表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謀婚  作者: 樫本 紗樹
三章 赤鷲隊隊長の任務と息抜き
19/81

旅行六日目 ~告白~

 翌朝、ジョージは目を開けると間近にライラの顔があり、驚いて一瞬で目を覚ました。何故このような事になっているのかと、昨夜の事を思い出して彼は頭を抱える。彼は自分のした事をはっきりと覚えていたのだ。しかしろくに目を開けていなかったので彼女の顔は覚えていないし、嫌がっていたかがわからない。彼は静かにベッドから降りるとテーブルへ近付き、グラスに水を注いで一気に飲み干した。そしてさっさと着替えると水差しとグラスを持って部屋を後にした。

「おはよう、ジョージ。ライラさんは?」

 階段から降りてきたジョージにパメラは声をかけた。

「おはよう。ライラはもう暫く寝かせてやって。疲れてると思うから」

 ジョージは水差しとグラスを家政婦に渡した。パメラは彼に呆れた表情を向ける。

「そりゃ疲れているでしょうよ、馬車も使わないで。女性には隊員並の体力はないわ」

「それは反省してる。文句も言わずついてきてくれるからつい」

「もう。あの子の事を大切にしてあげなさい」

 パメラはジョージに優しく微笑んだ。

「ガレスの姫君を連れてくるなんて手紙を貰った時、こっちも戸惑ったのよ? でもおじいさんがここに連れてくるなら、きっと気に入ったのだろうって。いい娘さんで良かったわね」

「うん」

「あら、やけに素直じゃない、本当に気に入っているのね」

 パメラにそう言われ、ジョージは困ったような表情をした。

「顔洗って市場へ行ってくる」

「はい、いってらっしゃい」



 ライラは目覚めるとジョージがいない事に驚いた。確かに彼は毎朝早くに起きてはいたが、あれだけ飲んでいたのに今朝も既にいないとは思っていなかったのである。彼女は慌てて起き上がると着替えを済ませ、髪を整えてから部屋を出た。

「おはよう、ライラさん。よく眠れた?」

 パメラは椅子に腰掛けたままライラに声をかけた。

「おはようございます。すっかり寝過ごしてしまってごめんなさい」

「ジョージが早いだけでまだ寝過ごした時間じゃないわ。おじいさんとジョージは市場に出かけて昼近くまで戻ってこないから、二人で朝食にしましょう。洗面所はわかる?」

 パメラの問いにライラは頷いた。ライラは急ぎ足で洗面所に行き顔を洗うと食堂に戻った。パメラは戻ってきたライラに食卓に座るように勧める。ライラは軽く会釈をして腰掛けた。

「お二人はいつも市場に行かれるのですか?」

「えぇ。市場は色んな人が集まるでしょう? だから情報も色々集まるの。でもジョージはケィティ語も帝国語もわからないから、いつもおじいさんと出かけるのよ」

 ジョージに話しかける人が全てレヴィ語だったからライラもここはレヴィ語なのだと思っていたが、併合されてからまだ十年も経っていない。交わされていた聞いた事もない言葉はケィティ語だったのだと彼女は気付いた。

「ごめんなさい、私もケィティ語を知らなくて」

「気にしないで。ここはもうレヴィ王国の一部。それに商人なら基本レヴィ語も話せるから問題ないのよ。さぁ食べましょう」

 食卓にはパンと数種類のジャムが置いてある。ライラは昨日食べたタルトと同じ色をしたジャムに手を伸ばした。

「それは少し苦いけど大丈夫?」

「昨日ジョージさんが教えてくれたタルトと同じものだと思うので大丈夫です」

「あぁ、ダンさんの所? それなら同じ果物よ。あの店なら苺のタルトが一番人気なのに、自分の好物を押し付けたのね」

「ですが今まで食べた中で一番美味しいタルトでした。王都に運べないと聞いてすごく残念で」

 ライラはジャムを付けたパンを美味しそうに食べている。その表情を見れば彼女がお世辞ではなく本当に気に入っているのがわかる。パメラは嬉しくて微笑んだ。

「ジョージの事、これからも宜しくお願いね」

「はい。まだまだ至らない所ばかりですけれど頑張ります」

「そんな気負う事をお願いしているわけじゃないわ。ただジョージの側にいてくれたらそれでいいのよ」

「わかりました。この家のような雰囲気が私にも出せるように努力します」

 ライラは微笑んだ。パメラも微笑む。

「これはおじいさんの精一杯の気遣いなのよ。ジョージがどれだけ大変か、私達には本当の所わからない。だからせめてここでだけ王子や隊長である事を忘れて、ただの祖父母と孫として息抜きが出来る場所であったらいいなと思っているの」

「それはジョージさんにも伝わっていると思います。ケィティに着いてからのジョージさんは、いつもと違って休日を過ごしている感じです。よく来られるのですか?」

「よくと言っても半年に一回来られたらいい方ね。本当はサマンサも連れて来て欲しいのだけど、ジョージがどうしても駄目だって言うのよ。サマンサは一人で着替えも出来ないから使用人を連れてくるのに大移動で大変だって」

 大切に育てられているというのはそういう意味も含んでいたのかとライラは思った。

「私は自分でやりたい事は何でもやってしまう方で、実家では身分相応の振舞いをしなさいとよく怒られていたのですけれど、今こうしてここに来られたのだから怒られても自分のやりたい事を曲げないでよかったと思います」

「あら、実家で洗濯をしていたの?」

「侍女頭に見つかると取り上げられてしまうので、どうやって目を盗むか考えていました」

「何でそこまでして」

 パメラは呆れている。

「母の侍女の娘が私と同い年で、幼馴染のように育ったのです。彼女が侍女として学んでいる事を私もやってみたくて。同じ事が出来たら幼馴染のままでいられるかなと思ったのですけど、身分の差は難しいですね」

「その侍女はどうしたの?」

「レヴィ王宮で今留守を預かってもらっています。彼女は私に本当よく尽くしてくれます」

「そう。でもライラさんの侍女なら暇を持て余しそうね」

「私が読書に没頭していると昼寝をしている時もあります。その辺を遠慮しないでいてくれるので、こちらとしても助かっています」

「彼女もライラさんの幼馴染のままという部分を汲んでくれているのね」

「えぇ。口にした事はないのですけれど、わかってくれていると思います」

 ライラはティーカップを口に運んだ。初めて飲むそのお茶はとてもいい香りがした。

「こちらは何のお茶ですか? いい香りですね」

「それはローズマリーのハーブティーよ。ハーブティーは初めて?」

「はい、いつも紅茶です」

「そうなの? ハーブは色々あって楽しいわよ。私は育てるのが趣味なの」

 パメラは楽しそうに微笑んだ。

「それならその色々を教えて下さい。王宮に持って帰りたいです」

「じゃあ朝食を先に食べましょう」

 朝食後、パメラは色々な乾燥ハーブを持ってきてくれた。そしてライラの気に入ったものを瓶詰めして、わからなくならないようにラベルを貼ってくれた。

「王宮でハーブを育てられるかしら? そんなに難しくないから是非育てて欲しいのだけど」

「どうでしょう? 私は王宮の事に詳しくなくて」

「ただいま」

 パメラとライラが悩んでいた所にジョージが帰ってきた。彼は片手に紙包みを持っている。

「おかえり。ねぇ、王宮の庭でハーブを育てられる?」

 突然のパメラの言葉にジョージは不思議そうな顔をした。

「庭は庭師の管轄だから勝手に植えられないよ。何でまたそんな話に」

「だってライラさんがハーブティー気に入ったって言ってくれたから育てて欲しくて」

「でもここと王都じゃ気候が違うから、それ以前に育たない気がするけど」

 ジョージの言葉にライラもパメラも残念そうな顔をした。ケィティは日照りも強く年中温暖な気候である。それに対し王都は冬には雪が舞う寒冷地であり、同じ植物が育つとは確かに言い難かった。

「そんなに落胆するなら一回試したらいいよ。庭は無理だけど、兵舎の横に植木鉢だったら置いてもいいし」

「いいの?」

「植木鉢ならね。ただ育つかは保証しないよ」

「ありがとう。じゃあ種を買って帰る」

 ライラは満面の笑みをジョージに向けた。ハーブを育てるというパメラと共通の趣味を持ちたかったのだ。

「種ならうちにあるから持っていって。育て方も簡単に書くから帰り支度でもして待っていてくれる? 洗濯物はもう出来ているはずだから」

「ありがとうございます」

「あら? そう言えばおじいさんは?」

「帰り道で捕まって議会へ連れて行かれたよ。出港がどうのとか」

 ジョージの言葉にパメラは残念そうな表情を浮かべた。

「その話で連れて行かれたのならおじいさんの帰りを待つと夜になっちゃうけど、どうする?」

「予定通り帰るよ。あまり時間に融通が利かなくてごめん」

「気にしないで。こうやって会いに来てくれるだけで十分だから」

「ありがとう。じゃあ荷物を取ってくるよ」

 ジョージはそう言うと階段へと向かっていった。ライラは彼の態度に違和感を抱き、すぐに立ち上がった。

「私も荷物を取ってきますね」

 パメラに軽く会釈するとライラはジョージの後を追った。

「何かあったの?」

 部屋に入ってライラはジョージにそう尋ねた。

「別に。何で?」

「だって態度がおかしいから」

 ジョージは困ったような表情から無理に笑顔を作る。

「そう?」

「そうよ。少し余所余所しいもの。でも見当がつかないの、私は何かしたかしら?」

「いや、何も」

 煮え切らない態度のジョージをライラは不満そうに見つめる。ジョージはその視線をかわすようにベッドに腰を下ろした。

「昨夜俺飲み過ぎて、その、いや……」

 ジョージにしては珍しく歯切れが悪い。ライラは首を傾げた。

「別に何もされてないわよ? 何か変な夢でも見たの?」

「え? でも俺はライラを抱きしめて寝ちゃったよね?」

「そうね、それがどうしたの?」

 ライラはジョージが何に拘っているのか全くわからない様子だ。彼も不思議そうな表情で彼女を見つめる。

「嫌じゃないの?」

「嫌ではないわよ。気軽に抱きついたら駄目と言われたからしないだけで、さっきハーブの時も抱きつきたいくらい嬉しかったし」

「ライラの中ではブラッドと俺は同じ扱いなの?」

「違うわよ。それくらいはわかっているわよ」

 ジョージが猜疑の眼差しをライラに向ける。絶対わかっていない。抱きしめようと思う根本的な感情が違う。しかしそう言った所で彼女に伝わらないのは彼もわかっている。普通なら気付きそうなものなのに、彼女に自分の気持ちが伝わっているという感じが彼には一切なかった。

 ジョージは立ち上がるとライラを優しく抱きしめた。

「ライラ、俺にどうしたいかって前聞いたよね?」

「え? えぇ」

 ジョージが頭を抱えているのでライラは彼の顔を見る事が出来ない。

「ライラが俺を愛してくれたらいいなって思ってるよ」

「え? 何、急に」

「急じゃない。ライラが鈍いだけだよ」

 ライラは鈍いと言われて一瞬むっとしたが、彼女はそんな事を今まで一度も考えた事がなかったからこそ、ジョージの優しさの意味がわからなかったのである。彼女には言い返す言葉がない。

 ジョージはライラを抱えている腕を離すと、彼女の両頬に手を添えて自分の方を向かせた。彼は優しそうに微笑んでいる。

「ライラ、愛してるよ」

 ライラは頬を紅潮させて目を見開いたまま固まっていた。そんな彼女を見てジョージは笑いながら手を離した。

「な、何故笑うの?」

「だって顔真っ赤」

「急に至近距離であのような事を言われて平生でいられるわけがないわ。さっきまでと態度も違うし、どういう経緯で今の流れになるのよ」

「だって抱き締められるの嫌じゃないんだろう? 俺とブラッドは違うんだろう?」

 ジョージは意地悪そうな笑みを浮かべている。もう先程の余所余所しさはなく、普段通りの彼である。

「違うけど……」

 ライラはどう言えばいいのかわからなかった。彼女の中でブラッドリーとジョージは違う。ジョージだけが違うのだ。彼女の中に今まで感じた事のない何かが芽生えつつあったのだが、彼女はそれをまだ上手く理解出来ないでいた。ジョージはそんな困惑している彼女の頭を優しく撫でた。

「別に急かす気はないよ。休戦協定を守る為に俺達はどうしても一緒にいる必要があるわけだし。ただずっと俺の想いが伝わらないのは嫌だなと思って言っただけ」

「それが何故今なの?」

「俺の態度がおかしいって言うから答えたのに、何で責められてる感じなの?」

 ジョージにそう言われてライラは俯いた。そんな答えだと思わなかったからだと素直に言うのもどうかと思うし、かといってそれ以外の言葉は浮かばなかった。

「とりあえず行くよ。夕方までに次の町へ行かないといけないから」

 ジョージは自分の荷物に入れたままになっていたかつらをライラに渡した。

「ありがとう。すぐに準備をするわ」

 ライラは慌てて洗濯物を鞄に詰めて髪をまとめた。そしてかつらと帽子を被る。ジョージは準備を終えた彼女の荷物を持って、空いている手を差し出す。彼女は少し恥ずかしそうに躊躇っていると、彼は彼女の手を強引に掴んだ。彼はまた意地悪そうに微笑んでいる。

 二人が部屋を出て階段を下りていくとパメラも丁度準備が終わったのか手荷物を一つ持っていた。

「ライラさん、ここに色々入れておいたから」

「ありがとうございます」

 ライラは笑顔でパメラから手荷物を受け取った。

「ジョージも無理しないでね」

「わかってるよ。いつもありがとう。じいさんにも宜しく言っておいて」

「えぇ。道中気を付けてね」

 パメラに見送られながら二人はテオの屋敷を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手
宜しければ拍手をお願いします。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ