うそつきララ
深い深い森の中に、一つの小さな村がありました。村は、小さいながらも栄養のある土に恵まれ、たくさんの小麦畑が広がる、美しい村でした。
その村にいるララは、村中をほとほと困らせていました。
ララは嘘つきでした。
お母さんもお父さんもおじいさんもおばあさんもたいそうな正直ものでしたが、ララは村一番の嘘つきでした。
「遅くまでどこいってたの?」
お母さんが聞きました。
「学校の先生とお話していたの」
本当は、裏山を走り回っていました。
お父さんがララに羊肉を買わせに行くと、おつりが少し足りません。
「おつりはどうしたのだ」
「あら、知らなかったの。この間、羊は高くなったじゃない」
本当はお花を買っていました。
ララは大層お話を作るのが上手でした。しかし、村に伝わるお話を――森に入ってはいけない――という教訓じみたお話を作り変えて面白おかしい話に変えてしまったことに村の長老様は困っていました。
「だってそっちの方が楽しいじゃない」
ララはすました笑いを浮かべるだけです。
ララは嘘つきでしたが、子供達には大層人気がありました。彼女の周りには、いつも小さな子がくっつき、ララは愛おしそうに接していました。
大人達は、嘘つきという部分には閉口しましたが、それでもララのことを好いておりました。
森の果ての魔女がやってきたのは、ララが十三才の秋でした。
魔女は村人全てが広場に来るように命令しました。さもないとこの村に呪いをかけると言い放ったので、全ての人が怯えながら集まりました。
「この村には、罪人がおるぞ。真を曲げ、虚実を騙り、衆を惑わす女子がのう」
村のみんなが一斉にララを見ました。まさかそんな、いやしかしララだぞ、とあちこちから声が聞こえてきます。
「皆の者、これは盗人が落としていったものだ。心当たりのあるものはおるか」
魔女の手にあったのは、茜色のリボンです。それはいつもララがしていて、なぜか今はしていません。村人達の声はどんどん大きくなり、魔女はララに目を向けました。
「貴様か、秘匿の妙薬を盗みおって、どうしてくれる」
ララは、けれどその恐ろしい魔女に対してにっこり笑いかけます。
「私、盗んでなんかないよ」
「この嘘つきめ! それならこうしてくれよう」
魔女は右手に持った杖をララに向けて振り降ろします。すると真っ黒な風がララの体に吹き抜けていきました。倒れこんだララは体がうまく動かせません。その姿に満足そうな笑みを浮かべた魔女は告げました。
「そんなに嘘が好きなら望み通りにしてやったよ。お前はこれから嘘しか話せないよ。その命が尽きるまでね」
大人達はララを助けませんでした。
魔女が怖いのが一番の理由です。けど、ララが悪いのだ。盗むのも大概だが、こんな時まで嘘をついてどうするのだ、と呆れてもいたからです。
ララはどんどん一人になっていきました。
お母さんもお父さんもおじいさんもおばあさんも妹も弟も本当は大好きでした。けれど、もう二度と「大好き」を言えなくなりました。
おいしい料理を食べても、楽しい遊びをしても、憧れの騎士が村にやってきても、嘘しか話すことができません。
ララはやがて、遠い遠い森の中で一人で暮らすようになりました。
笑わなくなり、一言も話さない静かな暮らしを続けるようになりました。
何年も経つと、家族にさえ会わないようになっていきました。
太陽が何度もララの上を昇っては沈んでいきました。
ある日、ララはいっぱいの森イチゴを潰した光景が広がっている、と一瞬思いました。それほどに真っ赤な血を頭から流す男の人がいました。
男の前には熊がいます。歩く度に地が揺れるほどの存在感を隠すことなく、近づきます。
ララは熊の目の前に立ちはだかり、じっと目をみつめました。そうして、首をゆっくりと横に振りました。
熊の目は怯えています。ララ以外の人間に会うのが久しかったからでしょう。しかし、ララの目を見ると少しずつ落ち着きを取り戻していきます。
熊はしばらくララを見つめたあとに、ララの元にすり寄っていきます。
ララは穏やかに笑いかけながら、その頭を撫でてやりました。
ララの寝どこは男の体には大きすぎます。しかたなく、草を敷きつめベッドに代わりにしました。幸い、頭の出血は収まり、他に傷口も見当たりません。
森は、既にララにとって庭同然です。必要な薬草を男にララは与え続けます。
何も言わず、ただただ男の面倒を見続けました。
男の人は少しずつ元気になっていきました。
「俺はリオだ」
男の人はララにそう言いました。
ララはずっと黙っていました。
「俺は、アルブレの出でな。故郷を飛び出して騎士団に入るつもりが、色々あって傭兵になっちまった。それで任務終わりにここらに立ち寄ったが、奇襲を受けてはぐれちまって……」
「そこの村はサルーというらしいな。あんた、そこの人か? なんで一人でいる?」
「年はいくつだ? 俺は二十三だ」
「子供の頃は絵を描くのが得意でな……」
元気になるリオは、どんどん話します。気になること、どうでもいいこと、昔のこと、森のこと、自分のこと、家族のこと、なんでも話し続けました。
ララはそれを全て無視しました。
リオはそれでも話し続けました。
「俺と、一緒になってくれ」
リオがそう言ったのは、彼がここに来て、三度目の満月の夜でした。
体はすっかり元通りで、頭の傷口が跡になっていましたが、「勲章だ」とリオは笑っていました。
ララは、その言葉を無視しました。
「俺と、一緒になってくれないか」
ララはやはり無視しました。
リオはそれから少し黙り、「そうか」と笑いました。
「明日の朝、俺はここを出ていく。世話になったな。あんたの料理はうまかったよ。店が持てるぜ。本当に。ああ、けど他の奴には言わないほうがいいかな? こんなうまい料理をこんな美人が作れるなんて知ったら人で溢れ返って大変……」
ララは、
「帰って」
そう答えました。
「早く、出てって、あなたのことが嫌いなの。治ったのなら早く出てって。今すぐ出てって」
リオは、目を大きく見開きました。
「早く一人にして、死なれるのが寝ざめが悪いから看てただけ。人間が嫌いなの。大嫌いなの。森にはたくさんお友達がいる。人間なんてまっぴらごめん。
私は一人がいいの。一人が幸せなの。だから、早くここから消えてちょうだい」
リオは静かに立ち上がりました。そして、ゆっくりとララの前に跪き、強面の顔をにっこりと笑顔に変えました。
「あんた、嘘、下手だな」
リオはララのほほを撫でました。
家族には会えません。村に戻ることはできません。そうすればきっと迷惑をかけてしまうから。だから一人でいようと決めたのです。そう決めたのです。
話す言葉は全て嘘。
けれど、嘘泣きはできません。
心までは偽れません。
「嫌いだ、あなたなんか、大嫌いだ……」
リオとララは夫婦となりました。リオは少し離れた町で出稼ぎに出ては帰ってきて、ララと生活していました。ララが嘘しかつけない、ということは生活をする中で自然と分かっていきました。
そんな生活が幾許が続いた頃、彼らの森の家のドアがノックされました。
「ララさん」
そこにはたくさんの若者がいました。かつて、彼女につき従っていた子供たちの姿がありました。
「ララさん。村に戻って来てくれ。あなたのお陰で、僕らは救われたんだ」
ララは裏山で、迷子になった男の子を必死に探していました。
お花が売れないと帰れない、と泣く女の子のためにお花を買ってあげました。
森で死んでしまう女の子がかわいそう、と昔話に泣いてしまう子がいれば、そのお話がみんなが幸せになるお話に作り替えました。
「あの魔女の薬を盗んだのは、僕達なんだ」
魔女の薬は高価でとても高く売れます。
弟を立派な学校に行かせるために、男の子は魔女の家から薬を盗みました。けれど、すぐにバレて追いかけられた時、ララに出会いました。
ララは「大丈夫だよ」と言って、自分のリボンを魔女が来るであろう道の上に落としました。
ララは嘘つきでした。どうしようもない嘘つきでした。
人を慈しむための嘘なら、なんでもつきました。
「ララさん。あんたは、俺達にとって女神も同然だ。戻って来てくれ。あんたが俺達を助けてくれたこと、俺らはみんな知っている」
ララを囲んだ若者――かつてララが救った子供達――は、すでに村の担い手になっています。
彼女のついた嘘は、語り、騙った、お話は、今は彼らの子供に伝えられるお話となっていました。
ララはけれど、首を横に振ります。話すことは決してありませんでした。リオはそんなララに何も言わず、ただ微笑んで傍らに寄り添います。
ただ笑って、深く、深く頭を下げて、彼らにお別れを告げました。
ララは三人の子供を授かり、大事に育てていきました。
しかし、魔女の呪いは体も蝕んでいたのでしょうか。
三人目の子が四歳になる頃、ララは起きあがるのも難しくなっていました。
やがて、ララは子供達に見守られながら静かに眠りにつきました。
ララは最後まで嘘つきのままでした。
泣きじゃくる子供達を前に、自分はもう二度とこの子達に会えないと理解しました。
だから最期に、子供達に嘘をつきました。
精一杯考えて、考えて嘘をつきました。
「大丈夫よ」
大丈夫ではありませんでした。
「すぐによくなるわ」
絶対によくなりませんでした。
「お母さんが嘘ついたことがある?」
嘘しかついていませんでした。
「お母さんは、あなた達のお母さんで――」
子供達は一度もララから、「愛している」と言われませんでした。
一度も「好き」と言われたことがありませんでした。
最期まで、ララは子供達にその言葉をかけられませんでした。
けれど、みんなお母さんが自分達を愛してくれたことは知っています。
柔らかな笑顔と、温かい料理と、病気をした時の心配そうな顔と、泣いて帰った時に唄ってくれた歌を、みんなみんな憶えています。
時が経ち、リオは近郊の守衛の職に従事しつつ、子供達を育てていました。
ある日、上の娘のアリスが目を真っ赤にして帰って来ました。理由を尋ねると、アリスは答えました。友達と喧嘩して、大嫌いといってしまった。本当は、大好きなのに、どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。
アリスがお父さんは見上げると、どうしてか、笑っています。なんでこんなに私が傷ついてるのに笑ってるのよ、と怒りを覚えてしまいます。
「お父さん、真剣に悩んでるの。真面目にしてよ」
「すまんすまん、いやな」
リオは、苦笑して続けます。
「お母さんに、そっくりだな」
幸福な顔をして、娘の頭をなでました。




