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秋月秋水執行魔法使い  作者: 安藤ナツ


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1/2

魔法使いを裁く魔法使い――前編――

 

『番組の途中ですが、緊急特別番組をお送りします。

 先月末から皇都内で多発していたATM強盗事件の犯人グループのアジトである健康ランド跡地に、皇都警察特殊犯罪捜査部隊が本日午前一〇時頃に突入いたしました。犯人グループは『阿修羅』と呼ばれる共和国系外国人で組織された強盗集団であり、ATM強盗事件の他にも、皇都内での違法薬物の販売や、少女買春を斡旋していた疑惑がかけられている模様です。

 警官隊約一〇〇人が一斉にアジトに突入すると同時、廃墟からは爆発音と銃声が轟き、周囲は騒然とした様子に包まれました。

 突入からおよそ二時間が経過した現在、阿修羅側からは共和国系外国人と思われる三十一名が拿捕され、警官隊からは二名の死者と八名の怪我人が発生しており、現場も抵抗する阿修羅のメンバーとの衝突が続いています。

 剣呑な雰囲気が続く現場周辺では外出制限が敷かれており、住民からは不安の声があがっています。

 また…………ご覧頂けるでしょうか?

 また複数人が画面に写し出されていますように、自動車を使ってアジトからの脱出をしており、今も皇都内のハイウエイを逃走中とのことです。少なくとも二名の違法魔法使いが乗車しており、逃走中のメンバーは組織内でも一定の地位であると見られております。

 違法外国人魔法使いの関与がはっきりとした為、葦原君様直下組織『ヤタガラス』の出動も確認されており、今件には最年少『魔法使いを裁く魔法使い』である秋月秋水執行魔法使いが現場に出ております。彼には違法魔法使いの逮捕、或いは葦原君様の名前の元に執行が許可されている模様です。

 御存知であるとは思いますが、秋月執行魔法使いは若いながらも優秀な魔法使いであります。『魔法使いを裁く魔法使い』に就任して以降の二年間、武都では一〇〇人を超える魔法使いを執行しているとのことで、今事件も早急に収束すると予想されます。

 ただ、秋月執行魔法使いのその執行判断が過激ではないかと言う声も大きく、今件においても彼がどのような行動を取るかは専門家の間でも注目を集めております。

 葦原君様が命じたとは言え、やはり個人にそこまでの責任と判断能力を持たせたことには不満や不満の声も大きく、十年以上続くこの議論には終わりが見えておりません。

 悪魔。そして魔法使いの出現から三〇年あまりの時間が過ぎようとしていますが、我々人類は未だに悪魔を十分に理解しているとは言えず、悪魔の関与する事件や、魔法使いによる犯罪は増加の一途を辿っているのが現状で…………え? 黒い影? 影は黒い物でしょう? 

 …………失礼しました。たった今、逃走中の車を追跡している取材班が、阿修羅メンバーの乗る車に近づく黒い影を見たとのことです。

 あ。今、画面でも確認することができました。

 高速でハイウエイを走る車と並走するように影が……烏でしょうか? 時速一四〇キロは出ているであろう車と、黒い鳥が並走しております! 信じられません! 鷹や隼でもなく烏がとてつもなく早いです。滑空ではなく、道路と並行に飛びながら、自動車に勝るとも劣らないスピードを出しております。

 あ! 今! 烏が自動車にその小さな身体をぶつけました。弾かれてしまいましたが、諦めずに二度、三度と体当たりを繰り返しております!

 あ! ああ! まけるな! え? あ、はい。すいません

 ごほん。

 失礼しました。

 あの烏は秋月執行魔法使いの使い魔だそうです。どうやら秋月執行魔法使いが阿修羅メンバーの索敵の為に放った使い魔が、犯人達に攻撃を加えている模様です。

 皆様、ご安心ください。

 陽出国中津葦原皇国が誇る『魔法使いが裁く魔法使い』に敗北は有り得ません。

 今件は秋月秋水執行魔法使いにより、もう間も無く終焉を迎えることでしょう』



「クソ! クソ!」

 男は口汚く罵りの言葉を吐き出しながらアクセルを深く踏んだ。既に人の反射神経を超えた速度で自動車走っており、安全装置でも働いているのか、それ以上スピードが出るようなことはなかった。それに。仮にこれ以上のスピードを出すことができたとしても、とてもではないが皇国警察からは逃げられないだろう。先程アジトに突入して来た警察官の数は尋常ではなかった。国家がその威信をかけて自分達を捕りに来たのだ、この逃走劇も恐らくは想定の内に違いない。

「兄貴」

 どうして、こんなことになってしまったんだ。汗ばむ掌でハンドルを握りながら、男の口は自然とたった一人の兄弟を求めて寂しく動く。

 共和国の寒村で産まれた男には兄が一人いた。背は低く痩せていて、畑仕事に使えない役立たずだと両親に言われて育った兄であったが、十六になって成人を迎えるとその評価は直ぐに裏返った。

 兄は村の子供達の中で最も早く計算が出来たし、大人達よりも沢山の文字を知っていた。畑仕事では役に立たないその技術や知識は、小さな村を出て町へと行くと、腕が太いことや、遠くまで見通せることよりも役に立ったのだ。日雇いで汗水を垂らして働くよりも、椅子に座って知恵を巡らせる方が遥に金になった。

 そして、真っ当に働くよりも、法律を無視して働く方がより稼ぎになることを知った。

 幸か不幸か、兄には悪党の才能があった。詐欺師として金を騙し取った後は、それを手元に高利貸しを始め、遂には皇国の金持ちを相手にした人身売買染みた少女買収組織まで創り上げた。

 男はそんな兄の下でずっと一緒に生きて来た。

 迷信深い寒村では、悪魔も魔法使いも『良くないもの』『穢れたもの』として扱われ、男は兄とは違った意味で、そしてそれ以上に不遇な扱いを受けていた。そんな男を人並みに扱ってくれたのは、兄だけだった。兄がいなければ、男はとっくの昔にのたれ死んでいたことだろう。

 兄の言う通りに男が魔法を使い、物を壊し、人を殺し、兄弟の組織は順調に大きく成長した。他人の不幸を背景にした順風満帆は心地が良く、男はずっとこんな生活が続くのだと思っていた。

 しかしその歪んだ幸せを壊したのは、他ならぬ男自身であった。

 切欠は金だ。

『兄の方が自分よりも取り分が多い』

 それだけのことが、どうしても心の隅に引っ掛かっていた。実際に現場で働く自分よりも、兄の方がより多くの金を動かしていると言うのが気に入らなかった。金に困っていたわけでもないし、兄は組織全体を預かっているのだからより強い権限を持っていて当然だったのだが、当時の男はそれを理解せず、最終的には兄を『つい』殺してしまった。

 自分の裁量で扱える金額は増え、より一層の権力を得た男を待っていたのは、組織と言う生物の手綱を握る作業だ。今まで兄に任せていた仕事を自分の足りない頭で動かすのは不可能にも等しく、秘密組織だった阿修羅の活動は徐々に綻びを見せ始め、最終的には資金繰りに困って直接ATMを狙う他ないまでに財政は追いつめられた。

 そして今日、警察にアジトに突入され、部下の大半を捕まえられ、大量の証拠品や資金を抑えられた。何時か来るとは思っていたが、あまりにも早過ぎた。何の準備も構えもなく、側近達を連れて我が身を守るのが精一杯に逃げ出すことしかできなかった。

「兄貴ぃ」

 激しい後悔に襲われる男の耳に、自分を呼ぶ声が届く。男の物ではない。男を兄貴と慕う部下の台詞だ。共和国時代からずっと一緒に仕事をして来た戦友ではあるが、兄への謀反を唆した一人がこの部下であったことを思い出し、怒りと共に激しい殺意を覚える。

「何だ! 今、忙しい!」

「兄貴ぃ、不味いっすよ。ここはもう、皇都の南部っすよ?」

「【深淵徘き】か」後ろの用心棒が小さく呟く。「『魔法使いを裁く魔法使い』」

「あの若造は、魔法使いに容赦がないって有名っす。今直ぐ道を変えるべきっす!」

 怒りはあるが、ここは素直に頷くしかない。都合良くインターチェンジに通りかかり、ボディをガードレールで削り、火花を散らしながら強引に進行方向を変更する。そもそも、どうして自分がハンドルを握っているんだ? 男は今更ながらにそんなことに気が付き、一層部下に腹を立てる。白色のセダンに乗る四人の内の二人が魔法使いなのだが、貴重な戦力である男がハンドルを握ってしまっていては、いざと言う時に対応ができないではないか。

 魔法を使った犯罪者は、魔法使いによって捕まえられる。

 悪魔と契約した魔法使い以外に、魔法使いと対等に渡り合う手段はない。

 そうなれば、追手は警察ではなく、この国の皇にして最古の魔法使いである葦原君直属の組織『ヤタガラス』の魔法使い共だろう。『ヤタガラス』の魔法使いは、男や後部座席に座る用心棒の魔法使いとは違い、教育と訓練を受けた魔法使いだ。幾ら実戦の経験があるとは言え、男に取って殺しは脅しの手段でしかない。戦いの手段として魔法を行使するヤタガラスには、とてもではないが勝てる気はしない。

 そして陽出国中津葦原には七人の『魔法使いを裁く魔法使い』がいる。奴等は葦原君に認められ、『独断での違法魔法使いの処刑』を認められた法治国家にあるまじき執行人達であり、強力な悪魔との契約を結んだ絶対的な魔法使いである。その任務の達成率は一〇〇パーセントであり、その裁きを逃れた者は未だかつて存在しない。

 男達もその例外ではなかった。

 ガン! と鈍い音と共にセダンの横腹を衝撃が襲う。道路標識にでもぶつけたのかと最初は気にしなかったが、それは二度三度と続き、そうではないと直ぐに理解することとなる。

「な、なんだ? 何が起きてる!」

 次第に強くなる衝撃にハンドルを取られないようにしながら、男が叫ぶ。

「烏だ!」

 と、同時に直ぐ答えが返って来た。

「真っ黒な烏がぶつかってる!」

「ありえねぇ! 一八〇キロ出てるんだぞ!」

 信じられない答えに男は思わず叫んだ。滑空しているならまだしも、地面と平行に飛びながら一八〇キロの自動車と並走し、挙句の果てに体当たりを繰り返す烏なんて存在するわけがない。

 ――そう、この世には。

「いや。烏だと? 烏? カラス? ――ヤタガラス?」

 限りなく真実に近づくと同時に、今までは右側からしか来なかった衝撃が一つ増え、反対側のボディからも破壊音が轟き始めた。

 否、一つではない。

「兄貴! 正面から二羽!」

 その台詞が先だったか、後だったか、漆黒に染まった二つの影がセダンのフロントガラスと激突する。太く逞しい嘴は易々と防弾使用のガラスを貫き、舞い散った破片を避けようと、男は反射的に眼を閉じ、身体を丸めてしまう。アクセルを強く踏み続けることなど、出来るわけもない。

「KWAAAAAAAA!「KWAA!「KAAAA!「AHOOOOO!」

 僅かに緩むスピード。その隙を逃すものかと、けたたましい叫び声を上げた烏達。魔性の力が籠ったその禍津声に、男は堪らずに両手で耳を覆ってしまう。

「KWA!」

 と、烏は自由になったハンドルを見ると、嘴で僅かにハンドルを右へと切った。多少スピードが落ちたとは言え、未だに法定速度を軽々とオーバーしていた車体は易々とスリップし、大きく進行方向を変え、同時に中央分離帯へと正面から突っ込んだ。

 衝突の寸前、四羽の烏だけが車から離れることに成功し、次の刹那、おぞましい破壊音と衝撃が車内の四人を襲う。産まれて始めてエアバッグを経験した男であったが、胸部に感じるじわじわと滲むような痛みと、眼窩から眼玉を飛び出す元部下を見て、あまり信用してはならない物だと場違いにも評価を付けた。

「先生、生きているか?」

 全身が軋むような衝撃に襲われながらも、男は何とか掠れた声を捻り出して用心棒の安否を確認する。もう一人後部座席に乗っていた部下は、衝突の際に割れたフロントガラスから飛び出して行ってしまった為に、心配する必要はないだろう。

「なんとかな。滅茶苦茶しやがるぜ」

 用心棒からの返事は素早くあった。運転に労力を割いていなかった分、魔法を使う余裕があったのだろう。声には余裕があり、ダメージは極めて少なそうだ。魔法による肉体能力の向上や、衝撃に備える障壁の構築は基本中の基本である。

「しかし、親分さん。烏ってことは、アレですかね?」

「ああ。間違いないだろう。ヤタガラスだ。皇国の番人が出張って来やがった」

「流石の俺もヤタガラスの連中――いや、『魔法使いを裁く魔法使い』とは戦いやせんぜ? 例え命が三つあったとしても、勝てる気がしませんのでね」

「わかっている。が、前払いの分、あと二週間は付き合って貰うぞ?」

「まあ、そうなりますわねぇ。ここで退いても、ギョーカイで飯が食えなくなりますし、付き合いますぜ」

 二人は状況を確認しながらも身体を動かし、いつ爆発するともしれないセダンから這うようにして脱出する。

 そして――

「貴様等には黙秘権があった」

 ――低く、太い男の声を聞いた。有無を言わせぬ力の籠った、言霊であった。

 咄嗟に男と用心棒は声の方を向き、臨戦態勢を整える。

 しかし目線の先に立つ巨漢は少しも動じずに台詞を淡々と続けた。

「貴様等の供述は、法廷で不利な証拠として用いられる事があった」

 岩の様な――否、巌の様な巨漢であった。

 刈上げられ、清潔感のある短い頭髪。強固な意志を象徴するような太い眉。眼光は鋭く一切の慈悲を感じさせない。首が、腕が、胸板が、胴が、腰が、太股が、足首が、全てが太く厚く、風によって削られた巌のような厳かな存在感が巨漢にはあった。

「貴様らは弁護士の立会いを求める権利があった」

 何よりも、彼の足元で頭を垂れる三本脚の烏達と同じ色をしたインバネスコートが問題であった。鍛え上げられた肉体を覆い隠すその宵闇の衣の胸元には、桜の花弁と太極図を模した家紋。

「もし自分で弁護士に依頼する経済力がなければ、公選弁護人を付けてもらう権利があった」

 それは陽出国中津葦原皇国の唯一皇にして現人神である葦原君が認めた者のみに与えられる、皇国でも最も価値のある紋章であり、男が『魔法使いを裁く魔法使い』であることを何よりも雄弁に語る物なのだから。

「だが、もう関係ない。葦原君の名と命の元において、この秋月秋水が貴様等を処罰する」

 そう、この男こそがヤタガラス『魔法使いを裁く魔法使い』序列第七位【深淵徘き】秋月秋水執行魔法使いであった。


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