レヴィ王家の三男と四男
レヴィ王国とガレス王国の国境でもある大河のほとりに黒鷲軍団基地はある。ジョージは基地の門前で馬を降りた。櫓から彼の帰還に気付いて出迎えた隊員は、彼に向かって敬礼をする。
「隊長、おかえりなさいませ」
「御苦労。馬を預けてもいいか」
「かしこまりました。お一人ですか?」
「そうだが、それがどうした」
「いえ、それでは馬を連れて行きますので失礼致します」
ジョージは隊員の態度が少し気になった。一人かと尋ねたという事はライラがいると思っていたのだろう。これはカイルが余計な事を言ったに違いないと、彼はまっすぐ執務室へと向かった。
「おかえりなさいませ。新婚旅行は楽しかったですか?」
執務室に入り、カイルの第一声を聞いてジョージは全てを悟った。
「カイル、俺の別行動の理由を新婚旅行と言ったのか」
ジョージは呆れながら執務室の自分の席へと座る。
「えぇ。ガレスの姫君と新婚旅行へ行かれたのならば、戦争はもう終わったと隊員達は思うでしょう。復興作業に精が出るというものです。そもそも強ち嘘でもありませんよね」
「そうだな、その気分がなかったと言ったら嘘になる」
カイルは少し驚いた。ジョージが認めるとは思っていなかったのだ。
「楽しい旅行だったのでしょうね。ここまで連れていらっしゃれば宜しかったのに」
「明日迎えに行くとは言ってある。今後の事についてライラも交えて話し合いたいんだが、一応カイルに許可を取ってからにしようと思って」
「ライラ様に全てを話されるおつもりですか」
「ライラはただの姫じゃない。誤魔化し続けられないと思う。それならいっそ早々に巻き込んでしまった方が楽だ」
「私もライラ様は所謂姫教育とは違うものを受けていたとは感じていましたが、隊長がそうはっきり仰せなら実際そうなのでしょうね」
余裕のあるカイルにジョージはある事を思い出した。
「そういえば俺の仕事内容をライラに先に話しただろ。いつ話したんだ?」
「結婚式の翌日です」
事も無げに答えるカイルに、ジョージは訝しげな表情を向ける。
「そんなに早く? 何を考えてるんだよ」
「隊長がライラ様を気に入ったようなので、どういう方か私なりに確認しようと思いまして」
ジョージの不満そうな視線をカイルは涼しげな表情でかわす。
「いや、結婚式の翌日なら俺はまだそこまでではなかったはず」
「いいえ。結婚式で王子対応をされなかった時点で、もうそういう事なのですよ。明らかにあの気怠さは興味を持ったのを隠していましたから。ライラ様はお綺麗ですからお気に召しても不思議ではありませんし」
ジョージは面白くなさそうな顔でカイルを睨む。ライラは騙せていたのに、こんな所で自分の心を見透かしている男がいるとは思っていなかった。しかもその後の会話からしてわかっていてあえて知らない振りをしていたカイルが腹立たしい。
「でもあの態度、ライラ様には結果的に正しかったと思いますよ。顔だけを気に入られるよりはいいと仰せでしたから」
「別に顔に興味を持ったわけじゃない。ライラが俺の顔を見た時の反応で取り繕うのをやめたんだ。だから余計な事は言うなよ」
ジョージが初対面だと思っていた結婚式で、ライラは自分の顔を知っていたのだから落胆するはずがないと今ならわかる。しかし彼の目には彼女がどこか期待しているような雰囲気がして、それなら最初から素で対応した方が後々楽だろうと、わざと気怠そうにしたのである。彼は本当に式典の類は苦手で、いくら形式的でも結婚式などしたくなかったのだ。
「言いませんよ。隊長の幸せを壊して私に何の得があるのですか。職務を放棄する程愛欲に溺れると言うなら話は別ですが、予定通りの到着ですし」
ジョージは出発前カイルに渡した旅程表通りに過ごしてきた。その旅程表には変更する場合は連絡をすると書いてあったが、早馬での連絡はなかった。ハリスンで無駄な一泊がある事に気付いていたカイルは、それを見て新婚旅行と隊員に言おうと決めたのだった。極力面倒な事をしたくないジョージの無駄に見える一泊は、ライラ絡みとしか思えなかった。
「それで色々と調べはついたか?」
ジョージがカイルに仕事の話を振ろうとした時、扉をノックすると同時に扉を開けて一人の小柄な青年が入ってきた。
「ジョージ、おかえり」
「ウルリヒ、俺の事は隊長と呼べと言ってるだろう? しかもノックをしたら返事を確認するまで扉を開けるな。いつになったら覚えるんだ」
「細かい事は気にするなよ。それよりジョージに惚れて、新婚旅行後もここまでついて来たというガレスの姫はどうしたんだ? 折角挨拶に来たのに」
「どこでその話を聞いてきた? 間違った情報を鵜呑みにするんじゃない」
ジョージは嫌そうな顔をウルリヒにした。ウルリヒは不思議そうな表情を浮かべる。
「今まで新婚旅行だったんだろう?」
「そっちじゃない、俺がライラに惚れているのであって逆じゃない。俺達の事に口を挟むな」
「何だよ、ジョージに惚れない女なんかやめておけよ」
「それは俺の自由だろ」
カイルはこの王族らしくない兄弟の会話を冷めた目で見ていた。元々この二人は王宮にいた時、ほぼ接点がなかった。ジョージはエドワードやチャールズと仲が良かったのもあって、王妃は息子二人を他の王子と接触させたがらなかったのだ。しかし二年前、国王の命令でウルリヒは赤鷲隊預かりとなった。ジョージはウルリヒを弟ではなく部下として扱い、それをウルリヒは面白く思わず何とかしてジョージを見返そうと、隊の中での任務を黙々とこなしていた。ジョージは成長するウルリヒに目をかけ、ウルリヒも徐々にジョージの仕事ぶりを目の当たりにして尊敬の眼差しをするようになったが、それを隠そうとしてか途中から馴れ馴れしい態度になっていった。それをジョージは咎めていたが、本気で嫌がっている様子はない。現にライラに惚れているとさらりと言っている。
「ジョージはいい男なのに、そんなに難易度高いのかよ、その姫」
「会ったらわかる。お前にはどうにも出来ない姫だよ」
「人を馬鹿にして。カイル、本当か?」
ウルリヒは拗ねた表情でカイルの方を見る。
「えぇ。ライラ様の心を動かすのは簡単ではありませんね。少なくとも私には無理です」
「カイルに無理なの? カイルは見つめたら誰でも落とせるんだろう?」
「落とせない女性は狙わないだけです。そもそも昔の話です。そのようなくだらない話は忘れて頂きたいですね」
カイルの視線が冷たい。ウルリヒはそれ以上何も言えなかった。ジョージも冷めた視線をウルリヒに送る。
「それで何をしに来た? 本当にライラに会いに来ただけなのか?」
「だってもう今日の任務は終わったから。一応義姉上だし」
「その態度でライラに会うつもりか? 一国の王子とは到底思えないな」
ジョージの言葉にウルリヒは明らかに不満気な表情を浮かべる。
「ジョージに言われたくない」
「俺とウルリヒは立場が違う。わからないとか言うなよ」
ジョージはウルリヒを睨む。ウルリヒは口を尖らせた。
「僕ももう一生ここでいいよ。何かあったらフリッツがいるわけだしさ」
「お前は預かっているだけで正式な隊員ではない。父上から話は聞いているだろう?」
「聞いてはいるけどさ、僕はこっちの方が合ってると思うんだよ」
「それは皆がお前に気を遣っているから居心地がいいだけだ。勘違いするな」
「何でジョージはそう僕に冷たいんだよ」
拗ねた口調のウルリヒにジョージは冷たい視線を投げる。
「悔しかったら俺が一目置く存在になってみろ。俺が死ぬまでに間に合ったら優しくしてやる」
「それなら絶対に長生きしろよ」
「そんなに時間がかかるのか。随分と自信がないんだな」
ジョージは意地悪そうに微笑む。ウルリヒはその表情に苛立ちを顕にした。
「うるさいな。ジョージは今この国に絶対に必要だろう? あっさり死ぬなんて許さないからな」
「別にお前の許可などなくとも、あっさり死んでたまるか」
「ライラ様の事もありますしね」
二人の会話に割って入ったカイルをジョージが睨む。カイルはそれを気にせずウルリヒの方を向いた。
「ウルリヒ殿下、そろそろ私に隊長と話す時間を返して頂けませんか? こちらは報告したい事が山ほどあるのですよ」
「別に僕がいても問題はないだろう?」
「いいえ、正式隊員ではないウルリヒ殿下がいると都合が悪いのですよ」
「そうだ、自分の仕事が終わったなら、他に仕事をしている奴を手伝ってこい」
二人にそう言われ、ウルリヒはつまらなさそうな表情をした。
「わかったよ。戻るよ。でもガレスの姫には会わせろよ」
「明日連れてくるから、どういう態度で挨拶するのが正しいか考えておけ」
「わかった。じゃあな」
ウルリヒは渋々部屋を出て行った。ジョージはその扉を不満そうに見つめる。
「ウルリヒの態度は、どうしたら王子らしくなるんだろうな」
「それは隊長が悪い見本になってしまっているので、難しいのではないですか」
カイルの視線は冷たい。ジョージは小さくため息を吐いた。
「俺のせいなのか? 俺がもっと他人行儀にしておけばよかったのか? でもそれだと違うと思うんだが」
「しかし甘やかしすぎですよ。あとはウルリヒ殿下の覚悟の問題でしょう」
「覚悟は危機に直面するまで期待は出来なさそうだな。で、色々と調べはついたのか」
「それは明日ライラ様を交えて報告した方が二度手間にならなくていいと思います。今日は先にこちらの書類の処理をして頂きたいのですよ」
カイルは机の上に積んである書類を指差した。ジョージは嫌そうにその書類を見る。
「王宮であれだけ処理をしたのに一週間でこんなに増えるのか。早馬も来てたのに?」
「早馬は急ぎの用件だけですから。こちらの内容は色々ですし」
「あぁもう面倒臭い。その口調だとまた関係ない書類が混ざってるな」
「そうですね。夜まで時間はありますからじっくりとどうぞ」
カイルはにこやかに微笑んだ。ジョージは嫌そうな顔をしながら書類を手にした。




