修行
「はい、どっこいしょ〜」
そんな可愛らしい掛け声に渇いた地面へと吹っ飛ばされる。
いったいこれで何度目だっただろう。
口の中に広がる砂の味。容赦なく背中を打つ地面。
早く立てとでも言うように、身体を突き返してくる。
「ったぁ……」
「なっさけないわね~。レディに押し負けるとか恥ずかしくないの?」
恥ずかしいという感情はとっくになくなっていた。
今あるのは、成長しない自分へのもどかしさ。ただそれだけだった。
初めての手合わせで、いくつもの癖を指摘された。
その中でも致命的なのは二つ。
一つは、振り抜こうと思っている剣筋を、つい目で辿ってしまうこと。
もう一つは、剣撃がワンパターンになりがちなこと。
だいぶ無意識に染み込んでいたらしく、初日に指摘されてから一向に改善出来ないでいた。
「はぁ……、はぁ……。もう一本、お願いします」
「そのつもりよ。好きにかかってきなさい」
威勢のいい返答に剣を握り直して間合いを測る。
両足は疲労のせいかパンパンで、気を抜いた途端震えてだしそうだ。
いろいろと余計な感情が滲む思考を一息に飲み込んで、頭を空っぽにする。
僕がティナ先生に弟子入りして、一番始めに教えてくれた成長へのヒント。
それは、相手を僕が思うままに誘導すること。
手、足、姿勢、息遣い、避け方、そして視線。
自分の支配下にある全てを使って、相手の思考すら誘導する戦闘術。
攻撃誘導。
“攻撃が来たから避ける”では遅い。
あえて隙を見せ、狙わせる。そうすることで、次の動きを先に読めるのだ。
「セヤァァーーッ!!」
「はいはい狙い通り、こんなの余裕〜。まだあたしの実体を追ってるわよ。その先にあるあたしの思考に追いつきなさい」
「はぁ、はぁ……。集中……。でも、頭は空っぽに……」
自分が使える攻撃パターンを熟知し、戦闘の一瞬一瞬に最適なものを使って攻撃する。
視線は剣の軌道ではなく、むしろ攻撃範囲に誘うような視線。
これを無意識下で完璧にこなさなければならないというのだから、いかに自分の実力が未熟だったのかを思い知らされる。
「よし、――いきますッ!!」
気だるげに構えるティナ先生を視界に収め、姿勢は低く間合いに飛び込む。
ティナ先生の剣は右手に握られ、剣先は下向き。このままだったら上段からの致命傷はないはず……。
ティナ先生の左側へ素早くステップしながら握り締めた剣を振りかぶる。
――しかし妙だ。
さっきまで横顔が見えていたはずだったのに、今見えているのは亜麻色の髪が靡く後ろ姿だった。
あぁ、これは――。
今更だけど、ティナ先生の小っちゃいポニーテールって可愛いよねぇ……。
「――ぶへぁッ!?」
最後に見えたのは頭上から降ってくる強烈な踵だった。
それを顔の右半分で受け止めた僕は、放り投げられた酒樽のように転がった。
「あんたって本当にお利口さんね。隙に忠実なんだもの」
ズキズキと響く顔を上げると、心配そうに覗き込まれていた。
意識を保っているのが奇跡的だと思うのと同時に、その皮肉めいたセリフに笑いすら込み上げてきた。
「師匠……、容赦ないっすね」
「まぁ、あんたの為だし。手を貸した方がいいかしら?」
「勿論ですとも。ったたぁ~」
差し伸べられた手を掴んで上半身を起こすと、まだ視界が揺らいでいた。
ありがとうございますと、笑いかけると、小さく笑い返してくれた。
「はぁ~。やっぱ強いなぁ天竜の捕食者は」
「当たり前でしょ。何人の命背負ってると思ってんのよ。子供の仕事じゃないわよ、まったく」
肩に手を当て、大袈裟にグルグルとまわして見せた。
小さな背中なのに、きっと多くの人の命を背負っている。
底なしの尊敬と憧れ。
そして同時に、その使命の重さへ少しだけ同情してしまった。
「まだ時間ありますよね? もう一本やりましょうか!」
「気合があるのはいいけど、休憩にしましょ。顔が歪んでるわよ」
「あ……、はひ……」




