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謀婚  作者: 樫本 紗樹
四章 恋心と陰謀
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自覚【前編】

 ケィティを出立して三日目の夕方、ジョージとライラはとある都市に辿り着いた。

「随分と大きな都市ね。ここは直轄地なの?」

「ここはハリスン公爵領、つまりカイルの祖父である宰相の領地」

「そう、すごいのね」

 レヴィ王国第二の都市ハリスンは王都へと続く街道沿いにある。王都が国の中央よりやや北西に位置しているのに対し、ハリスンは東南東に位置している。レヴィがガレスとひとつだった頃は街道の先にある橋を渡る為に大勢の人が往来していて、今もその名残で住民が多い。また黒鷲軍団基地が近い為、軍人の家族が住んでいる一画もあり、独身軍人の為の花街も賑やかである。

「何故急にこのような大きな都市へ?」

 今までジョージは国境沿いを移動していた。ケィティを出てからは国境が海になる為か少し中の道を選んでいたのだが、それも田舎道ばかりだった。レヴィに都市がいくつかあるのはライラが嫁ぐ時に街道を馬車で通っているので知っているのだが、その知っている都市にこの旅で初めて足を踏み入れた事になる。

「そんなの美味しい焼き菓子があるからに決まってるだろう」

 ジョージの言葉にライラが笑う。

「本当に徹底していて清々しいわね」

「俺が食べたいのであって、別にライラは食べなくてもいいよ」

 意地悪そうに微笑むジョージにライラは拗ねた表情を返す。

「美味しいものを食べている所を横で見ているだけなんて拷問だわ」

「じゃあ食べたい物を選んで買ってきて。馬は見ておくから」

 ケィティ以外では相変わらず買い物をしないジョージに文句を言う事も飽きたライラは、素直に銀貨を受け取りお店へと向かった。今までの町とは違い、店構えも違えば品揃えも違う。彼女は初日のように少し買い過ぎてしまった。

「暫く焼き菓子を食べられないから、それくらいあってもいいかもね」

「食べられないの?」

「軍団基地に着いたら無理。設備がない」

「ここは軍団基地に近いの?」

 ジョージは王都でカイルと八日後に合流すると言っていた。今日がその八日後なのだが、ライラはそれをすっかり忘れていた。ちなみにジョージは言い間違えた訳ではない。ハリスンに寄らなければ黒鷲軍団基地まで行けるのである。ジョージの中で出立時に二つの案があり、その一つが八日後に軍団基地着予定で、彼はその案を捨てただけの話である。

「明日には着くよ。宿屋でそれを食べながら話そう」

「わかったわ」

 二人はこの町で一番大きな宿屋へ行き、宿泊手続きを済ませると鍵を受け取り部屋へと入った。今までの宿屋とは違い部屋が広く、ソファーとテーブル、鏡台にダブルベッドが置いてある。

 ライラは文句を言おうとしてすぐに言葉を飲み込んだ。ベッドに文句を言えばきっと気まずくなる。ケィティを出てからはそれまでと何ら変わらないジョージの態度に、彼女も彼の言った事など気にしてない素振りで通してきた。しかし心中どこか穏やかではなく、それを悟られないようにするだけで精一杯だったのだ。

 ジョージは荷物をソファーに置くと、そのまま座って焼き菓子の入っている紙袋を開けた。彼は袋の中を見て満足そうな顔をする。初日は色々入っていたが、今回は四種類が二つずつ入っていた。ライラも荷物を彼の向かいのソファーに置いて腰掛ける。

「こっちに座って」

 ジョージは荷物を置いていない隣を叩く。ライラが首を傾げてやんわりと拒否の意思表示をすると、彼は立ち上がって彼女の横に腰掛けた。

「出来たら小声で話したい。この辺だともうどこに誰が潜んでいるかわからないから」

 ジョージがただライラの側に座りたいだけの嘘なのだが、彼女はそれを見抜けなかった。

「それほど内密な話なの?」

「核心は軍団基地についてからカイルと一緒に話すよ。でもその前に話しておきたい事がある」

 ジョージはそう言いながら開けた紙袋からマドレーヌを二つ取り出すと、一つをライラに手渡す。彼女が受け取った時、彼は既にマドレーヌを食べ終わっていた。

「舞踏会の時、弟に会わなかったんじゃない。いなかったんだよ」

「どういう事?」

 ライラは首を傾げた。

「一番下の弟は十四歳だからまだ出席出来ない。上の弟は今赤鷲隊で預かっていて黒鷲軍団基地にいるんだ」

「国王陛下の指示という事?」

「あぁ。二年前から預かってる。色々な事が二年前から変わってきているんだ」

「二年前というと帝国の皇帝が変わったわよね。それと関係はあるの?」

「何で帝国の皇帝が変わった事を知ってる? 外交官だとそういう付き合いがあるものなの?」

「皇帝の即位祝賀会に少しね」

 ライラが少し嫌そうな顔をしたのをジョージは見逃さなかった。

「その話は面白そうだな、それを先に聞かせて」

「何も面白い話ではないわよ」

「帝国へ行ったって事だろう? 俺は行った事がないからどういう国なのか知りたい。祝賀会なら外交官は呼ばれないんじゃないの?」

 ライラは嫌そうな表情のまま、ジョージから顔を背けた。

「そうね、外交官としては出向いていないわ。妹の付き人として行ったのよ」

「あぁ、ガレスの王太子夫婦なら招待されてもおかしくない。でも付き人?」

「もういいでしょう? この話」

「帝国の要人に会いにでも行ったの?」

「そういうわけではないけど、そういう事になるのかしら?」

 ライラの言葉にジョージは楽しそうに笑う。

「つまり綺麗な格好をして結婚相手を探しに行ったと?」

「私の意志ではないのよ? 父がガレスで見つからないなら帝国でもいいからと……」

 ジョージに向かってそこまで言ってから、ライラは再び顔を背けた。一体自分は何の弁解をしているのか、そんな自分が少し嫌になったのだ。

「で、いい男はいなかったと」

「仕方がないでしょう? 帝国語は軽くしか話せない振りをしろと言われても、私は帝国語を母国語並に理解出来るのよ? だから無言でいるしかなかったの」

「綺麗に着飾って無言で佇んでいたら、声をかける男性は多かったんじゃない?」

「そのせいで酷い目に……だからもういいでしょう?」

「何? 無理矢理押し倒されたりしたの?」

 しつこいジョージにライラはこのまま誤魔化しきれないと判断して隠す事を諦めた。

「押し倒されてないわよ。危ない所ではあったけど」

「危ないって?」

「言葉がわからない振りをしていたら、向こうが愛を語るのに言葉は要らない、身体で感じればいいと言い出すから、わからない振りしながらどうやって逃げるか必死だったのに、もう笑わないでよ!」

 ジョージはライラの話に笑いが止まらない。そんな彼の太腿を彼女は叩く。

「流石にライラでもその危険はわかるんだ」

「わかるわよ。助けが来なかったらと思うと今でも寒気がするわ」

「助け? 誰が助けてくれたの?」

「その失礼な男より身分が高いであろう男性が、私と踊りませんか? と声をかけてくれたの。しかもガレス語で」

 突然話の中に紳士が出てきてジョージの笑いが収まった。

「帝国にガレス語が話せる人なんているんだ」

「ガレスかレヴィに興味のある人もいるでしょうよ。彼は黒髪だったから帝国人なのは間違いないわ」

「紳士に助けられてときめいたりした?」

「エミリーにも同じ事を言われたけど、助けられたくらいでときめくものなの? 感謝以上の何があるの? 私はその感覚が一切わからないのよ」

 ライラは不満そうだ。ジョージはそんな彼女の反応に複雑な気持ちになった。

「でも黒髪だったなら帝国の要人だろう? 嫁ぎ先の候補としては考えなかったの?」

「嫌よ、あの人と一生暮らすなんて」

「助けてくれた人に対して随分な言いようだね」

「確かに助けてくれた事には感謝しているわよ? でもあの人は怖かったの。表面上はとても優しそうだったけれど心の奥が見えない感じで、話していても楽しくなかったのよ」

「その人は結局誰だったの? 名前を聞いたんだろう?」

 ジョージはライラを覗き込むようにしている。彼女はその視線をかわす。

「その時は知らなかったのよ。後で知ったの」

「結構な要人だったんだ?」

「……ルイ皇太子殿下」

 ライラの言葉にジョージは驚いた。ルイはナタリーの実兄にあたり、有能な皇太子だとレヴィにも聞こえてきている人物である。

「この大陸で一番の男を振っちゃったんだ」

「別に求婚をされたわけではないわよ? もう暫く帝国に滞在しませんかと言われたのを断っただけで」

「先方の誘いを断ったなら、振ってるのと同じだよ」

 ライラは不満そうな表情を浮かべた。

「自分を振った女がレヴィの、しかも王位継承権を捨てた男に嫁いだと知ったら面白くないだろうね」

「でもそれは二年前の話で、これは休戦協定の一環だから」

「だけど確かルイ皇太子って独身じゃない? ライラの事を想ってずっと結婚をしてないのかもしれないよ」

「あの人は怖いから求婚されたとしても絶対嫌」

「俺は怖くなかったの?」

 突然の質問にライラは考えた。何を考えているかわからないとは思っていたけれど、それが怖いと思った事は一度もない。今まで何とも思っていなかったけれど、よく考えると不思議だ。ルイは何を考えているかわからないから怖いと思ったはずなのに、何が違うのだろうか。

「もし怖いと思っていたなら、一緒に連れて行ってなんて言わないわよ」

「それもそうだな。でも俺は最初の頃優しさの欠片もなかったと思うんだけど」

「態度はどうであれ、優しくないとも思わなかったわ」

 ライラの返事にジョージは困ったような表情を浮かべる。自分の態度が見透かされていたような気になったのだ。しかし彼女の本心がわからずとも、彼の側にいる事を嫌だと思っていない事が彼には嬉しかった。

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