封を切った。

――親愛なるエミリーへ。元気かしら? 私は無事黒鷲軍の軍団基地に到着したわ。相関図をありがとう。カイルに確認したら間違っていないと言っていたので、王宮へ戻るまでに覚えるわね。それとカイルが私とエミリーと四人で話したいと言っていたけど可能? 王宮内の争いをなくす相談をしたいの。それで出来たら王妃殿下とナタリー様に個別で話をしたいのだけれど、何かいい方法はないかしら? 正直会えるのか私もよくわからないの。王宮のしきたりで、どうしたら会えるとかあれば教えてね。それでは、またね。追伸。ジョージに抱いてと言ったらとても怒られたのだけど、どうしたら抱いてくれると思う? ライラより――

 エミリーは手紙を読んで一瞬自分の目を疑い、もう一度追伸部分を読んだ。やはり見間違いではない。ライラの感情の動きが早すぎて彼女は上手く理解出来なかった。

 手紙の往復の時間を考えると、一週間で一体何が起こったのだろうか。よく見ると手紙の最初の方は文字が乱れている。これはつまりジョージ様に抱いてと言って怒られた直後に書いたもので、それで心が落ち着いていないから途中の四人で話し合うの部分でジョージ様の名前が抜けているのだろう。しかし最後の方は普段通りの文字に戻っている。怒られた理由は理解したのだろうか? それにしてもこれ程積極的なライラ様を見た事がない。一体ジョージ様はどのような対応をしたのだろうか。これだけでは情報が不十分過ぎる。どうせライラ様の事だから冗談のように言って怒られたのだろうが、ジョージ様の怒り方が見えないので助言のしようがない。何故王宮の外でこのような事になっているのか。王宮の中でやってくれれば日々恋愛感情を増して綺麗になっていくライラ様を見られたであろうに、ジョージ様に文句を言いたい気分だ。そして四人で話すとなれば自分のした事を隠したままでいられるだろうか。ジョージ様は温厚そうに見えて実は鋭いのかもしれない。四人で話すのを断るのは不自然だろうから潮時なのかもしれない。それよりも個別で話したいと書いてある。サマンサ殿下の要求を書いて先に知らせる必要がある。サマンサ殿下の思惑が同じなら話は早いが、あの王女はただ暇で振り回したいだけかもしれない。この判断も難しい。何故時間がない時に限ってこんなに難題なのか。

 エミリーはため息を吐くと、返信を書く為に机に向かった。

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