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謀婚  作者: 樫本 紗樹
四章 恋心と陰謀
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自由な姫と真面目な王子【前編】

 夕食は仕事が終わった者から順次食堂で取る形式で、隊員は我先にと食堂に入り、汁物や大皿に盛られたおかずをよそって食べていた。仕事が遅くなった者は選ぶおかずが少ない事に落胆し、目についた同僚の皿から好みのおかずを奪って揉めていた。それをジョージが軽口で諌めると、遅れてきた者は謝って奥の方へ消えていく。そんな様子をライラは彼の横に座って楽しそうに見ていた。活気溢れる様子が彼女には新鮮だったのである。

 夕食後、執務室にライラとカイルは戻っていた。ジョージは隊員達と一緒に浴室へと向かっていた。カイルは手に持っていた水差しとグラスを机の上に置く。

「ここなら心配しなくてもいいでしょうに」

「私は腕に自信がありませんので、刺客が来たら勝てませんからあしからず」

「それなら何故カイルなの?」

「私はライラ様に手を出さない、そういう事です」

 カイルの言葉にライラが笑う。

「それこそ心配しなくてもいいのに。色気のない女を襲う男はまずいないわよ」

「ここは男しかいないのです。女であれば誰でもという男がいないとは限りません」

「随分失礼な物言いね」

「失礼致しました。ライラ様の認識が甘いのでつい」

 カイルはジョージがライラに商人の服から姫の装いに着替えさせたのは、隊員達に牽制する為だろうと思っていた。しかし当の女性はそんな事を気にしてもいないのか、カイルの言葉に首を傾げただけである。流石にジョージに同情をした。

「カイルはそれだけ信用されているという事?」

「それはあるでしょうが、私は女性に困っておりませんので」

「その顔なら選びたい放題でしょうね」

「それを言うならライラ様もそうではないのですか?」

 カイルの言葉にライラは少し不機嫌そうな顔をした。

「誰を選んでもいいと言われたのに選ぶ事が出来なかったから、今ここにいるのよ」

 ライラの言葉にカイルは眉根を寄せる。

「誰でも? 公爵家でそのような事などありえますか?」

「ありえるの。両親は恋愛結婚よ。弟も舞踏会で出会った伯爵家の女性と結婚しているわ。ウォーグレイヴ家に政略結婚など不要なの。それだけ祖父の力が強いという事」

「しかし妹君は王家に嫁いでいらっしゃいますよね?」

「それも恋愛結婚よ。知らない人達には宰相が権力を振るったように見えるかもしれないけれど、王太子殿下の周囲の人達は皆、彼が妹を口説いたと知っているわ」

「妹君もさぞやお綺麗なのでしょうね」

「調印式で父を見たでしょう? そっくりよ」

「ではライラ様とは顔のつくりが違いますね。綺麗というより可愛い感じですか」

「そうね。私は母似だから。でも妹の顔を知ってどうするの?」

 ライラは不思議そうにカイルを見る。

「いえ、王族や貴族はやはり端正な顔立ちの方が多いのかと思いまして」

「それは仕方がないのではないの? 権力のある男が綺麗な女を嫁に貰う事を繰り返せば自然と顔は整っていくでしょうよ。彼の母親は違ったとでも言いたいの?」

「クラウディア様は美人ではなくとも、惹きつけるものをお持ちのお方でした」

「それは彼に受け継がれていそうね。今まで色々な人に出会ったけれど、あそこまで変わった人は初めてだわ」

「そのような変わった人と、ここまで来てしまうライラ様も十分変わっていますけどね」

「最初に言ったでしょう? 私は黙っていればいいのにとよく言われたと」

 カイルも今はその意味がわかっていた。別にライラがおかしな事を言うわけではない。戦争報告書を読むような女性はまずいない。端正な顔立ちの女性に戦争や政治の話をされて会話を弾ませ、自分に興味を持ってもらうようにするのは至難の業だ。自分の手に負えないから陰口を言う。多分そういう扱いだったのだろう。

「カイルはどうなのよ。貴方なら女性相手に上手く立ち回れるのではないの?」

「そうですね。女性を口説くのに苦労した事はありません。ですがそれは昔の話です。今は隊長に仕えるのに忙しいので女性は結構です」

「それは亡き妻の為でもあるの?」

 ライラの質問にカイルは困った表情を向けた。

「その話は触れないで頂けますか? ライラ様にお話出来るような内容ではありません。闇が深く誰も幸せにならない類ですから」

「ごめんなさい」

「いえ」

 二人の間に重い沈黙が訪れた。それが嫌でライラは空気を換えようと話題を探す。

「ところで赤鷲隊隊長は隊員から随分と慕われているのね。役職的な意味を超えているように見えたけど、彼の人柄のせいかしら?」

「別に様を付けずに名前で呼ばれても結構ですよ。隊長が言い出したのでしょう?」

 淡々としているカイルに、ライラは驚きの表情を向ける。

「何故わかるの?」

「敬称や様付で呼ばれる事が元々お嫌いなのですよ。軍人には一貫して隊長で通しています。私も普段は隊長と呼んでいますので」

「ウルリヒにもわざと名前を呼ばせているの?」

「ウルリヒ殿下は例外です。隊長は何度も隊長と呼べと注意しているのですが、きかないのですよ」

「それもジョージの人柄のせい?」

 ライラはジョージの事を彼と呼ぶのをやめた。カイル相手に話し方を考えているのが正直面倒だったのだ。ジョージが信頼している側近に建前は要らないと思った。

「そうですね。元々隊長がウルリヒ殿下を隊員と同じ扱いをした所から始まったと思います。隊員も結構隊長には気さくな態度なのですよ。名前を呼び捨てにはしませんが」

「見回りの時にジョージが隊員の名前を呼ぶから驚いたわ。よくあの人数の顔と名前が一致するものね。しかも楽しそうに話しているし」

「ここでの顔が隊長の本分です。王子対応の隊長もそつはないですが」

 ジョージは王子として振る舞っている時は王子にしか見えない。しかしライラは王宮で見ていた彼よりも、旅行中やこの軍団基地にいる時の彼の方が素敵に見えた。

「私は王子対応より隊長の方が好きだわ。私は感性が少し違うのかしら?」

「さぁ。しかし隊長はその方が喜ぶと思いますよ」

「そこまで王子が嫌なの?」

「ライラ様はフリードリヒ殿下にまだお会いになっていないでしょうが、隊長以外の王族は全て金髪で端正な顔立ちです。隊長だけ違う容姿に周囲の目は冷たく、劣等感を抱いていても不思議ではない環境でした。周囲の視線が嫌で赤鷲隊へ入隊したのでしょうが、それが却ってよかったのです。軍隊は実力主義ですし、隊長は元々腕がよく、王子らしい振舞いは一切しませんでしたから隊員達にもすぐに馴染みました。今では頼りになる隊長ですよ」

「つまり私の容姿が面白くないから結婚式であんな態度を?」

 不安そうに尋ねるライラに、カイルは笑いを隠すのに必死だった。ジョージが隠している事を露見させてはいけない。現に彼女は全く気付いていない。

「隊長は手が抜ける所は抜いてしまうのですよ。不快な思いをされたのなら私が代わりに謝ります」

「いいわよ、別に。不快ではなかったわ。でも手を抜くとは違う気がする。あのように気遣う人を私は他に知らないわ」

「確かに隊長は気遣う人ですが、手も抜きますよ。手を抜かなかったら寝ている時間がなくなってしまいますから」

 カイルの言葉にライラは考えた。手を抜いているのがわからないように抜いているのだろうか。しかし結婚式での態度は明らかに気怠そうで、それを隠す雰囲気もなかった。今思うとあの態度が不自然な気さえしてきた。やはり自分の容姿に問題があったのだろうか。

「赤鷲隊隊長は忙しそうよね。元々忙しいものなの?」

「先代の時はここまでではなかったと思いますよ。色々と世話を焼いた結果、仕事が増えてしまったのです。この二年もここにずっといたわけではなくて、別の砦に顔を出していましたし」

「そうなの? てっきりずっとここにいたのかと」

「冬の間は戦闘をしないという暗黙の了承みたいな所がありまして、その間は各地に行かれていましたよ。ただ王宮には戻らなかっただけで」

「余程王宮が嫌なのね」

「今後はライラ様がいらっしゃいますから、もう少し帰るようになるのではないですか?」

「やっぱり私は王宮にいないと駄目なの? 戻ったら一生出られないの?」

 ライラはわざとらしく悲しそうな顔をした。それをカイルは涼しい表情で受け流す。

「そうですね。今日みたいな事があっては困りますから、是非王宮で大人しくして頂きたいと思います」

「王宮なら安全というものでもないでしょう?」

「それでも外にいるよりは安全です。ジェシカを侍女にしたのは護衛のつもりだったのです。彼女は格闘の心得がありますから」

「そうだったの? それは気付かなかったわ」

 厨房で働いていたというジェシカに格闘の心得があるとはライラには思えなかったが、もう会う事もないだろうと気にしないことにした。

「エミリーに実はそういう心得があるとかはないですか?」

「残念ながらないわね。彼女は侍女よ。間者ではないわ」

「では護衛的な人材を探さないといけませんね」

「気持ちはありがたいけど、出来たら遠慮してほしいわ。先程も伝えたけど他人がいるとエミリーと話せないのよ。どうしてもと言うなら、私とエミリーに格闘を教えて頂戴」

「エミリーはまだしもライラ様にそのような事を教える訳にはいきません。あくまでも姫なのですから」

 ライラはうんざりした表情をカイルに向けた。

「ジョージが王子を嫌がっているように私も姫は嫌なのよ。隊長夫人にしておいて」

「そういう訳にはいきません。ライラ様は休戦協定の為に嫁がれたガレスの姫なのです。極端な話をすれば、隊長に何かあっても休戦協定は維持されますが、ライラ様に何かがあったら維持されない可能性が高いのですから」

 カイルの真剣な表情にライラは不満そうな顔をした。

「それなら私に何かあっても休戦協定を破棄しないでと祖父に一筆書けばいい?」

「そういう問題ではありません。ガレスが動くかどうかではなく、帝国が動くかの話なのですから。いいですか、帝国が戦争をさせたいのです。ライラ様を亡き者にしてレヴィが休戦協定を破棄しガレスに攻める、そういう筋書きが欲しいのです。勿論、戦争をしたくない隊長がどういう態度に出るかはわかりませんが、これは下手したら内戦になりかねない危険な状況なのです。ライラ様には何としてでも生きていてもらわねば困るのです」

 ライラはカイルの言いたい事を理解し、表情を引き締めた。

「そうだったわね。悪かったわ。でも護衛の件は考えさせて。エミリーに相談もなしに判断をしたくないの」

「かしこまりました。私も出来れば穏便にすませたいと思っています。相手を刺激しては意味がありませんので」

 部屋をノックする音がした。カイルが扉に近付き扉を開ける。ジョージは片手に手桶を持って入ってきた。

「カイル、悪かったな」

「いえ。では私は失礼致します。おやすみなさいませ」

「おやすみ」

 カイルは一礼すると執務室を出て行った。

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