第四章:見込みある者
実際に目に映ったのは一瞬であったが、中空に浮かぶモニターは、その光がまだ伸びていることを示している。光は伸び続け、やがて射線上にある光点に到達した。
遅れて、遠くからのわずかな輝きが映った。
ヤキトリとほのかは、何が起こったか理解できずに首を傾げている。
「撃墜したな。ふう……」
「早めに対処できてよかったなぁ」
翻訳機能が生きたままのクワァヴァノ人の会話は、仕事をやっつけた後のサラリーマンのようであった。
ところが、またしても警報が鳴りだす。
「多いな、近くで交戦しているのかな?」
「みたいだな。六クーリュン先でエネルギーが断続的に放射されてる。こりゃ戦闘だな」
あまり穏やかでない単語の羅列に、ヤキトリは顔をしかめた。
「おいジオ。何だよ、交戦とか戦闘って……」
ポルバキキと話していたジオが振り向き、先ほどと変わりなく紳士的に答えた。
「ああ、戦闘だ。心配いらないよ。私たちは介入しない」
言った矢先、先ほどと同質の光が宇宙空間を走る。
さっきよりもずっと強い光だった。
ヤキトリはじっと、宇宙空間を見つめていた。走っていく光の先、一つの光が生まれ、そして消えた。唾を飲み込み、異様なほど乾いているのに初めて気づく。
「……なあオイ。なにやってんださっきから?」
ジオとポルバキキが小首を傾げ、ややあって見つめ合った。
「なに、って、砲撃しているんだが……」
ヤキトリの目が皿のように見開かれる。数拍口を閉じては開き、絞り出すように声を発した。
「……もしかしてお前ら、さっきから……宇宙船を撃ち落としてる、のか?」
ヤキトリの声が、いつもよりわずかに低く、暗い。ほのかは思わずヤキトリを見上げる。
「その通りだ。クライストンを縮退して撃ちだしているんだ。相手を原子レベルまで分解できる我が軍の主兵装だ」
ポルバキキが簡潔に、とは言い難い説明をする。
ジオは肩を竦めて突っ込みをいれた。
「大したものだが、それも当たれば、だろ」
「お前がいない間に、命中精度が上がったのさ」
「へえ、そいつは知らなかったよ」
ジオとポルバキキは笑い合った。
船体が揺れた。ヤキトリとほのかは体勢を崩し、その場に倒れ込む。
「……ヤキトリ?」
ほのかが怪訝そうにヤキトリを見た。対するヤキトリは、疑念を顔に刻んでいる。
「……小隊みたいだな。二隻やられて業を煮やしたか。数は……三」
「所属はわかるか?」
「友軍じゃない」
「十分だ」
中空のモニターに、紅い光点が示される。その数は三つであり、それにモニターが幾枚も重なる。自船の有効射程、敵船の有効射程、及び攻撃のシミュレーション予測値、空域の素粒子分布状況ほか、様々なデータが表示される。
船内をまた、衝撃が襲った。
わずかに埃が降ってくる。ヤキトリはほのかの頭を押さえつけた。ほのかも抵抗せず、身を伏せている。
「大丈夫か、二人とも? ポルバキキ、自動排除航行で早く離脱しよう」
「待った。それよりこいつの方が早い」
ポルバキキが得意げに、手元の、眼に見えないボタンを押した。
モニター上で自船を示す光点を中心に、球体が広がっていった。その球体は三つの敵船を飲み込むまで大きくなると、弾けるように霧散した。モニター上には、光点が一つだけ残った。自船である。
「……成る程、早いな」
ジオが感嘆の言葉をもらす。
振動が嘘のようにおさまり、また静かな白い船内空間と、その外に広がる暗い宇宙空間だけが残った。
「えーと……二人とも起きなよ」
恐る恐る、といった様子でかけられたジオの言葉に、二人の地球人はのろのろと起きあがった。ほのかは疲れた顔をしているが、ヤキトリの方はどこか、怒っているような顔をしている。
「……今の、何?」
呆けた顔で、ほのかが問いかけた。その傍ら、ヤキトリが一面に散らばったトランプを集めている。
「何と言われても、なぁ?」
ジオが自信なさげにポルバキキを見る。
「私に言われても。他惑星種族の専門家はお前だろう? 何のためにいままで潜入してたんだ。地球人の心理くらい理解してやれ。私にはわからん」
「……戦争してんのか、お前ら?」
ぼそっ、と放たれたヤキトリの声は、厳しさを含んでいた。
「戦争、か。うーむ。それは正しいと言える、かな? どうだろう?」
ジオは腕組みをして、自問自答した。
「まあ、そう理解しても構わないが、うーん。君たちの、地球で言うところの戦争、と言うのには、少し概念的に差があるな。」
「……ヤキトリ、怒ってんの?」
ほのかがのぞき込むように問いかけた。
「……別に。怒ってる、って訳じゃ、ねぇけど」
ほのかに罪があるわけでも無し、彼女にきつい視線を向ける事はないのだが、それでも眼が険しくなってしまっている。
「……今撃ったのは何だ?」
視線を寄せず、ヤキトリは問いかけた。
ポルバキキは耳を少し立てて、呆れたように答えた。
「だからクライストンだ。高次元重粒子の一つで、それそのものから反中間子を発して、素粒子崩壊を起こす。まあ、ギギルドォにはわからないかもしれんが……」
ポルバキキにトランプが投げつけられた。それらはパラパラと音を立て、床に散らばった。
「……んな事聞いてねーんだよ! 撃たれた的は何だったのかって聞いてんだ!」
一息でまくし立てると、ヤキトリは肩を上下させて息を吐いた。
ジオもポルバキキも、ほのかもその剣幕に眼をぱちくりしている。
「その……怒らせるつもりはなかったんだが、な? ポルバキキ」
「ん、ああ。その、……すまんなヤキトリ。何か気に障ったのなら、できれば説明を乞いたいが、いや、ううん……済まない事をした」
ポルバキキが神妙そうに謝った。
隣のジオは、何事か納得したように、目を細めた。そして、重そうに口を開く。
「……そうか、そうだったな。すまん。我々から説明しよう」
「おお」
ヤキトリの重い声が重なった。
轟音と振動の代わりに、高エネルギーがその存在を示している。
雲霞の如く、宇宙を埋める船団。銀光を放ち、虹色に輝き、赤黒く染まる。
船団が、宇宙で対峙していた。
「なんなんだ、コレ……」
ヤキトリは船外ガラスに手をつけて、呆然と呟いた。
「戦闘だな。えー……ナジャフェ連合とグーリルの交戦だ」
ポルバキキが顎で、ジオに先を促す。
「ヤキトリ、さっきの船は、この戦闘に参加していたようだ。別働隊だか逃亡だかは解らないが」
ヤキトリは手に力を込めて、ガラスに爪をたてた。
「そうじゃねえよ……」
ジオが怪訝な眼で見ると、ヤキトリは振り返った。
「そうじゃないだろ。なんで撃ったりしたんだよ? それって、殺したってことだろ。あいつらなんかやったってのかよ?」
ポルバキキはジオに目配せした。目を大きく開き、驚いたような顔だ。ジオは肯定の意味を含ませて、眼をぱちくりさせた。
「……ヤキトリ、ホノカ、ひとつ確認させて欲しい」
ポルバキキは恐る恐る、二人を見やる。顔色を伺うようにして、彼は続けた。
「君たちは、その……さっきの宇宙船を撃墜したことを、非難しているのか?」
その肩を、ジオがぽんと叩いた。
「ポルバキキ……。彼らは今、正義という概念で行動しているんだ」
「正義?」
「そうだ、彼らの規範に、忠実たろうとする精神活動だ。それによれば、全く無関係である存在を殺傷するのは、悪、即ち罰則に値する。その対となる概念が正義だ。彼らは、我々を、その規範を犯したものとして非難しているのだ」
ジオは確認するように、二人へ近づいてきた。
「……お前ら、殺したってのに随分と平然としてんだな」
殺す、という言葉に、ほのかがぴくっと肩を震わせた。
「うむ……ポルバキキ。方位38A―734519へ頼む」
「接近するのか?」
ジオは答えず、ヤキトリとほのかへ語りかけた。
「いいかね、二人とも。これから先の戦闘空域へ近づく」
「こんな所で講義か?」
「ちゃかすなポルバキキ。そこで何が起こっているか、しっかりと見るんだ」
黙ってそれを聞くが、ヤキトリは険しい顔をあげる。
「……説明になってねえよ」
「私がいくら口で説明しても詮無いことだ。もしかすると、君たちには理解できないかもしれんが、それでも、自分の目で見なければならん」
四人の宇宙船は、戦闘空域へ向かい飛行する。宇宙船の周りの物質が歪み、宇宙船を透明化させた。
その空域では、戦闘が行われていた。
一隻の大型母艦に、蠅のように群がっていく戦闘艦。やがて母艦は奇妙にねじ曲がり、船体を両断する。
多くの生命が、失われていた。
「……なんで?」
茫然自失の体で、ほのかは呟いた。
「両軍は、共に絶滅の危機に瀕している。原因はもちろん、この総力戦だ」
「バカじゃねぇのか?!」
ヤキトリは、ジオの胸ぐらへ掴みかかる。彼にしては珍しい、真の怒相を浮かべていた。
「なんで絶滅しそうになってまで戦争すんだよ? 理解できるわけねぇだろうが!」
「落ち着け、ヤキトリ」
宇宙船が揺れる。四人はあえなく床を転がった。
舌打ちしながら、ポルバキキがキーボードを叩く。
「やめっ……!」
モニターにエネルギー表示がされる。見る間に伸びていくエネルギー帯は、宇宙船の反応を悉く消失させた。
その意味に思い至ったヤキトリは、声を失った。
「まずいぞジオ。敵機が集まってきている」
「……わかった、離脱しよう」
船内を再び振動が包む。だが今度は、振動が断続的に、規則的なリズムをもって襲ってきた。
「これはっ?!」
白い壁が破れ、黒煙が侵入してきた。
ジオは咄嗟に、ヤキトリとほのかを抱き伏せる。
ヤキトリの耳に、法則性を持った獣の吠え声が聞こえた。
「グール族か。役者不足だな」
ふと顔をあげると、ポルバキキがゆらり、と立ち上がっていた。
それに相対して、五体ほどの生物が立っていた。全身が深い体毛に覆われ、それを抑え込むように防護服を着ている。毛の奥で、眼だけがぎらぎらと輝いていた。
彼ら、グール族は、兵器と思しきものを照準した。
「ポルバキキ! 頼んだ!」
「任せておけ」
ポルバキキの耳が、スゥっと屹立した。
岩を強引に掘削したような音と共に、ポルバキキの体が駆けた。
グール族の兵器は、宇宙船の床へ虚しく着弾する。その内の何発かは、一瞬で移動したポルバキキを追った。
「クワヴァノの科学者を、侮るなギギルドォ!」
声とともに、グール族の攻撃が不可視の力場によってかき消される。
ポルバキキがケーブルを己に繋ぐと、白い宇宙船の壁に差し込んだ。
ほのかが、眼を見開き戦いた。
宇宙船とリンクしたポルバキキは、全防衛システムを解放、グール族へターゲットに設定し、攻撃を開始した。
白い壁が、無数のニードルを弾き出す。グール族のうち二体は、それによって全身に風穴を開けた。なおも止まらないニードルの嵐は、グール族の体を床面へ縫いつける。
ニードルの嵐をかろうじて逃れた者はしかし、別の末路が待っていた。集束されたレーザー光が、一瞬で細切れの肉を作り出した。グール族の体液であろう、白い液体が辺り一面へ飛び散っていく。
ヤキトリが唾を飲み込む間に、それだけの惨事が現出した。
ただ一人生き残った者が、辺りを驚愕して見回す。
その背中が何かに当たった。
「すまんが、捕虜になってもらう」
ジオは掌サイズの、丸い球体をグール族の首へ押しつけた。それだけで、グール族は全身を弛緩させて、その場へ崩れ落ちた。
ヤキトリの胸に、ほのかが頭を埋めていた。小さく震える肩を、ヤキトリは強くつかむ。
先ほど破れた壁は、まるでかさぶたがふさがるように補修されていった。今では、さっきと変わらない白い壁が周りを取り囲んでいる。
その一画に、体の自由を奪われた、毛むくじゃらの生物がいた。
「二人とも、大丈夫か?」
ヤキトリは暗い、険しい眼をジオに向けた。
「……俺達も、殺すのかよ……」
ジオはポルバキキへ顔を向けて、耳をすくめた。
「二人とも、我々の話を聞いてくれるか?」
二人は答えず、憮然と座り込む。
ポルバキキが、浮遊する椅子から二人へ声をかけた。
「……話も聞かずに態度を硬化させるなんて、やはりギギルドォだな」
「ポルバキキ!」
「あ、いや……すまん。……その、私としても、少し………寂しいのだ」
ポルバキキは小さく言い、視線を逸らした。
そんな仕草を横目で見たほのかは、握った手をほんの少しだけ緩めた。
「すまない。だが、いいか、二人とも。これは、言うなれば……宇宙の真実だ」
ジオの言葉に、二人は眼を合わせ、ゆっくりとジオへ向けた。
「……ギギルドォ。この単語は、彼らグール人のような、未開種を指す。確かに野蛮人、という意味もあるが、本義は違う。見込みのないもの、というのが正しい意味だ」
ヤキトリはジオの眼を、正面から見返した。
「そして、我々クワヴァノ人はパジヤィ、と呼ばれている。先ほどの戦闘も、当事者はパジヤィだ。彼らギギルドォのグール人は、傭兵にすぎない」
ジオは二人へ一歩近づき、囁くようにして言った。
「パジヤィとは、『見込みある文明種』という事だ」
「……見込み?」
「そうだ。だがギギルドォもパジヤィも、共通しているのは宇宙を意識し、覚醒している種族……ラージェルニアだという事だ」
ジオはグール人に、再び球をあてた。
グール人はびくん、と電極をさされたカエルのように反り返る。ポルバキキがさりげなく、グール人の翻訳機能を作動させた。
「……ザッ……ザザッ……な、なンで、コロさなイノですか?」
グール人の唸りとオーバーラップして、意味ある言葉が聞こえてきた。
「もちろん殺してやるが、その前に二、三話しをしたくてな」
「クワヴァノのカタがたなのに、ミョウなことをいいますね。ゴゾンジでしょうが、ヤトイヌシにかんスルことハはなせませんよ?」
「わかってる。そうじゃなくて、彼らを諭すんだ」
グール人は眼だけをぎょろっと巡らせた。全てを見透かすような大きな瞳が、ヤキトリを貫く。
「ヤキトリ。我々ラージェルニアは、君たちの言うような戦争などしていない。我々の戦いは、憎悪や利害などが原因ではないんだ。基本的に、他惑星人に対しては、殺すか、殺されるか。二択でしかない」
ジオはグール人の前にかがみ込む。
「今お前は、私を殺したいか?」
「トウゼンでしょう。けれど、むりなハナシなのでしょうね」
「私が憎いか?」
「……にくイ? なんのことです?」
グール人は首を傾げた。
「……どういう、事だ?」
ヤキトリは眼を丸くする。殺し合いを、極めてドライに語る異星人達が、文字通り「化け物」に見え、背筋に寒気が走る。
「……ヤキトリ、これが普通なんだ。ラージェルニアの果たす覚醒とはつまり、己の種、文明が、宇宙にたった一つだと気付く、という事だ。そして……」
ジオは球をグール人に押し当てた。
「それぞれの種は、決して相容れない。憎しみやあらゆる感情を、越えた次元で」
グール人はかくん、と首を落とし、床に突っ伏す。倒れ込んだ体はやがて、塵芥に姿を変えて、結合が解かれて分子になり、やがて単なる元素となって船内へ消えていった。塵はわずかに光を反射し、煌めきを生んだ。
「ああした戦闘は、ここだけではない」
ジオは球をしまいながら、顔を上げた。
「異なる種が顔を合わせれば、間違いなく戦闘が始まる」
ヤキトリは唾を飲み込んだ。ジオのまん丸の目が、吸い込まれそうな不気味なものに見える。
「ま、もっとも、私たちと君たちでは起きないがな。君たち地球人は、まだ、覚醒していない。戦いに参加する資格がないんだ」
「……資格? お前らみたく殺し合いなんざ、したくもねぇよ」
「違うぞヤキトリ。この戦いは、必要なんだ」
ついと手をあげて、ポルバキキに目配せする。
ジオの目に、険しい顔つきのヤキトリが映った。
ポルバキキの操作に合わせ、真っ白だった壁、天井、床が、一様に暗黒の宇宙空間を映し出す。
ヤキトリとほのかは、宇宙空間に放り出されたような錯覚を起こした。
そこには、何もなかった。どこを向いても黒しかない世界。ただ、自分の姿、ほのかの姿、ジオの姿、ポルバキキの姿は、変わらず見える。
「ここが、どこかわかるかね?」
「………宇宙の、果て……」
ヤキトリの頭に、漠然と浮かんだ言葉は、その空虚な空間に最も相応しく思えた。
「……君たちには、まだこの場所を観測する技術がない。この暗闇は、宇宙の中心だ」
「……どういう事だ?」
「時間、空間、位相、精神、因果律の統一共同体。それがルジュイ……宇宙の正体だ。その中に、私たちも、君たちも含まれている」
「お前達の地球は、わりと辺境だけどな」
「ポルバキキ! まったく……それでだ、少し唐突だろうが……」
ほのかがゆっくりと顔を上げようとしている。
それを根気よくジオは待った。ほのかの眼が、僅かに見えた。
そこで、ジオは続けた。
「この宇宙は今、終わりを迎えようとしている」
ポルバキキが腕を組み、うんうんとしきりに頷いていた。
「……終わり?」
ヤキトリの制服の袖が、ぎゅっと絞まる。強ばったほのかの肩を、ヤキトリは軽く叩いた。
「宇宙が終わるって、なんだよそれ……」
ポルバキキはわずかに肩を竦めた。
「別に大事件でも何でもない。正しい自然の摂理だ。循環が滞りないという意味では、むしろ喜ばしいことなのだ」
「と、私たちクワヴァノ、というよりラージェルニア全般は思っている。だが君たち地球人には、その辺理解しづらいだろう」
「……わかるわけねぇだろ? 宇宙が終わるなんて、んな事信じられるかよ」
「だが、事実なんだそれが。そして、この戦いの根源も、宇宙の摂理にある」
「戦争が、摂理?」
「そうだ。君たちにとっては罪悪に映る、異星人を殺害する行為……それは、ごく自然な事だ。いかなる場合でも、最終的には己と別種の生き物は殺す。むしろ、殺さないほうがこの宇宙では罪悪にあたるんだよ。さっきのグール人のようにね」
「……ふざけんじゃねーわよ……」
ゆらり、とほのかが立ち上がった。
「……何なのよソレ。なんで殺すのがいいことなのよ」
「彼らはエネルギーとなるからだ」
沸々とした問いは、淡々と答えを与えられた。
「この宇宙を構成するエネルギーに還元される。いずれ生まれる、新たな宇宙のために」
およそ理解しがたい言葉。ヤキトリとほのかは、ジオから目を離せずにいた。
「さあ、見ていたまえ。これが、今から百三十六億年前、宇宙開闢の瞬間だ」
今まで一様に散らばっていた星達が、スパゲッティのように光の軌跡を描いていく。
暗闇の宇宙が、空間ごと、一点へ向かい集束していく。
「…………っ!」
今まで出会ったことのない、強い光が生まれた。
「これでもフィルタをかけているんだが……やはり眼がくらくらするな」
静まり返った船内で、ポルバキキの声だけが、妙にのんびりと聞こえた。
「……今のが、ビッグバンだ」
眼を瞬かせて、ヤキトリは顔をあげた。
「……なんだ、ここ……」
「まあ大雑把だが、宇宙の誕生を逆回しで再生した。これはつまり……」
うって変わって、真っ白な空間が何処までも続いている。ただ、僅かな揺らぎ……泡のようなものが、いくつも浮かび……膨らんだり、弾けたりを繰り返していた。
「間宇宙……プレ・ユニバースが終焉を迎えた直後の姿だ。我々は鎮めの時代と呼んでいる」
ジオが二人へ言い含めるように、訥々と語る。
「ここには何もない。時間も光も重力も、何もかもが相転位した状態だ。もちろんこの状態では、生命など存在していない。君たちの想像する終末とは、このような状態なんだろうね」
やがてうっすらと、暗さが増してきた。深い闇が全てを覆っていく。そして、ヤキトリたちの知る宇宙に似た空間が広がった。
「これが、私たちの前の宇宙だ。もっとも、宇宙空間だけは大して変わらんが」
呆然と、二人は辺りを見ていた。文字通り、視線が宙を泳いでいる。
「まあ、何が言いたいかと言うとだな……このように、宇宙は誕生と終末を何度も繰り返している。集束と膨張を行いながらな。だが、その繰り返しというのは、知的生命の手によって為されるんだ」
ヤキトリは怪訝そうな顔をジオへ向けた。
「理解できたか? 宇宙は、これまで何度も終わりを迎えている」
ジオとヤキトリの視線が、まっすぐにぶつかった。
「しかしその時々の知的生命が、次世代宇宙を誕生させるんだ」
ポルバキキがさりげなくキーボードを操作する。宇宙空間が、見慣れた純白の船内へ戻った。
「この戦いは、次の宇宙を誕生させうる可能性を持つ文明を選別する、宇宙の摂理。文明のバトルロイヤルだ」
外に見える星々の瞬きが、やけに遠く感じられた。