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後半

「準備、完了しました」

 カッと目を見開き、駒鳥杉が静かに告げる。

「お、おう、お疲れ」

 将棋部部長は目を泳がせる。先ほどまでのリアクションが駒鳥杉に聞こえていたのか気になっているのだろう。

「ロック君は、もう準備いいんだよね?」

 岩男が今まで会話に参加していなかったのは、ずっとステージ上を見ていて、駒たちの躍動する姿には背を向けていたからである。

「手持無沙汰にしているバンドメンバーを見ていて、まったく飽きる様子がない。後ろであんなに大騒ぎがあっても、ちょっとも振り返らない」

 大き目の声で副将が語っても、岩男は振り向かなかった。最前列の鉄柵から身を乗り出すようにしている。

「見られているバンドマンたちの方が気まずそうだよね」

 登場して以来、ステージ上でずっと放っておかれている。めいめいに、ペットボトルの水をたまに飲んだり、楽器を拭いたりしている。

「へい! ロック! アーユーレディ? 将棋部さんは準備できたってよ!」

 主将が人差し指と小指を立てて、岩男の背中へと怒鳴りつける。

 岩男は振り返った。上半身だけで、ゆっくりと。

「ああ、やっぱり! 瞳孔がブリブリに開いている!」

 自覚は無かったが、コンプライアンスが懸念される事態である。

「これはカンペキにキマっちゃってますわ」

 副将が天を仰いで顔を覆った。

「あ、そうだった。サークル同士のバトルをするんだった」

 岩男は自分の頭をガシガシとかいて、ボンヤリからの復旧を急いだ。

「行けるか?」

 小走りで戻ってくる岩男へ、主将が素っ気なく聞いた。

「聞いてみないと分からないですよ。なんたってスターなんですから」

 当然でしょ、とばかりに岩男が返す。

「やはりまだ自分で動かせないのか……」

 副将は不安そうに顎を撫でた。

 ドンドンッ、と久しぶりにドラムが鳴る。皆がステージを見た。

「いえいいえーい! こっちはいつでもやってやるぜーい! もう待ちくたびれたよー」

 見れば、MC担当でもある鍵盤のケインバーンがマイクでアピールしていた。他のメンバーも手を振るなどしている。

「ういっす! 了解っす!」

 岩男は両手の人差し指を立ててステージへ合図を送る。

「ボーカルさんも、いいんだろうね」

 主将が心配しているのは、ボーカルのシャウートがモニターに座り込み、不機嫌そうにしていることだ。

「いつもあんな感じですから! やるときはやってくれるはずです!」

 岩男が元気に発言する。

「いつもは……って、今日初めて出現したはずなんだけど」

 主将がバカにしたような表情で岩男に聞こえないように言った。

「そういう設定なんでしょう」

 副将は冷たい言葉を主将だけに聞こえるくらいの音量で言った。

「デスゾーン・ファランクス、いつでも出撃できます!」

 岩男は聞こえていない体裁で気丈に振る舞った。


「双方、用意ができたようだ。立ち合いシステムはホーム側で登録してくれるのかな?」

 将棋部部長がライブ鑑賞同好会の面々を見渡す。

「なんですか? そのシステムは」

 超初心者である岩男が聞く役回りを買って出た。

「大丈夫。今はバトルに集中して!」

 主将に力強く、説明を拒否された。岩男は下を向いた。

「はい、繋がりました」

 すでに副将はスマートフォンを操作し始めている。

「手際がいいね」

 将棋部部長が大人の余裕と気安さでお世辞を言う。

「GPS情報ヨシ! カメラ画角ヨシ!」

 副将はワイヤレスのヘッドセットでオペレーターらしき人と会話しながらスマートフォンを持ってウロウロしている。

「へー。今はこんなことになってるんかい。オイラの現役時代は、いちいち審判が派遣されてきたもんだけどね」

 マスターが感慨深げである。

「そうなんですってね!」

 主将も知っているらしい。

「買収とか、行き過ぎた接待とかが問題になって、試行錯誤してますよね」

 ソリューションについて将棋部部長はもっと語りたそうである。

「スマホのカメラで撮った映像をオンラインで送って、連合会の事務局がチェックしてるんですね!」

 自分の目で見たものを岩男は自分で説明した。

「電子認証で、アウェイ側のサインも求められる。僕が書こう」

 差し出されたスマートフォンの画面に、将棋部部長がタッチペンでサインを書いた。

「このシステムも学生が作ってるの?」

 マスターが画面をのぞき込みながら聞く。

「基本となるシステムは、他の大学が使っていたストリートファイト大会用のものですね。それに、うちの大学の『フェミニー・ベーシック同好会』がサークルバトル用に手を加えました」

 将棋部部長はスラスラと答える。有能さのアピールが上手いと岩男は思った。

「なんだその同好会は」

 笑う主将同様、岩男も名前を聞いたこともなかった。

「そいつらも今回のバトルにエントリーしてたとしたら、裏で何か操作されてるかもしれないよ」

 そんな世迷言を言い合っているところに、ンッパッチーーーン!と、いや、スッパーーーン!と、ひと際大きく扇子の音が鳴り響いた。駒鳥杉の方からだ。

「やべ! またやってしまった」

 主将がペロと舌を出した。

「急ぎましょう。両者、カメラの前へ」

 副将が威厳タップリに告げる。はまり役である。

 すっと駒鳥杉は座布団から立ち上がり、副将が構えるスマートフォンの前に立った。

「将棋部所属、環境デザイン学部3回生、学生番号0009981、駒鳥杉津美です。よろしくお願いします」

 早口に一気に言い切った。

「ほら早く」

 主将に顎で促され、岩男も慌ててスマートフォンの前へ行く。

「ええと、僕も、環境デザインの3年生? 3回生です。坂東岩男です。学生番号は……0006969です。覚えやすいでしょ?」

 誰も笑っていないけど。

「サークル名」

 小声で副将が指示を出す。

「あ、ライブ鑑賞同好会です。ラブカンです」

 岩男は後頭部に右手を当て、顎を前後に動かした。

「ヘラヘラしない」

 主将に怒られた。

「お互いに、礼!」

 そして副将が野太い声で宣言し、岩男と駒鳥杉は言われるままにお辞儀をする。

「いいよ、戻って」

 この後の作法が分からず挙動不審な岩男に、主将が手をしっしと振る。駒鳥杉は再び座布団で正座している。


「よっしゃ! いよいよバトル開始か! 切り替えていきましょう! テンション上げていこう!」

 岩男は自分の両手をバシバシと鳴らし、誰にともなく大きな声を出した。

「おう! 当たって砕けろ!」

 主将がネガティブなエールを送ってくる。

「ツメローちゃんも、自分らしくね!」

 将棋部部長が優しく声をかけた、その瞬間!

「将棋奥義!」

 鋭く、ドスの利いた怒号を駒鳥杉が上げたのだった。

「いきなり?」

 岩男は仰天して身構えた。実体を狙ってくるのではないのは分かってはいるが。

閃光早逃隅玉隠ライトニング・アナグマー!」

 閉じて棒状になっている扇子をビシッと真っすぐに突き出し、駒鳥杉が必殺技っぽく叫ぶ。

「微塵の照れも恥じらいもない! 敵ながらアッパレ!」

 副将はカメラマンのごとくスマートフォンを駒鳥杉に向ける。

「なんだ? 技の表記からして、そんなに痛そうじゃないけど」

 岩男は身構えたまま様子を伺う。必殺技名は駒鳥杉の後方に可視化され表示されている。

「駒が一斉に動き出した! 隊列が組み替えられてゆく!」

 基本的に横二列だった陣形が、一糸乱れぬ統率力で、テキパキと整えられる。

「お神輿が! どこへ行く?」

 そいやそいやと掛け声と共に、女王を乗せた神輿が横へと移動していった。

「まずは玉を固める、守備陣形・穴熊から! ツメローちゃんらしい手堅い差し手だ!」

 将棋部部長の解説。

「はじっこで止まった! 女王の位置が距離的に遠いな!」

 主将が目を凝らす。

「その神輿の周りに駒たちが!」

 ほぼすべての駒が女王神輿の周りを取り囲む。

「がっちがちですやん!」

 戦う気があるのか、というくらいの守備意識の高さに岩男も戸惑いを隠せない。

「説明しよう! 穴熊戦法はプロの対局でも多く指され、勝率も常に高いと言われているのだ! その防御力は間違いなくトップクラス! 守り駒を突破された場合、逃げ道がないのが弱点なのだ!」

 将棋部部長の予想外の風通しに、駒鳥杉も驚いて見上げている。

「それで? ずっと守っているだけなのかい?」

 ちょっと侮った調子で主将が聞いた。

「フ! 甘いな! プロでも採用しているっていっただろ? 守るだけ一辺倒なんて、露骨に引き分けを狙う弱小サッカーチームくらいだよ! 将棋に引き分けはない!」

 誘いに乗ってきたのが嬉しそうに将棋部部長がかっこつけて言った。

持将棋じしょうぎとか、千日手せんにちてとかありますが」

 当の駒鳥杉が冷たく言う。

「ややこしくなるから今は触れないでおこうね」

 もちろん将棋部部長はそのルールも知っているであろうが、最初から言う気はなかったようだ。

「最初から入玉にゅうぎょくを狙ってくるアマチュアは聞いたことありますが、だったら穴熊には囲わないだろうと。仰った通り、玉の逃げ道がありませんから」

 駒鳥杉はすごい触れてくる。

「そうだね。もういいよ」

 優しく将棋部部長が微笑んだ。

「千日手は守備力とは関係ありませんしね」

 駒鳥杉は少し怒っているようだ。

「君が言い出したことなんだよ」

 将棋部部長は微笑みを絶やさなかった。

「サッカーであったら、引き分けでも勝ち点1が入りますから。勝てば勝ち点は3。負ければゼロ。最初から勝ち点1を狙いに来る戦法も成り立つというもの」

 副将が先ほどの将棋部部長の発言の補足をしている。

「さっきから何の話をしているんだい。お前ら」

 主将が全体的にツッコミを入れた。

「守ってるだけだと思っているなら甘いよって言いたかった! 囲いが完成したらどうなるか、見せてやってくれ!」

 何かを振り払うように将棋部部長は両腕を振り回した。

「はい。先ほどのお話しにもあったように、穴熊戦法はプロの先生方もよく採用なさいます。それも、……攻めるのが好きな先生ほど!」

 タメを作りながら駒鳥杉は迫力たっぷりに言い放つ。

「その理由は! 『自分の玉の心配をせずに、攻撃に専念できるから』だ!」

 だんだん将棋部部長の目が座ってきた。

「なんか向こうのテンションが上がってる!」

 主将が慌て出した。

「それだけ『穴熊』という単語がパワーを持っているということでしょうか!」

 スマートフォンを構えたままの副将も困惑している。

「ロックくん! 攻めてくるらしいよ! こっちもなんかしよう!」

 ぼんやりしていた岩男は主将に怒鳴られた。

「そうか! 相手の守備が整うまで見届けてしまったのか! もう不利なようです!」

 岩男は不安に駆られてステージを振り返る。

「必殺技! 早く!」

 主将が腕組みをして追い込んでくる。

「ええ、じゃ、どうぞ!」

 やり方の分からない岩男は、きわめて雑な指示を出した。

「……」

 バンドの面々は無反応だった。

「そんな指示じゃ動けないよ。出される身になって考えて」

 即効性の薄いアドバイスを主将が送ってくる。

「それを聞かされる身にもなってください」

 言っても無駄だと分かっていても岩男は言わずにいられなかった。

「へーい! 今度はこっちの番? 次の曲行っちゃってOK?」

 岩男はどうしたらいいか分からなくなっていたので、ケインバーンが自発的に聞いてきてくれたことが本当に嬉しかった。

「ぅお願いしますっ! ぜひ! 巻きで!」

 指をクルクル回す岩男にケインバーンは手を上げて応えてくれた。

「まき、とは?」

 将棋部部長が怪訝な顔をする。

「お、おお! きたきた! 説明しよう!」

 思いがけず出番が来たのに主将のテンションも上ずったようだ。

「常識のような気もしますが、それは先ほどの将棋のルールと同じようなことなのでしょう」

 副将もスマホを構えたまま嬉しそうに言う。

「急げってこと!」

 思いのほか短く、主将は満面の笑みで言った。

「たしかに、イベント用語の解説をしているサイトにも、同じようなことが書いてある」

 将棋部部長がスマートフォンを操作しながら言った。

「ググってんじゃねー!」

 メンツを潰された主将が烈火のごとく怒っている。

「押しているから巻いてください、くらいはテレビでも使われていますし、特別、そんなに得意になるほどでもなかったですね」

 副将が諭すように言うと、主将も振り上げた拳をゆっくりと下ろした。

「命拾いしたな!」

 睨みながら主将が毒づいた。

「人に聞いておきながらスマホでも検索したことは謝るよ。別に君たちを信用していないんじゃなかったんだ。ただ、正しい情報が知りたかっただけなんだ。申し訳ない」

 いけしゃあしゃあと将棋部部長は頭を下げた。

「分かればいいんだけども」

 主将は謝罪を受け入れたようだ。

「いいんですか」

 副将は呆れたようにつぶやいたが、それ以上の深追いはしなかった。

「早くしてもらえませんか」

 苛立った声が駒鳥杉の方から聞こえてきた。

「ほら。待っててくれてるから。ぐずぐずしてないで」

 自分たちのやり取りは棚に上げ、主将が急かしてきた。

「ターン制なんですか?」

 岩男は急ぐことも忘れ、真顔で聞いた。

「そんなルールは存在しない。将棋界特有の慣習かもしれぬ。だが、このチャンス、無駄にする手は無かろうぞ」

 副将が眼光鋭く言った。

「それもそうですね。どちらにせよ、急げってことですよね」

 冷めた口調で言った岩男は、ステージ上のケインバーンに向かって手の平をパッと広げた。キューというやつだ。


「オッケー! イッツ・デスゾーン・タイム! ファッ○ンミュージック、ヒーウィゴー!」

 ケインバーンがDJっぽい発声法で口上を述べると、ドラム担当パーキッシオがステックを四回打ち鳴らしカウントを始めた。

「おう、曲が始まると、なんだかんだ言っても感じが出てくるね」

 主将が音楽の偉大さについて触れた。


 最初の曲とは違い、ミディアムなテンポの、それでいて今まで以上に熱いイントロが始まった。

「ゆっくりでも、ビンビンくるやつ!」

 ドラムの一打一打に合わせて空気が揺れる。主将も納得のロッカバラードである。

「首を縦に振りたくなります!」

 言いながら副将は首をブンブンと振っている。

「イエーイエー! いきなり泣きのギター! ディストーンズ! チェックディスアウッ!」

 曲中に解説をケインバーンが入れてくるが、それほど邪魔にならない。

「いきなりソロからかい」

 大音量にかき消され、主将の声はほとんど聞き取れなかった。

 ギター担当・ディストーンズはステージ中央まで大股で移動し、スポットライトを浴びながら、ギターソロを演奏している。

「没入感がすごいな」

 金髪を振り乱し、体を曲げたり顔をのけ反らしたりしながら熱く演奏するディストーンズに、将棋部部長も目を奪われているようだ。

「顔芸がすごい」

 副将も表情筋に力を入れる。マイクで拾っていないので聞こえないのだが、ディストーンズは大きく口を開け、表情豊かに、何か歌っているようだ。ビブラートをかけるところは歯を食いしばり、目をつぶって首を振ったりしている。

「技術だけでなく、雰囲気も大事なんだな。オーディエンスを引き込むのも才能」

 主将がディレクター目線で頷いている。

 ギターソロは佳境に入っていく。どんどん激しくなり、速弾きへと移行していった。

「うわ、うま……」

 その技術の高さに、パフォーマンス優先主義の主将も舌を巻く。弦の上をディストーンズの指が目まぐるしく躍動し、エモーショナルな音色がライブハウスに響き渡る。

「イントロのギターソロが、こんなに長くて、壮大なんて……」

 すでに3分以上はソロが続いている。副将も困惑してきたようだ。

 ステージの照明は暗い青色になり、ドラム・ベースの伴奏も熱を帯びてゆく。

「……これは、何の時間なの?」

 5分を過ぎたあたりで主将もついに限界を超えたようだ。

「あ! 見てください! ギタリストの足元が!」

 副将が指さしたのを皆が一斉に見た。

「青くなっているね。太いし……。金属化?」

 将棋部部長の言う通り、ディストーンズの膝から下がブルーメタリックになりつつある。ベルボトムのように末広がりで、アニメのロボットのようになってきている。

「よーく見ると、少しずつメタリックな部分が上がってくるな」

 主将がイライラした声を出した。確かに下から上へと硬質化していくようだが、まだひざ下で、そのスピードはゆっくりしている。

「これって、もしかして、変身のシーン?」

 まさか、とばかりに将棋部部長が聞く。

「ロックくん! 攻撃の前に、これ、変身させようとしてる?」

 再び最前列でかぶりついている岩男の背中に向かい、演奏中にも関わらず、主将が怒鳴った。

「シー!」

 案の定、振り向いた岩男は鬼の形相で、人差し指を唇に当てた。

「自分でコントロールできていないようですから、彼に言ってもしょうがありません」

 副将が首を振った。

「しかも、これ、一人ずつ?」

 将棋部部長は露骨に嫌な顔をしている。

「……駒鳥杉さんも、待っていないで攻撃すればよいのに」

 主将は唇を尖らし、将棋部の陣営を振り返る。全駒が、特に何もせずに佇んでいる。

「どっちの味方なんですか」

 副将が笑いながらツッコミを入れたが、反応は無かった。

「って、あら、もう胸まで青くなってるわ」

 主将がステージに視線を戻すと、ディストーンズの体は大部分がブルーメタリックにコーティングされていた。

「巻きましたね」

 副将がライブ用語を使った。

「なんか、強そうだな」

 肩幅も広く、腕も太い。単に人間の体型に青いメッキをかけるのではなく、パワードスーツを着用したような感じだ。将棋側は基本的に常識的な恰好なので、将棋部部長が心配そうに言った。

「ギターが弾きにくそうなことよ」

 関節の可動域が限定されている。先ほどまでのような緻密で激しいプレーはできないようで、主将もざんねんそうである。

「オッケーオッケー! お待たせしました! それでは最後の仕上げ! レッツ・インストゥルメンタル!」

 ケインバーンがマイクで謎の決め台詞を叫んだ。

「インストゥルメンタル!」

 岩男が右拳を突き上げてレスポンスを返す。

「ほんとに最後なんだろうな」

 うんざりした様子で主将が疑いをかける。

「うおおー! ディストーンズ! アタッキングモード!」

 ディストーンズはギターのネックを両手で掴み、ボディの方を上にして、天にかざした。演奏はやめているが、バックにはなぜか勇壮な音楽が続いている。

「特撮ヒーローものの戦闘シーンみたいな音楽。どこから流れている?」

 副将はステージ上に目を凝らし、ケインバーンがパソコンのようなものを操作しているのを見つけたようで、「芸が細かいな」とつぶやいた。

「BGMを気にしている場合じゃない! 見よ! ギターが武器に!」

 主将が見ている前で、掲げ持ったエレキギターのボディの両端から光の帯のようなものが出現し、大きな両刃の斧のようになった。ネックは持ちやすいよう円筒状になっている。

「いつの間にか顔までもカッコよく青い仮面に兜で覆われて! 完全にロボット的なやつになった!」

 男の子の心が騒ぐのか、将棋部部長も興奮している。背中にもバーニヤやスタビライザーなどが装着されている。短距離なら飛行できそうな見た目である。

「ただし、等身大だが!」

 同じく男の子として、巨大ロボットじゃないのが副将は残念そうだった。

「とう!」

 変身が完了したディストーンズは、ステージから飛翔した。背中と腰と足にあるバーニヤからジェットを噴出し、ライブハウスの天井スレスレまで上昇する。

「来るぞ!」

 さんざんタップリ時間を使った割に、いざ変身が終われば前置きなしに突っ込んでくるようで、将棋部部長は駒鳥杉の方へ警戒を促した。

「守備! 穴熊の固さを見せてやる!」

 正座したままの駒鳥杉が扇子で指示を出すと、まずは歩兵が一斉に抜刀した。

「服装もカラフルだが、刀にも色が付いているのね」

 主将の言う通り、ズラリと並んだイケメンの歩たちは、自らのテーマカラーごとの刀を、それぞれにかっこつけたポーズで構えている。

「一番弱い駒とはいえ、やはり弱そうだな! 相手は強襲用高機動タイプだぞ!」

 なぜかスペックを知っていそうな将棋部部長が顔をしかめる。

「ギター奥義! 弦引張伸痛指弾チョーキン・デラキャス!」

 上空からエコーがかかったディストーンズの声が響く。ものすごいスピードで急降下しながら、青い弾丸となって強襲してきた。

「ほんとに強襲用なんだ!」

 主将が感心している。

「うわー!」

「やられたー!」

 イケメンの歩兵たちの、あまり切迫感を感じない断末魔が次々とおこる。ディストーンズの一発の必殺技で、3~4体が吹き飛ばされた。

「軽い! 吹けば飛ぶようだ!」

 実際に吹き飛んでいるのだから仕方ない、とばかりに主将が堂々と言った。

「大丈夫か!?」

 倒れている歩兵たちの元へ、上司であるらしい銀将が駆け寄ってくる。服がビリビリに破け、半裸状態になっている歩兵を抱き起し、顔が触れ合うくらいの距離で介抱をしだした。

「ありがとう……。俺たちのために、身を挺して……」

 銀将の目から涙がこぼれる。歩兵は色っぽくうめきながら「歩ですから……」などと言っている。

「血が一滴も流れないのもすごいけど、こっちサイドのくだりも長くなるのかね」

 将棋部部長は興味なさそうに言った。

「イケメン同士だから絵になるわよね。長くてもそんなに苦にならなそうではある」

 反対に、主将は女性としてまあまあ興味がありそうである。

「介抱といっても、抱き上げて顔を近づいて泣く、を繰り返しているだけのようですな」

 つまらなそうに副将が言う。

「それ以上のことを、ここで始める訳にはいかんでしょうが」

 主将は静かに興奮しながらスマートフォンで写真を撮っている。

「ほどほどにしといてよ、ツメローちゃん」

 将棋部部長がくぎを刺した。

「では、今度はこちらの攻撃……。倒れていった歩たちの仇をとるのです!」

 駒鳥杉がカッと目を見開いたのにかぶさるように、ステージ上でまた音楽が始まった。

「え?」

 将棋関係者が全員で一斉にステージを見る。

「すぐ次! 行こう!」

 岩男は一度もステージから目を離していなかった。

「照明が緑色に! 次のキャラの変身シーン?」

 主将もスマートフォンの画像をチェックする手を止めた。

「青担当のギターはもう戻っている! 演奏に参加している! 変身後の姿のまま!」

 副将は元々のポジションに戻って演奏している青い機体を珍しそうに見ていた。

「オーイエー! かっこよかったねー! ディストーンズ! 続いてはー? そう! グリーンタイム! ミス・コントーラ! チェケ!」

 ケインバーンが一方的に一気にまくしたて、右奥からベース担当のコントーラが中央へと演奏しながら歩いてきた。

「こっちのターンなのに、連続して、ずるいぞ!」

 駒鳥杉が抗議の声を上げた。

「先方がターン制にこだわっている今がチャンスだ! ドンドン行け!」

 副将は悪乗りしてはしゃぎだした。

「ベースのソロ! さっきのギターに比べると、やはり派手さに欠けるかな!」

 キャップを目深に被っているコントーラの表情は見えない。左手はネックを上下にギュインギュインと動き、右手は見えないほどのスピードで弦を弾いたり叩いたりしている。

「すごい上手いんだけど、上手さが伝わりづらいかな」

 職人的に、淡々と演奏しているのを主将はもったいなさそうに見ていた。

「まあ、さっきのギター殿のように表情豊かにやられても、久しぶりのソロでベース張り切ってんなあ、ってなりますから、ここはクールで正解でござろう」

 副将が上から偉そうに頷く。

「イエイイエー! このグルーブについてこれるかーい? このテンションを保って! レッツ・インストゥルメンタル!」

 ギターに比べれば短めだが、それでもタップリと時間を使った。

「緑色にメタリックな機体! さっきのギターよりもスリムだな!」

 ロボット関係になると将棋部部長は興味を抑えられないようだった。

「ムム! ベースギターに次々と部品がくっついて、どんどん大きく!」

 中空から様々なパーツが物質化して、副将の言うように、ベースギターが変形してゆく。

「スコープも付いた。あれはライフル? スナイパータイプだな! でかくて、破壊力がありそうな!」

 将棋部部長が分析している。ベースギターは大きなライフル銃に変形した。

「全長は自分の身長くらいあるんじゃないか。遠くから撃ってくるのか?」

 なぜか主将は撃たれる側から発言している。

 緑色の機体は肩にライフルを置くための台や、スコープと連動させるためのゴーグルの形状など、狙撃に特化したデザインのようだ。

「さっきの青が近接攻撃型なのに対し、緑は遠距離攻撃型なんだな! 素早く動いて敵の死角に入り、正確に、そして強力な砲撃をしてくるぞ!」

 駒鳥杉に向かって将棋部部長が早口に助言する。

「……そんなこと言われても、どうすることもできませんが……」

 駒鳥杉は困惑している。狙撃を避けようにも、遮蔽物もない。

「……叩弦爪口挟奏スラップ・リッケン……」

 コントーラの方から声が聞こえた。

「声もクールですな。必殺技なのに」

 その副将の声が出るのと同時で、鋭い破裂音がライブハウスを切り裂いた。

「本当に撃ってきやがった!」

 将棋部部長が慌てて駒たちの方を振り返ると、一体、端の、自転車に乗ったイケメンが、ゆっくりと倒れた。

「香車ー!」

 駒鳥杉が叫んだ。現実だったら笑えない状況である。

「しっかりしろ! 返事をしてくれ!」

 またしても銀将が駆けつけ、半裸の香車を抱き起し、がくがくと揺さぶっている。

「血は一滴も流れない。徹底しているな」

 服だけを絶妙に吹き飛ばしていたコントーラの狙撃に副将は感嘆している。

「しっかりしろ! 返事をしてくれ!」

 またしても銀将が駆けつけ、半裸の香車を抱き起し、がくがくと揺さぶっている。

「血は一滴も流れない。徹底しているな」

 服だけを絶妙に吹き飛ばしていたコントーラの狙撃に副将は感嘆している。

「ロードレースのヘルメットを被ってても、イケメンは絵になるよねー」

 そして主将はまたしても写真を撮っている。少しも遠慮しなくなった。

「スナイパーとは卑怯な! しかも順番を守らないとは! 卑怯の上にも卑怯者!」

 正座した駒鳥杉が憤っている。

「卑怯者という単語はサムライにとっては最大級の侮辱。しかし我らがロックくんにはそれほど刺さらないようでござる」

 副将は岩男の後ろ姿を見ながら言う。確かに、見た印象に変化はない。

「最近じゃ、やり方はともかく、結果が全てだからね。世知辛いというか、ダイバーシティというか」

 主将は投げやりに分析した。

「またも銃声! 逆サイドの香車が!」

 将棋部部長が悲鳴を上げる。またしても、逆の端の香車がゆっくりと倒れた。

「なす術がない! 射撃の正確さもさることながら、威力が高すぎる!」

 ライフルの性能を身をもって体感している駒鳥杉であった。

「普通のけん銃なんかよりは相当に強力なんだが、そんなことより、一方的に攻撃されることが問題だ!」

 そわそわしながら将棋部部長が辺りを見回す。とにかく狙撃から身を隠す場所を見つけなければ、このまま駒の数が減っていくだけだと危惧しているのだろう。

「真っ先にボスを狙わず、周りの駒からはがしていくのは気味が悪いが、これはこれで着実な戦法ということなのかな! 相手の対処法がないなら、リスクを冒さず、このまま続けるのが得策じゃないだろうか」

 主将も不承不承、作戦の正当性を認めつつあるようであった。

「イエイイエー! このへんで! 次のメンバーの出番のようだぜ! セイ・サンキュー! コントーラ!」

 割れた音声でケインバーンが流れをぶった切ってきた。

「狙撃、終わんの?」

 主将は驚きの顔であった。

「続いてはこの方! そう! 我らがリーダー! オンドラムス! ミスターーー、パーキッシオ!」

 コントーラは緑のマシンの姿のまま、ベースギターだけがライフルから元に戻り、演奏へと復帰する。

「ドラムソロ! 何はともあれ! いきなり全開な!」

 怒涛ともいえる連打の音に、副将をはじめとして、一同は気を取り直そうとうする。

「ていうか、狙撃が止むのは嬉しいけど、またそっちのターンなの?」

 駒鳥杉が扇子でバシバシと床を叩く。

「怒る暇があるなら、反撃すればいいのに」

 主将のぼやきも駒鳥杉には届かないようである。

「つい、相手の出方を見た後でその手を分析するのが癖になっている。将棋では基本だから」

 将棋部部長は額をピシャリと叩いた。

「将棋の常識にとらわれている! そこに付け入るスキがあった! この勝負、行けますぜ!」

 副将は喜んでいるが、主将はなぜか仏頂面であった。

「照明がピンクになったのは、ドラムさんのテーマカラーがピンクだからなんだね。最近の戦隊モノは男がピンクなんかな」

 主将は仏頂面のまま言う。

「ジェンダーレス、というには、ヒゲにタトゥーでいかついが、ピンクも似合わなくもない。ハルクホーガンみたいで」

  ドラムソロは続いている。凄まじい速さと手数轟かせているが、いかんせん、ドラムだけだとあまり興味が続かないようだ。

「太鼓が増えてきたよ。後ろの方からポコポコ出てくる」

 空中に浮かぶドラムセットの追加分を主将は不思議そうに見ている。

「太鼓…に見えますが、なんでしょう。メタリックで、これまでの流れからすると、太鼓をモチーフにした兵器の可能性があります」

 副将は武器化するのを楽しみにしているようだ。

「確かに。ドラムさん本人は至って楽しそうに叩きまくっているが、体はほとんどマシンに変化している。もうそろそろ完了しそうだ」

 将棋部部長は心配そうにチラチラ駒鳥杉の方を見るが、その駒鳥杉は、怖い顔で睨んではいるものの、あくまでも相手の出方を見ようとしているようである。

「おおおう! このビートがたまんねーぜ! オッケー! カマン! レッツ・インストゥルメンタル!」

 ケインバーンが良きところで号令をかける。岩男はただレスポンスするだけである。

「たくさんの、太鼓型の、円筒状のものが浮かんでいる。あれは、まさか…」

 将棋部部長が汗をかいている。嫌な予感がしているようだ。

「ドラムセットの位置から動く様子がない。あそこから遠距離攻撃をしてくるんだろうな! 素早く動きながら狙撃してきたベースと違って…」

折棒代用素手乱打ヨツウチ・ネギタマ!」

 副将が言い終わらないタイミングでパーキッシオが必殺技の名前をコールした。太鼓でいう皮が貼ってある部分が、ハッチのごとく、ぱかっと開いた。

「ミサイルだ!」

 将棋部部長の絶叫は、次々と煙を吐き出しながら射出されるミサイルの轟音に遮られる。

「自動追尾してくるだろう! 防御力も高そうで、まさに要塞!」

 副将の読み通り、ミサイルは逃げ惑う将棋の駒をしっかりロックオンしていた。

「銀将が!」

 他の駒の介抱に追われていた銀将がミサイルの餌食となった。もともと露出度の高い鎧だったが、爆撃を受け、ほぼ全裸になってしまっている。

「うほう! 今度は受ける側に!」

 主将が嬌声を上げた。スマートフォンは動画に切り替えたらしい。

「駒鳥杉くん本人も楽しんでいるな! 悪いスパイラルに入っているぞ!」

 将棋部部長は、頬を赤らめている駒鳥杉に批難めいた言葉を投げかける。

「そ、そんなことはありません! 私がわざと攻撃を受けているような言い方はやめてください!」

 上ずった声で駒鳥杉は反論した。

「本当はもっと上品で知的なゲームなんだからね! そのジャンルを代表してる自覚は持ってるよね!」

 割とマジなトーンで将棋部部長が反省を促している。

「まあまあ。いいじゃない。堅苦しいだけだと普及しないじゃん。いろんな層にアプローチしないと」

 主将はスマートフォンから目を離さずに言う。

「説得力がありませぬ」

 副将は首を振りながら言った。

「ワーオ! この破壊力! ミスター・パーキッシオに拍手!」

 ステージではケインバーンがMCを再開した。

「まさか、次が来るのか? いい加減にしろよ…って、ツメローちゃん?」

 将棋部部長は目を丸くして駒鳥杉を見た。

「ツメローちゃん?」

 繰り返した。

「まだ反撃しないつもりか…」

 主将はゴクリと生唾を飲んだ。

「目が座っている! どうやら、とことんまで相手の出方を見る覚悟のようですな!」

 これには副将も笑いを禁じえなかった。

「部の代表としての勝負より、自分の趣味を優先するんじゃないよね? 何か作戦があるんだよね?」

 将棋部部長はおたおたしだした。

「ここはもう黙って見守るしかないよ。辛いだろうけど、エースを信じてあげて」

 スマートフォンを充電しながら主将が何か言っているが、将棋部部長は聞いていないだろう。

「イェー! 行っちゃってオーケー? 順番的に次は俺っち、ケインバーンの出撃タイムなんですけどー?」

 照明が白くなる中、ケインバーンがオーディエンスに呼びかけている。

「イェー! 行っちゃえー!」

 岩男一人がレスポンスしている。マンツーマンである。

「ボーカルは最後か、やっぱり。しかし三体、変身したまま演奏してるのも違和感あるわー」

 腰に手を当てて将棋部部長が言う。すでにギター、ベース、ドラムが、メタリックなボディのまま伴奏を続けている。

「ヒーロショーの余興みたいになってるんだよなあ」

 なんとも言えない顔で主将が続けた。男の子サイドの趣味に理解はないようだ。

「ヤッフー! 俺の! 俺の! ソロを聞きやがれー!」

 マイクを素早くスタンドに戻すと、ケインバーンは両手をキーボードへと叩きつける。そのまま流れるように激しい演奏を開始した。

「強すぎない? 壊れないの?」

 かなり激しめに叩かれる鍵盤の心配を将棋部部長はしている。

「壊れたらメーカーに修理を依頼すればいいよ」

 主将は振り返らずに応えた。 

「めちゃくちゃに弾いているようで、ちゃんとコードなどは守っているようだ。理論はよくわからないけれど」

 将棋部部長は聞き流しつつ、鍵盤の上で踊るケインバーンの指を見ていた。

「メロディやコードがあるから聞いていて楽しい! ベースやドラムを悪く言うわけではございません!」

 副将は気を使いながら称える。

「でもちょっと長いかな。何事も、バランスとか、配合とかが大事だ」

 主将はケインバーンの器用貧乏さを嘆いた。

「そうこう言っている間に、あれは、イスが? あんなにごつかったっけ?」

 イスは白いメタリックにコーティングされ、自動車のシートのような形状になっていた。今まではシンプルな、背もたれの無い、折り畳みのパイプ製だったので、将棋部部長は驚いている。

「どこからが変身範囲なんだ?」

 キーボードを置いているスタンドもメタリックになり、フレームが伸び、イスと繋がった。ケインバーン自身も硬質化していく。他のメンバーとは違うパターンなのが主将は気になってるようだ。

「エレキギターが砲に! 乗り物ごとか!」

 見上げる副将の視線の先で、ギタースタンドに立てかけてあったケインバーン用のエレキギターが空中に飛び上がり、主砲のように変形し、イスの後ろにドッキングした。

「なるほど! 据え置き型砲台のドラムと対比して、動き回る系の砲台、すなわち戦車的なやつだな!」

 笑顔の将棋部部長が興奮している。

「タイヤがつきました! キャタピラじゃないのが逆にリアルですな!」

 四輪バギーになりつつある。一人乗りで小回りが利きそうなフォルムに副将もリアリティを感じているらしい。

「ツメ……いや、駒鳥杉くん! 迎撃する準備はしようか。一応、形だけでも」

 つまらなそうにステージを眺めている駒鳥杉に、将棋部部長はややきつめに言った。

「しますよ。言われなくても」

 ものすごい不機嫌な声が返ってきた。

「しかし? そうは言われましても? もう駒はほとんど残っておりませんなあ」

 ニヤニヤして副将が言う。

「歩兵隊も全滅。香車は狙撃され、大量のミサイルで桂馬と銀将がやられてしまった」

 主将がしかめっ面で、駒の種類をスラスラ言う。

「やられた側になってますがな」

 副将はニヤけた顔のまま冷たい声を出した。

「残りは、金将と? 飛車と角。そして玉将か。向こうは無傷だし、劣勢だな」

 それほど悲壮感は漂わせず将棋部部長が言う。

「飛車と角、ツートップが見当たりません! 見えるのはお神輿に乗った女王と、金であるところの戦国武将のみ!」

 気づいた副将はキョロキョロと見回すが、自動車で登場してきたはずのリア充2体は見つからない。

「そりゃそうだろう。穴熊だぜ?」

 将棋部部長が小馬鹿にした調子で副将に言う。

「え? そういうものなの?」

 副将は将棋にそれほど詳しくないようであった。自信たっぷりに言った将棋部部長の態度に気おされてしまったようだ。

「何言ってんの。恥ずかしい」

 主将が乗っかってきた。

「でも、穴熊でも、飛車角はいるでしょ……」

 副将は二人の顔を交互に見ながら自信なさげに言う。

「あ! なんて何気ないやりとりの隙に! 戦闘バギーが出来上がっている!」

 将棋部部長がステージ上の指さしたので、副将もしぶしぶといった様子で視線を戻した。

「ヘーイ! いっちょ行くぜ! 鍵盤奥義! 一点豪華摩擦薙倒グリッサン・ヤマハ!」

 タイヤがギュルギュルと回り出したかと思うと、ステージからフロアへと、白い戦闘車両がダイブしてきた。

「ツメローちゃん! 防御は!」

 言われなくてもやると聞いていた将棋部部長は確認を迫った。

「将棋奥義! 金剛大駒近受チカヅケ・ハジキ!」

 駒鳥杉の号令が下るや、金将の二人は馬に飛び乗り、それぞれ日本刀と槍を構えた。

「騎馬で? 大丈夫? 向こうは重火器で武装しているよ」

 主将は心配そうに、馬上のイケメンを撮影している。

「馬が! ビビってるって!」

 大声で言う将棋部部長の前で、爆音を響かせフロアを走り回るバギーから馬が逃げ惑う。騎乗する金将がいくら御しようとしても言うことを全く聞かない。

「追い回すな! かわいそうじゃないか! 馬が!」

 主将はケインバーンに向かって怒鳴るが、届いている気配はない。

「さっきから、どっちの味方なんすか、主将ー?」

 岩男が鉄柵にもたれながら、余裕の笑みで言う。

「聞こえていたんだねロックくん。よくずっと反応せずにいられたものだ」

 副将が感心していた。

「イケメンはまだしも、馬まで擁護されては黙ってられなかったです」

 岩男は、いななきながら逃げまくる馬を見て愉快であった。

「ちゃんとやれよお前ら!」

 ついに将棋部部長がキレた。

「はっ! すいません。調子に乗りました」

 余りの剣幕に、岩男はすぐに態度を改めた。

「そうよ。この流れはロックくんが悪い」

 主将は険しい声で苦言を呈るすると、無言のまま顎で金将を示した。

「はあ、分かりました」

 察した岩男は、楽しそうにバギーを運転しているケインバーンに向かって、親指を首の前で横にひくジェスチャーをした。

「オーイエー! お遊びはここまでだ! 続・鍵盤奥義! 電源確保不移動ノリノリ・サイドステップ!」

 バギーの先端は鍵盤を模した格子状になっており、その小分けされたセルから一斉に弾丸が発射される。金将は二人とも馬を降りて地上に立っていたので、直撃を受けた。

「なんで馬降りてんだよ! 勝つ気持ちが感じられないよ! 当たりに言ってるだろ!」

 将棋部部長の怒りは、馬に乗ったままでは弾に当たらなかったことに対するものだろう。

「馬に当たるのを避けたのでしょう」

 副将が余計なことを言う。

「何を優先しているだよ!」

 顔を真っ赤にして将棋部部長が吠えまくる。

「今いいところだから。声が入っちゃうから」

 主将はスマートフォンでの撮影に夢中だ。そのカメラの先には、多分に漏れず、半裸になった金将たちが悩ましいポーズで寝そべっている。

「そっちを優先かよ! そりゃそうだろうね! 俺も知ってて聞いてるけどね!」

 将棋部部長の取り乱しように、駒鳥杉が面倒くさそうに立ち上がった。

「部長。落ち着いてください。イケメンシリーズは今ので終わりです」

 そして涼しい声で言った。

「……すまない。カッとなってしまった」

 将棋部部長はハンカチで顔の汗を拭いた。

「イケメンもう終わり? で、次は何?」

 主将は駒鳥杉の隣で親し気に聞く。

「まだ飛車と角が残っている。そう! リア充シリーズです!」

 駒鳥杉は自信たっぷりに言い切った。

「それにしては姿が見えぬが、どこへ行った? 隠れているのか?」

 副将は再びフロアを見回すが、やはり見つからない。

「うん、よし! ロックくん! 今がチャンス! 構わず女王を叩け!」

 何ごとか考え、主将が岩男へとやや強引な助言を始めた。

「え、でもまだ飛車と角が」

 罠であることは岩男でも分かっている。

「全部駒を取らなくても、先に玉を詰ませた方が勝ちなんだよ」

 主将は言い聞かせるように言った。

「それは将棋のルールですが」

 すぐに副将からツッコミが入った。

「一緒っしょ。サークルバトルでも、本体さえやっちまえば仕舞よ」

 主将はウインクして指を鳴らした。

「何か違和感があるけど、主将の仰る通り、今なら一気に攻め倒せるかもしれない! デスゾーン・ファランクスの皆さんならば!」

 岩男はその気になっている。

「確かに、女王一体に対してバンドメンバー全員で攻撃すれば、厄介な、忌々しい、胸糞の悪い飛車角が出てくる暇を与えずに仕留めることも可能でしょう」

 副将はリア充シリーズを見たくないのかもしれない。主将の案に同調した。

「そうしましょう! 俺もリア充に現実を見せつけられたくないし! 皆さんに行けるか聞いてきます!」

 最前列へとダッシュする岩男の背後で、主将が悪い笑顔を浮かべた。それを副将が無表情に見ていた。


「うーん。次はシャウートの番だったんだけどなー」

 岩男の提案に対し、ケインバーンは渋い顔で応えた。

「分かります。向こうの女王と、一対一での晴れ舞台って流れですよね」

 岩男は何度も頷き続ける。

「リーダー。どうします?」

 ケインバーンがドラムのパーキッシオに振る。

「俺たちはもう変身終わってるし、このまま行っちゃうのもアリかもな」

 パーキッシオは仮面のままで言う。

「シャウートさんの変身は、次の回まで引っ張るのというのも、よくある手法ですし」

 岩男は揉み手せんばかりのスマイルである。

「俺たちは引き立て役ということだな」

 ギターのディストーンズが意地悪そうな笑顔で口をはさんだ。顔も硬質化しているが。

「いやいやいや! このままシャウートさんが変身して大将戦をするよりは見せ場があるじゃないですか!」

 慌てて岩男は手を振りながら取り繕う。 

「そうそう。シャウートちゃんは、神秘性を保たなきゃいけないからねえ」

 ベースのコントーラが嫌味のある声で言うと、シャウートの方から舌打ちの音が聞こえた気がした。岩男は聞こえないふりをした。

「ああ、面倒くせえな! とっととやっちまおうぜ! 文句があるなら来なくていいぞ!」

 パーキッシオがドスの利いた声で言うと、ケインバーンは気配を消してそそくさとバギーに搭乗し、ディストーンズは頭を振りながら斧を構え、コントーラはイスをガンと蹴ってのろのろとライフルを肩に担いだ。

「なんか雰囲気悪いね」

 それはフロアから見ている主将にも十分に伝わる空気だった。

「ロックくん、リアリティを追及しすぎるのが悪い癖のようですな」

 副将は困ったような笑顔で言った。

「みなさん、快くオーケーしてもらえました!」

 岩男は曇りのない笑顔で主将たちの元に戻る。

「そうは見えなかったけど」

 ぼそりと主将がつぶやいたが、やはり岩男には聞こえなかった。

「それはそれとして、将棋部さん側はどうですか? まだ女王一体だけのままですか?」

 岩男は他のことへ意識をそらそうとした。

「うん。お神輿を降りて、一人で突っ立っとるよ」

 岩男は主将が指した方向を見た。すでに神輿は撤収されており、周りを飾っていた担ぎ手、ダンサー、ホストなどは消え失せている。

「男衆は、駒じゃないから、戦闘には参加しないんだろうね」

 やや残念そうに主将が解説した。

「あんなに固かった穴熊囲いが、いまや玉将、というか、女王のみです」

 副将も感慨深げである。

「それでも健気に、可憐に一人立っていますね! ドレスも王冠もまだ光り輝いている!」

 岩男は場の空気を軽きしたかったし、将棋部にも健闘してほしかった。

「はかなげな美少女然としている。美化がすごい」

 主将の目は同性に対して厳しかった。

「ヒャハーー!!」

 その可憐な女王の元へ、異形の機械兵が四体、ステージから飛び降りてきた。

「ああ! なんとむごい! 多数で寄ってたかって、かよわい女性を凌辱するつもりだな!」

 将棋部部長が独特の見解を語る。降りてきた四体は、もちろん岩男の情熱可視化ザ・ジャンルであるところの、バンドメンバーである。

「見た目が、なんか、悪役チックだよな。さっきまでそうだったっけ?」

 不思議そうに主将が首をかしげる。

「行動の順番を守らないばかりか、四人同時になんて! けだもの!」

 女王が口を開いた。少女漫画のような目の大きさである。

「へっへっへ。いい加減、観念したらどうだい? 俺たちだって手荒な真似はしたくねえんだよ」

 ギター型の凶悪な武器を持った大柄の機械兵がおぞましい声で言う。

「ああ、今度はロックくんが悪ノリを……」

 副将が手で顔を覆った。

「私は決して屈しません! この身がどんなに汚されても! 散っていった駒たちに誓って!」

 女王は両腕を大きく広げ、高らかに宣言した。

「おもしれえじゃねいかい! いつまでその減らず口が叩けるか、試してやりましょうぜ!」

 下劣な声で、子分肌の白い機械兵がいやらしく言う。

「大丈夫なの、これ」

 主将が素で心配しだした。

「四体が女王の周りをグルグルし出した! 何をするつもりだ?」

 将棋部部長がバンドメンバーを目で追いながら言う。

「この動きは! 禁断の合体必殺奥義! 追加特典空桶オフボーカル・インストの構えだ!」

 主将はすごい汗をかきながら叫ぶ。

「なんで知っているんですか?」

 副将が冷めた声で言った。

「それは聞いちゃだめだよ」

 将棋部部長が副将をたしなめた。

「同時攻撃、しかも順番を守らずに! もう許せません! 最終将棋奥義!」

 女王は、きつ然とした顔で声を発すると、扇子を空高く掲げ、そのまま片手で扇子を開いた。

「そこに書かれていた文字は! ……ええと、『本格芋焼酎』? なんで?」

 シュール過ぎたためか、副将はクスリともしなかった。

「志半ばで倒れていった駒たちよ! 我に力を!」

 女王が叫ぶと、空中に半透明のイケメンたちが現れ、彼女の元へと集結していく。

「まずは変身する気だな! イケメンたちの霊力を身にまとい!」

 将棋部部長が言っている間にも、女王の体は光に包まれていく。

「体の各パーツごとに! 将棋の駒が!」

 上半身は『将棋』と刻まれた大きな駒。足にも靴の形体での駒。胴体の横から伸びる腕の先も駒。主将も度肝を抜かれるフォルムであった。

「なかんずくは、頭部! 駒から顔が!」

 顔はめパネルのように顔の部分だけくりぬかれた駒の頭部である。副将もアンビリーバボーな表情で見ていた。

「……だっさいなー……」

 将棋部部長が食いしばった歯の間から声を漏らす。

「適当に作ったゆるキャラみたいな。あるいは、景気が良かったころのコントの着ぐるみのような」

 岩男ですらひるむほどのすかし方である。

「全駒合体! こまごまさん! ここに参上!」

 かつて女王であった方が、真顔でビシッとポーズを決めた。

「もう後戻りはできないぞ。ツメローちゃん。本当にこれで最後まで行くんだね?」

 将棋部部長は駒鳥杉に念を押す。それほど怖い声ではない。

「仰っていることがよく分かりませんが」

 駒鳥杉は目を合わせずに言った。

「……そうか。ならばこれ以上は何も言うまい」

 将棋部部長も覚悟を固めたようだ。

「ふははは! そんな変身なぞ、何の意味もないと思い知れ! 食らうがいい! 追加特典空桶オフボーカル・インスト!」

 四体の機械兵の回転が光速を超えた。四つの光の帯になり、ねじれ合うように一本に収束し、女王、いや、こまごまさんへと突進する。

「正しかったんだ! 技名!」

 先ほどの主将の言葉が証明されたことに、副将は驚いていた。

「防御将棋奥義! 歩合フアイ!」

 その場にいた全員が、駒鳥杉を除いてだが、歩一枚でバンド側四体の合体攻撃が防がれるとは思わなかったであろう。

「うわー!」

 四本の光は歩に防がれ、散り散りに四散し、それぞれ地面に叩きつけられた。

「まさに一歩千金! 歩が一枚あれば、っていう場面はプロの対局でもたくさんあるからね!」

 興奮した将棋部部長が手を叩いて喝采を送った。

「……うう、そんなばかな……」

「……俺たちの究極奥義が……」

 四体は起き上がれず、変身も解け、這いつくばって屈辱を味わっている。

「形勢が逆転した! ロックくん、どうする?」

 主将が岩男に次の行動を促した。

「ええと、まだ、ボーカルのシャウートさんが残っています! 諦めるのは早い!」

 岩男は拳を握って気持ちを奮い立たせた。

「そうだ! 彼女は強いぞ! なんたって赤いからな!」

 両手をフロアについて、ケインバーンが言う。

「マイクケーブルをムチのように操り!」

 パーキッシオが苦し気に言葉を続ける。

「マイクスタンドでぼこぼこにぶっ叩き!」

 コントーラも顔を苦痛にゆがませながら言う。

「そして何より必殺技『飛歌詞忘即興作唱ハウリング・ハイザー』の威力は絶大だ!」

 最後はディストーンズが締めた。

「ハウリングするのはセッティングの問題で、メーカーのせいではないからね」

 主将は細かいフォローを入れた。

札束人脈引抜裏工作オオゴマナリコミ・サンテヅメ!」

 唐突に、何のきっかけもなく、女王、いや、こまごまさんの方から必殺技名が聞こえた。

「わひぃ!」

 バンドメンバー四人は硬質化が解け、普通の人間の見た目になっているので、とどめを刺されると思ったのか、一様にみっともなく伏せたり腕で頭を抱えたりした。

「やられ役感がハンパないな」

 憐れみを込めて将棋部部長に言われた。

「……? 何も起きないの?」

 岩男は四人が無事なのを確認しながら言った。こまごまさんから何か音や光が出たわけでもない。

「……札束、人脈……。まさか!」

 副将は何か感づいたようで、ステージを急いで振り返った。

「それでは定刻となりましたので、これより、シャウートさんのソロデビュー記者会見を始めさせていただきます」

 ステージから女性司会者の声がして、副将以外も、皆振り返る。

「記者会見?」

 金屏風の前で、赤くメタリックに変身したシャウートが座り、無数のフラッシュを浴び続けている。

「ほんとだ赤い」

 岩男が呆けた顔で言った。

「変身まではしたけど、攻撃する前に、こまごまさんの必殺技を受けていたんだな」

 将棋部部長が分析した。

「確かに、シャウートの両隣に座っている男は、リア充の、飛車と角だな」

 主将は腕を組んで目を細めた。

「ええ、このたびは、わたくし、シャウートは、ソロデビューをさせていただくご報告をさせていただく運びとなりまして……」

 仮面越しにシャウートはマイクで何かしゃべっている。

「さらに、デビュー曲が、世界的スポーツイベントのテーマ曲にタイアップされる運びとさせていただくことになり……」

 バンドの四人は白けた顔で立ち上がり、それぞれバラバラにライブハウスを後にした。

「……はい、今まで苦楽を共にしたバンドメンバーには感謝しかありません……」

 シャウートのその言葉も白々しく響いた。

「事務所は変わらないのですな。それは一つ救いでございます」

 副将がスマホを見ながら言う。スマホに映っているものも岩男の妄想ということになる。

「応援し続けます! 一生! 付いていきます!」

 鉄柵から身を乗り出し、岩男が泣きながら叫んでいる。

「お、モニターに。あれはホームページか?」

 ライブハウスの壁に掛けてある大き目のモニターに、不意に画像が映し出された。主将の言う通り、バンド「デスゾーン・ファランクス」のオフィシャルホームページのようだ。

「出たー! 『ファンの皆さまへ大切なお知らせ』!」

 将棋部部長は自分の膝を叩いて笑っている。

「なんともテンプレートな」

 副将も苦笑している。内容は、「初期から応援してくれていたファンには申し訳ないが、ボーカルのソロデビューに伴い、バンドは解散することになった。休止という形も考えたが、何度も話し合いを重ねた結果、ここで一つの区切りをつけるのがメンバー全員の新たな出発のためにはよいと判断した」など。

「各メンバーがコメントを書いている。いつ書いたんだろうな」

 コメントの端々にネガティブな表現を見つけては「仲悪かったんだなー」と言って笑った。


 一行はそのまま近所の安いチェーン居酒屋へ、打ち上げへと移動した。マスターから「ライブ観ていかないの?」と驚かれたが、主将も将棋部部長も「なんかいろいろもう十分です」と応えた。打ち上げ会場では未成年者の飲酒が恐ろしいくらいに禁止された。

 泥酔した岩男は、解散したデスゾーン・ファランクスへの想いをずっとわめいていた。途中から誰も相手にしなくなった。自分の妄想のバンドを延々と語れる気持ち悪さに、周りの人間は距離を置いた。


 文化系サークル最強決定戦の、その後はというと、将棋部は惜しいところまで勝ち進み、それなりの規模の縁台イベントを勝ち取ったらしい。だが、結局はオカルト研究会の勝利、出来レースであったそうだ。魔法陣から悪魔を呼び出し、望むままの姿形に変身させる、それだけなら大したことはなさそうだが、運営システムの画像を分析し、事前に対策を用意していたとのうわさがたった。駒鳥杉も、某人気バンドの、なよなよした男性ボーカルに変装した悪魔から禁断の愛をチラつかされ、のめりこんだ挙句にあっさり陥落してしまった。証拠はないが、完全なる後出しジャンケンだった。ちなみに必殺技名は「文春漏洩誤会見キノコ・デ・イイジャナイ」だったそうだ

 ライブ鑑賞同好会といえば、初戦敗退のため、雑用係の人手を取られた上、自主企画は無しになってしまった。岩男は主にゴミ拾いと、黒魔術に使うコウモリやイモリの調達などに奔走させられた。

 文化祭が全体的に悪魔テイストになったため、悪魔をコンセプトにしたv系バンドを多数ゲスト出演した。裏でプレゼンしていたらしい主将はとても満足そうだったそうだ。ゲストのマネジメント・お世話係を一手に引き受けていたのだ。ライブ鑑賞同好会単独の企画では、あそこまで盛大なv系バンドの祭典にはならなかったであろう

 オカルト研究会による、「学園祭をまるごと使った巨大な黒魔術」計画は成功したのかどうか、岩男には分からない。来年度から大学に「悪魔学部」が創設されるらしいが、オカルト研究会との関係は誰も気にしていなかった。


「君ねえ、そんなんじゃ強くなれないよ」

 岩男が指した何気ない手に、将棋部部長は渋い顔で言った。

「え、マズかったですか?」

 言われてすぐには意味が分からず、岩男は将棋盤を改めて見回す。

「指した後で考えてもしょうがないでしょ」

 そう言うと、将棋部部長は強めにビシッと将棋盤に駒を打ち付けた。

「……。うわっと! これはダメだ。負けた」

 この数週間、スパルタで鍛えられている岩男にとっては、一目で致命的と分かる一手であった。

「自分の指したい手だけを考えている。もっと相手の手を見て、意図を読まないと」

 言いながらも将棋部部長は駒を片付ける様子はない。決着がつくまで最後まで指させられる。それがこの部の伝統のようだった。

「向いてないのかな、テレビで見るのは好きなのに」

 ぼやきながらも、岩男はなるべくダメージの少ない手順を探り始めた。

「こんちわっす」

 駒鳥が部室に入ってきた。いつもの光景だ。

「お疲れっす」

 岩男は将棋盤から目を離さずに挨拶を返す。

「はい、こんにちは」

 将棋部部長は大人の余裕で挨拶した。

「ビーバーのレポート、返ってきましたよ」

 駒鳥杉は将棋部部長に向かって言った。当然、岩男にも聞こえるように。

「へえ、どうだった?」

 将棋部部長はあまり興味なさそうに言う。岩男は将棋盤を見ながらも、目を大きく開いて、続きを待った。

「可、でしたよ。別にいいんですけど、『面白いが、後半ふざけすぎ』と書かれてました」

 将棋部部長は笑い、岩男は、あの内容で単位が取れたことに驚きと安堵の表情を浮かべた。

「ビーバーが作るダムが環境に与える影響、のレポートで、後半はずっとラッコVSカモノハシの話でしたからね。そのまま提出した私にも責任はあるんでしょうけど」

 駒鳥杉はカバンからペットボトルを取り出し飲み出した。

「戦うの? ラッコとカモノハシ? どうやって?」

 将棋部部長は笑うが、岩男は恥ずかしさからか、何も言わなかった。

「そういえば、もうすぐ龍神戦ですね」

 将棋のプロのタイトル戦の話題を駒鳥杉が振ってきた。ビーバーのネタは広がらないと判断したのだろう。

「ああ、それ知ってます」

 岩男が反応した。体が勝手に。

「もうそんな季節か」

 将棋部部長は窓の外を眺めて言った。

「本村龍神に小山九段が挑戦するんですよね! お二人は直前の戦でも対局して、本村龍神が防衛していますが、ギリギリの名勝負でした! 小学生のころからライバル関係のお二人! お昼ごはんのメニューまで値段を張り合うくらいですから! そうそう! 現地で大盤解説会がありますね! 解説者は丹羽三冠! 聞き手は清山プロ! 絶対楽しいに間違いありません! 当日受付ということですから、参加者を募って、みんなで行きましょうよ!」

 急にハイテンションになった岩男が一気にまくしたてた。

「ミーハーにして、軽いフットワーク……」

 駒鳥杉は肩をすくめた。

「こうして、また一人、『観る将棋ファン』が誕生したのであった」

 将棋部部長がため息まじりに言うのが聞こえ、駒鳥杉は肩を震わせ笑いをこらえている。

「おや、笑うのを我慢するのは体に悪いですよ」

 内心で岩男は「決まったな」と思い、ズッダーンと鳴るドラムからの、さわやかなエンディングテーマが始まる想像をし始めた。

「うるさいうるさい。まだ終わってないから」

 将棋部部長は将棋盤を指さし、岩男と、その後ろのバンドメンバーに文句を言うと、一斉に驚きの表情で演奏を停止した。

「再結成するの早かったなー」

 駒鳥杉が呆れ気味に、笑いながら言った。(了)


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