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謀婚  作者: 樫本 紗樹
三章 赤鷲隊隊長の任務と息抜き
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その頃の王宮 ~エミリーの仕事~

 エミリーはライラの部屋の椅子に腰かけていた。机には紙が広げられており、そこには派閥争いの構図が書いてある。彼女はカイルがライラに説明している間、後ろに控えてその内容を記憶していたのだ。またライラに借りたレヴィの歴史書から家門名に印をつけていた。そこにライラが外出してから訪ねてきた人を書き足していたのだ。

 エミリーは記憶のすべてを書き出した後、その紙を箪笥の奥にしまった。流石に誰かが勝手にライラの部屋に入る事はないだろうが、念には念を入れておくのが彼女の性格だった。この部屋にはガレスから持ち込んだ高級な宝飾品もたくさんある。本当は舞踏会で身に着けていた物がこの国でどう見られたのかを知りたかったのだが、それを聞く機会を逃していた。そもそもライラに尋ねた所で正しい答えが返ってくる可能性は低い。出来れば高貴な女性の意見を聞きたいものだが、彼女はその標的を絞りかねていた。

 エミリーは赤鷲隊の腕章をつけ洗濯物を持って洗い場へと向かった。この腕章をつけていれば王宮内どこを歩いていても咎められないとブラッドリーに説明を受けていたが、彼女はあえて元々歩ける範囲から外を歩く事はしなかった。ライラ不在の時に妙な評判は立てたくなかった。

「ねぇ、貴女がライラ様の侍女よね?」

 突然声をかけられてエミリーは足を止めた。この国ですれ違う者は陰口しか叩かないと思っていたので声をかけられるとは思っていなかったが、彼女は驚いた顔を表に出さずに対応する。

「そうですけれども、何かご用でしょうか?」

「サマンサ殿下がお呼びなのでついてきて」

 この王宮では王家の血筋が一番強い。サマンサ付の侍女は王妃など他所から嫁いだ者の侍女には横柄に振る舞っていた。エミリーは逆らわず、その侍女についていった。

「いやだ、本当に侍女がいたのね。お姉様は外へ行ったのでしょう?」

 サマンサは不思議そうにエミリーを見ていた。

「ライラ様は身の回りの事は全てご自分でなさいますので、御一人でも問題ございません」

「自分一人で? 着替えも? 入浴も?」

「はい」

 サマンサは信じられないといった表情を浮かべている。エミリーもライラが特殊だというのはわかっているので、必要以上の事を話す気はない。

「それなら貴女は何をするの?」

「正装の時は御手伝い致します。基本は話し相手と思って頂ければ」

「話し相手を置いて行ってしまったの?」

「今回は乗馬で移動との事で、私は乗馬が出来ませんので留守番になりました」

「乗馬? お兄様は軍人よ。それについていけると言うの?」

「ライラ様は一般的な女性よりは速く走れますので」

 実際エミリーは乗馬が出来ないので男女差がいかほどなのかはわからない。ただライラが乗馬に自信を持っているのは確かだった。

「じゃあ貴女は暇なの?」

 突然の問いにエミリーはサマンサの意図を図りかねた。

「急ぎの用はございません」

「侍女達から話は聞いているのよ。ナタリー様の侍女に色々と言われているのでしょう?」

「何を話しているのかわからないので、私に言われているのかはわかりません」

 エミリーもライラと一緒に育った為帝国の言葉はわかる。だがあえて知らないふりをしていた。その方が盗み聞きされていると知られないので好都合なのである。実際ナタリーの侍女達はエミリーにとって情報源になっていた。

「帝国語などレヴィには不要。あの人達の神経はおかしいと思わない?」

「レヴィとガレスの言葉が同じでなければ、私も話せなかったでしょうから何とも」

 エミリーの対応にサマンサは笑う。

「貴女、いいわね。少し私の買い物に付き合わない?」

「そのような、滅相もございません」

「お姉様が舞踏会で身に着けていた宝飾品、とてもいいものだったわ。皆睨みつけていたわよ。確か正装は手伝うと言ったわよね? この前お姉様の所に遊びに行った時、何も身に着けていなかった所か化粧もしていなかったわ。つまりあれは貴女の見立てよね?」

 思わぬ所から欲しかった情報がもたらされてエミリーは内心喜んだ。しかし睨みつけていたとなると、少々やり過ぎたという事になる。彼女は控えめな物を選んだつもりだったのだが、基準をサマンサにしたのがそもそもまずかったと反省した。しかし彼女が出会った参考に出来る王族はサマンサしかいなかったのだ。

「宝飾品はライラ様が選ばれたものです。私はライラ様の所持品の中から、一番映える組み合わせを選ぶだけにございます」

「普段何も身に着けていないのに、お姉様が選ぶの?」

「ライラ様は宝飾品を見るのはお好きなのですけれども、身に着けるのは別の話のようで。もしお急ぎでないのでしたら、ライラ様がお戻りになられてから一緒に選ばれてはいかがでしょうか」

「お姉様はつきあってくれると思う?」

「えぇ。ただライラ様は似合わない物は似合わないとはっきり申し上げてしまうかと思いますが、それでも宜しければ」

 この王宮でサマンサに何かを言えるとしたら国王とジョージくらいだろう。だからこそあえてエミリーはそう言った。この退屈そうな姫にはきっと媚びないライラが魅力的に映るはずだと彼女は判断したのだ。

「貴女、私に似合わない物があると言うの?」

「がらくたが似合っても仕方がないではありませんか」

「確かにくだらない物など要らないわね。それならお姉様が戻り次第私に知らせてくれる? その後で商人を呼ぶ事にするわ」

「かしこまりました」

「急に呼びつけて悪かったわね。もう下がっていいわよ」

「それでは失礼致します」

 エミリーは深く頭を下げるとサマンサの部屋を後にした。

 エミリーは来た道を戻りながらサマンサの部屋を思い出していた。間取りはライラの部屋と変わらない。どうやら待遇は問題ないらしい。ただ、サマンサの部屋には侍女が三人いた。いつも帝国語を話す二人と、二カ国語を話す一人がナタリーの侍女と思われる。何故、ライラは一人なのだろう? ジェシカを数えたとしても足りない。王妃の侍女はわからない。そう言えばレヴィ語と帝国南西部の民族の言葉と両方話すのが三人いる。あれもナタリーの侍女だろうか?

 エミリーは考え事をしながら洗い場を通り過ぎた。そもそも女主人がいないのに洗い物が出るはずもない。ただ王宮にどのような人がいるのかを見たくて、必要のない洗濯をしているに過ぎない。今日は別の情報を手に入れたので洗濯は明日にしようと荷物を一旦ライラの部屋に置き、廊下の突き当たりにある勝手口を開けて庭へと出た。目的地は赤鷲隊厩舎である。

「エミリー、俺に会いに来てくれたの?」

 赤鷲隊の厩舎からブラッドリーがエミリーに声をかける。彼女は嫌そうな顔をした。

「そろそろライラ様からの返事が来ていないか確認に来ただけよ」

「相変わらず冷たいね。何でそんなに俺に冷たいの?」

「何故私が間者と仲良くすると思うのよ」

「今は間者を辞めて厩番になったわけだから、そこは水に流そうよ」

 しつこいブラッドリーにエミリーは冷たい視線を投げる。

「それを水に流しても、私がブラッドと仲良くする理由はないわね」

「だから何でそんなに冷たいの?」

「私はライラ様以外どうでもいいからよ。それで、返事は?」

 ブラッドリーは渋々手紙をエミリーに差し出す。

「隊長からは来てないけどいいの?」

「むしろ返事が来たら開けずにつき返していたわね。ライラ様に相応しくない人だと困るのよ。ライラ様には幸せになって欲しいのだから」

「エミリーのライラ様至上主義は今に始まった事じゃないけどさ、うちの隊長はいい男だからね」

「顔だけで言うならカイル様の方がいい男だと思うけど」

「何で副隊長は様付?」

「王子の側近なら公爵家か侯爵家でしょう? 厩番は本来貴族がなるものでもないし」

「俺だって三年前までは公爵家レスターの一員だったよ? もう家を捨てたから確かに今は騎士階級の厩番だけどさ」

 エミリーはブラッドリーの言葉に驚いたがそれを表情には出さなかった。

「家を捨てた元貴族が王宮の中に暮らしているのはおかしいでしょう?」

「嘘じゃないよ?」

「嘘ではないなら、ブラッドはジョージ様に守られているという事かしら」

「そんな所。ほら隊長はいい男だろう?」

 エミリーはブラッドリーに冷たい視線を投げる。

「この手紙を読みたいから、そろそろ話切り上げていいかしら?」

「冷たいなぁ。一時間後に早馬が出るから、返事を書くならそれまでに持ってきてね」

「わかったわ」

 エミリーは踵を返すと王宮へと戻っていった。そしてライラの部屋に戻ると箪笥に隠していた紙を引っ張り出しレスターの名を探す。やはり彼女の記憶に間違いはない。第一王子の母親の家門と一致する。しかしこの家は帝国側だ。その彼が家を捨ててジョージの下にいる。ブラッドリーは以前自分の事を役に立つと言っていた。一体どういう事だろう? そもそも公爵家の人間を間者にするのがおかしい。これは別に意味があるのではないだろうか?

 そこまで考えてエミリーは紙を一旦横に置き、ライラの手紙を見た。封印にはオリーブの花がある。ガレス時代から見覚えのある封印に微笑みながら、封を切った。

――親愛なるエミリーへ。今日私はジョージと一緒に公国の亡命者に会ったの。公国の亡命者とは帝国南西部の言葉で通じて驚いたわ。しかも帝国軍が公国農民達の食糧を奪っていると聞いて、休戦協定の意味をもう一度考え直す必要も感じているの。ところでエミリーは無理をしていないかしら? 信じているけれど、その王宮は何が起こるかわからないから気を付けてね。本当はお土産を買いたいのだけれど田舎道ばかりで何も見当たらないの。まだ二週間はあるし、何か見つかるといいのだけど。それでは、またね。ライラより――

 エミリーは手紙を読んで暫く考えていた。帝国南西部の言葉を話すのが王妃の侍女だったのだ。そうなるとやはりライラだけ侍女が少ない。嫁ぐ時に侍女は一人と指定されたと聞いている。正当な姫でないからだろうか? それとも王子が赤鷲隊隊長だからだろうか? しかしライラは自分一人でも暇を持て余すのだから三人いても仕方がないのだが。それよりもジョージと呼び捨てにしてある。王宮を出るまでは様付だったのに、二人の距離感は今どうなっているのだろう? ライラ様が恋愛感情を自覚する瞬間を見たかったのに、これはもう気付いているかもしれない。けれど二人で商人の恰好をして出かけた先が亡命者に会いに行ったわけだからここに恋愛要素はない? ただの休戦協定を守る仲間として受け入れただけ? というか田舎道とはどういう事? 私の可愛い姫を一体どこへ連れ回しているの? 本当にいい男なら田舎道を選ぶかしら?

 エミリーは考えるのをやめると、便箋とペンを机の引き出しから取り出して返事をしたためた。

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