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02 リオン、オカマと対面する


 一方その頃。

「ゼールー、ゼルくーん、居るう?」

「居ません」

「あんたにゃ聞いてないわよ、リオン。あたしはゼルくんに用があるの」

 宿屋にひとり残されたリオンは、相変わらず椅子に体を投げ出すように座っていたが、目の前の突如としてやってきた訪問者を見て一気に疲れた顔になっていた。前触れなくやってくるあたり、こいつはいつになっても変わらないなと、逆に関心さえ覚えてしまう。

 ゼルを探しに来たと言う人物は、ソフィアという名前の治癒術師だった。オカマである。

 甲高い声音を作って、さらにぱっと見は勝気そうな美女なのだがもう一度言おう、オカマだ。ソフィアいわく『生まれてくる性別を神が間違えたもうた』だそうだが、そんなこと知るかと思う。

 艶やかな水色の髪を背にたゆたわせた彼は、あろうことか露出が激しく改造された修道女の服を身に着けている。

 彼もまたゼルと同じく中位聖職者ビショップだったが、昇格とともに格好が変わっていく男性とは違い、女性の格好は修道服のままで変わらない。そこら辺は常日頃不満に思っているらしいソフィアだったが、もはや桃色のレース尽くしにされた服は原型をとどめていないと思うリオンだった。

 リオンは多少げんなりとしながらソフィアを見やった。

「ゼルならここには居ないぜ。どっか行きやがった」

「あら、どして?」

「相棒解消だとよ。今朝そう言って出てった」

 そう言ってわざとらしく両手を広げてみせる。それを見たソフィアの目が一瞬煌めくのをリオンは残念だが見逃せなかった。

「あらあらあら……じゃあゼルくん今フリーってわけ?」

「やけに嬉しそうだな、ソフィ」

「狙ってたもの」

 ふふりと妖艶に笑うソフィアに、宿屋の一階にいた男達が見惚れている。馬鹿め、こいつは男だ。内心そう思ってドン引きしながらリオンは眉をひそめる。

「あんなへっぽこをか?」

 そう言ったリオンの脳裏に浮かぶのは、へらへらと馬鹿っぽく笑う相棒の顔。ものめずらしい白髪が、本来のゼルよりもさらに彼を弱々しく演出する。

「おまえ、もちっと審美眼を磨いた方が良くねえか」

「だってえ、ゼルくん可愛いくない? 治癒術師ヒーラーはどこにでも居るけど、ゼルくんみたいに素直なコはなかなか居ないと思うけど」

「あれは馬鹿って言うんだぞ」

 いわゆる馬鹿のひとつ覚え。

 ここ一年の関係で、相棒の世間知らずっぷりを知っているリオンは、ソフィアの言葉を否定せずにはいられなかった。

 最初に出会ったときなんて、ゼルは治癒術師をするなら最低限知っていておかしくない戦闘支援の仕方も知らなかったのだ。

 ゼルはなかなか相棒が見つからなかったという話を冒険者ギルドのベルタから耳にしたが、あれでは他のギルド登録員が関わりたがらないはずである。ギルドは新参者の面倒を見ることはあっても、教育機関ではないのだから。

「その馬鹿の相棒をやってたのはどこの誰かしら? ご丁寧に低位聖職者プリーストから中位聖職者ビショップにまで昇進させて」

 ソフィアはなぜか得意げに言った。

 リオンがありったけの知識を騒動員させて、この一年でゼルをみっちり教育しなおしたことを言っているに違いなかった。今じゃどこに出しても恥ずかしくない、立派な治癒術師だ。

 それを言われると思っていたリオンは、面倒くさそうにテーブルの上で頬杖をついた。

「他に組める相手が居なかったんだ。仕方ねえだろ」

 ギルド内外において悪評名高いリオンには、普通の相棒が付かなかったのだ。ソフィアみたいな物好きや、流れの治癒術師と組むことはあっても、ひとりと組み続けたことは今まで無かった。

(それもこれも全て、あいつが捨て猫みたいな顔してたのが悪い)

 最初に組んだ討伐の帰り、『ありがとうございました』と言って寂しそうに去ろうとしたゼルをリオンが思わず引きとめてしまったのは、小動物を保護する感覚に似ていたかもしれない。いつもなら速攻で破棄する使い捨て魔導具――この時代、パーティ員との連絡手段となっていた――を壊さなかったのも、これが原因だ。

「ゼルくんを見たとき、あなたらしくないなって思ったものよ。でも逆にそれが面白かったのにい」

 事情を知っているソフィアは、にやりと笑いながら口もとに手をあてている。まったく、こいつには良いからかいのネタを与えてしまった。

「相変わらず悩みが無さそうな奴だな。ソフィ、おまえ何しに来たんだ?」

 呆れ混じりに訊ねると、ソフィアは『そうだったわ』とリオンの反対側の椅子に腰をおろした。いやに洗練された動きのひとつひとつが、彼を美しく飾り立てる。完全に食堂のなかで注目の的になっていた彼ら二人だった。この後すぐにここを離れる必要があると、リオンはまたげんなりしながら相手を見やった。

「いやね、ゼルくんに朗報があったのよね」

「朗報?」

 彼にしてはまともな用事でやってきたと思いつつ、リオンは問い返した。

「アリスナ洞窟よ。最深部に高位魔の発生する気配があったみたいなの」

「洞窟の親分降臨ってわけか」

「まあそんなところ」

 ソフィアの言葉にリオンは考え込んだ。

 洞窟迷宮ダンジョンというものは、時々こうして強い魔物が出ることがある。それは迷宮の最奥が魔界と繋がっているからだとか、魔力が結晶化されて生まれるのが高位魔という説だとか、色々と憶測はあったが、事実そうなっているのだから仕方がない。

(あいつ、今日もアリスナ洞に行ったんだろうな)

 ぼんやりとリオンは思った。あの寂れた洞窟で何を探しているのか知らないが、ほぼ隔日といわず付き合わされた身としては、相棒の動向を思わずにはいられない。

(まさかひとりで行ったわけはないだろうが……)

 どうせギルドで適当な相手を見繕ったに違いない。

 戦う能力を持たない治癒術師としてはそれが当然だと思うが、苦労して形にしてやった相棒が別の戦闘職と組むというのは、なんとなく気に入らないものがあった。

「だからー、ゼルくんと一緒に討伐に行こうかなーって思ったのにい」

 リオンの思考を遮るようにソフィアが愚痴っぽく言った。

「可哀想に、あんたときたら喧嘩なんてして追い出しちゃうんだから。なんであんたが出てかないのよ?」

「知るかよ、向こうが勝手に出てったんだ」

「あっそ」

 ソフィアのじとっとした視線を受けて、リオンは知らず目をそらしていた。どうせあんたが原因なんでしょ、と言いたげな顔だ。決めつけやがって、このカマ野郎。

「どうせすぐに帰ってくるさ」

 思い出すのは、捨て猫だった頃のゼルの姿。

「帰ってこないとは思わないのね」

 かつて冷血と周囲を言わしめた友人を目に、ソフィアが含んだ笑みを浮かべているとは思わないリオンだった。



 ◇・◇・◇



 洞窟のなかは当然ながら薄暗い。

 ゼルはひんやりと冷えた空気のなかを慣れた足取りで進みながら、同じく進行する攻略隊の面々を眺めわたした。ほとんど入り口から差し込む陽光の分しか明るくならないため、みな誰もが携帯式のランタンを手にしている。

 ゆらりと踊る影のなか、早足にイディアへと追いついたところで、ゼルはおもむろに切り出した。

「ねえイディア。質問なんですけど」

「なんだ?」

「なんでこんなに参加者が多いんでしょうか? 前に中間地点まで攻略したときは、参加者が二組だけっていう悲しい結末だったのに、今回みんな暇なんですね」

 ゼルの言葉を聞いて、イディアがずるっとずっこけた。

 あまりに綺麗にこけるものだから思わず手を差し伸べたゼルだったが、彼は手は受け取らず、苦虫をかみつぶしたような顔で姿勢を正した。

「あんたなあ……もっと早くに疑問を持てよ」

「いや、珍しいなーってのは思ってましたよ」

 思っていたけど言わなかっただけで。周囲と比べていくらか緊張感に欠けたゼルの言葉に、イディアは呆れた様子で息をついた。

「……あんたが相棒に捨てられた理由がなんとなく分かったぜ」

「だから捨てたのは私ですって」

 失礼なこと言わないで欲しい。

 むっとした顔で言い返すと、彼は“打つ手なし”とでも言うように肩をすくめる。

「はいはい、そういうことにしといてやるよ」

「だから」

「ゼルちゃん達、仲良しさんだねえ」

 そんな二人のやり取りを見て、これまた後方をのんびり歩いていたエレオノーラがのんびりとした口調で言うのを聞いた。べつに仲良しなわけじゃ、と否定するために振り返るも、ゼルとイディアは背後の光景を見てぽかんとする羽目になった。

 他でもない、

「そんなことないぞノーラ、俺達も仲良しだ」

「えへへそうだね、イストちゃん……でも恥ずかしいよう」

「お前は俺が護ってやるからな」

「イストちゃんありがと」

 だとか何とか、完全に二人の世界に浸るペアがそこに居たからだった。

「ケッ、見せつけんなっての」

 やさぐれ顔のイディアに思わず苦笑するゼルだった。

「俺、あのこ結構好みなんだけど惜しいな。あんなデカブツがくっ付いてたら身体的に勝ち目ねえだろ」

 じゃあ精神的には勝ち目はあるのか?

 思わずそう訊ねたくなったゼルだったが、まあ確かにイディアはそれなりに人好きのしそうな顔立ちをしている。やや軽そうでいて親しみやすく、中性的とも言える面立ちだ。“無愛想”や“粗暴”といった言葉が全面に押し出されるリオンとはえらい違いだ。

「エルさんはああいう、体格良いのが好きって言ってましたよ」

 ゼルはこっそりと、エレオノーラの相棒を見ながら言った。

 先ほども思ったのだが、実にいかつい。

 おそらく同身長のイディアが傍に居るせいもあるのだろうが、イストと呼ばれた男が鎧の上に分厚い上着タバードを着込んでいるのも関係するだろう。

 そう思って観察していると、その騎士の服の隅に小さく十字架が刻まれていることにゼルは気づいた。よくよく考えれば、エレオノーラの相棒というのは剣士ではなく、聖騎士クルセイダーなのかもしれない。

 いずれにせよ、ああいう筋骨隆々の男から見れば、エレオノーラは本当に小動物のようなものだろう。彼女はゼルと比べてもかなり背丈が低いのだ。

 それがまた一層の保護欲を掻きたてるのだが、それはゼルにも同じような印象を与えているからよく分かる。

 自分と違って万人に愛され、温かな陽の光のように笑う彼女を羨ましく思う。そしてそんなふうに比べてしまう自分を、ゼルは自嘲せずには居られなかった。

(馬鹿だな、陽の光になろうとも思ってないくせに)

 代償も考えずに羨ましがるのは愚かなことだ。ああ見えてエレオノーラは、色々と苦労が多いのだから。

 世界に数人だけ存在するという聖女のひとり。

 そんな稀有な存在として教会から認定を受ける彼女は、中位聖職者の資格を有するゼルよりもずっと付きまとう責任が大きい。

 攻略隊に参加したりなど一見すると自由に見えるが、彼女はこの国からは出られないし、有事の際には真っ先に王宮へと招集される。彼女は国という強い後ろ盾を得る代わりに、いついかなる場所でも人々の“太陽”で居なくてはならないのだ。

 そうなると必然的に所在を明らかにしていなくてはいけないのだが、おそらく彼女は何枚もの書類申請を経た末に、ようやくここに来られたに違いない。イストと呼ばれた剣士も、本来は付き人として遣わされたのだろう。

 沈黙したゼルの横で、「なーんか、結構あざとい性格みたいだな」と、彼女を見ながらイディアがこぼした。

「彼女は基本的に寂しがりな人なんです」

「ほー、寂しがりねえ」

 だから常に誰かが傍に居ないと駄目なのだと、前に彼女が話したのをゼルは覚えている。

 おそらく彼女の相棒がしょっちゅう変わる原因はそこだろうとふんでいた。もちろん、特定の相手をつけないという教会側の意図も含まれはするのだろうが。

「気になるのなら、イディアも頑張って連絡先ぐらい聞いたらいいじゃないですか」

 そんなふうに負け犬の遠吠えみたいにしていないで。

 既に何度か、彼がちらちらと後方を気にしていたのをゼルは見ていた。好みだと言った言葉に嘘偽りはないのだろう。唸り声とともに考えこんでしまった様子のイディアに、ゼルは後で彼女に引きあわせてみようかと内心たくらんだ。

 やがてこちらの視線に気づいたらしいエレオノーラが、ゼル達を見てにこりと微笑む。

「なあにゼルちゃん達、内緒話?」

「べつに変な話はしてませんよ」

 あなたをどうこうするという下世話な話はしていたけれど。

 自分は全然良い性格の人間じゃないなあ、と思いつつゼルは笑い返した。すると意外にも彼女はこちらをたしなめるような顔を見せる。

「でもゼルちゃん、ちゃんと気を引き締めないと駄目だよ? 今日のアリスナ洞には高位魔が居るんだからね。今朝、教会の予報士さんが言ってたんだよ」

「そんな情報があったんですか」

 なるほど、だから攻略隊の数が、普段と比べて段違いだったらしい。小さく驚いたゼルを見て「まさか知らなかったとは」と、イディアがげんなりするのが分かった。

「俺はてっきり、ゼルはそれ目的で相棒の募集掛けてたと思ったんだが」

「アリスナ洞はいつも潜ってますから、日課ぐらいの勢いでした」

「あんた変わってるな」

 否定できないのがちょっと悔しい。

 周りよりもいくらか悠長なのが欠点だと、ゼルは自分でも分かっていた。そうでなければ元相棒のリオンとも出会わなかったのだがそれはさておき、しっかりしようとは思ってもなかなか直らない性格に、ゼルは自分でも諦めすら覚えている。

「べつにずっと通い続けるつもりはなかったんです。でも、探してる石がここで採掘できないって分かるまでは篭もろうかと思ってました」

「ふーん」イディアが考えるように顎さきを撫でる。「ここって、そんな大そうな石なんて出たか?」

「地形的にはあってもおかしくないってだけですよ。あるかどうかは分かりません」

「なんて名前の石だ?」

「それは秘密」

 自分の出自に関わることなので、あまり大々的には言いたくない。ゼルの意図を汲んだのか汲まないのか、イディアは「……あんたな……」と目をすがめた割にはしつこく訊いてこなかった。

 人との距離をきちんと取るイディアは、やはり人好きされそうだとゼルは思った。職業が自称・盗賊という胡散臭い名乗りだったが、実際のところただの冒険家のようであるし。

「あ、魔物が来ましたよ」と、ふと攻略隊の誰かが呟く。

 たぶんこの攻略隊を率いる、リーダー格の剣士の言葉だ。前方を見ると、大型のコウモリのような姿をした魔物が数匹、群れでこちらに向かってくるのが見えた。

「前衛職さん達、出番ですよー」

 明るくのんびりとした口調でエレオノーラが言った。

「はいはいっと」

 腰の鞘からすらりと短剣を引き抜いたイディアを見ながら、ゼルは自分はなかなか良い人材を引き当てたのではと思っていた。


.

我ながらサブタイトルが適当すぎた。

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