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謀婚  作者: 樫本 紗樹
四章 恋心と陰謀
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赤鷲隊隊長の裏仕事【前編】

 三十分程して黒鷲軍団基地に二人は辿り着いた。ジョージは馬から降りると、荷物を片手に抱えながらライラに手を貸し、彼女はそこに手を添えて優雅に馬から降りた。突然現れた美女に軍団基地の門前を守っていた隊員は魅了されて立ち尽くしていた。

「おい、馬を預けていいか?」

「はっ、失礼致しました。おかえりなさいませ。馬は預からせて頂きます」

 隊員はジョージの声で我に返り、敬礼をして馬の手綱を慌てて握ると厩舎へと向かっていった。彼が腕を出したのでライラはそこに手を添える。王宮とは違い隊員は彼の姿を見ると全員敬礼をし、彼はそれを両手が塞がっているので頷いて答礼していく。彼女は対応がわからずとりあえず会釈をしていた。

 軍団基地の中にある塔の中の一室の前にカイルは立っていた。そして二人の姿を見ると安堵の表情を向けた。

「何だ、カイル。中にいればよかったのに」

「落ち着いて座っていられなかったのですよ。ライラ様が御無事で何よりです」

 カイルが扉を開け、三人は執務室の中に入っていく。ジョージは執務室の中にある自分の椅子の横に一脚の椅子を置いた。

「ソファーはないんだ。固い椅子で悪いけど我慢してくれ」

「えぇ、大丈夫よ」

 ライラの言葉にカイルが反応する。それを感じて彼女ははっとした。

「申し訳ありません。言葉使いが間違っていましたね、ジョージ様」

「いや、執務室では気にしなくていいよ。カイルも見逃してやれ」

「ライラ様が弁えられるというのでしたらお咎めは致しません」

「ありがとう」

 ライラは微笑んだ。カイルは彼女の微笑み方が変わったなと思った。

「ウルリヒはどうした? 馬車がない事に気付いたのはあいつだろ」

「今はスタンリー軍団長とトリスタンが持ち場にいるか確認に行っています。しかし何故ウルリヒ殿下だと」

「馬車の数ならあいつの持ち場だろう? それにどんな些細な事でも異変があったら報告しろと言ってある。その心構えがウルリヒには必要だと思うからな」

「そうでしたか。それでトリスタンはそちらに居たのですか?」

「黒鷲隊の腕章をしたまま居たが馬車で逃走した。もし追えるなら追ってくれ」

 いくらジョージが隊員達を覚えているとはいえ、トリスタンはまだ黒鷲隊に配属されて一年程の青年である。確信は持てなかったが、多分そうだろうとは思えた。

「一応追ってはみますが期待はしないで下さい」

「あぁ、どうせ馬車はどこかで捨てられているだろう。それより先は難しいだろうな」

「でもその男、レヴィの人間ではないと思うわ」

 ジョージとカイルの会話にライラが割って入る。

「何でそう思う?」

「うるさいな、黙れよ! と叫ばれたもの」

 ジョージにはライラが何と叫ばれたと言っているのかわからなかった。しかしカイルは気付いた。

「姫に向かって随分と失礼な帝国人ですね」

「そうか、カイルは帝国語がわかるんだったな」

「隊長が語学を苦手としている事はわかっていましたから、帝国語だけは勉強しましたよ」

「さっきライラが言ったのが帝国語?」

「えぇ、一般的な帝国語よ。帝国人が隊にいたりする事もあるの?」

「本来はいてはいけないのですが、帝国からの移民がいないわけでもありませんし、父親がレヴィ出身でも母親が帝国人という人もいるでしょうし、規制するのはなかなか至難の業なのです」

「大国は大変ね」

 その時部屋をノックする音と同時に扉が開いた。

「カイル! トリスタンはいなかったよ。どうしたら……」

「だからノックをしたら返事を待てと言ってるだろうが、ウルリヒ」

「あれ? ジョージ、戻ってきてたんだ」

 ライラは突然の侵入者に驚いた。軍隊にいるには似つかわしくない小柄な金髪の美青年である。しかしジョージが名前を呼んでくれた事で誰かはわかった。だが会話に違和感がある。エドワードの時とは全然違う態度に、彼女は自分の振舞い方が決められなかった。

「ついさっきな。それで、俺が昨日何と言ったか覚えていないのか」

 ジョージは厳しい目つきでウルリヒを見る。ウルリヒはジョージの横に見た事のない綺麗な女性がいる事に気付いた。説明を受けなくとも誰かはわかる。

「失礼致しました。お初にお目にかかります、弟のウルリヒです」

「はじめまして、ライラです。宜しくお願いします」

 ウルリヒはライラに会釈をした後ジョージを睨んだ。

「これでいいかよ!」

「よくないだろ。すぐ崩すな。ずっとそのままでいろ」

「どうせもう最初に失敗してるから一緒だろ。連れて来てるなら先に言えよ!」

「そっちが勝手に入ってきたんだろうが。俺のせいにするな」

 ライラはこの二人のやりとりを困った表情をしながら見ていた。ジョージがウルリヒを可愛がっているだろう事は態度でわかる。ウルリヒもジョージを慕っているだろう事もわかる。しかしこの二人が仲良くしているとは思っていなかった。ウルリヒが王になった時、赤鷲隊隊長として忠誠を誓うのを嫌がっているように見えたのは、この関係性が壊れるのが嫌だという意味だったのだろうかと、彼女は必死に考える。

「ジョージはいいのかよ。こんな話し方を彼女の前でしても」

「ライラはそんな事は気にしない。お前の話し方に戸惑っているだけだ」

 ジョージの言葉に改めてウルリヒはライラを見た。彼女はとりあえず柔らかく微笑む。

「いや、別に戸惑ってないよね? ライラ」

 ジョージは立ち上がるとウルリヒの頭を叩いた。

「俺の妻を呼び捨てにするな。姉上か様をつけろ!」

「痛いな、加減しろよ」

「加減しただろ。本気で殴ったらお前は立ってられないぞ?」

 ジョージの目が座っている。逆鱗に触れたようだ。ウルリヒは頭をさすりながら苦い顔をした。

「わかったよ、ライラ姉上でいいんだろ、うるさいな」

「わかればいい。馬車の件、よく気付いたな。礼を言う。トリスタンの件はこちらで預かるから、お前は通常任務に戻れ」

 ジョージは椅子に腰掛けた。ウルリヒはつまらなさそうな表情をジョージに向ける。

「また追い出すのかよ」

「お前は正式隊員ではないからな」

「ライラ姉上はどうするんだよ」

「ライラは特別枠みたいなものだ。気にするな」

 ジョージの答えにウルリヒは不満そうな顔を向けた。

「何だよそれ、ずるいじゃないか」

「いいか、俺は別にお前に冷たくしてるわけじゃない。俺達の話を聞くという事は、覚悟を決めなくてはいけないんだ。ライラには覚悟がある、お前にはない。それだけだ」

 ジョージは真剣な眼差しでウルリヒを見た。それを彼は怯む事無く受け止めている。

「僕にだって覚悟くらいはある」

「本当にか? 赤鷲隊隊長は国王陛下に忠誠を誓っている。特定の王子に肩入れはしない」

「ジョージは僕の味方をしてくれないという事?」

 ウルリヒは少し悲しそうな表情をする。それをジョージは無表情で受け止めた。

「ウルリヒ殿下に味方は出来ない。王宮内では馴れ馴れしくするなよ。それは命取りになる。レスター家に睨まれるぞ」

「こっちにはハリスン家がいるじゃないか」

「当家は一筋縄ではありません。祖父が生きている間は大丈夫でしょうが、亡くなった場合はどうなるか私にもわかりません」

 カイルが口を挟んだ。ハリスン家当主であるカイルの祖父は宰相、父は国王の側近である。そして宰相の孫三人は長男がエドワードの側近、次男がチャールズの側近だったものの彼が亡くなった後はハリスン公爵領に領主代理として入っており、王宮から去っていた。

「僕には味方がいないという事?」

「馬鹿を言うな。お前の側近も慣れない軍隊生活を頑張っているだろう? スミス家も名門だ。今はまだ頼りないかもしれないがダニエルはいい奴だ。大切にしろよ」

「言われなくてもそうするよ」

「それなら今は大人しく出ていくんだな。父上は健在だ。今、事を起こすのは得策じゃない。何か俺が画策していたとしても、それをお前は知らない方がいい。それがお前の為なんだ」

「僕の為?」

「そうだ。俺が自分の為にやっている事に、お前を巻き込んでは意味がない。俺は赤鷲隊隊長として行動する。だからウルリヒも王子として自分が何をすべきか考えろ」

 ウルリヒは口を真一文字に結んでいた。暫くそのまま立っていたが、頭を下げると無言で部屋を出て行った。

「宜しかったのですか?」

「いい、もうあいつも子供じゃない。そもそも今日の一件で帝国が動き出すかもしれない。そろそろ覚悟を決めて貰わないと困る」

「随分とウルリヒを気に入っているのね」

「そう見える?」

「そうとしか見えないわよ」

 ライラの言葉にジョージはため息を吐く。

「そうか。王宮に戻った時は俺も気を付けないと駄目という事か。中立って難しいな」

「赤鷲隊隊長は国王になるより難しいのかもしれないわね」

「いや、流石にそれはないだろ。俺は国王になる方が嫌だ」

「隊長は終身職ですからそのような話は無駄です。さて、本題に入りましょうか」

 カイルも椅子を引っ張ってきて腰掛けた。

「報告頂いた青鷲隊砦の件ですが、やはり帝国が公国側を攻めているようです。このまま攻め続けると我が国との国境まで南下してきてしまう可能性があります」

「亡命者の話は本当だったんだな」

「しかしよく亡命者と話がつきましたね。公国の言葉は特殊で通訳はなかなか見つからないのですよ。もし宜しければその通訳を紹介して頂けませんか? ぜひ間者にしたいのですが」

「嫌だよ、間者になんか絶対にさせない」

 ジョージの表情が明らかに嫌そうである。カイルにはそれが不思議だった。

「そこまで嫌がらなくてもいいではないですか。ケィティの商人ですか?」

「私よ」

 ライラの言葉にカイルが驚く。

「しかしガレスは公国と国交がありませんよね?」

「えぇ。私も話せないと思っていたわ。でも公国語は帝国の南西部民族の言葉と一緒だったのよ」

「帝国の南西部? 何故そのような辺境の言葉を知っているのですか?」

「そういう教育を受けてきたのよ。帝国語だけでなく、帝国内で使われている民族の言葉、地方の言葉、そういうのを叩き込まれているの」

 ライラの言葉を聞き、カイルは何故ジョージがライラを連れて出かけたのかが腑に落ちた。

「それで商人の恰好をして、ライラ様を砦まで連れて行ったのですか」

「そうだよ。内緒にしてて悪かったな」

 カイルはため息を吐いた。

「つまりライラ様は王妃殿下と公国語で会話が出来るという事ですか?」

「何故そのような事をしなければいけないの」

「王妃殿下は発音が難しいとレヴィ語をあまり話されません。しかし二十年もいるのでレヴィ語は理解しているのです。聞こえた事に対して上手く言えないので、王宮で孤立気味なのですよ」

「私がレヴィ語で話して、王妃殿下が公国語を話すと言うなら難しい事ではないと思うわ。公国語は一番苦手だから込み入った話になると流暢に話せないのよ」

「発音がかなり違うのですか」

「えぇ。カイルも帝国語を話せるならわかるだろうけど、レヴィ語と帝国語はそこまで遠い言語ではないの。似ている言葉もあるし。でも公国語はほぼ別言語よ。公国語にしかない特殊な発音もあるし、訛り方も違うし、公国語を母国語とするならばレヴィ語の発音が難しいのは仕方のない事よ。私がどちらも発音出来るのは、幼少期から教育されていたからだもの。もしそれを王宮で馬鹿にされていたのだとしたら、王妃殿下に同情するわ」

「それが馬鹿にされていたから、今の王妃殿下の態度があれなのですよ」

 カイルの言葉を聞いてライラは王妃の舞踏会の時の眼差しを思い出す。

「舞踏会の時の王妃殿下の態度、私が難なくレヴィ語を話す事への嫉妬?」

「そんな事あるか?」

 ジョージが納得出来ないといった表情をライラに向ける。

「だってジョージのお母様もレヴィ語しか話さなかったのでしょう? ナタリー様もレヴィ語が流暢だったわ。あの王宮でレヴィ語を上手く操れない自分に苛立ったとしても不思議ではない」

「でもライラが公国語を理解する事を王妃に打ち明けるのは危険じゃないか?」

「そうですね。こちらが王妃殿下に接触するのはレスター家側からしたら面白くないでしょう。本来でしたら赤鷲隊隊長夫人と王妃殿下が仲良くするのは問題ないのですが、王位継承権問題がありますし」

 ライラはカイルの言葉に納得出来ず首を傾げた。

「順当に行けば次の国王はお義兄様なのに、何故そこまでレスター家は攻撃的なの?」

「エドワード殿下を傀儡にして自分達の天下を取りたいのですよ。もしかすると帝国の力を借りて王家の簒奪、そこまで考えている可能性もあります」

 カイルの言葉にライラは目を見開く。

「それはもう国家反逆罪だわ」

「だから俺達はその証拠を今集めているんだ。向こうは俺がまだ若いうちに何とかしたいんだろうけど、レヴィをレスターや帝国に渡したくはない。その為にこちらも色々画策しているんだ」

「確かにこれはウルリヒを巻き込むべき案件ではないわね。だけど国王陛下の意見なしに勝手に動いていいの?」

「王宮に戻ったら父上と話をするよ。あれだけウルリヒに言っておいて、俺だけ逃げているわけにもいかないし」

 ジョージが陛下ではなく父上と言った意味をカイルとライラは理解して彼を見た。

「隊長、やっとその気になってくれましたか」

「気になってる事があって面白くはないけど、もうそうも言ってられない」

「気になっている事?」

 ライラは見当がつかずジョージに問いかけた。

「ライラ、謁見の間での父上の言葉を覚えてる? 俺が連れ出したいと言う前」

「何か不自然な事があったかしら?」

「この姫をどうしたい? と父上から言ってきたんだ。まるで俺が連れ出したいと言うのを待っているみたいな」

 ライラはその時のやり取りを思い出す。ジョージが率直に言った事に驚いていたが、そう言われると国王から振っていた。

「確かそう、そう言っていたわ。あのように話が簡単に進むとは思っていなかった」

「だから父上と話をしないといけない。俺にライラを嫁がせた意味、ライラを外へ連れ出させた意味、今回期限を三週間と切った意味」

「三週間? それもおかしいの?」

「おかしい。復興作業が三週間で終わらない事はわかっているはずだ。ライラがガレスに帰ったという噂が立つ前にと言うなら、外出許可を最初から出さなければいい。何か意味があるはずなのに、それがいくら考えてもわからない」

 ジョージは苛立っている。そんな彼にカイルは微笑を向ける。

「隊長、考えすぎはよくありませんといつも言っているではありませんか」

「そうよ、深読みしないで素直に聞けばいいと思うわ。案外簡単な答えかもしれないわよ」

 二人にそう言われ、ジョージは小さなため息を吐いた。

「わかったよ。この件はもう考えない。次にいこう」

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