第二章:いぶんかこみゅにけ~しょん
カワイイブサイクな生き物と、ヤキトリの眼がバッチリ合っている。
再び、不思議な音が聞こえてきた。それは、目の前の不思議な生物が交わしているようだ。
(かかか、会話、してんの、か?)
ヤキトリは知る由もなかった。その時、目の前の二体が、このような事を話していたことを。
「ああほら、驚いてるじゃないか。地球人に手を出したら職務規定違反だぞ」
「すまん、回収時のミスだ。最大に設定してたから、ギリギリで力圏内に入っちまったみたいなんだ。まあホラ、サンプルとしてもって帰ればいいじゃないか」
「おいおい、いくらなんでもそりゃあないだろ。しかもカップルじゃないか。かわいそうだよ」
「むしろ好都合だろ。つがいなんだから繁殖させればいい。保護観察局にはいい手みやげじゃないか」
「馬鹿。現地種族とはいえパジヤィだ。ギギルドォ扱いは良くない」
「えっ、パジヤィなのか?」
目の前のEテレキャラクターもどきが、なにやら動いている。どうやら、生き物であるようだ。えらく現実味がないが、その動きに不自然な所は何もない。ずっと前からそうして生きてきた、という、ある種の自信さえ感じさせる動きだ。着ぐるみにしては出来過ぎている。
もしかしてこれは、という思いが、ヤキトリの頭によぎる。
(これ、まさか……「宇宙人によるアブダクション」というやつ、か?)
ヤキトリの脳裏に、テレビに出てくる、宇宙人によって誘拐されたと主張する人たちが浮かんだ。あの、そろって宇宙人の似顔絵が下手クソな連中だ。だがヤキトリは今、脳裏で彼らに向かい、全力で謝っていた。
そんなヤキトリをふと正気づかせたのは、ほのかの吐息であった。
もうすぐ目覚めそうだ。ほっと胸をなで下ろしたのも束の間、思い出したように、あわててタオルをほのかの顔にかけた。ちょっとご臨終の場面のようだが、仕方ない。なんだか、あの連中を彼女に見せるのは危険な気がしただけだ。ヤキトリは警戒するように、連中を見つめた。
「ふわぁっあぁ!」
じたばたしながら、ほのかが顔を上げた。
「大丈夫ですか、お嬢さん」
ヤキトリではない、ほのかでもない。全く別の所から、日本語が紡ぎ出された。
二人は眼を見合わせ、揃って視線を振る。
目の前に、さっきの生き物がしゃがみ込んでいた。
後ろに控えている方が、小さく短く、音を発した。多分それは、「ボソッと呟いた」という具合なのだろう。眼が大きいので、なんとなくゲンナリしているような感じがする。
生まれる星は違っても、表情って意外に似通ってくるのかなぁ。そんな事を思いながら、ヤキトリは左の肩口を見た。ほのかが隠れている。まるでヤキトリが身を挺し護っているかのようだが、もちろん率先して前へ出た訳ではない。盾にされているというのが正しい表現である。
ほのかは眉根を寄せ、肩で息をしていた。威嚇する小動物のようだ。さしずめ、マングースである。
(と、んな事思ってる場合じゃねえや)
つい五秒程前、目覚めたほのかが全力を以て絶叫したのだった。耳をつんざくとはあの事だ。
どうやら謎の生き物たちもこたえているようだった。手前にいる方が、眼を白黒させながらも話しかけてきた。
「あ、ああっと……君たち、怪我はないかい?」
「あ、日本語」
ヤキトリは軽く驚いた。自分たちにとって口がある部分には、わずかな丸い穴があるだけだ。猫のようなまん丸眼の上、おでこにあたる部分に細長い楕円が張り付いている。
「ええと、私の言ってる事、わかりますか?」
生き物は続けた。口が動いていないので、すぐに声とは分からなかった。聞こえてきた言葉の意味を理解するのに、わずかな時間を要した。
「あ……ああ。その、わかる」
「よかった。それで、なんだ、そっちの女性は?」
言われてほのかの方を向く。どうやら少し、警戒レベルが下がったらしい。ヤキトリを見て、こくりと頷いた。
生き物同士が向き合い、例の不思議な音を出し合った。何事か相談している様だ。
「ややや、ヤキトリ。あれ、何?」
「知ってたらもっと和んでる。お前も少し落ち着け、な?」
「う……うん」
「美樹……?」
「何?」
「お前、結構ムネあんのな」
固い物をぶつける音が響いた。二体の生き物は、同時にヤキトリ達の方を見る。
そこには前のめりに突っ伏したヤキトリと、拳を握り込んだまま、少し涙目のほのかがいた。
「とりあえず、君たちには謝罪したい。私はジオオオネグブラジラボ」
「じ、じおお……何? 名前?」
「……発声法が違うからな。ジオでいい」
続いて奥に立っていた方が、不思議な音を発した。聞こえた通りに言うと、ポルバキキ、である。
「それはわかるのか。彼の名だ」
手前に立つジオが、奥のもう一体を指さす。手を挙げてポルバキキが答えた。
「……で、あんたたちは一体、なんなんだ?」
ヤキトリは恐る恐る聞いた。名前より、そっちの方がよほど気になる事だ。
「ふむ。もっともだ」
ジオ、と名乗った方は、少し身を引いて、姿勢を正した。
「私たちはクワァヴァノという、まあなんというか、……君たちとは違う惑星、から来た者だ。まるで違う様に見えるだろうが、君たちと我々は、同じルジュイに属する物同士だ」
「は? ルジュイ?」
「ルジュイは、まあ『宇宙』という意味だと思ってくれ。厳密に定義するとややこしいからな」
「つまり……どーゆーこと?」
ヤキトリは、分かり切った事を聞く自分が情けなかった。この流れで、他の答えがあったら、詐欺としかいいようがない。
「他惑星の生命、人、だから、異星人、という事だな」
ほら、やっぱり。ヤキトリの顔には、諦めが浮かんでいた。
ほのかはどんな顔をしているのだろうと、そっと振り向く。ご丁寧に、分かりやすく愕然としていた。
「い、意味わかんない! なんで? いせいじんって何、宇宙人? ってか、あたし達なんでこんな所にいるのよ?!」
もっともな疑問である。ヤキトリは既に、現状の奇天烈ぶりに驚くよりも、頭が痛みだしていた。
「うむ、それがな。まったくの手違いによる出来事なんだ。すまん」
ポルバキキ、という奴が、肩口をポンポンと叩いている。
「彼もスマンと言っている。というわけで、君たちには申し訳ない事をした」
「……俺達を、どうする気だ?」
ヤキトリは恐る恐る、聞いた。異星人というのは、地球を侵略したり、地球人を解剖したりするものだ。少なくとも、ヤキトリにとってはそれが常識なのだから。
「どうって、別に食べたりしないよ。そうだな、我々にも都合があるし。君たちの体感時間で……五分で決めてくれ。我々と一緒に来るか、地球に帰るか」
ヤキトリとほのかはポカンと、ジオのまん丸な眼を見つめ返した。言葉の意味をすぐには掴めず、数拍の沈黙。
「って五分もいるかぁ!」
突如、二人同時にわめいた。
「速攻、帰してくれ!」
「考える余地なんざないわよっ! 地球に帰るにきまってんでしょ!」
二人の勢いにジオが一歩下がる。居住まいをただしつつ、ジオは落ち着き払って言った。
「わ、わ、わかった。地球へ帰還が希望か。うん。そりゃ、まあ……当然だな」
その言葉に、二人はやっと安心したようだ。
「よかったぁ、なんかアンタら、話わかるじゃん。あ、俺、高崎耶鳥」
「あたしは美樹ほのか。しっかし、全然見知らぬトコに連れてかれるかと思ったよ、あたし」
「俺なんか、解剖されるかと思ったよ、あっぶねぇー」
地球人二人は明るく、言葉を交わした。
その後ろで、クワァヴァノ人二人組も、自分たちの言葉で何事か囁き合っている。
ヤキトリ達にはわかるはずもなかったが、それはこんな意味を持っていた。
「……そいつは、言わない方がいいかもな」
「言ってどうにかなるものじゃない。さすがにこればっかりはどうしようもないさ。針路反転、地球へ向かうぞ」
「了解。悪いなポルバキキ」
「なに、むしろ私の責任だからな。ジオオオネグブラジラボが謝ることじゃない」
ポルバキキの手元に、地球への針路を示す宇宙図が映し出された。