0-1 支配階級は次元を壊すほど危険
『グハハハハ!ソノ程度カ!神ノ御使イ!』
迸る炎に合わせるかのように念話が怪音波のように周囲にまき散らされる。死の山とも呼ばれる火山であり、多種多様な竜族が住まうここでも最強の一角であるヘルイフェルノと呼ばれる竜が戦闘を繰り広げていた。ゴウ、と空気に悲鳴を上げさせ振るわれる腕に付いた爪は目の前にいた矮小な人型生物を引き裂き、弾き飛ばし、余波によって山の一角が消し飛ぶ……はずだった。
「星魔法・星界の壁」
光る防壁によって丘のように巨大なヘルインフェルノの爪の攻撃をぴたりと止めたのは白いローブを着た男。その背には白く輝く光の翼が生え、その頭にはエンジェルリングと呼ばれる光の輪が付いている。他種族嫌いの戦闘集団である星教国、十二司祭の一人であろうその男は涼しげな態度を崩さず、ヘルインフェルノに向けて片手を上げる。
「星魔法・星屑の軌跡」
詠唱を省略し、魔法名のみを唱えた高速発動。上位魔法をも超える竜滅魔法をここまでの完成度で威力を出すには努力と才能だけでは足りない奇跡が必要となるのに男の手から膨大な熱量を持つ光の柱が生み出される。並の竜族なら一撃で戦闘不能にすることも可能の極大魔法。それは何にも阻まれることなくヘルインフェルノの胸に到達し、ヘルイフェルノの胸を穿ち、山に新たなトンネルを瞬時に作り出す……はずだった。
『フン!』
ただ、気合の声を上げただけで竜鱗と呼ばれる物理にも魔法にも高い防御力を上げるそれが高密度の魔力と竜族特有の力である竜力により、さらに硬くなる。バチッと電気が弾けるような弱々しい音を立てて司祭の放った竜滅魔法は余波さえも生み出すことができず跡形も無く消滅した。
『ダカラソノ程度ナノカト言ッテイルダロウガア!』
再び振るわれる剛腕を受け止めるため、司祭の魔法が輝く。死の山の一角で支配階級クラスの戦闘が今日も昨日も明日も繰り広げられる。
……。
「愚直だな!」
己の心臓を貫こうとする神速の剣。それを紙一重でずらした少年は間一髪で即死を免れるが装備が切り裂かれて盛大な血しぶきを上げて吹き飛ばされる。魔族の支配域で採れるとさらに上位魔法金属であるダークマターを惜しげもなく使われた壁に衝突する。
手足が明後日の方向へと向き、どこからどう見てももう戦うことなんかできない。だというのにすぐさま少年の体から大量の蒸気が発生すると共に少年の体が即座に回復する。そしてむくりと起き上がった少年の瞳は闘争心に溢れており、これを先ほどで五十回目を繰り返した魔王は流石に辟易した表情で少年を見た。
「何度したって同じこと。それが分かる知能も実力もあるだろう!」
魔王が言葉の終わりと共に間髪入れず発動した魔法名すら省略した上位魔法の無詠唱により少年の体は木の葉のように宙を舞い、再び壁に叩きつけられる。ぐしゃりと潰れてはいけない何かがつぶれる音が少年の体の中から発生する。それでも少年の体はすぐさま回復をし始める。
「この……!」
それを見た魔王は額に青筋を浮かべて激しく憤る。ここまでタフでしつこいのも初めての魔王は少年に向かって無茶苦茶に剣を振るい、魔法を乱発する。虹色のスペクタルが少年の全身を覆い、腕や足が玩具のように千切れ飛ぶ。
それでも少年には死ぬことが許されない。体が塵となり、消えてしまいそうな攻撃を食らいながらも回復と再生が繰り返される。それが少年に施された力であり、呪い。帝国十二貴族の一つ、『再生』を司る蛇の貴族の血を引く者が持つ異常な生命力だった。
……。
暗い空の下に浮かぶ空間の切れ目。そこからは異形の生物が溢れだしていた。肉塊と呼ぶべきそれらは赤黒く、人や獣の形を作り、全身のいたるところに存在する口から怨嗟の声を漏らす。その足が目指すのは世界三大国の一つである国の王都だ。
王都は先日から未曾有の災害に飲まれていた。領土の各地で不死者と異形の生物が溢れだし、村や町を襲い、多くの人々の命を奪った。その奪われた命は不死者、あるいは異形の生物となることでさらに化け物達の戦力を増していた。
その原因を作り出したのは王国の宮廷魔導士と呼ばれる王国のトップエリートの魔法集団の一人であった。下法の術を研究し、各地でその研究成果を実証し、ついに完成にまで至ったその宮廷魔導士の男は王都で魔法を発動させる。それに伴い、永遠を欲したはずの男の命は消し炭となって消え失せたが次元を超えて現れた化け物達は餌を求めて王国を蹂躙した。
内側からも食らい尽くされた後に来た軍勢。もはや王国に残されたのは王都のみとなっていた。
それでも人は希望を捨てられない。王城の秘密裏に作られた儀式の間に生き残った王国の魔術師団があつまっていた。そこで王族の一人、近代の聖女と呼ばれる美しい少女が額に大量の汗をにじませながら膨大な魔力を練り上げている。周囲の魔力をかき集め、身を焼き切るような痛みの中聖女は異界の勇者を召喚するための儀式の最中、聖女は願いを口にする。
「助けて……。助けて私の勇者様」
聖女の頬を伝う一滴の光る水が光り輝く魔法陣の上に落ちる。途端にその願いを受け入れたかのように魔法陣が起動する。祝福するかのような暖かい光が聖女の体を包み込む。
「あ……ああ」
光溢れる空間の中、その光の向こうに聖女は確かに人影を発見した。
……。
「ん?」
今日は何だかいつもより天気が悪かった。その程度の違和感しか感じて居なかった。
でもそれが予兆だなんてごく平凡な一般市民で高校生な俺が気付く訳もない。いつもより空気がちょっと重たいなあ、なんてわずかに感じたくらいだ。いや、でも今日は何故か普段学校を休まない生徒が休んだりして先生が風邪の注意を呼び掛けていた。教師にも何人か体調不良を訴えたために今日の一限目は自習となっていた。だから本能的に気付けた人間は割と大勢いたのかもしれない。
そしてその日、俺が通っていた学校は消滅した。
前振りも無く突然に。
その原因が異世界で支配階級の奴らが同時刻に暴れすぎたのが原因だとか……俺は一生かけても知ることができるはずもないだろう。
こうしてただの高校生だった俺はその人生の幕を閉じた。




