博識な副隊長
「ハリスン対レスターね。その前に気になっている事がひとつあるのだけど」
「何でしょう?」
「ウルリヒと最初にあった時、味方がどうのと言っていたでしょう? あれは何の話?」
ジョージはエドワードを次期国王と考えている。それなのに彼はウルリヒにレスターに睨まれると言っていた。その関連性がライラにはよくわからなかったのだ。
「こちらはウルリヒ殿下が王位に就く事は一切考えていません。しかし、王妃殿下が自分の息子を王位に就けたいと望むのは不思議ではありません。それを真に受けているのでしょう」
「第一王子が王位に就く事が一番だと私も思うわ。それに今のウルリヒでは無理よ。王の器ではないと思う」
「えぇ。のびしろはありそうなのですが、現状では難しいでしょうね。彼にはスミス家のダニエルしか側近がいないのでまだいいのですが、彼こそ傀儡し易いと思います」
カイルの言葉にライラは頷く。あんなに単純そうな王子なら甘い言葉ですぐにでも操れそうである。
「レスターとハリスンは近付いていないの?」
「レスターは帝国寄りですから公国など気にもしません。ハリスンはこうして私が近くにいるではありませんか」
「確かに。あれほど冷たい目で見ていたのに慕っているのは相当よね?」
「あの方は単純ですから」
カイルの言葉にライラが笑う。
「王家の人間とは思えない素直さがあるわよね。私の言った事も完全に信じていたし」
「しかしあれは信じますよ。私も横で聞いていて少し不安になりました」
カイルはジョージとライラが思い合っていると判断していた。しかしウルリヒに対するライラの言葉には演技という感じがせず、ジョージの前とウルリヒの前のどちらが本心なのかわからないと感じたのだ。
「一応外交官をしていたので多少はね。ではその王位継承権問題は置いておいていいの?」
「えぇ。国王陛下は健在ですし、次の国王は議会で満場一致ではないかもしれませんが、まずエドワード殿下になるでしょう。ライラ様が王妃殿下と親しくする危険性は、王妃殿下にウルリヒ殿下が王位に就く希望を抱かせる事になりかねないという意味です」
「何故? 赤鷲隊隊長は王位継承問題に何も口を挟めないでしょう?」
ライラの問いにカイルはため息を吐く。
「重要な事、隊長は話していないのですね。赤鷲隊隊長は国王陛下に忠誠を誓います。しかし忠誠を誓うに足らないと思えば誓わずに王を退位させられる権利を持っています」
「えぇ? そのような権利があるの?」
ライラは驚いた。彼女は赤鷲隊隊長に絶対的権力があるという国王を退位させられる権利があるなどとは想定もしていなかったのだ。
「勿論これは法律上あるというだけで、実際は行使された事のない権利で皆が忘れているような話です。隊長もそれは望んでいません。しかし王妃殿下が期待する可能性はありますから」
「その権利があるから赤鷲隊隊長は王族で、しかも終身制なのね」
「そうですね。ある意味国を一番に考え守る立場です。勿論逆の権利を国王陛下も所持しています。赤鷲隊隊長として相応しくないと思われれば死刑宣告されます」
「死刑……。終身だもの、除隊ではすまないわよね」
ライラは神妙な顔をした。強い権力を持つからにはそれに相応しい覚悟がいるのは当然である。
「こちらも行使された事のない権利です。お互い見張っているのが目的なのだと思います」
「それなら傀儡されたら厄介ね。ジョージの命が危ないのかもしれないのでしょう?」
「そうです。ですが今隊長の首を飛ばしたら軍隊が王宮を襲いかねませんので、そのような下手はうってこないはずです」
ライラは納得した表情をカイルに向けた。隊員達の信頼を得るのはジョージ自身を守る意味もあったのだ。勿論それは保身ではなく、レヴィの事を考えた結果なのだという事は彼女にもわかる。
「だけどそれならジョージが隊員に信頼されている事をもっと周知させたらいい気もするけど」
「それは特定の人だけ知っていれば済む事です。国王陛下とエドワード殿下、そしてウルリヒ殿下は御存知ですからそれで結構なのですよ。傀儡はさせなければ済む話です」
「お義兄様の人柄が見えてこないからわからないけど、傀儡出来る人ではないのよね?」
「そう推察します。こればかりは私もエドワード殿下とは接点がありませんので、隊長の言葉を信じる以外ないのですよ」
ライラは舞踏会で会ったエドワードを思い出す。ジョージと話している時は物腰が柔らかそうだった。しかしどこか距離があるような接し方にも見えた。
「お義兄様はあまり友好的な人ではないの?」
「いえ、王太子として忙しくされているのです。国王陛下も一部公務をエドワード殿下に引き継いでおられ、次期国王はエドワード殿下だと仄めかしておられます」
「レスターさえ黙らせれば丸く収まるの? カイルのお兄様も黙らせるの?」
ライラの言葉にカイルは嫌そうな顔をした。
「長兄グレンですか。私は彼が苦手で正直ここ数年話もしていないのですよ。彼の処遇はエドワード殿下がされればいいと思っています」
「だけどハリスン家の将来の当主よね?」
「そうですね。私は爵位相続など最初から当てにしていませんから長兄が継いだ場合、隊長の側近という肩書で一生雇ってもらうつもりですよ」
「そうね、三男だもの。爵位相続はまず回ってこないわよね」
「ただ、ハリスン家はそこで断絶するかもしれませんけれどね」
「何故?」
「三人とも子供がいません。次兄は未婚です。長兄は二度結婚していますが二度死別しています。それが事故なのか殺人なのか病死なのかは知りたくなので調べていませんが」
カイルの言葉にライラは不快な表情をした。実の兄の妻の死因に殺人を思い浮かべる心理がわからない。ハリスン家には深い闇があって、その闇にカイルの妻も飲み込まれたのだろうか。しかしそれを聞いても答えてはもらえないと思い、彼女は考える事をやめて話を続ける事にした。
「公爵家を潰してしまっていいの?」
「私の知った事ではありません。ちなみにレスターは続きそうです」
「帝国と手を結んでいる方が残っても仕方がないでしょう?」
「そこはこれからの頑張り所という事でしょう。スミス家も続きそうですし、レヴィは公爵家が一つなくなったくらいで傾くような国ではありません」
「そう言えばブラッドはレスター家の出身なのよね?」
「そうですが、それが何か?」
「彼は元々赤鷲隊にレスターの間者として入っていたの?」
ライラの問いにカイルは困った顔をしてジョージの方を振り返る。
「全部話していい。今更隠しても意味がない」
ジョージは書類から目を離さずそう言った。カイルはライラに向き直る。
「そうです。それを隊長が心変わりをさせ、ブラッドリーは家を捨てる暴挙に出ました。当然裏切り者には追手がかかります。ですから彼を守る為、間者としてガレスに出したのです。元々間者でしたから仕事をしてくれると思っていたのですが、そこは読み違えました」
「王宮内の厩舎にブラッドを置いておいて大丈夫なの?」
「えぇ。この三年間で隊長の権力をレスターも知ったはずですから手出しは出来ません。そもそも厩舎にいるなんて知らないと思います。彼は元々騎兵なのですから」
カイルの言葉にライラは頷く。自分が厩舎へ掃除しに行く度あれだけ怒られたのだ。本来公爵家の人間は厩舎になど近付きもしないはず。しかも赤鷲隊の厩舎など用もなく行くのは不自然すぎる。
「赤鷲隊の誰かが言わない限り、戻ってきた事自体を知られないわよね」
「えぇ。それに少し人相が変わっているので一瞬気付かないかもしれません」
「人相?」
「三年前はあんなに笑わなかったのですけれどね。余程ライラ様のご実家での生活が楽しかったのでしょう」
「それは違う、カイルの前でだけ笑わなかったんだよ。表情は確かに少し柔らかくなっているけど」
ジョージが再び口を挟む。
「レスターの肩書がある以上、ハリスン家の者と仲良く出来なかっただけだ。家を捨てて三年経ったし吹っ切れただけだろう」
「そうでしたか。それではこちらも態度を改めないといけませんね」
「厩番と副隊長の立ち位置的に仲良くなくても問題はない。カイルの好きにしたらいい」
ジョージの言葉にカイルが微笑む。
「何だよ?」
「隊長が私に気を遣ってブラッドリーの事を私の前でだけ愛称で呼ばない事はわかっていますよ。それと肩書とは関係なくブラッドリー個人を気に入っている事も」
「何だよ、知ってたのかよ」
ジョージは不機嫌そうな顔をカイルに向ける。
「個人的に気に入っていると思ったからこそ、彼をガレスに送ったのです。レヴィに安全な場所はなさそうでしたから。私が意地悪でそうしたとでも思っていましたか?」
「面倒に巻き込まれたくなくて送ったと思ってたよ」
「その気持ちもありましたね。隊長就任直後でしたから余計な問題は起こしたくありませんでした。空気を読めと思ったのは事実です」
カイルの淡々とした言葉にジョージが笑う。
「その態度は滲み出ていたな。カイルにしては珍しいと思った記憶がある」
「自分のしでかした事の重大性に気付いて欲しかったのです。実際気付いたのかはわかりませんが」
「気付いてるかはわからないが反省はしてないな。それがブラッドらしいと言えばそうなんだが」
「あの人もう二十八歳ですよ? いい大人の態度ではありません」
カイルの言葉にライラが驚く。
「ブラッドはそんなに年上だったの? 知らなかったわ」
「ライラ様はブラッドリーを何だと思っていらっしゃったのですか?」
カイルはため息を吐いた。屋敷から嫁入りに連れてきた男の素性も知らないというライラの感性が、彼には信じられなかった。
「事情があってレヴィからガレスに来た人という認識。屋敷にいる者は家宰が身元を調べているはずだから、そこを追及する事はなかったの。それはどの使用人でも同じ」
「つまり家宰はブラッドリーの身元を承知していたという事ですか?」
「どこまで知っていたのかはわからないわ。家宰は必要最低限な事と嫌味しか言わないの。聞いても絶対に教えてくれない秘密主義者。父もいつも文句を言っていたわ」
「その家宰、間諜は使っているのですか?」
ライラは何故そんなことを聞かれるのかわからなかった。正直彼女は家宰に興味がなく何の仕事をしているのか知らないので、エミリーから聞いた話しか答えようがない。
「多分使っているとは思うけど、どれくらいの規模かはわからないわ。あの人は祖父の右腕だもの。かなりの情報は頭の中にあったはず。ただ本当に頭の中に入れてしまうから書類を一切残さないの。ブラッドが間者として仕事をしようとしても、何も見つけられなかっただけかもしれないわね」
「厩番が家宰の部屋に侵入はまず難しいでしょう。ブラッドリーには大人しくしている以外の選択肢はなかったのかもしれません」
「それはもう不問だ。休戦協定が結ばれた以上、ガレスの情報は今特に用がない」
「そうですね。隊長は書類に戻って頂いて結構ですよ。進んでいますか?」
「進んでるよ。わざとらしく印を押す音を立てようか?」
ジョージは不機嫌そうにそう言った。それをカイルは冷たく受け流す。
「いえ、進んでいるのなら結構です。ライラ様、話を戻しましょう」
「王宮内の話はもう少し人に会ってからがいいわ。ナタリー様も王妃殿下も実際何を考えているのか、自分の目で見て確かめたいの」
「どちらが美人かの話は時間をかけてもいいと思いますよ。食事がレヴィに戻るかどうか、空気が戻るかどうかであって、代理戦争までは発展しないと思いますし」
「そうなの?」
ライラは意外そうな表情をカイルに向けた。
「国王陛下もエドワード殿下も代理戦争など望んでいるはずがありません。本当に緊迫した状況となればお二人が黙っているとも思えませんし」
「それもそうね。むしろお義兄様を取り巻く環境の方が問題という事?」
「そうですね。しかしこちらも我々が本来口を挟む問題ではありません。赤鷲隊としてはあくまでレヴィ王国を守る事が仕事なので、帝国との密書でも出てこない限りは動けません」
「そのような密書は出てきそうなの?」
ライラの問いにカイルは首を横に振る。
「今の所はないですね。王宮にいるようになればもう少し動きも読めてくるかもしれませんが、現状だと難しいのですよ」
「私が王宮に戻ったとして、動き回るのは不審でしょうし」
「出来れば不自然な事はやめて下さい。外出前は引きこもっておられたのに、急に動かれるのはいい印象を与えないと思います」
「あれは読書していたからであって、好きで引きこもっていたわけではないのだけど」
「最初は慣れなくて引きこもっていた、徐々に王宮に慣れて動けるようになったという雰囲気でお願いします」
「難しい事言うわね」
睨むライラにカイルは冷たい視線を返す。
「そもそもライラ様が外に出たいと言うから、ややこしくなっているのですよ。王宮内にいらっしゃったら、もう少し違う話になっていたかもしれませんし」
「あの時はまだレヴィが休戦協定を結んだ理由を知らなかったから、殺されるのではないかと本気で思っていたのよ」
「確かに今の王宮の雰囲気で安心出来るかと問われると難しいのですが、先日の件でライラ様は案外安全かもしれないと思っています」
「安全? どこが?」
「ルイ皇太子殿下が本当にライラ様を望まれているのでしたら、簡単に殺せないではありませんか」
カイルの言葉にライラは嫌そうな顔をする。
「言っておくけどわざと誘拐されたりはしないからね? 囮なんて出来る相手ではない、絶対に帰ってこられないわ」
ライラの言葉にカイルは頷いた。ジョージがライラを気に入っている以上、相手がどうであれ囮という手が使えない事は承知している。
「流石にその危険を冒す気はありません。相手の狙いがわからないうちに動くのは愚策ですから」
「狙い? 元宰相の孫娘という肩書は嫁いだ事によりもう消えたと思っているけど」
「帝国側がどう思っているかはわかりません。レヴィとガレスが平和協定を結んで帝国に攻めてきたら困ると思っていても不思議ではありませんし、それを邪魔するにはライラ様をレヴィから消す必要があります。また、帝国とガレスが手を組んでレヴィを攻めたいと思っているなら、それはそれでライラ様が必要ですし」
「ガレスは帝国と手を組まないわよ。祖父が嫌いだもの」
ライラは言い切った。それがカイルには不思議だった。
「しかしこの前の話で結婚相手を帝国に探しに行ったと」
「それは父からしたら気に入った相手をガレスに連れてこい、祖父からしたら内部から帝国を動かせ、そういう意味よ。決して仲良くなる為の話ではないの」
「帝国を内部から動かすなんて出来るのですか?」
「それが出来なかったから今ここにいるのよ。ルイ皇太子殿下の前での応対はとても疲れたから、もうしたくないの」
ライラは視線を伏せた。ルイに会った時の事を思い出したのだ。外交官として関係を築けと言われていたが、素で対応出来る相手ではなかった。出来れば関わり合いたくない、それを表に出さずにどうやって彼の前から姿を消すかしか考えられなかった。
「隊長は疲れないのですか?」
「ジョージには人を威圧するような雰囲気は感じない、ルイ皇太子殿下にはとても感じた、そういう事。あの人は女性もガレスも見下していて面白くないわ。それを表に出さないように対応するのは結構神経を使うのよ。それに眼光が鋭くて彼の気に入らない事を口走ったら殺されそうで怖かったのよ。あの人が独身なのはそこに問題があるのではないの?」
「独身の本当の理由は存じ上げませんが、サマンサ殿下の嫁ぎ先として相応しくないのはわかりました」
カイルの淡々とした言葉にライラは悲痛な表情を浮かべる。いくらカイルとサマンサが結婚出来ないのだとしても、サマンサがルイに嫁ぐなどそんな不幸な結婚をカイルが勧めるなど、あってはならないと彼女は思った。
「絶対にそれだけは止めてあげて。戦争をして政略結婚という流れにならないように最大限調整をして。帝国内の女性でも娶ればいいのよ」
「一応公国に姫が二人いらっしゃるのですよ。今回の戦争の場合その姫を出す状況はあまり考えたくはないのですが」
「勝手に攻めてきた相手に姫を出すなら負けたという事よね。公国が帝国に戻る。それはレヴィ的にはどうなの?」
ライラも興味のない事はどうでもいい。公国というよく知らない国の姫がルイに嫁ぐ事には何ら感情が動かない。その差をカイルは冷静に見ていた。やはり元宰相の血が流れているせいなのだろうか?
「出来れば避けたいです。公国を緩衝地としておきたいですから」
「大国ならではの発想ね」
「大国同士が揉める方が周囲の小国にはいい迷惑ですから」
「それは一理あるわね。ねぇ、小国はどれくらいあるの? 地図はある?」
ジョージは引き出しを開けると紙を取り出して机の上に置いた。カイルは立ち上がり、それを手に取るとライラの前に広げた。それは二人で出かけた日に最初に見た地図だった。
「レヴィ王国にガレス王国、シェッド帝国とローレンツ公国。そしてこちらからキーヌ王国、オリアン王国、トレイバル公国、バース共和国、メイネス王国」
小国が帝国の周囲に点々としていた。ライラは外交官だったものの、ガレスはレヴィ以外に国境を接している国が帝国とキーヌ王国しかないのでそれ以外の国を知らなかった。レヴィが国境を接しているのはガレスと帝国と公国、そしてメイネス王国だった。
「国名を知ってるという事は、レヴィと国境を交えていない国とも交流があるの?」
「何も陸路だけが道ではありません。海路で貿易を行っているのです」
カイルはオリアン王国とトレイバル公国の港を指差し、船がこう動くと表すかのように指を動かした。止まった所はケィティのある半島ではなく、都市ハリスンを真っ直ぐ南下した所である。
「ケィティ以外の港があるのね?」
「えぇ、ここが海軍の拠点港町コッカーです。レヴィの歴史ある港です。ケィティよりこちらが近いという理由だけで、ケィティへ行く事もありますよ」
「バースは船で来ないの?」
ライラはカイルが海沿いにあるのに無視をした国が気になったので尋ねた。
「帝国もそうですがこの大陸の北の海は凍る為、冬季は船を使えないそうです。こちらからそのような場所に行く理由もありませんからバース共和国と国交はありません。ちなみにトレイバルも北にありますが、ここに暖流が流れているのでこちらは不凍港だそうです」
「本当によく知っているのね」
ライラは感心した。カイルは何を質問しても返ってくるような気さえしていた。
「知識だけですよ。私はレヴィから外に出た事ありませんし、レヴィ国内でも王都とこの基地とハリスンしか知りません」
「ジョージの行く所へ全部ついていくわけではないの?」
「違います。隊長不在の時に赤鷲隊を指揮するのは私の役目ですから」
「それならこの前までは赤鷲隊全員王宮にいたという事?」
「あの時は例外です。アラン中佐にここでの赤鷲隊指揮を任せました。乗り気でない隊長を、ジョージ王子として結婚式に出席させる事が重要でしたから」
カイルの言葉にライラが笑う。
「確かに恰好は王子だったけど、態度は王子ではなかったわ」
「私は最後まで念を押したのですけれどね」
ライラとカイルはジョージの方を見た。ジョージは無言のまま書類に目を通している。今までの対応から言ってジョージは二人の会話を聞いているが、どうやら話したくない事に関しては口を挟まないようだ。
「あの正装、本当に着たくなかったのでしょうね。軍服にすればよかったのに」
「一応王子と姫の結婚式ですから。たとえ王子らしくない隊長と変わり者の公爵令嬢でも」
「私は一応姫らしかったでしょう?」
「そうですね、綺麗なウエディングドレスでした」
カイルの言葉にライラはわざとらしく不機嫌そうな表情を向ける。
「ドレスだけを褒めるなんて失礼ね」
「あの時ライラ様はヴェールを最後まで上げなかったではありませんか。ですからその下の表情は見えませんでした。隊長の気怠そうな顔は見えましたけれど」
結婚式は本当に形式的で、牧師の言葉を肯定し、指輪を交換しただけだった。今ジョージの左手薬指にある指輪は、号数だけを聞いてライラが職人に依頼して作らせたものである。彼女は自分の左手薬指の指輪を見た。これは誰が用意した物なのだろうか。
「一旦休憩をしましょうか。お茶も用意せずに話し続けてしまい申し訳ありません」
「そうね、少し喉が渇いたわ。食堂へ行けば料理長が紅茶を淹れてくれるの?」
「えぇ、淹れてくれると思います。隊長は焼き菓子がないから行きませんよね」
「あぁ、行かない。任せる」
ジョージは書類から目を離さず答えた。カイルとライラは立ち上がると、行ってきますと言って二人で執務室を出て行った。扉が閉まるとジョージは書類を机の上に置き、頭を背もたれに預けて目を閉じると深いため息を吐いた。
カイルとライラのやり取りが気になって仕方がなく、ジョージは思いの外仕事が捗っていなかった。ライラがカイルを褒めるのが嫌だった。思った事を口にしただけで、深い意味は一切ないとわかっていても不快だった。二人は向かい合って話していたが、それを見るのも想像以上に苛立った。結婚が面倒でカイルに全てを任せてしまったから、カイルが選んだ指輪がライラの指にある事さえ苛立って仕方がない。二人が並べば美男美女でお似合いに見える。今までの経験から女性は自分よりカイルを選ぶ事くらい知っている。もし自分が女性ならばカイルを選ぶとも思う。それでもライラだけは自分を選んで欲しい。今まで色々と考えながらライラの心を惹きつけさせようと必死だったのに、それをカイルに持っていかれたらどうしたらいいのだろうと、彼は不安に襲われていた。
ジョージはもう一度ため息を吐くと目を開けて身体を起こした。このまま処理が進まなければカイルに要らぬ腹を探られる。彼は書類に目を通し始めた。




