ただ、愛されたかった。
「アンタなんて……産みたくなかった!」
それは母の口癖だった。アナタなんて産みたくなかったと、アナタさえいなければと、そう言われて私は生きてきた。
「死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!シネ死ね!シネ死ね!死ね死ね」
狂ったように叫ぶ母をみるのは、もう何度目だったろうか?
母は昔、強姦された。
みんなの留守の夜中に強盗に入られ、襲われてしまった。中絶はどうやら体質上、命の危険を孕んだ為にそれが出来ず、結果、私が産まれてしまった。
「お母さんを恨まないであげて」
「あの人も被害者なの……」
「ゆるしてあげて」
周りの親戚たちは、こぞって母が悪いんじゃないと、だから恨まないであげてくれと言われ続け、遠回しにやはり自分が悪いと言われ続けた。
いや、強盗の男が悪いだろうと言えば、そんな簡単な話ではない。強盗の男は母の手によって包丁でグサリと刺され殺されている。
正当防衛という形で無罪にはなったが、母は殺人と強姦という大きな心の傷をおってしまい、そしてその副産物として産まれた私は恨むべき対象になってしまった。
「まぁ、仕方がないよね~」
私は最早諦めながらも、この家に住まわせて貰っているという恩があるので、出来るだけいい子に生活した。
出来るだけ母の視界に入らないようにし、勉強を頑張り、手伝いもして、いると便利で、存在感のない子供になろうと努力した。
幸いと言うべきか、私は親戚たちには嫌われているものの、使用人には同情されているので、一応の生活は確保していた。
母は悪くない、箱入り娘が見ず知らずの人に襲われたら、あぁなってしまうのも仕方がないし、自分を恨むのも仕方がないと、若干諦めて達観していた。
「そんなの……可笑しいわよ!」
ある日、うっかりと、本当にうっかりと先生に自分の家の事情を話してしまったら、それはおかしいと力説された。
小学校の家族絵で、顔を真っ黒に潰した絵を描いてしまった私は、それが原因で担任の先生に気にかけられ、ついポロリと喋ってしまったのだ。
正義感の強い女性の先生は、なんと家にまで上がりこみ、うちの母に直談判した。
「産まれてきた子供に罪なんてない!そんなの可笑しいわよ!詩音ちゃんは何も悪くないわ!」
「……っ……」
「そもそも、あの子が何をしたっていうの!?いい子じゃない!」
大丈夫かと、心配になって障子を少し開けて中を見てみれば、母は大泣きしており、ずっと涙を流し続けた。
「そんなの……分かってるわよ……」
「一緒に……ご飯食べない?」
先生が説教をたれた次の日から、母の態度は優しくなった。無闇に私に暴言を吐くことは殆どなくなり、時おりこおして食事の誘いもしてくれるようになった。
「……うん!」
ハッキリ言えば、とても嬉しかった。
最早諦めているとはいえは、私はまだ9才だったから、お母さんに優しくされるのはとても嬉しくて、だから無邪気に喜んでた。
「今日の学校はどうだった?」
「最近、冷え込んできたわね……」
母と会話する回数が日に日に増えてきた。少しのぎこち無さはあるものの、それでも私は必死で会話をしようと努力し、母も機嫌がいいときには笑いかけてくれるようになった。
とても、うれしくて、泣きたくなりそうだった。
「先生、ありがとうございます。お母さんが少し優しくなって、喋りかけてくれるようになったんです」
「それはよかった。詩音ちゃんが幸せそうでさ」
私は学校で先生に礼をいった。先生は少し照れくさかったのか話を変えた。
「そういえば、今日はクリスマスだけどサンタさんに詩音ちゃんは何頼んだの?」
「うーん……まだ決めてないよ」
私にとって、クリスマスなんてのは関係のない行事だった。うちの家は何故かみんなクリスマスを嫌がり、祝いたがらない。
何故だか分からないが、そんなことはどうでもよかったし、今年もどうでもいい。
だって、お母さんがいるから。
「ただいま!」
「おかえりなさい」
私が家に帰ると、母は返事をしてくれた。前までは寧ろ帰ったことを知らせるのが嫌で音を立てずに入ってきたら、凄く嬉しかった。
居間に母と二人ですわり、母は編み物をしている。
「わ~綺麗な雪~」
窓から見える、フワフワと落ちる美しい雪に反応すると、母はピタリと編み物を止めた。
「え、えぇ……そうね……」
「今日はクリスマスなんですよね……雪なんて初めてみましたよ……」
世間話のつもりだった。母と娘がやるような、そんな他愛ない会話の筈だった。けれど、母はゆっくりと立ち上がり窓にふれた。
何故か、それがとても怖く感じた。
「お母さ……」
「私は……昔、みたことあるわ……あの時も雪がふってて、皆の帰りをまってた夜だったの……」
なんでもない過去話のようなのに、どこか怨念じみた声だった。そして、話は続く。
「でもね……その夜に来たのは変な男だったわ、そして、その男に私は……
汚されたの」
瞬間、母のもっていた裁縫ハサミが私に向かって飛んできた。キラリと光る物体に驚いてそれを避けたが、次の瞬間、母は私の首をしめた。
「あの日の夜!私は汚された!……誰もいなくて!どんなに叫んでも助けが来なかったの!だから私はあの男を殺した!真っ白な雪が真っ赤に染まったわ!……アナタを妊娠したせいで愛しいあの人には見捨てられた!!」
「……っぐ……うぁ……」
母が編んでいた赤いマフラーが私の首を絞める。必死で抵抗するが、子供の腕力では叶わず、母は血迷った目で私を見ている。
それは、我が子に向ける目ではなく、憎き相手を見る目であった。
「どうかなさ……桔梗さま!?詩音さま!?誰かー!誰かー!」
異変に気づいた使用人が通りかかり、母と私を引き離そうとする。そして、その使用人の声に気づいた他の人たちも表れ、やっと母から解放された。
「……ックハ……ひゅー……ひゅー……なん……で」
私は息を確保しようと、必死で息をする。
母は使用人たちから取り抑えられ、血の涙をうかべながら答えた。
「アナタに罪がないなんて知ってるわよ……沢山の人に言われたわ……けれど、私が悪いっていうの!?私が全部悪いの!?好きで貴女を産んだ訳じゃないのに!好きで母親になったわけじゃないのに!愛そうと頑張ったわよ!努力したわよ!けれど煩わしかった!ずっと死んで欲しいと思ってたわよ!ねぇ、私を愛してるなら死んでよ、消えてよ……お願いだから……私を幸せにしてよ、死んだら幸せなの……
アナタなんて産みたくなかった」
久し振りに聞いた、母の口癖。
「……なんてことを…………詩音さま!?どこへ……!」
私は裸足で家を飛び出して走った。
雪の上は冷たくて痛く、息はすぐにあがり、肺は剣で切り刻まれたかのように凄く凄く痛かった。どれくらい走っただろう……一時間かも知れなかったし、一分かもしれない。
気がつけば、海にたどり着いた。それなりに大きくて、綺麗な海だった。
「……ハァ……ッガハ……ハァハァ……ハハハ」
流れるを見て、不意に、笑いが込み上げてきた。涙は不思議と出ない
「……私、バカだなぁ……」
舞い上がっていた。自惚れていた。頑張れば愛されるんじゃないかと、いつかは認めてくれるんじゃないかと……
そんな筈は無かったのだ。よく考えれば当たり前だった。
「消えたいなぁ……」
私は引き込まれるようにして、海へと足を運んだ。雪がふり、氷のように冷たいというのに、体は何も感じてくれない。
途中で波に体を浚われ、水のそこに体を沈めた。口から出る水泡が上へ上へとのぼっていき、何故か苦しさもない。
「(お母さん……)」
私は今までサンタさんなんて、信じてませんでした。嘘っぱちだとずっと思ってましたけど、いるなら聞いてください。
都合がいいように思うかもしれないけど、どうか聞き入れてください。
私のプレゼントはいりません。私はお母さんと短い間でも優しくしてくれて、笑ってくれて、一生分の幸せをくれましたから、それで充分です。
だからサンタさん。もしもサンタさんがいるのだとしたから……
「お母さんに幸せをあげてください」
詩音とかいて、何と読みましたか?