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謀婚  作者: 樫本 紗樹
四章 恋心と陰謀
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自覚【中編】

「それで、帝国の皇帝が変わった事は関係あるの?」

「因果関係はまだわからない。でも皇帝が義姉上の父親になってから彼女が強気になったのは事実。それを見て陛下が俺にウルリヒを預けた」

「ウルリヒ? それが名前なの?」

 ライラは納得いかないという表情を浮かべた。ウルリヒは公国語で高貴な者によく使われる名前である。そしてこの名前はレヴィ語には存在しない。

「王妃がつけたからレヴィ風ではないけど、何かおかしい?」

「レヴィ語読みにするならばウーリックとかになるはずだけど、公国語読みのウルリヒなの?」

「ウルリヒだね。そもそもウーリックなんて名前も聞いた事がない」

「そうね。ジョージなら公国語読みでゲオルクと発音して、きっと公国に存在すると思うけど、ウーリックはガレスでもいないわ。もう一人は何と言うの?」

「フリードリヒ」

 こちらも公国語で高貴な者によく使われる名前である。ただこちらはレヴィ語でも存在する名前だ。

「それもレヴィ語読みならフレデリックだけど、そう呼ばないのよね? 愛称はフリッツ? フレッド?」

「陛下はフリッツって呼んでる」

「それなら公国語読みね。何故わざわざレヴィの王子の名前が公国語読みなのかしら? ジョージはレヴィ語なのに」

 ライラの疑問にジョージは少し苛立った表情を向けた。

「俺はレヴィ語でいいだろう?」

「だけどそれならケィティ語でもよかったわけでしょう? 私はケィティ語がわからないけれど」

「あぁ、それは多分母上がレヴィ語も話せたからだろう。母上は俺の前でもレヴィ語しか使わなかった。だから俺はケィティ語がわからない」

 テオとパメラがレヴィ語を問題なく使うのだから、ジョージの母も母国語並に使えても不思議ではない。サマンサがウルリヒより年下なのに名前をレヴィ語でつけているのだから、ジョージの母はケィティ語を使う気が一切なかったという事だろう。

「ちなみにナタリー様にお子様はいらっしゃらないの?」

「いるけど名前は覚えてない。軍団基地に着いたらカイルに聞いてくれ」

「甥か姪にあたる子供の名前を覚えていないの?」

「姪ってのは知ってるけど、会った事もない子供の名前なんか覚えないよ」

 ジョージは興味のない事は一切覚えない男だというのはライラもわかってきている。彼にとってやはりエドワードが興味のない対象なのか、それともナタリーの子供に興味がないだけなのか、彼女には判断しかねた。

「わかったわ、それはカイルに聞く。それでウルリヒを預かっている意味は、王宮にいると危ないという事かしら?」

「いや。陛下はウルリヒに王子らしさを身に着けさせたくて、俺に預けたんだと思うんだよ。聞いてはいないけど」

 そう思うなら何故聞かないのかライラは不思議で仕方がなかったが、王宮内の誰が聞いているかわからない所で話す内容でもない。これはわざとお互い口に出さなかった可能性もある。そうなると何だかんだ言ってジョージは国王の真意を汲み取っているのかもしれない。しかし王子らしさというのは何を指しているのだろうか。次期国王になる為の心構えの事だろうか。考えながら彼女は首を傾げた。

「何故そう思うの? 次期国王がお義兄様では都合が悪いの?」

「兄上にはどうしても帝国の影が付きまとうからね。元々兄上の母の生家、レスター家が帝国と繋がりがあって、帝国の皇女が兄上の所に嫁いでいるのはレスター卿の策謀みたいなものだ。このままではレスターの思うままになりかねないと、チャールズ兄上が何とかしようとしていたんだけど亡くなってしまって」

「チャールズ兄上というのは第二王子?」

「そう。彼は元々持病があって、二十歳まで生きられないと言われていたんだ。でも服薬していれば病状は落ち着いていて、レスター家の血が流れているチャールズ兄上は自分がレヴィを帝国から守ろうと色々していたみたいなんだけど、それを面白く思わない者もいて。二十二歳で亡くなったチャールズ兄上が病死なのは仕方がない、そういう雰囲気だったけど、俺は誰かが薬を差し替えたんだと思ってる」

 ジョージの表情が少し険しくなった。ライラも病死ではなく他殺の可能性を示唆され表情が強張る。

「チャールズお義兄様とは仲が良かったの?」

「チャールズ兄上もいくら薬が効いているからといって、長生き出来ないのはわかっていたんだよ。昔から俺に優しかったし、赤鷲隊に入ってからも気遣ってくれた。だからチャールズ兄上が亡くなって、俺も戦場に釘付けになったこの二年で、王宮内の空気が変わっていたのに正直驚いた。ウルリヒを赤鷲隊に預けた陛下の判断は正しかったのかもしれない」

「私は二年前を知らないからわからないけれど、明らかに違うの?」

「全体的に緊張感が漂っている。以前はあんなに息苦しくなかった。食事も二年前まではちゃんとレヴィの味だったから、あれは王妃殿下のささやかな抵抗だろう。俺の口には合わないが義姉上の口にも合わないと思う。それと侍女や使用人の対応もだいぶ変わったらしい。詳細はわからないがサマンサが愚痴を零していた」

 緊張感が漂っていると言われても、読書の為に引きこもっていたライラにはわからない。だがそのような場所で暮らしているサマンサが心配になった。

「サマンサをそのような王宮に置いておくのは大丈夫なの?」

「心配ない。陛下唯一の娘という立場を存分に理解してる。王都から自由に出られないという一点を除けばサマンサに不自由はない。義姉上も王妃殿下もサマンサには何も言えないはずだ。それにサマンサは俺と似てなくてとても姫らしいだろう? 貴族達にも人気があるんだよ」

 サマンサはジョージと顔は似ていない。どちらかと言えば国王似である。髪は暗めの金髪で大きめの鳶色の瞳が可愛らしい印象を与える。そう言えば彼女は色々な男性と舞踏会で踊っていたなとライラは思い出していた。

「サマンサも自分の立場を考えて行動しているのね」

「そうだな。多分サマンサなりに兄上や弟との距離を調整していると思う。その愚痴が俺の所にくるのは仕方がない。甘やかしているとカイルに怒られても、それくらいはいいと思うんだよね」

 ジョージの口調が軽くなり、ライラの表情も和らぐ。

「カイルはサマンサに厳しいわね」

「あいつは馬鹿真面目なんだよ。だから俺にもサマンサにも厳しい。ライラも色々言われたって、全部を聞かなくていいよ」

「言われなくてもそうするわ」

 ライラの返事にジョージが笑う。

「カイルの苦労が増えただけか。俺がカイルの立場だったら発狂してるな」

「そう思うならカイルの言う事を大人しく聞けばいいでしょう?」

「大人しく聞くとライラは一生王宮から出られないけど、それでいいの?」

「それは絶対に嫌だわ」

 二人は顔を合わせて笑う。

「まぁ詳細は軍団基地についてから。カイルが情報を集めているはずだ。戦時中の不自然な出来事もそろそろ調べがついているかもしれない」

「不自然?」

「ライラ、戦時中の報告書を読んだと言ってたよね。休戦協定締結前に戦闘が起こったという話は知ってる?」

「えぇ。休戦協定締結の数週間前に突然レヴィ側から弓矢が放たれ、激しい戦闘が起こったと読んだわ」

 その戦闘があったからこそ、ライラが嫁入りの為に通った道に死体があったのだ。休戦協定の話が水面下で進んでいた三ヶ月の中で戦闘はそれしかない。

「そう。あの頃水面下では休戦協定の話が大詰めで、俺は戦闘を仕掛けるなと厳命していたんだ。それなのに誰かが弓矢を放った。そしてガレス側から応戦の弓矢が放たれた。おかげで現場は混乱状態のまま戦闘になだれ込んでしまって、収めるのに丸一日かかり、要らぬ戦死者を出した。あの弓矢は帝国側の人間の仕業だと睨んでいる。しかし戦場にいた人間は多いし、弓矢を放ったのは早朝、まだ霧の晴れぬ時間。戦闘も両軍が入り乱れて酷い有様だったから犯人は逃げているだろう。俺も流れ矢が当たって自由に動けなかったし」

「流れ矢? 大丈夫なの?」

「少し縫っただけだよ。利き腕でもないし、そんなに深いものでもない」

 ジョージは左袖を捲って二の腕をライラに見せた。そこには痛々しく縫合された傷跡がある。彼女は辛そうな表情でその傷を見ていた。

「ごめん、見せるものでもなかったね。でも医療班がすぐ手当してくれたから化膿もしなかったし、痛みももうないし、何ともないよ」

 ジョージは袖を戻しながら笑ってそう言った。しかしライラの表情は辛そうなままだ。

「傷はそれだけだったの? 他は大丈夫だったの?」

「かすり傷はあったけど、縫ったのはこれくらいだよ。俺は結構強いからね? そんなに簡単に怪我しない。これは隊員を庇った時のものだから」

「隊長が隊員を庇うの? 普通逆ではないの?」

「隊員に庇われるなんてごめんだね。そんな覚悟で隊長をやってるわけじゃない」

 ライラはジョージが凛々しく見えた。怖いと思わなかったのは芯が通っているからだと気付いた。彼は自分の私利私欲の為に生きているのではない。レヴィ王国の為に生きているのだ。赤鷲隊隊長として隊員を守り、この国を守っているのだ。彼女は自然と柔らかい表情を浮かべた。

「格好良いわね。何故未婚だったのか不思議だわ」

 ライラの言葉にジョージが冷たい視線を投げる。彼女は思った事を口にしただけで、深い意味は一切ない。それが彼には憎らしかった。

「結婚話なら隊長になってからいくらでもあった。乗り気になる話はなかったけど」

「それならこの政略結婚も乗り気ではなかったの?」

「それは俺の結婚式の態度を見たんだからわかるだろう?」

「確かに、あの気怠そうな感じは乗り気だったら出せないわね」

「そういうライラは乗り気だったの?」

 ジョージは少し苛立ちながらライラに尋ねた。彼女は質問を返されると思っていなかったのか驚いた表情をしたが、すぐに微笑んだ。

「少しだけ期待していたわよ。だって調印式の時のジョージは格好良かったもの」

 思わぬ返しにジョージの頬が少し紅潮する。

「いや、でも俺が抱かないって言ったら嬉しそうに笑ったよね?」

「それは順序というか、お互いの事を知ってからがいいなと思って」

「じゃあそろそろいいって事?」

 ジョージの言葉にライラは表情を硬くする。自分が何も考えずに言った言葉の意味をやっと悟ったと言いう表情だ。彼は意地悪そうに微笑んだまま彼女の髪を撫でる。

「えっと……」

 ライラは俯いて視線を泳がす。急に変わった雰囲気についていけない。そんな彼女をジョージは優しく抱きしめた。

「俺の気持ちを弄ぶのは程々にしてくれない?」

「弄ぶなんて、そんな事は……」

 ジョージは自分の額をライラの額につける。あまりの顔の近さに彼女は顔を上げられない。そんな彼女の頬を彼は優しく撫でる。

「嫌なら逃げて」

 ジョージはそう言って額を離すと、ライラの顔を自分の方に向けさせた。彼女は困惑しながらも彼を真っ直ぐ捉えた後、静かに瞼を閉じる。彼は微笑みを浮かべると彼女に触れるだけの口付けをした。二度三度と繰り返したのち、再び彼は彼女を抱きしめた。

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