表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
意外と知らない宇宙の事情  作者: 鈴河悟
3/5

第三章:地球の根本原理

 クワヴァノの宇宙船内は、慣れないと眼が眩むほどに白い空間だった。

 ポルバキキが一際高い、宙に浮くイスに座っている。その周りには、薄いディスプレイが浮かんでいた。手慣れた手つきで、宙のキーを叩いている。

 見慣れてくると、ほのかには宇宙人というのも、愛嬌のあるものに見えてきた。少なくとも、自分の大嫌いな蜘蛛よりは断然マシである。日本語でコミュニケーションがとれたのが、大分安心につながったのだろう。恐る恐る、ジオに声をかけた。

「で、でさ、ここって、どこなの? ジオ、さん?」

「ん? ここか? えーと……えーと……V89、X662、Y99.325……」

 なかなか進まない会話に、上から見ていたポルバキキが答えを出した。いくつか操作をして、船外が見えるよう壁の反射率を変える。ほのかの右側に、暗黒の宇宙空間が広がった。

「わぁー、……って、真っ暗。なにコレ?」

 ポルバキキが頭を抱える。キッと顔をあげて、イスから飛び降り、ジオの隣へと素早く滑り込む。懐からケーブルのような黒い線を取り出し、自分の額とジオの額に押し当てた。両者の額がわずかに発光すると、ポルバキキはジオと繋がったままがなり出した

「見てわかれ! ラトスゲニア第八干渉空間だ! ペリオンとハルイダムの分布をよく見ろ! 学校で習っただろうが!」

 意外と高い、ポルバキキの声が響く。

「あ、ポルバキキもしゃべれるんだ」

 ジオが大きな眼に笑みを浮かべた。

「まあな。私の地球語辞典を転写したからだ」

「いいかミキホノカ、ここはだなぁ、地球から大体……なんだお前たちの単位は? 光ィ?」

 ポルバキキは眼を見開くと、次いで呆れたように眼を細めた。

「そんなものではかったら、お前……八百二十光年、だぞ?」

 ヤキトリとほのかが、同時にピタっと固まった。

 ほのかはぐっと、一語一語、声を絞り出す。

「……それって、光の速さで、八百二十年かかる距離、って意味、だよね?」

「そうだよ、ミキホノカ。あ、ポルバキキ、地球ではまだ、光より早い粒子が発見されていないんだ」

「なんだよ、そんな連中なのか。確かにギギルドォじゃないようだが、パジヤィとしてもちょっと水準が低いんじゃないのか? 私はそもそも、定義が曖昧で好きじゃないんだ、この言葉は」

「そう言うなよ。私の仕事がなくなるだろう……ってどうしたの?」

 ジオが振り向くと、まるでそこだけ、ぽっかりと暗い闇がかかったような雰囲気が漂っていた。

 ヤキトリとほのかは、この世の終わりの様な、深く、暗い表情をしていた。互いを見もせず、何事か囁き合っている。

「……どうすんのよ。八百二十年って」

「……死んでるな」

「……光の、速さって?」

「……確か、二秒で地球を七周半する、はずだ」

「……どーいう事?」

「……めちゃくちゃ速いって事」

「正確には、秒速三十万キロメートルだな。だから、地球からおよそ七千七百五十八兆五千七百四十三億二千万キロメートルぐらいだ」

 ポルバキキの声がのんきに響く。

「いあああああ!! ダメよ、ダメすぎよ! 何よアンタたち、結局あたしらを生きて帰す気ないのね!」

 ほのかが突然叫び出す。頭を振りまくって、玉のような涙が四方へ飛んだ。その足下で、ヤキトリが体育座りで「の」の字を書いている。

「え、えっと、落ち着きなさい」

「ヤキトリは、何をしているんだ、それは?」

 ポルバキキが素っ頓狂な声をあげる。地球人の深い絶望は、クワァヴァノ人には理解しがたいらしい。

「あたしはオバーチャンよ! つーか、影も形も残らないわよ!」

「……地球人に生まれ変わった方が早いかもなぁ……」

 ジオとポルバキキは、互いに顔を見合わせる。

「……あー、もしかして、光を基準にしてるから、やたら遠くに感じてるんじゃないか? クライストンとかエトリウムを知らないんだろ?」

「あ、そういえばそうか。あのな、君たち。そんな時間はかからないぞ?」

 二人の顔が上がる。眼に怨念すら宿っていた。

「宇宙には、光より早い粒子がいくつも存在しているんだ」

 ポルバキキが追って告げる。

「実際我々の船は超光速航行しているしな」

 ヤキトリとほのかは、二人の異星人を交互に見た。

「……そうなの?」

「生まれ変わる前に、帰れる?」

「いくらなんでも、そんなに時間はかからんさ。君らの体感時間で、……四時間くらいだろうな」

 ジオは耳らしきものをピンとたててゆらゆらと振った。

「まあ、そんくらいならすぐっちゃすぐだな」

「ドラマ、見れないけど。まぁしょうがないか」

と、地球人コンビは胸をなで下ろした。

 ポルバキキが、さっきのジオと同じ仕草で耳を揺らした。どうもそれは、やれやれといったニュアンスのようだった。


 制服姿の男女と、奇妙な外見の生き物が、白い床に尻をつけて座っている。それより少し高い空中に、イスに座った、奇妙な生き物の片割れがいる。

 四人は、地球までの宇宙小旅行の真っ最中だった。

「なんというか、まだまだだな、地球は」

「そう言うな。この二人は別に、地球最高の頭脳という訳じゃないんだから」

「しかし、一般サンプルには違いないだろう。それがこのレベルとは……」

「……結構失礼な事言ってねえか? と、アガリっ!」

 快活な声と共に、ヤキトリが二枚のカードを場に捨てた。

「がぁぁ、また私の負けか。ババヌキというのは、なかなか奥が深い」

「そうか?」

 散らばったカードを集めて呻くジオを、ヤキトリは呆れたような眼で眺めた。

「大体、母星の衛星までしか到達してないんだろう? 覚醒にはまだほど遠いじゃないか」

 ほのかは、上目遣いにポルバキキを見上げながら、思い出すように言った。

「えいせい……月に行ったのって、うちらの生まれるかなーり前、だよねぇ」

「ああ、まだテレビがモノクロの時、じゃねぇの?」

 ジオが集めたカードを受け取りながら、ヤキトリが応えた。ささっとカードを配り終える。カードを取り扇状に拡げると、ほのかはいたずらっぽい目つきをカード越しにジオへ向けた。

「てゆーかさ! あんたたちクワバノ……変な名前、は、一体何しに地球へ来たの? まさか……地球侵略!?」

 すかさず、ヤキトリが口をはさんだ。何だか、百戦錬磨のギャンブラーのような面持ちだ。

「いや、宇宙人はそんな野蛮なことはしないのさ」

「なに言ってるの、地球は綺麗な星だから、宇宙人はみんな狙ってるのよ、虎視タンタンとっ!」

「いやいや、愚かな人類が破滅しないように導いてくれてるのさ。お前知らないの? キリストは宇宙人だったんだぜ?」

「なにトンデモ説を得意げに話してんのよ?」

 ポルバキキは不思議そうに眼を丸くした。

「なあ、ジオオオネグブラジラボ。彼らは何を言ってるんだ?」

「んー、地球にはな、我々の様な他惑星の生命の事を、色々と想像する風習があるんだ」

 スペードの2とハートの2を捨てながら、何の気なしに答える。

「ふーん、他惑星生命の生態を、色々と推測して論議するのか? なかなか文化的だな。見直した」

「いや、それがそうでもないんだ。科学的根拠は、はっきり言って全く、無い」

 ポルバキキは耳を立てて揺らした。 

「……やはりギギルドォなんじゃないか」

「おいおい、お前ら、さっきっからギギなんとかって、どーゆーイミだよ?」

 ヤキトリとほのかが、ジト目でジオとポルバキキを見つめた。

「ふん、どーせ野蛮人とかってイミでしょ」

「それ言ったら、うちのクラスの連中もそーだよな。お前も含め」

「あんたは文明人でも落伍者よ」

 涙目のヤキトリと、平然としたほのかの間で、クワヴァノ人たちが首を傾げる。

「いや、君たち。ギギルドォは別に、馬鹿にして言ってるんじゃないよ。」

 ジオが諭すように話しかけた。二人は疑わしさ全開で見つめ返す。

「単に発展レベルを示す用語だ。君たちはパジヤィ……」

「私はギギルドォだと思うがな」

 ポルバキキがぼそっと口を挟む。

「あーほらまた言った! 気分わっるー!」

「ぐぅうぅぅ、うるさいなぁ。ミキホノカは。そういうのがギギルドォだと言うんだよ」

 どうもクワヴァノ人は、眼が大きいため感情が分かりやすい。普段まん丸の、満月の様な眼が、今は左右に細くなっている。まさにジト目だ。

「ポルバキキ、余計な事を言うな」

 見かねたジオが口をはさむ。しかし、

「あのなポルバキキ、地球の女はみんなギギルドォなんだよ」

「なに? そうなのか?」

「ヤキトリまで……。そんないらん誤解を吹き込まないでくれ」

 辟易したジオの脇で、ほのかが立ち上がった。

「なんだとヤキトリ! ホッピー片手に食われちゃえ!」

 ああもう、とジオはひとり、頭を抱えた。

 ほのかはゆらり、と頭を上げ、椅子に座るポルバキキに挑発的な視線を投げた。

「だいたいアンタも、そんな高いトコに座って随分とエラそーよねぇ?」

「な、なんだ? 私は技術屋だからいいんだよ」

 ポルバキキは椅子から若干ずり落ちながら言った。

 そう? と言わんばかりに、ほのかは不敵に笑う。そして、人差し指と立て、二度、三度と動かした。

「じゃあ勝負しましょう」

 すっ、とカードを掲げる。

「お、おいミキホノカ?」

「ほっとけジオ。遊びたいだけなんだよアイツ」

「うっさいわね。さぁポルバキキ、どうするの?」

 ポルバキキは耳をすっと立てて首を回すと、音もなく床へ降り立った。

「……いいだろう」

 ふふん、と不敵に笑う両者。

「教えてあげるわ。私とアンタの力の差、そして、地球の基本原理を、ね」

「ほう……それはそれは。実に興味深いものだな……」

 互いに低い笑いを漏らす。ポルバキキの方は電子音のような不思議な響きで、なんだかよく分からない真剣勝負が幕を開けようとしていた。


 地球人とクワヴァノ人の、種族を超えたカードバトル、には違いないのだが、宇宙船の中は、どちらかというと修学旅行のバスのような盛り上がりだった。

「よっしゃぁ、あっがり!」

「うん、8切り。で2。それでアガリ、だ」

「……1。そんで、これでアガリ」

 ほのか、ジオ、ヤキトリが順次アガリを宣言した。ポルバキキは一人、扇状のカードを握りしめプルプルと震えている。

「くそっ、なんなんだこのゲームは?!」

 カードを床に投げつける。それをさっさと集めて手早く切り、ほのかは一同に配った。

「はいはい、じゃあポルバキキ、強いの二枚ちょうだい」

「なにィ?! なんだそれは!」

「ルールよ」

「そ、それじゃあ一度おとしめられたらもうはい上がれないじゃないか! 何故君に強いカードを渡さねばならんのだミキホノカ?!」

 ポルバキキが立ち上がってまくし立てた。聞きようによっては涙声の様でもある。

「だぁからそーゆールールなの。あたしは大富豪、そしてアンタは大貧民。最下層の人種なのよ。いい? 金持ちの所に金は集まるの。そして、貧乏人はどこまでいっても貧乏人! それが地球の根本原理よ! 悔しかったら共産革命起こすがいいわ!」

 ほのかは身じろぎもせず宣言する。そのあまりの堂々とした態度のために、ポルバキキも口をつぐんでしまった。

「まあまあ、ポルバキキ」

 ジオが同僚をなだめるように話しかけるが、それはかえって逆効果のようだ。辛いときの優しさは、時としてその人の誇りを傷つける。

「うるさいうるさい! お前だって富豪だ。結局は私を哀れんでいるに違いない!」

「……うっさいなぁ、ポルバキキ」

 ひとり騒動に参加しなかったヤキトリが、ぽつりと愚痴った。横目で手持ちのカードを見るが、貧民から抜け出すことは無理そうだ。

「……ん? ……おいポルバキキ」

「うるさいうるさい!」

「違うよ聞けって。警報だ」

「うるさいうるさ……警報?」

「そうだよ、接敵警報だ」

 ジオが告げた言葉に、ポルバキキがようやく平静を取り戻した。

 外が見渡せるようになっている船内から、暗黒空間に浮かぶ点が見えた。

「なんだ、あれ?」

 そうヤキトリが疑問を口にした瞬間、ポルバキキの落ち着いた声が響いた。

「確認終了。あれはクワァヴァノ船ではない」

「了解」

 ジオの言葉の直後、宇宙空間に、すっと一筋の光が走った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ