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謀婚  作者: 樫本 紗樹
四章 恋心と陰謀
32/81

誘拐の狙い【後編】

残酷な描写ありを保険と書いたのは今回の本の内容です。

残酷かどうかは微妙ですが、ろくでもないのは間違いないので一応という感じです。

「声には出さないで。声に出すなら先に言って、耳を塞ぐから」

 そう言いながらライラはポットからティーカップにハーブティーを注いでいく。カイルは一体何が書いてあるのか見当もつかないまま、言われた通りに書き込みを探しそこから目で追っていく。しかし彼は表情一つ変えずに最後まで読み終えた。

「それで、これがどうしたのですか?」

「何故無表情なのよ? 鬼畜過ぎておかしくなるでしょう?」

「申し訳ありません。こういう事をやりそうな男が親族にいるので何とも」

「カイルの親族はどうなっているのよ?」

 ライラが眉根を寄せてカイルを見る。その横でジョージはカイルの言葉に何かを納得した様子だ。

「つまりグレンみたいなのか」

「そうです。でもそれ以上かもしれません。それでこの内容がどう繋がるのですか?」

「先に内容を説明してくれないと俺もわからないんだが」

 ジョージの言葉を聞いてライラはティーカップを置いて耳を塞いだ。

「男が女に惚れるのですが相手にされないので誘拐をします。しかし二人で過ごしても女の心は開きません。そこで男は麻薬を使い、女の心を強制的に向けさせようとします。薬が切れれば女は男に薬をせがみます。やっと自分の方を見たと男は満足し女を抱き暫くその関係を続けますが、女が薬に耐えられなくなり死亡。男もそのまま死ぬという話ですね」

 淡々と語るカイルにジョージは途中から嫌そうな顔をしていた。

「帝国の本はそんなに歪んでるのばかりなのか?」

「帝国の本など私も初めて読みましたのでわかりませんが、それでこの内容がどうしたのですか? この最初の書き込みの何語か不明の部分に意味があるのですか?」

 カイルの開いた所の文字を見て、ジョージは思い出したように紙切れを探す。

「カイル、ちょっとトレイをあげろ。その下にもう一つ手がかりがあるんだ」

 カイルは持っていた本を机の端に置くとトレイを持ち上げた。ジョージはその下から紙切れを取り出す。それを見てカイルはトレイを戻した。

「何語でしょうか。帝国語とは違いますね」

「ライラが言うには帝国の北方の言葉らしい。妹の命が大事ならばガレスの姫を連れてこいって書いてあるとか」

 ジョージの説明で納得したようにカイルは頷いた。

「つまりライラ様はこの本を女性目線で読まれたから顔面蒼白になったのですね」

「ライラの誘拐を失敗したら妹をこの本のようにしてやるという脅しか」

「そうなりますね。計画は失敗したので実際この目に遭っているでしょうが」

 無表情のカイルにジョージは呆れる。しかしカイルがここまで淡々としている理由をジョージはわかっているので何も言えなかった。二人のやり取りを見てライラが耳を塞いだまま尋ねる。

「終わった?」

 ジョージが頷いたのでライラは手を下ろした。

「ライラ様、この本の最初の書き込みだけ帝国語ではないので、わからないのですが」

 カイルの言葉にライラは悲しそうな顔をした。

「そうね、そこだけは北方の言葉だったわね。説明が必要?」

「出来ましたら教えて頂きたいのですが」

「辞書はないの? 可能なら口にしたくないのだけれど」

「辞書はありません。帝国語かレヴィ語で文字にして頂ければ助かります」

 ライラは暫く嫌そうな顔をしていたが、渋々机の上にあったペンを手に取った。そしてペンの横に置いてあった覚書用と思われる小さな紙に、レヴィ語で流れるように文字を書く。

――失敗したらガレスの姫の代わりにお前の妹をこうしてやる――

 ジョージは言葉に出来なかった。誘拐に成功していたら、ライラが本の女性のように扱われていたのだ。彼女はそれに怯えたのだ。

「しかし、それだと誘拐の首謀者がライラ様に惚れていなければなりません。誰か見当がついているという事ですか」

 カイルの質問にライラは困ったような顔をする。その表情でジョージは一人思い当った。

「二年前の話、実は続きがあるのか?」

「二年前? 私にもわかるように説明して頂けませんか」

 二人にそう言われライラは困ったような表情をした。

「レヴィに入る前に祖父に口止めをされたの。だからここだけの話にしてもらえるかしら」

「勿論」

「約束致します」

 ジョージとカイルが真剣な表情を向けたので、ライラは覚悟を決めるとハーブティーを一口飲んだ。

「二年前。帝国の皇帝即位祝賀会にガレスの王太子夫婦が招待されたの。私は外交官代表として妹の付き人に扮して帝国入りしたわ。帝国の内情を探るのが一番の目的。ジョージに話した結婚相手探しは、父が勝手に上乗せしたおまけよ。私は帝国語がわからない振りをしながら耳をそばだてて参加者の人達の話を聞いていた。ちなみにもうひとつ、レヴィの要人を探すのも目的だったのだけれど、こちらは叶わなかったわ」

「それはエドワード殿下夫妻が参加する予定だったのですが、ナタリー様の都合で間に合わなかったと聞いています」

「ナタリー様の都合? 母国に帰るのを嫌がったの?」

「いえ、悪阻がひどかったらしいのです。移動中に懐妊がわかったのですよ」

「帝国がわざと会わせなかったのかもと思ったのだけど違ったのね。だけど王宮にいなかったはずのカイルがその情報をどこから入手したの?」

「それは黙秘させて頂きます。お話をどうぞ続けて下さい」

 ライラは納得いかないと言った表情を浮かべたが、カイルが口を割るとも思えなかったので諦めて続きを話す事にした。

「その時、私はとある帝国の要人と話す機会に恵まれたの。彼はガレス語で話してくれて、一曲踊ったりもしたわ。外交官としてその人と繋がりを持つ事は重要だとわかっていたけれど、どうしても私はそれを受け入れられなくて、彼の誘いを断ってガレスに帰ってきたの。事情を話して父は納得してくれたけれど祖父は不機嫌になったわ。どうして相手を手玉に取る位しないのかと。あの人を手玉に取るなんて無理よ。その本を読んで私の判断は間違っていなかったと思ったわ」

「妙に名前を伏せますね。皇族だとでも仰りたいのですか?」

「要人でなければわざわざ口止めをしないだろ。それで、その後向こうから何か言ってきたのか?」

「半年程してから帝国に遊びに来ませんかと手紙が届いたわ。煌びやかに宝石をちりばめた首飾りと共にね」

「それは重そうだね」

「あれを身に着けたら首と肩が凝り固まってしまうでしょうね。権力を前面に出している感じで私の好みではなかったから断りの手紙と共に送り返したわ」

 ライラの言葉にジョージが笑う。

「送り返したの? それは流石に失礼だと思うけど」

「私は縁を切りたかったのよ。受け取ってしまったら隙を与えそうで嫌だったの」

「でも向こうは面白いと思わないだろう? その後どうしたんだ?」

「その後は音沙汰なかったわ。祖父に口止めされるまで忘れていたくらいよ」

 ライラの言葉にジョージは少し考えてからカイルの方を見た。

「カイル、帝国が公国と表立って対立し始めたのは一年前くらいからだよな?」

「そうですね」

「その指揮はルイ皇太子?」

「そう聞いていますが、まさか今の要人はルイ皇太子殿下なのですか?」

 カイルの問いにライラは小さく頷いた。カイルの表情が歪む。

「ルイ皇太子殿下の息のかかった者が黒鷲軍にいたという事ですか? 一大事ではないですか。ハーブティーを飲んでいる場合ではありませんよ」

「でもルイとレスターが繋がっているかがわからない。トリスタンはレスターの下で殺せと言われたのに、それをルイが殺すくらいなら生かして連れて来いと口を挟んだ可能性もあるわけで」

「ルイ皇太子殿下とレスターは繋がっていると見る方が自然です。ナタリー様を通して連絡も容易でしょうし」

「いや、義姉上は帝国を裏切ってるんじゃないか。計画を知っていたからライラに引きこもっていろと忠告をした。伝わるかはわからなくとも言わずにはいられなかった」

「時々お二人しか知らない話を挟むのはやめて下さい」

 カイルはため息を吐いた。ジョージも申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「悪い。舞踏会の時に、ライラが小声で義姉上に言われたんだよ。部屋に引きこもっていた方がいいって。しかもその北方の言葉で」

「皇妃殿下は北方のご出身と聞いています。その影響で話せるという事ですね」

 ライラはカイルの情報網が不思議で仕方がなかった。帝国の情報は易々手に入るものではない。しかしどうせ聞いても黙秘を貫くだろう事はわかっていたので、彼女は口に出すのはやめた。

「しかし第三の派閥に担ぎ上げられないように引きこもっていたら? という忠告の可能性も捨てられないのではないでしょうか」

「あぁ、そっちもあるか。舞踏会の時の義姉上は、やたらライラを見ていたしな」

「ナタリー様はレヴィ語が流暢だったけど、王宮内ではどのような感じなの?」

「妃としての公務はきちんとされていますよ。王妃殿下が絡まなければ問題はありません」

「ナタリー様は本当に王妃殿下と争いをしたいの? 直接的に何か行動をされているの?」

「直接的にと言われるとわかりかねます。本人達の与り知らぬ所で取り巻きが勝手に言い争っているという方が近いかもしれません」

「確かに。王妃殿下と義姉上の侍女同士は仲が悪いってサマンサが言ってたな。ただ本人達の話はそう言われると聞いた事がない。サマンサも義姉上とは仲良くしているけど、王妃とは距離がつめられないって言ってたし」

「距離がつめられない?」

 ライラは首を傾げてジョージを見る。

「サマンサは王宮内で自由にやってるわけだけど、父上から王妃殿下にはあまりかかわらないで欲しいと言われてて近付けないらしい」

「国王陛下が王妃殿下を匿っているという事?」

 ライラの疑問にジョージは首をひねった。

「そうなるのかな。王妃殿下の部屋も王宮最上階の隅にあるから、用がないと近付けない」

「王宮の部屋割りはどうなっているの? ジョージの部屋も端なのよね?」

「好きな所に住んでるだけだよ。俺の部屋が端なのは赤鷲隊の兵舎に一番近い場所というだけだし。サマンサは王宮中央に部屋がある。あの部屋は逆に誰でも近付ける場所にある」

 ライラは驚きの表情をジョージに向けた。

「誰でも? 大切な王女の部屋がそのような場所に?」

「むしろ誰の目にもつく場所だから、ひっそり出入りするのが難しい。サマンサは社交的で色んな人と付き合う為にあえてそこに暮らしているんだよ」

「サマンサはナタリー様と仲良くしているのよね。それなら帝国と繋がっているかはわかっているかもしれないという事?」

「それがなかなか口を割らないみたいだよ。わかっているのは義姉上が兄上に恋愛感情を抱いているという事と、侍女達と仲が良くないという事だけ」

「侍女と?」

 ライラは不思議そうな顔をした。側仕えする侍女とは仲が良くなければ、生活に支障をきたす可能性もある。しかしエミリーの手紙にもそのような事が書いてあったので、何か問題があるのだろうと彼女は思った。

「ナタリー様の侍女は帝国から帯同した者です。ですが最初からあまり仲が良くないようです」

「ナタリー様は結婚されて五年だけど、お子様はアリス姫だけ?」

「えぇ、そうです。それが?」

「もしお義兄様を傀儡出来ないとなれば、ナタリー様が王子を産んでその子を傀儡する方が早いのではないかと思って」

 ライラの言葉にジョージとカイルが驚きの表情を向ける。当然二人もこれを懸念していた。

「冗談じゃない。兄上に何かがあっては困る。それこそ完全にレヴィが終わってしまう」

 ジョージの表情を見てライラはわからなくなった。彼とエドワードの関係性がとうしても理解出来ない。

「ジョージはお義兄様の事をどう思っているの? 私にはよくわからないのだけど」

「兄上は国王としての器を持ってると思ってる。ただ兄上の側近達は一筋縄ではないし、正妻は帝国の皇女だし、今はまだ問題が多すぎるんだ。だから邪魔な者を今のうちに排除したいんだよ」

「側近達?」

「兄上にはハリスン家、レスター家、スミス家の各長男が側近として仕えている。このうち信頼出来るのはスミス家のリアンのみ」

 ジョージにライラは訝しげな表情を向けた。

「ハリスンとレスターが対立していて、両家から長男を側近として出しているのに、どちらも信用が出来ないとはどういう事? ハリスンの長男はカイルのお兄さんにあたる人でしょう?」

「長兄グレンはハリスンが一筋縄ではいかない原因の一人です。仕事は出来ますが非情で、王の側近になれる性格はしていないのですよ」

 ライラは眉根を寄せた。

「では何故側近に?」

「歪んでいる性格が表に出てきたのは、エドワード殿下に仕え出して五年程経ってからです。それまでは誰も気付かなかったのです。もしかしたらエドワード殿下だけはお気付きだったかもしれませんが」

「お義兄様が?」

「兄上が凄いのは敵を身内においていながら平然としている所なんだ。それこそ一番レヴィ国王として必要な条件だと思う。さっきライラは俺が兄上をどう思ってるかわからないと言ったけど、それは俺の癖のせいだろう?」

 ライラは頷いた。彼女はジョージがエドワード兄上と呼ばない事が気にかかっていたのだ。

「兄上はそれを利用して俺に兄上と呼ばせているんだ。俺の事を知ってる人間なら、俺が兄上を信用していないのかもしれないと錯覚をするように」

「ジョージとお義兄様の関係がずっとわからなかったのはその錯覚のせいね」

「ライラが見破れないのなら誰も見破れないだろう。それを確認したかったんだ」

「私を試したの?」

 ライラは不機嫌そうにジョージを見た。それを彼は微笑で受け止める。

「俺はレヴィ王家の人間だから腹黒いよって言っておいたよね?」

「それは聞いたけど、今回の場合は私の理解不足でしょう?」

 ライラの言葉にジョージが笑う。

「やっぱり面白いね、ライラは。普通の女性ならそうは返してこないし、洞察力もなかなかだと思うよ。なぁカイル」

「そうですね。ジョージ様はわかり難い人なのですけれど、過ごした日数を考えれば上出来です」

 二人の言葉にライラは不満そうな顔をした。まだまだジョージの事で知らない事が多いのが悔しかったのだ。

「とりあえず黒鷲軍に帝国及びルイ皇太子と繋がってる人間がいるか調べる事と、帝国と公国の動きを監視する事に集中するか」

「そうですね。トリスタンの処分が早かった事を考えると、近くに帝国の者がいると思う方が自然です。ライラ様をより厳重に守る必要があります」

「近く……ウォーレンと連絡は取れるか?」

「えぇ、取れますが呼び出しは出来ません。会いに行くと言うなら都合をつけますが」

「予定は俺が合わせる。ライラも一緒に行くからと都合をつけてくれ」

「誰に会いに行くの?」

 ライラはジョージに尋ねた。ウォーレンという名前に心当たりがなかったのだ。

「ウォーレンはカイルの次兄。チャールズ兄上の側近だったんだが、今はハリスンで領主代理をやっている。ハリスンからつけられていたとしたら、ライラがおかみさんの所にいるとわかっても不思議ではないんだが……」

「そのような気配はなかったと」

「なかったな。あんな長閑な田舎道、村人以外がいたら目立つ。疑いたくはないが村人、もしくは隊員の誰かが情報を流したと考えれば筋は通る」

「おかみさんを知っている隊員は一部です。ライラ様を預けるという可能性に気付けた隊員に絞って調べてみます。次兄の件は連絡が取れ次第報告致します」

「出来たら馬車を寄越して欲しいと伝えてくれ」

 ジョージの言葉にカイルは嫌そうな顔をした。

「あの家は私でさえあまり入った事はないのですよ? 一応兄には話しますけど、要望に応えてくれるかはわかりませんからね」

「ウォーレンに会いに行く建前の理由があった方がいいだろう?」

 ジョージの言葉にカイルはため息を吐いた。

「かしこまりました。しかしあの家は祖父の所有であって、隊長の別荘ではありませんからね」

「公爵家に招かれる王家の人間なら別におかしくないだろう?」

「都合のいい時だけ王子面されるのですね。隊長らしいですけれども」

 二人のやり取りがライラには全く見えなかった。説明が足りないのに、彼らの間では問題なく話が成立している。彼女は無言のまま、ジョージが何をカイルにお願いしたのか必死で考えていた。

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