breeze2:放置しても駄目、過保護も駄目。
今年、高3になった俺達には来月の5月に修学旅行が計画されている。 行き先は、東京と横浜。新潟と比べものにならない程、都会らしい。
そして今、俺達は修学旅行の班決めをしていたのだが…その結果。
千海:
「うっわ、最悪! なんで、寄りによってサイジョウ達と一緒なのよ!」
誠:
「知らねぇよ! てか、嫌なら他んとこの班に混ざれ! あと、何度も言うが俺はサイジョウじゃなくてモガミ(最上)だっ!」
千海:
「ガタガタ言ってんじゃないわよ! あー、憂鬱。 せっかくの修学旅行の楽しみが半減するし!」
誠:
「黙れ、カマトト女! こっちだって、せっかくの修学旅行がテメェのおかげでクソ旅行になりそうだ!」
綾瀬三姉妹が転校しに来てから、半月が経った。 だが、相変わらず長女のクソ女は自己中心的で更に暴力的なので、クラスでは浮いた存在である。
次女の湊は、様々な環境に適応力を持っているのか、わずか半月でクラスメートの半数と仲良く出来ている。
三女のまりんは、長女とは違う形で孤立している。 次女の湊曰わく、彼女は普段から大人しく、極度の人見知りで、人とのコミュニケーションが上手く取れないらしい。更に環境が変わった事によって、生活にまだ慣れていない…との事。
なので、班のどこにも入っていなかった彼女を俺らの班が入れたのだが、そこに要らないオジャマムシがついてきてしまったのだ。
誠の心の声:
(てか、このクラスの女子から敬遠されるとは、相当嫌われてるんだな。)
担任教師 本村:
「はい、じゃあ班も決まった事だし、終わりにするか。 これ以上、班について苦情等は一切受けつけないからな。 はい、解散!」
俺らの担任教師、本村は中年のブ男。 眼鏡を掛けていて、体系もメタボ。 女子には丸っこいのでマルちゃんと呼ばれている。 事なかれ主義らしく、一度決めた事は二度と覆さない様で校内では迷惑人として有名。 勿論、ブーイングも無視する。 これでも、妻子持ちらしい。
誠:
「さてと、帰るとするか。」
ゆるゆるのホームルームも終わり、家路につこうとしたその時…、
???:
「あ、あの…。」
誠:
「うん?」
不意に声を掛けられ、後ろを振り向くと綾瀬三姉妹の三女、まりんがいた。
誠:
「なんだよ?」
まりん:
「えっと…、その…あの…。」
俺は、しどろもどろな三女にイライラしてきた。
誠:
「用がねぇなら、帰るぞ。」
待つのが面倒くさくなり、俺は鞄を持って帰ろうとした。
まりん:
「あのっ! わ、私を案内してくれませんかっ!」
誠:
「…どこに?」
まりん:
「えっと…、この学校内を。 転校して来たばかりだから…。」
誠:
「えー、面倒くさいな。他の奴に頼みな。」
まりん:
「そ…そんな…。」
三女は今にも泣きそうな顔をしている。 ここで泣かれると、俺のお株が下がってしまう。
誠:
「わっ、わかったから泣くな! 頼むから。」
まりん:
「ぐずっ…あ、ありがとう、最上君。」
という訳で、放課後特に何も無かった俺は学内を案内する事になった。
(3ー8教室内)
千海:
「あれっ、そういえばまりんは?」
湊:
「さっき、最上君と一緒に教室から出て行ったけど…。」
千海:
「えっ、あのクソサイジョウと!? 凄く危ないじゃん、あんなゲテモノと二人っきりじゃ! 私、ちょっと行ってくる!」
(ダッ!!)
湊:
「ちょっ、ちょっと千海っ!? はぁ…全く、しょうがないんだから。」
(2階廊下)
誠:
「ここが職員室で、向こうが図書室だ。 で、一階には学食(学生食堂)と購買部がある。 学内案内はこれぐらいで良いか?」
まりん:
「え、えっと…あと…。」
誠:
「なんだよ?」
まりん:
「お…屋上、行きたいな…。」
誠:
「屋上?」
まりん:
「だ、ダメ…かな?」
誠:
「ったく…わかったよ。」
まりん:
「あ、ありがとう…最上君。」
誠:
「べ…別に礼なんか。」
案内している最中、幾度も見せる彼女の自然な笑顔が可愛く感じた。
誠:
「さっ、行くぞ。」
まりん:
「あっ…、うん!!」
俺達は、職員室の脇にある階段を使って屋上へ向かった。 屋上へは、エレベーターが通じていないのだ。
俺達が4階に差し掛かったその時…、
千海:
「あー、見つけたっ!!」
綾瀬三姉妹の長女、クソ女に会ってしまった。
千海:
「まりんっ、このゲテモノに何かされなかった? 大丈夫?」
まりん:
「う、うん、大丈夫だよ…千海お姉ちゃん。」
千海:
「このクソゲテモノっ!! よくも、私の妹をっ!!」
誠:
「待て、誤解だっ!! 俺は、何も…。」
千海:
「問答無用!」
そう言って長女は、顔面へ殴りかかってきた。
誠:
「うわっ、マジで誤解なんだよ!!」
千海:
「ふざけるな、許さん!!」
(ブンッ)
階段の踊場で必死にパンチを回避する俺。回避するのが精一杯で、抵抗出来なかった。 てか、抵抗しようとして手を出したら、普通に俺が一方的に悪者である。 女に手を出す事は、良ろしくない。
千海:
「フンッ、テヤッ、回避すんなっ!!」
誠:
「嫌だっ、そんなの喰らいたくねぇよっ!!」
千海:
「ふざけんなっ、人の妹を勝手に連れ出しといて変な事されちゃ、姉として黙っておけないんだからっ!!」
誠:
「本当に何もねぇんだってっ! うわっ?!」
回避するのに必死で、後ろが壁があるのに気がつけなかった。 俺は、四隅に追い詰められた。 これぞ、袋のネズミなのか。
千海:
「ふぅ…やっと追い詰めたわ。 さてと、ボディーに一発ブチかますか。 手加減無し、オリャー!!」
誠:
「くっ!」
かわすのが困難だと分かり、俺は目を瞑り、歯を食いしばった。 俺のミゾオチに拳が飛んできたその時…、
まりん:
「やめてぇー!!! 千海お姉ちゃんっ!!!」
三女の悲鳴にもとれる絶叫が、その場に轟いた。 連絡階段特有の音の跳ね返りで、三女の絶叫は上にも下にも響いた。 その絶叫を聴いた長女の拳は俺のミゾオチ数センチ前でピタッと止まった。 俺は、情けない様でヘロヘロとゆっくりへたり込んだ。
まりん:
「最上君は、私に学内を案内してくれたのっ! それを頼んだのは、私なのっ!」
千海:
「嘘よ、まりんがこのケダモノに頼む訳ないじゃないっ!!」
誠:
「ほ…ホント、マジ!! ソイツが俺に案内してくれって頼んできたんだよっ!!」
まりん:
「だから信じて、千海お姉ちゃん。彼は、本当に何もしてないの。最上君は、すごく優しい人なの。」
千海:
「…本当に手を出してないでしょうね?」
誠:
「だから、そうだって言ってるじゃねぇか…。」
千海:
「解った、今回の事は許す。」
誠:
「ふぅ…。」
千海:
「だが、次に私の妹に手を出したら本気でアンタを再起不能まで痛みつけるから。」
まりん:
「いい加減にして、千海お姉ちゃんっ!」
千海:
「うるさい! これでも、まりんの事を守ってあげてるの!」
まりん:
「いつまでも、過保護にしないでよっ! 私だって、もう17なんだから。」
千海:
「まりんを守ってあげられるのは、私と湊だけなんだから! この分からず屋!」
まりん:
「千海お姉ちゃんこそ、分からず屋よっ! もう良い! 行こっ、最上君。」
誠:
「…えっ? う、うわっ!?」
三女は、俺の手を掴むと長女から逃げるように階段を駆け上がった。
千海:
「あっ、待ちなさい!! …ったく、生意気なんだから。」
(屋上)
まりん:
「さっきは、本当にゴメンね。 ケガは無かった?」
誠:
「大丈夫だ。 …けど、お前こそ大丈夫かよ? 実の姉にあんな事を言ってしまってさ。」
まりん:
「大丈夫だよ。 …いつか、言おうと思ってた事だったから。 あのね、少し長いお話なんだけど…聞いてくれるかな、最上君?」
誠:
「何だよ?」
まりん:
「私ね、小さい頃から上のお姉ちゃん達に守られながら生活してきたの。 と言うのも、小さい頃の私は体が弱くて今のように引っ込み思案だったから、両親も私が学校とかでいじめられると心配してた。 だけど、私の二人のお姉ちゃんがいつも私を見守ってくれて、今まで私は普通に学校生活を送れたの。
だけど、それが徐々にエスカレートしてきて、普通に私が人とお話をする時でも、お姉ちゃん達は私を監視するようになって、特に千海お姉ちゃんは私が男の子と話す事を毛嫌いして、その男の子をケダモノ扱いにしてさっきのようにするの。 だから、私の周りから人がいなくなった。 友達も出来なくなった。 私だって、友達欲しいし、他の女の子達みたいに男の子と恋愛してみたい。 いつまでも、私はお姉ちゃん達の言いなりにはなりたくないの。…その不満が爆発しちゃっただけなの。」
誠:
「過保護ね…。 てか、アイツはお前に悪いムシがついて欲しくないからお前を守ってんじゃないかな。」
まりん:
「だ、だけど、それでもひど過ぎるよ。 それに、四六時中監視されてると落ち着かないし疲れちゃう。」
誠:
「まっ、とにかく俺には関係無いし。 帰るかな。」
まりん:
「…最上君、サイテー。」
三女は、頬を膨らませて不満顔をしたが、すぐに笑顔になった。
誠:
「じゃあな、お先に。」
まりん:
「…ちょっ、ちょっと待ってよぉ。 も、最上君…わ、私と一緒に…かっ、帰ろう?」
誠:
「えー、またアイツに襲われるのは嫌だし。 てか、アイツといつも帰ってるじゃないか。」
まりん:
「…うん。 だけど…、今日はちょっとお姉ちゃんに謀反しようかな。」
誠:
「…戦国時代かよ。」
まりん:
「エヘッ。」
誠:
「さぁ、帰るぞ。」
まりん:
「うんっ。」
今日は、いつも大人しく控え目な三女の意外な一面が解った。 更に、長女があんな乱暴者になった理由も解った。 だが、あのトラブルメーカーはこれでは終わらなかったのだ。