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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
騎士見習い編

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冷たい視線

 風花さんとの稽古で、不調に陥っているらしいかぐや。

 疲れているだけだと言っていたが、僕たちにはどうしてもそうは思えなかった。


 そのことを風花さんから聞いた僕とティナ先生は、かぐやに直接不調の原因を聞こうとしたのだが、かぐやの答えは、少し疲れていた。と、それだけだった。


 しかし、どうしても疲れだけが彼女の不調を招いているとは思えなかった僕たちは、その真意を探るべく、少し心苦しいが、稽古中のかぐやをこっそり覗きに来たのだった。


 風花さんとかぐやが稽古場としていたのは、フォルバーの外れに建つ、一軒家ほどの格技場。

 洒落た外装などは一切ない、やや年季のある木造平屋といったところか。


 通りから入った路地に面する小窓から中を覗くと、室内は板張りの床で、仕切りもなにもなく、だだっ広い大部屋、といった印象だった。

 ――もっとも、直接見えているわけではないのだが。


 今は僕が肩車をする形で、ティナ先生が中を覗いている最中である。

 どうして二人で覗かないのか? 理由なんて一つしかない。

 ティナ先生の背丈では小窓に届かないから。以上。


「セヤァァーーッ!」


 普段じゃ聞いたこともないようなかぐやの声が、小窓の下に位置する僕の耳にも聞こえてくる。


「まだまだ振りが鈍いです。もっと鋭く、空気をも切るように」

「はぁ、はぁ。――はいっ!」


「あらー、やってるやってる」

「ちょっと、声出したらバレますから! 静かにしててください!」

「大丈夫よ、うっさいわね。あんたもでかい声で喋ってんじゃないわよ」


 あぁ言えばこう言う、ティナ先生に注意してまともに聞いてもらった試しがない気がするな。反抗期だろうか……。


「セッ、ヤァーーッ!」

「初めより鈍っています。もっと集中しなさい」

「はいっ!」


 僅かに開けられた小窓の隙間からは、風花さんの厳しい声も漏れていた。

 風花さんって、意外と熱い指導をする人なんだなぁ。

 かぐやを育てたいって気持ちがひしひしと伝わってくるようだ。


「ママ〜、あの人たちなにしてんの〜? サボりかな〜?」

「しっ! そんなこと聞こえたらどうするの!」


 たまたま通りを歩いていた親子に見つかったらしい。


「どうしましょうティナ先生。あの親子から見れば、この様子は街の変わり者らしいですよ」

「いい気味ね。あたしの様な気品がないから後ろ指差されて笑われるのよ。ちょっと、もう少し右よ」


 言われた通り右に身体を寄せながら、あなたもね――と、口の中だけで呟く。

 少しでも声が漏れれば、この両脚で首を締められかねない。もしくは氷像にされるかの二択……。


「というか、ティナ先生なんでわざわざ騎士服なんか着てきたんですか? 騎士を夢見る子供に悪影響じゃないですか。あほみたいに目立ってるし」

「バカねあんた。この格好してれば、いざって時に覗き魔を取っ捕まえてたって言い訳ができるでしょ?」


 ちょっと待ってくれ?

 それじゃあいずれにせよ僕は捕まっちゃうのでは?


「もし巡回の神王騎士団に捕まった時は、きちんと身元引受人になってくれるんでしょうね?」

「はいはっ、――ちょ、バカ! 下げなさい! 見つかったらどうすんのよ!?」

「あだだだッ!?」


 雑に僕の髪を引っ張られ、首があらぬ方向へと捻り倒された。

 どう考えても僕の頭を捻る必要などなかっただろ。


「痛いじゃないですか! ただの子供じゃないんですから力加減して下さいよ!」

「わかったからちょっと黙りなさいよ」


 小声で大騒ぎしつつも、中の二人にはどうにかバレずにいるらしい。

 いや、さすがに風花さんにはバレていそうだな。敢えて気付かないフリをしてくれているまである。


 声を潜めた暫しの会話の後、中から再び威勢の良い声が聞こえ始めると、ティナ先生は再び小窓から様子を伺い始めた。


「ねぇ、かぐやって昔からあんな戦い方なの?」


 僕の後頭部へ体重を預けるように身を乗り出したティナ先生が、太ももに挟んだ僕の頭へ声を落としてきた。


「あんなとか言われても、見えてないんだからわかりませんよ。童心が残っているのは良いことですけど、そろそろ変わってください」


 ……なんか、我ながら罪悪感のある台詞だな。

 まるで風呂屋で鼻の下を伸ばしてるスケベみたいじゃないか。


「仕方ないわね。――いよっと」


 器用に僕の上から転がり降りると、やれやれと言わんばかりに呆れ顔でしゃがみこんだ。


「えっ? どういうことですか?」

「あんたも見たいんでしょう? だったらあたしが肩車する番でしょ?」


 ……本気かこの人?


「いやいや、さすがにそれは……」

「なによ? 不満な訳? 言っておくけど、あんたみたいな竹棒男一人担ぐくらいなんてことないわよ」

「中身スカスカで悪かったですね!? というかそういう事じゃなくて、子どもに僕が肩車させてる絵面が酷過ぎるんですよ!」

「んなッ!? あんた今子どもって言ったわね!? なによ、ちんちくりんのどんぐりスタイルでなにが悪いのよ!」


 そこまでは言ってない。というかやっぱり背が小さいこと気にしてたんだ。

 とはいえ、そんな事言おうものなら、明日以降の稽古で半殺しにされそうなのでグッと飲み込む。


「わかりましたよ、ごめんなさいごめんなさい! なにも言ってないです」


 ここは誰にも見られない事を祈って肩車されておこう。

 どうにか師匠の怒りを抑え、致し方なく小さな肩に跨った。

 ティナ先生は言葉通り、僕の身体を軽々持ち上げ、小窓と同じ高さに目が届いた。


 すると、不思議なことに窓の向こうにも人が立っていた。


「あっ……」


 一目でわかる、風花さんだ。どこか申し訳なさそうに笑っている。

 やっぱり気付いてますよね。でもそれならこの表情はどういう事だろう。


「……なにしてるのジンくん」

「えっッ!?」


 背後から冷えきった声がして勢いよく振り返ると、笑っているのに、目だけがまったく笑っていないかぐやが立っていた。


「いやっ、ちがっ! コレは違くて!」

「ちょっと聞いてよかぐや〜! こいつが一刻も早くかぐやの事覗きたいから肩車しろって言ったの!」

「言ってない! 嘘だろ!? 裏切り者!」

「……じーんくん。ちょっと、私とお話ししよっか? いろいろ聞きたい事もあるし」


 冷たい笑顔だった。

 この顔を見て、やっぱり綺麗な顔立ちしてるなぁ……。なんて考えている場合ではない事など、僕が1番よく知っていた。


「誤解です。……いや半分くらい事実なんですけど」


 僕はこの人生において、女の子に肩車をされながら深々と頭を下げる事など、今後二度とないと思いたい。

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