結婚式前日
パソコンのワードで下書きをして投稿をしています。
スペースが少なく読みにくいかもしれませんが、宜しくお願いします。
「ライラ様、長旅でお疲れの所突然の申し入れをお受け頂き誠にありがとうございます。私はカイル・ハリスンと申しまして、ジョージ殿下が率いる赤鷲隊の副隊長を務めております」
金髪に淡褐色の瞳をしたその男は顔立ちが整っており、軍隊に属しているとはとても思えない気品が漂っている。しかしライラと呼ばれた女性はカイルと名乗った男の言い分を疑わなかった。彼女は休戦協定調印式の時、目の前の男が王子の横にいた男だと確信していた。調印式の際、自己紹介されるまで彼が王子だと勘違いしていたので印象に残っていたのだ。
「結婚式前に貴方一人で会いに来るとは、一体どういう用件なのでしょうか」
ライラは少し不機嫌そうに尋ねた。長い馬車の旅を終え、やっと窮屈さから解放された所での来客である。しかも非常識な話なので態度で示したかった。
「これは私の独断の行動ですので、内緒にして頂けると助かるのですけれども」
「独断? この国は勝手に王族の妻になる前の女性に会いに来られるの?」
「私はこの国の宰相の孫ですから多少の融通は」
そう言ってカイルは微笑んだ。この笑顔は王宮内の女性を何人も騙していそうだなとライラは思った。
「宰相の孫で軍隊とは珍しい。ジョージ殿下には幼い頃から仕えているという事かしら?」
「はい。ジョージ殿下が七歳の時より仕えています。あの方は赤鷲隊所属志望でしたので、私も参謀方面しか学んでおりません」
「宰相の孫なら政治学が必須でしょうに一切学んでいないと言うの?」
ライラは理解が出来なかった。宰相になる家ならば公爵家か侯爵家のはずであり、普通は政治家になるように育てられるものだ。彼女の目の前にいる男は微笑を零す。
「私は三男坊で出来が悪かったのです。優秀な兄二人は政治学を修めております」
出来が悪かったら参謀になれるはずがないとライラは思ったが、これ以上この男の身の上話に時間を割く気にはならなかった。もし王家の誰かがここに来たならば最悪休戦協定が白紙になってしまう。
「それで、わざわざここに来た理由は何かしら?」
「私も長居が出来ない事は承知しております。ですからこちらをしたためて参りました」
カイルは上着のポケットから手紙を取り出した。ライラはそれを受け取る。
「読み終わった後は灰にして頂けると助かります」
「この国にとってよくない事でも書いてあるのかしら?」
「私がジョージ殿下を思って書いた事ですが、それが国益に繋がるかは受け取る側の問題になります」
カイルの含みのある言い方にライラは納得した。長らく続いていた戦争を、どちらの領土も戦争前と同じとするという条件で休戦協定を結んだのだ。国内にこの条件が不服な者がいても不思議ではないし、その者達はこの結婚を望んでいないだろう。
「そういう事ならば必ず証拠を残さないと約束をしましょう」
「ありがとうございます。それでは、私はこれにて失礼致します」
カイルは一礼をすると部屋を出て行った。ライラは扉が閉まるのを確認してから手紙を開く。読めるか不安だったが、母国と同じ文字でほっとした。今の会話も彼女は何も考えずに母国語で話していた。元々同じ国。別の国になって約七十年経っているにも関わらず、言葉に変化は生じていないようだ。
ライラは手紙に目を通す。そこには明日の結婚式の流れと王家のしきたりが書かれていた。結婚相手であるジョージについては一言しか触れられていない。
ライラは後ろに控えている母国から帯同を許された侍女に手紙を渡した。
「エミリーも目を通してから処分して」
「私が読んでも宜しいのですか?」
「王宮内での振る舞いに役立つと思うわ。妙な事は書いてないから安心して」
エミリーはライラから手紙を受け取り、読み終わると腑に落ちない表情を浮かべた。
「これを結婚式の前に持ってくる必要はあったのでしょうか?」
「多分私を見定めに来たのよ。手紙はその口実でしょうね」
「もしそうならば失礼ではありませんか?」
「王子の側近ならむしろ仕事が出来るのではないの? エミリーが逆の立場なら会いに行かない?」
エミリーはライラにそう言われ困った表情をした。
「その顔は私に黙って行くわね。だから彼も本当に黙ってきたのよ。大目に見ましょう。手紙は言われた通り灰にしてね?」
微笑むライラにエミリーは不満そうに頷いた。
「カイル、今まで何処にいた?」
「申し訳ありません。少し野暮用がありまして」
「そういう口調の時はろくな事をしてない。何をしていた?」
男はカイルを睨んだ。普段は温厚そうな彼だが、睨む時の目力は強くカイルはいつもかわせなかった。
「少し姫の所に」
「姫? サマンサに捕まったのか?」
男はカイルが誰に会いに行ったのか全く分かっていないという表情だった。彼はかわせるとは思ったが、後で面倒になる方が困るのでそのまま続ける方を選んだ。
「隊長の妹君には会っていません。ライラ姫ですよ」
カイルはジョージを隊長と呼んでいる。ジョージが敬称付きで呼ばれる事を好んでいないからである。
「ライラ? 兄上の子供はそんな名前だったか?」
ジョージは名前を聞いてもわからない様子だ。カイルはわざと大きなため息を吐く。
「隊長が女性に興味がない事は知っていますが、結婚相手の名前くらい覚えておいて頂けませんか」
「ん? 結婚式がもうすぐという事か?」
「何の為に国境付近からこの王宮に戻ってくる必要があるとお思いだったのですか。結婚式以外にないではありませんか」
「あー、書類云々は建前だったのか」
ジョージは嫌そうな声を出した。そんなジョージにカイルは冷たい視線を投げる。
「私を探していたのは違う理由だったのですか?」
「違う。軍団基地に戻る日程を組もうと思っていたんだが、すぐに帰れないという事か」
「そうですね。結婚式が終わっても提出した復興案が議会を通るのに二週間はかかると思いますよ」
カイルの言葉を聞いてジョージは嫌そうな表情を浮かべる。
「二週間は長いな。最短になるよう調整してくれ。ここに長居はしたくない」
「休戦協定の要がこの結婚なのですよ? すぐ夫婦別居など平和の象徴にならないではないですか」
「別に俺が望んだ結婚ではない」
「つまりすぐに戦争を再開してもいいと仰るのですか? 今の状況はおわかりですよね?」
カイルにそう言われ、ジョージはばつが悪そうな表情をした。
「わかったよ。暫く平和が必要だから我慢すればいいんだろ」
「しかしライラ姫はお綺麗な方でしたよ。賢そうな雰囲気もありましたし、悪くない結婚だと思います」
「そう思うならカイルが結婚したらいいじゃないか」
ジョージは投げやりな口調だ。心底結婚したくないのだろうとカイルは思ったが、だからといって代われるものではない。
「王族が結婚する事に意味があるのです。私はただの貴族で、しかも三男ですからね?」
「俺も三男なんだけど」
「隊長が独身だから都合がよかったのです。エドワード殿下には帝国の奥様がいらっしゃいますし」
「弟も独身なのに何で俺なんだ。おかしいと思わないか?」
「私は国王陛下の判断を疑う気はありません」
「俺はいつも陛下の判断は裏があると思ってるけどな」
「隊長、発言には注意して頂けますか」
カイルはジョージを窘めるように言った。ジョージはつまらなさそうな顔で返す。
「結婚式は王子として対応をお願いしますよ? これは国家間の問題ですからね」
「わかったよ。で、結婚式はいつ?」
本気でわかっていないジョージの態度に、カイルは大きなため息をまた一つ吐いた。
「明日の午後です」