序章
ただ、皆と楽しく遊んでいただけなんだ。
それで、子供同士の他愛もない喧嘩になってしまっただけ。
ただ……、それだけだったんだ。
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見上げても頂点が見えない程の、大人が三人でようやく抱えられるだろうかという大木のひしめく樹海。
枝葉の隙間から時折、降りてくる暖かな陽光。
遥か目の前を、我先にと駆けていく友人たち。
足がもつれ、大きな木の根につまずきながら走る自分を励ましながら、共にゆるりと走ってくれる兄達。
……全てが、眩しくて仕方がなかった。
どう、と他の木まで巻き込み倒れている巨木の跡。
遮るものがなくなり、ぽっかりと顔を見せる丸く高い空。
真っ直ぐに地まで届く、幻想的にも感じられる光の道。
大人達の真似をし、枝や蔓で作った思い思いの武器で戦いのふりをして遊ぶ子供たち。
一歩大人に近づき、竹刀や刃のない薙刀で高めあう年長組。
……ただ、早く強く、一人前になりたくて必死だった。
高く、高く振り上げられた竹刀。
制止の声と、回避へと向かうよう投げられた声。
頭に響く、本能が示す警報と、強い衝撃。
暗く光が閉ざされていく闇に染まった視界。
遠くから、近くから聞こえているようで聴こえない反響した叫び声。
名を呼ばれ、身体を抱きとめられたた気がしても動かすことが出来ない身体。
……ただ、自分の置かれた状況すら理解が出来なかった。
暗い意識の水底で知らない声が聞こえる。
『コンナ筈ジャナイ。止マレ』と叫ぶそれは、誰の声なのか見当もつかない。
自分では動かしているつもりがないのに、身体が動く。
何をしているのか把握は出来ないのに、衝撃だけが身体を満たす。
知らない声は止まらない。
……ただ、体の奥から聞こえる違和感に満たされているしかできなかった。
ふと、強い力に引かれて水面に浮かぶように戻った意識。
辺りの翠すら染め上げ、なまめかしい色を反射する赫い液体。
同じくして、自分の肌の色さえ分からない程の、両腕と身体。
呻き声をあげ傷口を押さえ、中には無傷でも泣きじゃくり、怯えた視線を向けるかつての仲間達。
一番上の兄によって呼ばれて来た、親や里人の悲鳴、恐怖に引きつった声。
……ただ、こなされる救助を虚ろに眺めているしかなかった。
きつく縛られ暴れられないようにされた手足。
涙のせいとも、眼に入った砂のせいとも言えない、霞んで色褪せた世界。
周囲を取り巻き、時に怒声を交え議論する大人達。
殺してしまえ、化け物、と罵ってくる優しかった里人達。
先ずは子の仕返しだと腹を蹴り飛ばされ、地に身体を打ち付ける。
止めて、そんな事をしないでと半狂乱に泣き叫ぶ母の声と、難しい顔をして押し黙り唇をきつく噛む父の姿。
……ただ、自分の犯してしまったという罪が実感出来なくて怖かった。
一晩睡眠も取らず行われた討論の末、決定した罰。
里の外れ、使えるか分からない程に崩れた廃屋への生涯幽閉。
慣れているはずもない、今まで行った事などない家事の難しさ。
ものを食べたくても食べられない日々の繰り返し。
忌み嫌われ、蔑まれ、殺されかけるという日常。
遥か彼方に消え去った皆と、自分の笑顔。
手の届かなくなった、温かかった家族のぬくもり。
……ただ、罪を受け入れ背負い、購い続けるしかないと理解したのは……その時だった。