第五章:地球防衛軍・前夜
「……宇宙を、作り出す?」
「そうだ。……確かに、君たちから見れば理解しがたい事かもしれんな。しかし、それを理解して初めて、ラージェルニアとして認められるんだ」
ヤキトリはその場に、ぺたんと座り込んだ。
「…………でも、殺すこと、ねえだろ?」
俯いたまま、ヤキトリが呟いた。きっ、と顔を上げると、
「みんなで協力すればいいことだろ? なんで殺しちゃうんだよ?」
ヤキトリの、ズボンを強く握りしめて作られた拳を、ジオはどこか悲しそうに見つめた。
「……君たちが死んだ、と考える状態を、我々ラージェルニアは『ファジネリス』状態、と呼んでいる。宇宙の基本構成エネルギーの奔流に帰った、という事だ。そのエネルギーはやがて、次の宇宙を作り出す。全ては、次の宇宙のためだ」
ジオの、淡々と事実を告げる実直な声色に、皆、一様に押し黙った。
「まあ、その、なんだ。……ううむ、私はこういうの苦手なんだよな」
ポルバキキが耳を力無く揺らして言った。細めた眼を、ジオへ向ける。
「……なぁ、ヤキトリ」
ジオが、ヤキトリの隣へ座り込む。眼が優しげに弛んだ。
「私は、他惑星種族の研究のため、地球に潜入していた。それで、調査の結果、私は……君たち地球人はパジヤィだと判断したよ」
ポルバキキは目を向いて身を乗り出した。
「ジオオネブグラジボ? それは正しい判断なのか?」
「ああ。地球の物理学者は、既にベビー・ユニバースの基礎理論まで到達していたよ。じきに、ファジネリス帯の存在を証明するだろう」
ポルバキキに答えると、ジオは前を見た。ジオとヤキトリは、奇しくも二人並んで、宇宙を眺める格好になっていた。
「君たちには可能性がある。次の宇宙を生み出し、自分たちの因子を残せる可能性が。もとより避けられない戦いなら、せめて可能性を持てた事を、誇りに思うべきだ」
ヤキトリがわずかに顔をあげ、視線を床に落としたまま、ぽつりと漏らした。
「……避けられない、か」
「ああ」
「俺達も、戦わなきゃならないのか?」
「いずれは、まあ、そうなるだろうな。君たち地球人が統一意識をもち、宇宙の真理に触れた、その時に」
宇宙空間は、遠い星々の輝きを点在させ、どこまでも広がっている。ヤキトリの心を写すように、茫漠とした虚無がそこにあった。
「とゆーのが宇宙の原理だ。よくわかったかな二人とも?」
ジオは親しげに声をあげた。
「さあ、行こうポルバキキ」
ポルバキキは肩をすくめて、そのまま眼を丸くした。
「ど、どうしたミキホノカ?」
思わず、といった体で声を漏らす。
ジオは怪訝そうに顔をあげ、ほのかを見やった。
ほのかは口元を抑え、くっくっくっと音を漏らしている。それは段々大きくなり、笑い声になった。
「あっはっはっはっはっ!」
ヤキトリも暗い眼をほのかへ向けた。ほのかは可笑しくてたまらないというように、腹をかかえて笑っている。
「なるほどねー。わかったわ意味が」
すたすたと歩いて、おもむろにヤキトリの頭をはたく。
「いつまでオチてんのよヤキトリ。シャキっとしなさいよ」
いつもなら何すんだと声を荒げる所だが、ヤキトリはゆっくりとほのかへ視線を向けるだけだった。
「……お前、なんでそんな明るいんだよ」
「まったく不景気な顔してるわねー」
ほのかはヤキトリの声と顔に呆れると、質問に答えないままジオに向き直った。
「ねえ、ジオ。その宇宙の終わりってのまで、あとどのくらいあるの?」
ジオが、きょとんと目を丸くした。
「まだ正確にはわからんが、三十四×十の七乗年くらいだな」
ぽそっとポルバキキが答えた。
「またわかりづらい答えねー。まあとにかくずっと先、ってことでしょ?」
「そうだな」
ほのかはゆっくりとジオへ視線を向けた。どこか吹っ切れたような、さっぱりとした表情だ。
「なんであんたたちがわざわざそんな事話すのかなって不思議だったけど、わかったよ」
宇宙空間へ目を向ける。視界の片隅に、見覚えのある輪っかのついた惑星が見えた。
「つまりさ、まだまだ地球は未熟者ってことでしょ?」
ジオは丸くした目を、にっこりと笑い顔に変えた。
「そうだな。その通りだ」
窓に、青い地球の姿が見えてきた。
「今の地球は、その戦争に参加する資格もない。だって、同じ星の中なのに仲良くできない連中がいるんだから。星を挙げて戦うなんてできるわけないよね」
ヤキトリがわずかに顔を上げる。
ジオはより目を細めて、ほのかを見た。
「大したものだ。ホノカ。私が地球で感じたのは、まさにそのことだったよ。だからパジヤィ……見込みある者、ではあるが、まだ覚醒には時間がかかる、若い種族だと、そう感じた」
「なるほど、な」
ポルバキキは額をぽんぽんと軽く叩いた。
「ほらね。わかったヤキトリ? 要するに私たち、ナメられてんのよ」
好戦的な笑顔のほのかを、ヤキトリは横目で見た。
「ヤキトリ、シャキっとしなさいシャキッと!」
ほのかはヤキトリの手をとり、力ずくで立たせる。
「いい? 今のアンタは、地球人には、落ち込んだり悩んだりする資格もないのよ! そうやって落ちこんだって、なんっの解決にもならないし、なんっの役にも立たないの! ミジンコに日本の将来を考えてくれって言ってるようなもんなの! わかるヤキトリ? いや、ミジンコ! オキアミ! プランクトン!」
ついにヤキトリが切れた。
「……うるっせーんだよボケ! 好き勝手言いやがって!」
「間違ってないからいいのよ! いい? あんたたち聞きなさい……!」
ほのかはゆらりと右手を上げ、ジオたちを指さした。
「次の宇宙を作るのは、私たち地球人よっ!」
高らかに言い放った。ジオは気圧されたように、肩を竦める。
「……あながち冗談に聞こえないものだな……」
「当たり前よ。本気だもん」
そんなやりとりの脇で、ヤキトリは窓の外を見ていた。そして唐突に、大きく、震えるほどに目を見開いた。窓の外には
「なにボーっとしてんのよ」
ヤキトリの思考は、後頭部を乱暴にはたかれて途切れた。
「ってえな、なにすんだてめえっ! 返せよ、俺の感動返せバカ!」
「はあ、何がよ? ああん? あ……ほんとだ、きれーい」
ヤキトリとほのかの視線の先には、青い地球が煌々と姿を表していた。
ヤキトリとほのかは、並んで地球をじっと見つめた。
「……さあ、到着だ。君たちにはすまないことをしたな」
ジオは一歩踏み出し、両手を大きく広げた。
ヤキトリはバツが悪そうに、目線を逸らしてしまう。
「……いや、別に」
「なに照れてんのよ?」
「照れてねえし!」
ジオに背中を向けたまま、ヤキトリはぽつりぽつりと話しだした。
「その……お前らの言ってること、全部納得したわけじゃねえけど……ただ、なんつーか、えーと……」
頭を大きく掻いて顔を歪める。ほのかは呆れて、大げさにため息をついた。
「どーしてそう自分の気持ちがわかんないのかしら? あたしが言ってあげるわよ、あんたの納得してない理由」
励ますように、ヤキトリの肩をぽんぽんと気安く叩く。その眼に憐みの色が浮かんでいるのが、ヤキトリには癪でしょうがない。
「いい? 宇宙の、本当の事情を知って、あんたはそれを受け入れられない……と、そう思ってる。けどね、本当は違うでしょ?」
「はぁ?」
「本当は、宇宙の事情を話したのが、こいつらだから、でしょ?」
「それは……どういう……」
「あんた、こいつらのこと好きなんだよ。だから、戦いたくない。違う?」
「あ……」
「戦いたくない。だけど、宇宙はそれを許さない」
ほのかの言葉に、全員が押し黙った。星々だけが、四人をガラス越しに見つめている。
「そうか。そうだな……」
ジオは小さく頷きながら、さらに言葉を重ねる。
「今はまだ、君たちは何も感じないだろう。しかし数百年が経ち、君たちが宇宙を認識したとき……ラージェルニアになった時、わかるはずだ。他の惑星人とは、絶対に相容れないのだということを」
ポルバキキは呆れたな、といった調子で首を傾げ、しかし親しみを込めて、言った。
「そうだな。そこにある感情は、憎しみとか、恐怖ではない。もっと根元的な排除意識だ。多分、これは私たち生命の意志ではなく、この宇宙が、存在し続けようとする意志が、そうさせているんだろう」
「そうなったら、私たちは、あんたたちと敵同士、ってことよね」
ほのかはヤキトリの肩をぱんぱん、と叩いた。ほのかが触れているというのに、痛くない。こんなことは初めてだ。ヤキトリは自分でも妙な感想を抱いた。
「こいつは、それが嫌なのよ。まったく甘々よね。……でも、それって地球人のいいとこだよね、たぶん」
二人のバック一杯に、青い地球が映っていた。
朝の公園には、誰もいなかった。
早朝にも関わらず、ヤキトリとほのかはほとんど眠気を感じていなかった。ただの徹夜明けの異常なテンションなのか、クワヴァノ人の技術によるものなのかわからないが、とにかく、
「……ふふふ………」
「は……ははは………」
「「ふはははははははっ!!」」
二人は大声で笑い合った。犬の散歩をしてるおじいさんが、びくっと身を竦ませている。
「いやぁ~、すっごい体験だったわ」
「ああ。すごかった」
二人は揃って深呼吸すると、不敵な笑顔を浮かべ合った。
「じゃあ、することは一つね」
「ああ?」
「決まってんでしょ。地球統一!」
「なに言ってんだお前?」
「その手始めとして、まず、二年四組を、シメるっ!」
ほのかは高々と拳を突き上げた。合わせて、ヤキトリも拳をかざす。
「おお、いいじゃねぇか望むところだっ!」
「クラスの一つや二つ、まとめられずに宇宙戦争ができるかってのよ!」
意気揚揚と、二人は学校へ向かった。
まだ誰もいない教室に、二人は座っていた。昨日までとは決定的に違う、意識の変革を遂げた二人には、怖いものなど何一つない。うっすら笑っている横顔は、傍目で見る限り到底近づきたくないものだった。
その時、教室のドアが開いた。数人のグループがぞろぞろと入ってくる。そして、席についた二人を見て、硬直した。
「おう、おはよ……う?」
「ようこそ、四組……へ?」
不敵な笑みを浮かべていたヤキトリとほのかは何故か、一気に疑問符だらけの顔になった。
入ってきたグループはざわめき、ちらちらとヤキトリとほのかを見る。
「や、ヤキトリ……その……」
「ああ。……誰だ、あいつら?」
グループの一人が、おずおずと口を開く。
「えっと、あんたら誰?」
まったく事態を理解できないまま、またぞろぞろとクラスメイトが登校してくる。
「あれ、そこ私の席なんだけど?」
「なに、どうした?」
口ぐちに言う生徒たち。ヤキトリとほのかは、全身から血の気が引いて行くのを感じた。
「ヤキトリ……ど、どういうこと? これ?」
「わ、わかんねえ……」
ヤキトリは何事か思い至ったのか、近くの生徒にすごい形相で詰め寄った。
「お、おい! 今って、今日って何年だ?」
「は? ……二〇二〇年だけど……?」
ヤキトリはうっすらとひきつった笑みを浮かべて、滝のような汗を流して、問うた。
「美樹……俺達の文化祭って……」
「……二〇……十、八年…………」
ヤキトリは開いた口を塞げなかった。ほのかは真白になった。
青い地球がぐんぐん遠ざかっていく。
宇宙船の中で、ジオとポルバキキはぼそりと呟いた。
「面白い子たちだったな」
「ああ」
「……あれは、仕方ないよな」
「ああ、言ってどうなるものじゃない。星間飛行には時空異相差は付き物だ」
「しかしな……二年経っているのは、ショックだろうな」
「そう言われても、広い宇宙といえど、時間を操作することはできないのだしな」
「そうだな。それも宇宙の真実だ」
もう遠く見えなくなった地球の片隅で、ヤキトリとほのかは混乱のあまりにクラスを巻きこんで大暴れしていた。
「あのボケ宇宙人! 説明しろチキショー!」
「ああああたし、シワ増えてない? どうよヤキトリ?」
「知るかっ! 覚えてろよぉぉっっ!」
その声は、流石に宇宙までは届かなかった。