03 ゼル、色々と案じられる
「ねえ、リオン。あんた一体どういう風の吹き回し?」
しかめ顔も隠さず、文句たらたらに言ったのはソフィアだった。
そのすぐ傍を行くリオンだったが、彼は何も返さない。沈黙を守りながら、彼はどこか苛々とした調子で歩いていた。
つい先ほど、アリスナ洞に向かうと言い出したこの青年に、ソフィアは付き合わされる羽目に陥っていた。
昔からこのリオンという青年のことは知っているつもりだが、まさかこのように相棒を追いかけるとは思ってもみないソフィアである。
(ったく……ろくな準備、してこなかったのに)
そのままでいいから来い、と無理やり彼の魔導具――仲間同士での意思伝達に使用する――に名前を刻まれ、何だかんだ腐れ縁の友人に着いて来てしまった。
ソフィアは少しだけ、自分のお人よし加減を苦く思った。よく他人から自由気ままな猫だと言われることがあったが、こういうとき、自分はやはり聖職者なのだとソフィアは思う。
薄暗い洞窟の通路の奥から、ひゅうと風が流れる音に混じり、魔物と一戦を交えるような音が小さく反響して聴こえてくる。おそらくそこに居るのが攻略隊の人々で、ゼルなのだろう。まだずいぶん距離が離れている。
冷えた空気を肌に感じながら、ソフィアは隣へと顔を向けた。
「帰りを待つんじゃなかったの?」
「暇だ」
リオンは短く言い切った。
(暇だから、相棒を迎えに行くわけ?)
ぞんざいに言い放たれた理由に、ソフィアは笑い出したい衝動に駆られた。
リオンの言葉をそのまま受け取るほど、“彼”も素直な性格はしていない。へたな言い訳のよう――いや、むしろ下手な言い訳そのものの言葉に、ソフィアは少し意外な思いで彼を見た。これではまるで、リオンが相棒想いの良い人間のようだ。
彼は変わった。
それもかなり、意外な方向へと。
全てはあの“白髪の治癒術師”に出会ったからなのだと思うと、自然とソフィアの顔には笑みが浮かんだ。
「あんたこんな奴だったっけ?」
からかいの意を含めて言ってやると、リオンは一気に不機嫌そうな顔になる。
淡い金髪に橙色の不思議な色合いの瞳をしている。もともとは良い家柄の出自だという彼である、普通にしていれば精悍な顔つきで格好いい部類に入る男なのに、大抵しかめ面なので台無しだった。
「てめえは黙って支援してろ」
「ええなにそれ? 人種差別ー、ヒーラーぎゃくたーい。あたしはあんたの回復薬じゃないってのー」
「っるっせえな、分かってるよンなもん!」
声をあげながら、リオンは腰もとの長剣に手をかけた。
「え、ちょっと」
すらりと抜かれた剣身に一瞬面食らったソフィアだったが、次にリオンが彼の背後の何かに斬りかかるのを見て、目を見開いたまま振り返る。驚くほど目前に、赤々と牙をむいた口腔が飛び込んだ。魔物特有の生臭い息を感じて、
「――ッ」
だがソフィアが息をのんだのは一瞬のことで、次に瞬きをしたときには状況は一変していた。文字通り、吹き飛んだ魔物を見て、それから顔を戻した先には余裕の笑みを浮かべるリオンの顔。
薄く笑った剣士にまた別の魔物が飛びかかるのが見えたが、彼は振り返ることもせず拳を魔物の顔に叩きつけた。
ソフィアは思わず胡乱な目つきになった。
「あんた、知っててわざと言わなかったわね」
魔物に囲まれていることを。
自分たちが魔物の群れに遭遇したのだと理解したソフィアは、リオンと背中越しに杖を構え、わずかに苛立ちを含ませて言った。
大型のコウモリ型の魔物が複数、彼らを取り囲むようにしてバサバサと飛んでいる。
いつの間にと焦りを覚えたソフィアに対し、リオンは長剣を肩に掛け悠長なものだった。状況が分かっていないのではなく、ただ単に『焦る理由がない』というだけだ。それが、リオンが冒険者ギルドから一目置かれる理由だった。
だが“一匹を相手にするのはしんどい”という理由で、リオンがその周囲を複数の魔物が固めるまで状況放置したことを、さすがのソフィアも想像つかないに違いない。
「悪ぃ悪ぃ、お前があんまりうるさいもんで気づかなかった」
しれっとした顔で嘘をつくと、ソフィアは呆れたように目を細めた。
もしその場に第三者が居たとしたら、二人の凍てつくような緊張感にふるえていたことだろうが、今は二人以外誰もいない。
そして魔物の群れを倒すのも二人だけだ。
つい先ほど、リオンの手で頭から真っ二つに分断された魔物の残骸を、ソフィアは見おろした。
「……まだまだ腕は衰えてないって感じね、紅の騎士サマ」
ソフィアは、かつての彼の通り名を口にする。
「当然だ、俺を誰だと思ってる」
まったく動じた様子も謙遜する様子もなく返すものだから、思わずソフィアは苦笑した。
「ねえリオン、騎士団に戻るつもりはないの?」
「あほ。一度去った場所にのこのこと戻れるかよ」
そう会話を交わしながら、既に数匹を討伐し終えた彼らは、残る一匹と対峙していた。
おそらく取り巻きだったのだろう他の数匹と比べ、最後に残った魔物はえらく大きな姿をしている。激高して耳ざわりな鳴き声をあげる魔物に、リオンは反射的に顔をしかめる。
この翼手を広げた魔物は『プテラウス』という種類だったと記憶するリオンだが、ここ一年ですっかり見慣れてしまったために、あまり覚える気がしていなかった。
「じゃあ戻りたいとは思ってるのね」
背後から静かに掛けられた声に、思わずリオンは考え込んだ。
剣士として冒険者ギルドに来る前は、リオンは王国の騎士団に所属していた。
昔の話だ。
もともと人に合わせることが苦手だったこともあり、リオンは騎士団の在り様に嫌気がさして辞めたクチだ。
だがどこかで、また騎士に戻ることができたなら。荒れた生活を送るなかで、以前はそう思っていたような気がする。彼とて人の役に立つことを望んだ時期がある。
でも、最近そう思うことがめっきりなくなったことにリオンは気づいた。
どうしてなのかはなんとなく分かる。原因はゼルだ。
ソフィアに返事をする代わりに、リオンは岩場を駆けあがった。
目を見張るほど軽々と飛びあがった彼は、次に思い切り魔物を蹴り飛ばした。ソフィアが彼に補助術を掛けているせいもあったのだが、まるで羽が生えたかのようにリオンは舞う。
彼よりもずいぶんと図体の大きい翼手目の魔物は、あっさりと岩場に叩きつけられ沈黙した。その背後で、そんな光景を見たソフィアが「あんた無茶苦茶だわ」と呆れ返るのが分かった。
「っていうか、あんた斬らないのね」
「あー……返り血を浴びるのが面倒だからな」
べつに剣で斬り捨てても良かったのだが、この魔物の大きさでは飛び血を避けられないだろうと判断した。
血がついてしまえば、おのれの武器が錆びついてしまう。騎士団時代は備品としていくらでも剣を取り換えられたが、細々と報奨金で生計を立てる今ではそうもいかない。
それに、魔物特有の粘稠度の高い血は、こびりついてしまえば数日は消えないことを今までの経験からもよく知っていた。そして何より、魔物の血は人のそれとは違い酷く臭気を帯びているものだ。血の臭いをゼルは嫌がる。
リオンは腰もとに剣を収めながら、そういえば剣を使わずに魔物を倒すようになったのは、ゼルと知り合ってからだと思った。
初めてゼルを連れて魔物狩りに出向いたとき、魔物の血の臭いを嗅いだゼルが蒼白になって腰を抜かしたのは、今でも忘れられない笑い話だった。今ではいくらか慣れたらしいゼルだったが、それでも苦手なことに変わりはないだろう。
(あいつ、大丈夫なのか)
攻略隊に参加する以上、戦闘は必須で、血を流さない戦い方をする者がゼルの傍に居るとは思えない。
ふとそう思い、そしてそんな考えに至ってしまった自分にリオンは顔をしかめた。
(つか、なんで俺があいつの心配してやんなきゃいけねーんだ)
勝手に出て行ったのは向こうじゃねーか。
それも『コンビ解消』だなどと、これまで面倒見てやった恩も忘れて、好き勝手に喚き散らして。
無性に苛々としたリオンは、やがて起きあがってきたプテラウスの親玉を問答無用で蹴りつけた。そうした途端、パキンと硝子が破られるような欠片が辺りに飛び散り、砕かれた結晶は瞬く間に霧散する。
魔物に接触しすぎて、リオンに掛けられた結界術が消えたのだ。
べつに結界なんて無くても構わないリオンだったが、あれば体術を使ったときの痛みや負担がいくらか軽減される。そして次に来るであろう結界術の、掛けられたときに一瞬だけ硬直するような感覚にリオンは備える。
だが、予想していた魔術結界はいくら待っても飛んでこなかった。
リオンは舌打ちしながら振り返った。そういえば、今はゼルと組んでいるのではないのだとリオンは思いだした。
「おい、結界が切れてるぞ」
「はあ? もう切れたわけ?」
案の定、ソフィアは機嫌悪そうに言い返してきた。
「結界が切れたって、そりゃあんたがバカスカ敵の攻撃受けるからじゃない。体術使うのは構わないけど、もっとよく考えなさいよ」
「へいへい悪かったな、バカスカ攻撃受けてよ」
やがて完全に息の根を止めた魔物を前に、ソフィアは現在の相棒を睨みつけた。
リオンは聞く耳もたない様子で片手をひらひらと振ったかと思うと、魔物から有用な牙や羽をむしりとる作業に取り掛かる。持ち帰って売りさばけば、それなりの小銭稼ぎになる。
「ったく、あんた普段からゼルくんにあまえすぎ。あんたみたいに癖の強い剣士と組まなきゃいけないなんて、あのコも可哀想にねー」
「るっせえよ。だいたい、あいつとは相棒解消したって言ったろうが。――おい、他の補助術も切れてる」
「まだ切れてないっつの」
「もうすぐ切れるから一緒だろ。ゼルなら――」
ゼルなら切れる前に掛けなおす。
そう言おうとしてリオンは口を引き結んだ。ここには居ない治癒術師を引き合いの出すのが、急に馬鹿ばかしくなった。
彼が何を言いかけたのか分かったソフィアは、思わずその場で両腕を組んだ。
「あんた、なんで喧嘩したの?」
「お前に関係ねーだろ」
「あるわよ。このあたしが、あんたなんかと! わざわざ組んでやってるってのに。この美貌の治癒術師様が組む相手が、こんな振られた相棒のケツを追っかけるようなヘタレじゃ堪んないっつの」
「お前な」
文句のひとつでも言いたくなったリオンだが、今の自分がまさに“相棒のケツを追っかけるようなヘタレ”以外の何物でもないと自覚している。
「……諦めろって言ったんだよ」リオンは大きく息をついた。「なあソフィ、お前はあいつがここで何を探してるか知ってるか?」
「石を探してるって言ってたけど」
「そうだ」
リオンはひとつ頷いた。
「あいつが探してるのは、煌光石っていう名前の石だ。だが俺はそんな石、聞いたことも見たこともねーよ」
ましてやこんな有り触れた水晶鉱で、採掘されるわけがない。
だからリオンは言ったのだ。懲りずに今日も洞窟に行こうと言った相棒に対し、諦めろ、意味がない、と。
だが、そんな事情を聞いたソフィアが呆れ返ったのは、意外なことにリオンに対してだった。
「あんた馬鹿ねー。いや、アホね」
言い切ったソフィアに、リオンは眉をひそめる。
「お前な、俺を馬鹿にしすぎだろ」
「あんたねえ……あのコがどんな思いで石を探してるんだと思ってんの? 相棒でもないわたしが聞いてて、なんであんたがそれを知らないってのよ。あんた、ちゃんとゼルくんと会話してる?」
相棒とのコミュニケーションの有無を疑われて、面白いはずがない。むっとしたリオンは言い返した。
「ンなもん知ってるよ。煌光石は、あいつの師匠が探してたってやつだろ」
「じゃあ、なんでそれを探してるか知ってるの?」
リオンは口ごもった。
ソフィアの言う通り、ゼルがあれほど執着して探す理由を、彼は直接聞いたことがなかったのだ。変わったやつだと思うだけで、そこまで踏みこんだことは今まで無かった。
「あのコのご実家、デウゼ大陸の南端らしいわ」
いきなり話が飛んだことに、リオンは怪訝な顔になる。
デウゼ大陸は遥か南に位置する大陸である。地図で見た限りでは、今彼らが居る大陸とは正反対に位置している。年中霧に囲まれた、寂れた土地だという話だ。
「あいつ、世間知らずだとは思ったが……」
他国の出だとは予想していたが、まさか未開の地デウゼとまで言われる土地から来ていたとは。リオンは思わずこめかみを押さえた。
だが、言われてみるとみょうに納得できる気もしていた。
リオンはゼルの、あのやわらかく風に遊ぶ白髪を思い浮かべる。前から思っていたが、あの珍しい淡い色の猫っ毛は、この辺りの人間には見られない特徴だ。
「煌光石はゼルくんが暮らしてた里の守り石なんですって」
いったいいつの間に聞いたのか、ソフィアが言う。
「でも壊れちゃったらしいから、新しい石を探すために旅をしてたって言ってたわよ。まあ、彼女は無理やりお師匠様について来たみたいだけど」
「は?」
聞き捨てならない言葉に、思わずリオンは反応した。
「あら、初耳だった?」
ある意味、初耳に違いなかった。
相棒がどうして石を探しているのかという情報もそうだったが、それ以上に、いま何か重要なことをソフィアはぽろっと言った気がする。
そしてリオンは半ば茫然としながら問い換えした。
信じられない心境で。
「いま“彼女”って、言ったか……?」
◇・◇・◇
辺りにただよう血の臭いにゼルは軽い眩暈を覚えていた。
リオンと共に魔物狩りを続けるうち、以前よりは魔物の血に慣れたと思っていたゼルだが、やはり完全に平気になることはないのだと思う。
(さすがに体質までは無理かな……)
小さくかぶりを振って、前方へと顔を向ける。こと切れた魔物の群れのなかで、イディアが硬い金属音を立てて得物を収める姿が見えた。
「うーん、何人か負傷したみたいだな」
「そうですね……」
イディアの呟きにゼルは他の攻略隊の人々を見わたした。ちらほらと怪我を負ったらしき者が、各々連れた治癒術師から手当てを受けているところだった。
今しがた討伐し終えた魔物は低級魔に属する、いわゆる雑魚のような種類だったが、高位魔の出現の影響を受けてか多少能力値が上昇しているようだった。思わぬ負傷である。
「イディアは大丈夫ですか?」
「俺はなんとも。あんたの戦闘支援がきっちりしてたからな」
「そうですか」
その言葉の通り、彼は軽い足取りでゼルの隣に立った。
イディアからはやや疲労した感じは受けるものの、身軽に作られた防御なんてお構いなしの旅服に身を包んでいるに関わらず、彼はかすり傷ひとつ見受けられない。
さすがは自称盗賊というだけあって、彼は敵の攻撃を避けるのがうまかった。ゼルがきっちり仕事をしたというのもあるだろうが、ほとんどは彼の功績だ。
「貴方、なんで今まで人気無かったんですか?」
イディアはゼルが思っていたよりも優秀な人物だった。
血の臭いのために多少まわらない頭のなかで、ゼルは冒険者ギルドのベルタが言った、
『ゼル君が求めるようなアタリの人材って、リオンぐらいだから』
という言葉の意味を考えていた。
人気がないと直で言われたイディアはというと、当然嫌そうな顔を見せた。
「あんたなあ、そりゃ褒め言葉として受け取っていいのか?」
「もちろんです」
「……俺も色々あんだよ。照合に選ばれるのは戦いの腕だけじゃなくて評判ってのもあるだろ?」
「なるほど」
人気があるか無いかというのは、評判が影響するのか。納得したゼルにイディアは続けた。
「ちなみにあんたの人気の素は、主に称号だな。正直に言うと適合者数からあんま期待してなかったんだが」
「人物照合を使ったのは、二回だけですからね」
にやりと笑ったイディアの言葉に、ゼルは思わず笑ってしまった。
なるほど、不安がられていたのはやっぱりこちらの方だったのか。ギルドという場所は、名前を登録するだけしてあとは放置という者も少なくないのだ。
「どうです、第一印象は変わりましたか?」
お互いに疑心暗鬼になるのは、これで仕舞いだ。そういう意味で言ってやると、イディアはおどけるように片眉をあげてみせた。
「あんた立派なビショップだよ」
「その言葉とおんなじ意味を、貴方にも返しますよ」
「けっ、言ってくれるぜ」
だが言葉とは反対に、イディアは嬉しそうだった。そのまま掲げられた右手にゼルはきょんと首をかたむける。
「おら、勝利の合図、だろ?」
「貴方変わってますね」
苦笑したゼルは空いた片手で彼に応えた。
「変わってるのはお前のほうだと思うけどな」
周りが戦闘後の立て直し作業に入るなか、イディアがぽつりとこぼした言葉だったが、どうやらゼルに聞こえていたらしい。もの珍しい白髪を揺らす治癒術師は、肩越しにちらりと彼へと振り返った。
「何か言いました?」
言いましたよね、と確信を含んだ言葉を返され、イディアは肩をすくめて苦笑した。
最初はただの称号だけの優男だと思っていたが、なかなかどうして、いい性格をしているようだ。変に肝が据わっているというか。
「あんた、珍しい支援の仕方するよな」
イディアとゼルの消耗度はかなり少ない。他の攻略隊の治療にのりだすゼルを見ながら、イディアは言った。
「そんな湯水みてえに治癒術や補助術使ってよ、息切れしねえの?」
「さすがに中位聖職者ですし、ただのヒーラーで居るよりかは魔力が多いと思ってますけど」
ゼルはそう言って、再び目の前の剣士へと顔をもどした。淡い治癒術の光が、この暗い洞窟のなかではまぶしく感じる。
治癒術師のなかでも、中位聖職者は別格だ。
ゼルの言葉はもっともな意見だったが、そんなゼルが治療を施した人数を目に、さすがに違和感を感じ始めたイディアだった。周りの人々は自分たちのことに精一杯で気づいていないが、どう考えてもゼルはその場の半数近くの前衛職に治癒術を施している。
「ビショップねえ……」
それだけで片づけていいものか。
一般的によく使われる治癒術というものは、一時的な止血や鎮痛効果、傷をふさぐ程度の効果しか得られないものだ。
だがゼルの使う治癒術は他のものと一線を画している。世間には治癒術の上級に位置する“高次癒術”という術を使う者も居ると聞くが、目の前のこれは正しくそうではないか。
何も語ろうとしないゼルの雰囲気に、イディアは小さく息をついた。
ゼルの傍らで、負傷した剣士が連れた治癒術師が感謝の言葉を述べている。彼らの目には、ゼルの術はまさに奇跡の力に思えるだろう。
なかには女ヒーラーも何人かいたのだが、ゼルと関わった彼女たちはみな顔を赤らめている。
攻略隊といっても、今回は複数のパーティが集まる形式になっていた。普通、ひとつのパーティに属する者は他のところには手を貸さないものなのだが、ゼルがあまりに自然に手を差し伸べるものだから、無意識に心奪われた者が出現していた。
(優男だが、見た目は良いみたいだからな)
これで四人目の攻略完了。
心のうちでこっそり“ゼルに落ちた女治癒術師”のカウントを続けているイディアだったが、当の本人はまるで気づいた様子も欠片もない。自分に疎いみたいだからな、とイディアは思った。
もさっとした髪型のせいかは知らないが、ゼルは一見ぼけっとしているように見えて、実はとても綺麗な顔立ちをしている。
小さい輪郭に白磁の肌。
前髪に隠れてしまう碧眼だったが、よくよく見ると人形のような瞳である。今でこそ白なんていうド派手な司教服に身を包んでいるが、ゼルはもっと違う格好をすれば女のように見えるかもしれない。
傍らでイディアがそんなことを考えているとはつゆ知らず、ゼルは手持ち無沙汰で実に暇そうな相棒に目をすがめる。
「貴方、暇なら負傷者の手当てを手伝ってくださいよ」
「へいへい。……つっても、もうほとんど怪我してる奴は居ないんじゃねえの?」
言いながらとある場所を指差してやると、ゼルがイディアの指を追って視線をあげる。そこにはゼルと同じく治療活動に勤しむ、エレオノーラの姿があった。
その場の半数近くを治療したのはゼルだったが、残りの半数以上に携わったのは、他ならぬ彼女である。
(今回、変わったやつが多いなあ)
普段は一人で過ごす彼だったが、久々に加わった攻略隊の変な面子に、喜んでいいのかどうか分からないイディアだった。
.